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(防衛関連ニュース番外編)米国の経済制裁及び輸出管理に関する法執行の動向①- 米国外の者に対して米国制裁及び輸出管理関連法の遵守を求めるコンプライアンスノートの発表(2024年3月6日)-
2024.03.25
はじめに
米国の経済制裁措置や輸出規制措置は、従来から米国人や米国企業でない者(以下「非米国人」という。)が米国外で行う活動に対しても、一定の場合に域外適用されるものであったが、近年のロシアによるウクライナ侵攻、米中関係における緊張の高まりなどの地政学的リスクの高まりに伴い、米国政府によるこれらの制裁措置等の具体的な執行状況、執行プロセスに対しても関心が高まっている。
この「米国の経済制裁及び輸出管理に関する執行の動向」シリーズでは、主に米国の経済制裁措置(OFAC規制)及び米国輸出管理規則(EAR)に関する近時の法執行の動向について解説する。
第1回は、2024年3月6日に米国商務省(Department of Commerce)、財務省(Department of Treasury)、司法省(Department of Justice)が、OFAC規制やEARに基づく、米国外の外国企業に対する適用可能性の明確化と執行強化を警告するコンプライアンスノート(以下「本件ノート」という。※1もご確認ください。)を踏まえ、各規制の概要及び執行事例について紹介する。
※1 「Department of Commerce, Department of the Treasury, and Department of Justice, Tri-Seal Compliance Note “Obligations of foreign-based persons to comply with U.S. sanctions and export control laws”」(Mar. 6, 2024), (https://www.justice.gov/opa/media/1341411/dl?inline)が原文である。
2024年3月6日付のコンプライアンスノート
本件ノートは、社会経済活動のグローバル化の進展に伴い世界中の企業が国境を越えた取引を行う中、悪意ある活動を行う政権(malign regimes)が、そのような取引を利用して米国の商品や技術を獲得し、米国の安全保障、あるいは外交政策上の利益が侵害される懸念が高まっている状況を踏まえて、米国の制裁措置や輸出規制が米国以外の企業にとっても適用されうること、適用された場合にどのような形で法令違反の責任が追及されるかをより明確にするべく解説したものである。具体的には、OFAC規制やEARが米国外で活動を行う非米国人に対しても一定の場合に域外適用され遵守義務を課していること、米国の各当局が非米国人に対しても法執行を行う可能性があること及び執行例を改めて明示しているほか、これらの法令を遵守するためのコンプライアンス体制の構築を非米国人に対して求めている。
日本企業にとって認識しておかなければならないことは、米国が日本の同盟国であることは、米国の制裁措置や輸出規制が日本企業に適用されないことを意味するわけではない、ということである。
米国は、米国の安全保障または外交政策上の利益に反する一定の活動に関与等した企業等(主にロシア、中国、イラン、北朝鮮といった米国にとっての懸念国の企業をいう。以下総称して、「懸念先企業」という。)に対しては、米国輸出管理規則(EAR)上のEntity Listに掲載するなどして独自の規制を課しているところであるが(※2)、日本企業が懸念先企業と取引や米国の安全保障または外交政策上の利益に反するとみなされ得る活動を行うことは米国からの警戒心を誘発することに繋がり得る。
現在において米国輸出管理規則(EAR)上のEntity Listに登録されている日本企業はごく一部のケースのみであるが、例えば米国にとり友好国であるカナダに本拠地を持つ企業が、ディープパケットインスペクション技術をエジプト政府に供給し、これがニュースのブロック目的や、政治家や人権活動家を標的にした大量ウェブ監視や検閲に使用されたことを理由にEntity Listに掲載された事例もあるため(※3)、人権侵害への加担とみなされる活動も含め、日本企業がEntity Listに登録される可能性は完全に否定できるものではない。
本件ノートは、非米国企業がいかなる場合に米国法上の規制の適用を受けるかについて米国当局が解説したものであり、グローバルなコンプライアンス体制構築を検討するにあたって、重要な手掛かりになると考えられる。
なお、本件ノートの内容は注意喚起であり、OFAC規制やEARの改正等を意味するものではない。
※2 Code of Federal RegulationsのTitle15 Part 744.11(b)において、Entity Listへの掲載とその掲載基準が定められている。
※3 当該事例については、「Federal Register / Vol. 89, No. 39 / Tuesday, February 27, 2024」(https://www.bis.doc.gov/index.php/documents/regulations-docs/federal-register-notices/federal-register-2024/3456-2024-03674/file)の14404頁に記載がある。
OFAC規制の概要
米国の経済制裁の主要な枠組みの一つとして、米国財務省の外国資産管理局(Office of Foreign Assets Control)が管轄する経済制裁関係の諸法令が挙げられ、特定の対象者(個別制裁)や特定の国・地域(地域包括制裁)との間の、金融取引、輸出入取引等を広く規制している。これらの規制を総称してOFAC規制と呼ばれている。
非米国企業が米国外で行う取引であっても、米国管轄との接点(Nexus to US Jurisdiction)を有する場合にはOFAC規制(いわゆる一次制裁)が適用される可能性があり、民事制裁金、刑事罰の対象となり得る。具体的な行為類型として以下のような場合が本件ノートでも挙げられている。
①取引文書において、米国人が関与する制裁対象者との間の金融取引について、その関与を隠蔽したり、
言及を省略したりすること
②制裁対象地域向けの輸出に向けて米国人を誘導すること
③禁止されている取引を米国または米国の金融システムを経由させ、米国の金融機関にOFAC制裁に違反
する支払処理をさせること
このうち③に関しては、米ドル建ての取引では米国の金融システムを経由することが多く、OFAC規制への抵触を確認すべきケースが多いことに注意を要する。
上記に加え、一部の制裁プログラムでは二次制裁が規定されている。米国管轄との接点が無い取引場合は、米国の管轄が及ばないため、米国当局による民事制裁金や刑事罰の対象とならない。しかし、二次制裁が規定されている規制の場合、一部の制裁対象者リストと取引を行った非米国人などに対して、法執行としてではなく、制裁対象者リストに加えるという形で事実上の制裁を科すケースがあるため、米国管轄との接点がない場合でも注意を要する。
OFAC規制に基づく近時のOFACによる執行事例
本件ノートでは、OFAC規制に基づく近時の執行事例として、以下の事例が挙げられている。
- オーストラリアに本拠地を有する運送・物流企業が、OFACの包括的制裁プログラムの対象地域(北朝鮮、イラン、シリア)と関連する運送に係る支払や支払の受領を、米国金融システムを介して行った違反について、2022年4月に民事制裁金6,131,855ドルの支払いに合意した事例
- 非米国企業のUAE子会社が、輸出関連書類には最終需要者をドバイ企業であると偽って記載し、米国企業からイランに規制貨物を輸出させた違反について、2021年7月に民事制裁金415,695ドルの支払いに合意した事例(※4)
- スウェーデン金融機関のラトビア子会社が、その顧客の制裁対象地域内のIPアドレスからeバンキングを通じて、制裁対象地域内に所在する人物への送金を行い、その際米国の金融機関を経由したことによるクリミア制裁プログラムへの違反に対して、2023年6月に民事制裁金3,430,900ドルの支払いに合意した事例
※4 輸出関連の違反事例であるが、OFACのIranian Transactions Regulationsにおいて、イラン制裁として規制される取引については、OFACに許可権限があることが規定されている(15 CFR Part 746.7(a)(2), 31 CFR Part 560.204等)。
米国輸出管理規則(EAR)の概要
米国における輸出管理は、複数の法令・管轄に基づいて実施されているが、主要な規制の一つに、商務省産業安全保障局(Bureau of Industry and Security、以下「BIS」という。)が管轄する輸出管理規則(Export Administration Regulations)がある。
日本企業が、日本から米国以外の第三国へ貨物輸出や技術提供を行う場合など、非米国人が米国外で行う取引にもEARが適用される場合があり(※5)、具体的なケースとして以下のものが挙げられ、本件ノートでも言及されている。
- 米国原産品目の(みなし)再輸出
- 米国原産品目を組込む等した外国製品目の(みなし)再輸出(一部例外はあるが、一定の組み込み比率以下となる場合は対象外となる(デ・ミニミスルール))
- 一定のEAR対象技術に基づく直接製品ルールの対象品目の(みなし)再輸出
また、本件ノートでは、EARの適用対象商品、もしくは技術については、米国外にあろうともEARが適用されることが明言されている。
日本企業が日本で事業を行う中でEARに違反した場合、米国内資産の凍結、制裁対象者リストへの追加による取引制限、米国内での民事・刑事の制裁(米国現地法人や米国拠点や関係者が対象となるケースも想定される)といった形で制裁を科される可能性が想定される。特にEntity List等の制裁対象者リストへの掲載は、米国企業との取引やEARが適用される品目の取引が困難となり、レピュテーションの低下によりこれらの取引に該当しない取引までもが控えられるリスクがある。
※5 Code of Federal RegulationsのTitle15 Part 734.3 (a)(2),(3),(4), 734.14において、非米国人が米国外で行う取引にもEARが適用される場合について定められている。
米国輸出管理規則(EAR)に基づくBISによる外国製品に係る近時の執行事例
本件ノートでは、外国製品に係るEARに基づく近時の執行事例として、以下の事例が挙げられている。
- シンガポール企業及びその米国グループ会社が、Entity List掲載の中国企業に対して適用される直接製品ルール(※6)に違反してHDDを輸出した行為について、行政罰としては過去最高額の3億ドルの支払に合意したことが2023年4月20日に公表された事例(なお、主要な合意条件に反した場合にはBISが5年間の輸出権限はく奪をする内容を含む)
- オランダとギリシャの防衛関連企業等がロシア情報機関の調達ネットワークの一部として活動したことを理由に、BISがこれら企業等に対して暫定拒否命令(Temporary Denial Order)を2023年6月9日に発出した事例
※6 Code of Federal RegulationsのTitle15 Part 734.9 (e)において、Entity List掲載の中国企業に対して適用される直接製品ルールが定められている。
刑事訴追事例
本件ノートでも言及されているとおり、米国司法省(Department of Justice、以下「DOJ」という。)は、米国の経済制裁及び輸出管理法令に関する故意の違反について刑事訴追する権限を有し、最大で20年以下の懲役及び100万ドル以下の罰金が法定されている(※7)。
本件ノートにおいては、DOJによる近時の刑事訴追事例も紹介されている。
※7 U.S.Codeの§1705(c); § 4819(b)において、国の経済制裁及び輸出管理法令に関する故意の違反時の罰則について定められている。
ガバナンス体制構築
従前の実務においても、国際的な支払い、資本の移動、貨物の輸出入を伴う取引の契約書を締結する際、一般条項の一つとして、OFAC規制とEAR等の米国輸出関係法令の遵守規定を設けることは一般的に行われていた。今回、米国各規制当局が連名で本件ノートを公表したことは、米国各当局が非米国人に対する適用強化の姿勢を強める事を示唆している。次回以降解説するが、米国各規制当局は、その他にも懸念先企業との取引を制限する体制を担保するべく、執行強化に向けた動きを見せている。
このような状況を踏まえると、日本企業にとっても、米国の経済制裁法令、輸出管理法令の遵守は対岸の火事とは言えない。
OFAC規制やEARは難解であり、かつ改正の頻度も高く、企業にとっても対応は一筋縄ではいかないと思われる。また、OFAC規制やEARの適用の有無や許可の要否といった法的分析のみならず、規制される取引以外でも、自社の取引相手に懸念先企業がいないか、あるいは自社の取引物品や技術が懸念先企業に流出するおそれはないかについて分析を行い、該当し得る場合には、取引を実施する場合の軍事転用や人権侵害等への関与リスクとビジネスリターンを比較検討することが重要であり、グローバルな観点からのコンプライアンス遵守体制、ガバナンス体制の構築を検討することが必要だと考えられる。
本件ノートでは、外国企業向けにコンプライアンス上留意するべき点として以下の事項を挙げているので、ガバナンス体制の構築時のご参考にして頂ければ幸いである。
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グローバル市場に参加するあらゆる企業と同様に、外国に拠点を置く事業者は、米国の制裁法または輸出管理法に違反することを避けるために、充分なコンプライアンス対策を講じる必要があります。特に以下の点に注意してください。
- 制裁コンプライアンス・プログラムの開発、実施、および定期的な更新により、制裁コンプライアンスにリスクベースのアプローチを採用する。
- 関連会社、子会社、代理店、その他の取引先が関与する支払いと物品の移動を管理するために、強力な内部統制と手続きを確立する。このような管理は、複雑な支払いや請求についての定めによって隠蔽される可能性のある制裁対象者や制裁対象地域とのつながりを検知するのに役立つ。
- 顧客情報(パスポート、電話番号、国籍、居住国、法人設立国、事業所、住所など)と地理情報がコンプライアンス・スクリーニング・プロトコルに適切に統合され、全体的なリスク評価と特定の顧客のリスク評価に基づいて継続的に情報が更新されていることを確認する。
- 子会社および関連会社が、米国の制裁および輸出管理法令の規制要件について研修を受け、レッドフラッグを効果的に特定でき、禁止行為を把握して経営陣に報告する権限を与えられていることを確認する。
- コンプライアンス上の問題が特定された場合、可能な限り、即時かつ効果的な行動を取るものとし、弱点の根本原因を特定し、改善することができるまで、可能な限り、代償となる管理策を特定し、実施する。
- 特に、企業が急拡大している場合、又は、従来とは異なる情報技術システム及びデータベースが複数の事業体にわたって統合されている場合、においては、他の企業との合併や買収を行う前に、制裁及び輸出管理リスクを軽減するための手段を特定し、実施する。
- 制裁法または輸出管理法に違反した可能性があると思われる当事者は、自主的にその事実を開示するべきである。自主開示にあたっては「Compliance Note: Voluntary Self-Disclosure of Potential Violations」を参照すること。
以上
TMI総合法律事務所 張壮壮・山田怜央