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【労働法ブログ】在宅勤務手当と割増賃金の算定基礎への算入の要否(最新の行政通達による取扱いの明確化)
2024.04.26
はじめに
割増賃金の基礎となる賃金に算入しない賃金(以下「除外賃金」という。)は、「家族手当」、「通勤手当」、「別居手当」、「子女教育手当」、「住宅手当」、「臨時に支払われた賃金」及び「一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」とされている(労働基準法37条5項、労働基準法施行規則21条)。これに対し、在宅勤務をする労働者に使用者から支給されるいわゆる在宅勤務手当は、除外賃金のいずれにも該当しないため、従来は割増賃金の算定基礎に含めて、割増賃金の計算・支給をしなければならなかった。
もっとも、経済界からは、本来は水道光熱費等の実費弁償として在宅勤務手当を支払うことがほとんどでいるのであるから、在宅勤務手当についても、割増賃金の算定基礎から除外すべきではないかという要請がなされていた。
そのような中、令和6年4月5日付けで、厚生労働省労働基準局より、「割増賃金の算定におけるいわゆる在宅勤務手当の取扱いについて」(基発0405第6号)という行政通達(以下「本通達」という。)が発出され、一定の条件を満たす在宅勤務手当については、労働基準法11条の「賃金」に該当せず、割増賃金の算定基礎から除外することが可能であることが明確化されるに至った。本ブログでは、その取扱いの内容について解説する。
「割増賃金の算定におけるいわゆる在宅勤務手当の取扱いについて」(令和6年4月5日基発0405第6号)https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T240409K0010.pdf
実費弁償の考え方(本通達の2)
本通達においては、実費弁償の考え方として、以下の点が示されている。
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実費弁償の計算方法(本通達の3)
本通達においては、在宅勤務手当のうち、実費弁償に当たり得るものとしては、事務用品等の購入費用、通信費(電話料金、インターネット接続に係る通信料)、電気料金、レンタルオフィスの利用料金などが考えられるところ、これらが事業経営のために必要な実費を弁償するものとして支給されていると整理されるために必要な「在宅勤務の実態(勤務時間等)を踏まえた合理的・客観的な計算方法」としては、以下の方法などが考えられるとされている。
(1)国税庁「在宅勤務に係る費用負担等に関するFAQ(源泉所得税関係)」(以下「国税庁FAQ」という。)で示されている計算方法(下記URL参照)
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0020012-080.pdf
(2)前記(1)の一部を簡略化した計算方法
前記(1)の国税庁FAQで示されている計算方法のうち、通信費(電話料金、インターネット接続に係る通信料)及び電気料金について、以下のとおり、簡略化した計算方法が示されている。ただし、この取扱いは、当該在宅勤務手当があくまで実費弁償として支給されることを前提とするものであることから、前記2の考え方に照らし、常態として当該在宅勤務手当の額が実費の額を上回っているような場合には、当該上回った額については、賃金として割増賃金の基礎に算入すべきものとなることに留意することとされている。
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(3)実費の一部を補足するものとして支給する額の単価をあらかじめ定める方法
在宅勤務手当を実費の一部を補足するものとして支給することは、それが実費の額を上回らない限りにおいて、実費弁償になると考えられるため、実費の額を上回らないよう1日当たりの単価をあらかじめ合理的・客観的に定めた上で、当該単価に在宅勤務をした日数を乗じた額を在宅勤務手当として支給することは、実費弁償に該当するものとして差し支えないとされている。
そして「実費の額を上回らないよう1日当たりの単価をあらかじめ合理的・客観的に定め」る方法として、通信費及び電気料金については、例えば、次のアからウまでの手順で定める方法が考えられるとされている。
ア. 当該企業の一定数の労働者について、国税庁FAQ問6から問8までの例により、1か月当たりの「業務のために使用した基本使用料や通信料等」「業務のために使用した基本料金や電気使用料」をそれぞれ計算する。 イ. アの計算により得られた額を、当該労働者が当該1か月間に在宅勤務をした日数で除し、1日当たりの単価を計算する。 ウ. 一定数の労働者についてそれぞれ得られた1日当たりの単価のうち、最も額が低いものを、当該企業における在宅勤務手当の1日当たりの単価として定める。 |
その他(本通達の4)
本通達においては、既に割増賃金の基礎に算入している在宅勤務手当(実費弁償に該当するもの)を前記2及び前記3に照らして割増賃金の基礎に算入しないこととする場合、労働者に支払われる割増賃金額が減少することとなり、労働条件の不利益変更に当たると考えられるため、法令等で定められた手続等を遵守し、労使間で事前に十分な話合い等を行うことが必要であることに留意することされている。
すなわち、就業規則上、在宅勤務手当を割増賃金の算定基礎とすることとされている場合において、前記2及び前記3に照らして割増賃金の算定基礎に算入しないよう就業規則を変更する場合には、就業規則の不利益変更に当たるため、変更後の内容を労働契約の内容とするためには、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものである必要があることとなる(労働契約法10条)。具体的には、経過措置や調整給を設けて、激変緩和を行うことや、社内説明会を開催し、上記変更について労働者へ十分な説明を行うといった対応が必要となろう。
また、上記変更について、労働者から個別の同意を取得することにより、労働契約法10条の要件を満たすか否かにかかわらず、変更後の内容を労働契約の内容とすることができるが、その同意が有効であるといえるためには、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要であると考えられる(山梨県民信用組合事件・最判平成平成28年2月19日民集70巻2号123頁参照)。
なお、就業規則に明確に定められていないとしても、在宅勤務手当を割増賃金の算定基礎とすることについて、労使慣行(民法92条)が成立している場合(裁判例上、①同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと、②労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないこと、③当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていることの要件を満たした場合は労使慣行が成立すると解されている。)、労働契約の内容として法的効力が認められ、使用者において、一方的に当該労使慣行を廃止することはできない。この場合、前記2及び前記3に照らして割増賃金の算定基礎に算入しないようにするためには、就業規則において明確に算定基礎から外すような改定を行うか(前述のとおり、就業規則の不利益変更として労働契約法10条の要件を満たす必要がある。)、又は、労働者の同意を得る(前述のとおり、自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要である。)といった対応が必要となる。
終わりに
これまで解説したとおり、在宅勤務手当を割増賃金の算定基礎に含めないこととする場合には、在宅勤務手当が実費弁償として支払われるものであるといえるよう、就業規則等で実費弁償分の計算方法が明示される必要があり、かつ、当該計算方法は在宅勤務の実態を踏まえた合理的・客観的な計算方法(前記3の計算方法)に準拠する必要がある。
また、これまで在宅勤務手当を割増賃金の算定基礎に含めてきた企業において、在宅勤務手当を割増賃金の算定基礎に含めないこととする場合は、労働条件の不利益変更に当たることとなるため、就業規則の改定や労働者からの個別同意の取得という対応が必要になる上、それが法的に有効となるために種々の準備・対応が必要となる。
※また、在宅勤務手当については、税務上「給与所得」と扱うか否かや、社会保険料の算定における「標準報酬月額」に含めるのか否かという点にも留意する必要がある。
本通達を受けて、在宅勤務手当との関係で割増賃金の算定基礎の取扱いを変えることを検討している企業や、今後在宅勤務手当の導入を検討している企業においては、以上の点について留意するとともに、将来において紛争に発展しないよう、あらかじめ弁護士等の専門家に相談しながら対応することが肝要である。
[TMI総合法律事務所 労働法プラクティスグループ]
TMI総合法律事務所内で人事労務に精通した弁護士等で組織。元東京地方裁判所労働部裁判官、厚生労働省出向経験者、元厚生労働省事務官(法令・政策の企画立案担当)、元労働基準監督官等をはじめ、豊富な知識と経験を有する弁護士を擁し、さまざまな人事労務案件(就業規則や雇用契約等の整備・解釈・改定、M&AやIPOにおける労務デュー・ディリジェンス、労働審判・労働関係訴訟、従業員対応・社内調査、人員適正化のサポート、労働組合対応、出入国関連、労働基準監督署や労働局等への対応、労働者派遣事業等のサポート等)について最良のアドバイスを提供している。
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