ブログ
【知的財産ランドスケープ】ペロブスカイト太陽電池
2024.05.17
はじめに
ペロブスカイト太陽電池は、ペロブスカイトと呼ばれる結晶構造を持つ材料を使用した新しいタイプの太陽電池です。ペロブスカイト太陽電池は「軽い」「薄い」「柔らかい」という特性を有するため、従来のシリコン系太陽電池では設置が困難だった場所(例えば、ビルの壁面など)にも設置することが可能であるという大きな利点を有しています。ペロブスカイト太陽電池は環境に優しい次世代型の電池として大きな注目を集めており、富士経済研究所の調査によれば、2035年の市場規模は1兆円に達すると予想されています。
ペロブスカイト太陽電池市場規模予測
※出典:富士経済研究所
日本政府は2023年8月に開催されたグリーントランスフォーメーション(GX)実行会議において、ペロブスカイト太陽電池や浮体式洋上風力発電などの次世代再生可能エネルギー分野に、10年間で1兆円規模の支援を確保することを表明しており、ペロブスカイト太陽電池の実用化に向けては政府の資金的・政策的な後押しも期待されています。一方で、ペロブスカイト太陽電池は、耐久性がシリコン系太陽電池に劣ることや、環境に害を与える可能性のある鉛を使用しているなど、未解決の課題も抱えています。
日本国内では、積水化学やパナソニックなどがすでに実証試験を開始しており、今後5年以内の実用化を目指して着実に開発を進めています。一方、中国では政府の強力な支援の下、官民協同での開発が急ピッチで進んでおり、実用化に向けた開発段階では日本を既に上回っているとも報告されています。
今回は、次世代型電池の一つであるペロブスカイト太陽電池について、特許の観点から俯瞰した内容をご紹介します。
優先権主張国別特許ファミリー件数
まずは優先権主張国別の特許ファミリー件数について調査した結果、中国が6,179件と突出して多く、次いで韓国が724件、日本が449件、米国が445件と続きました(左図)。ここで優先権主張国とは、同一特許ファミリーのうち最初の特許が出願された国であり、主に出願人の国籍を示します。これを時系列で見ると、過去10年の中国の特許ファミリー件数の増加が顕著であることが分かります(右図)。また、日本や欧米諸国は特許ファミリー件数が減少傾向にあるのに対し、韓国は継続的に特許出願を積み重ねており、近年では日本の倍以上の件数となっていることが確認できます(下図)。
優先権主張国別特許ファミリー件数
※2023年の特許ファミリー件数については未確定値
特許ファミリー件数(中国単独出願を除く)
上記のとおり、特許ファミリー件数だけを見ると中国に圧倒されているようにも見受けられますが、中国では補助金を目的とした実質的な内容のない特許出願(いわゆる非正常出願)の割合が非常に高いとも言われてます。そのため、各国の状況をより正確に比較するため、中国にのみ出願された特許(中国単独出願)を除外して再度調査を行った結果、特許ファミリー件数のランキングは中国に代わって韓国がトップに立ち、日本は2位に上昇し、中国は4位に後退しました。中国単独出願を除くことで中国の特許ファミリー件数は262件に減少したことから、中国への特許出願の95%以上が中国単独出願であることが分かります。
優先権主張国別特許ファミリー件数(中国単独出願除く)
※2023年の特許ファミリー件数については未確定値
以下は縦軸を優先権主張国、横軸を出願国としたマトリクスマップですが、こちらのマップからも中国を優先権主張国とする出願は、ほとんど中国のみに出願されている中国単独出願であることが確認できます。一方、日本や韓国は、自国のみならず、米国、中国、欧州など、その他の国にも幅広く出願していることが確認されました。
優先権主張国×出願国マトリクスマップ
特許スコア(中国単独出願を除く)
続いて、特許調査・分析のための商用ツール「米レクシスネクシス社のLexisNexis® PatentSight+(以下、PatentSight+)」を用いて、各優先権主張国の特許スコアを評価しました(ここでも中国単独出願は除いています)。PatentSight+は「Patent Asset Index」(PAI)という指標を用いて特許の価値を評価するツールであり、PAIは特許ポートフォリオ全体の総スコアを示し、「Competitive Impact」(CI)は特許ファミリー1件あたりのスコアを示します。また、CIは、主に後願特許からの被引用回数を基に算出された技術的価値を示す「Technology Relevance」(TR)と、主に特許ファミリーの出願国を基に算出された市場的価値を示す「Market Coverage」(MC)を掛け合わせることで算出され、PAIはCIの合計によって算出されます。
PAIの算出方法
優先権主張国別特許スコア
PatentSight+で算出したスコアは、米国や欧州においてやや高めに出る傾向がありますが、それを踏まえても、日本や韓国ではファミリー件数に対してPAIが低く、特に平均スコアを示すCIが欧米や中国と比較して低いことが確認されました。つまり、本ツールを用いた指標によると、日本と韓国では出願された特許ファミリー件数は多いものの、価値の高い特許の割合は欧米や中国に比べて低いという結果になっています。中国については、PAIとCIが共に高いことから、価値の高い特許については中国国内だけでなく、中国以外の国にもしっかりと出願されていることが分かります。
続いて、各国特許の技術的価値と市場的価値を確認するために、CIをTRとMCに分解し、縦軸にTR、横軸にMCを設定して、優先権主張国別のバブルチャートを作成しました。
優先権主張国別TR×MCバブルチャート
上記バブルチャートに示されているように、日本と韓国はともにTRとMCが他国と比較して低い水準にあります。特に日本のTRは最も低く、これは後願の特許に引用される回数(被引用回数)が少ないことを示しています。特許の被引用回数だけでその技術的価値を完全に評価することはできませんが、一般的な論文と同様に、被引用回数は特許の注目度や影響力を示す重要な指標の一つとされています。この点、日本のTRが他国と比較して相対的に低いことは懸念材料であると思われます。
プレイヤー(中国単独出願を除く)
以下は特許ファミリー件数の多いオーナー上位20を示したものです(ここでも中国単独出願は除いています)。
プレイヤー別特許ファミリー件数/特許スコア
上位20のうち1位は積水化学、2位はパナソニックであり、その他、日本企業としては、富士フイルムが6位、三菱ケミカルが16位、カネカが20位にランクインしています。一方、韓国からは韓国科学研究院(KRICT)、ウルサン化学技術院、成均館大学、韓国大学、ソウル国立大学、浦項工科大学(POSTECH)など、研究機関や大学が多数含まれています。民間企業としては、韓国のLG化学やハンファケミカル、台湾のRaynergy Tek、中国のCATLなどが上位に位置しています。欧米では、フランスの原子力庁(CEA)やスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のみがランクインし、民間企業の名は確認できません。国別で見ると韓国や中国に押され気味であった日本ですが、プレイヤー別に見ると多くの日本企業が健闘していることが窺えます。
積水化学
積水化学は全86ファミリーの特許のうち、個別特許スコアが高いものとしては、太陽電池の光電変換層に使用されるペロブスカイト化合物の組成、光電変換層に積層される各層の材料、積層体(セル)全体の構成に関する出願などが含まれています。これらの特許については、耐久性の向上に焦点を当てているものが多く見られます。同社は、光電変換効率の劣化を抑制するペロブスカイト化合物の組成に関する基本特許を押さえつつ、耐久性の向上に関しては、光電変換層以外の各層の材料や積層体全体の構成に関する周辺特許を出願しています。さらに、太陽光発電シートの取り付け構造を改良し、発電部分の面積を最大限に広げることを可能にした特許(JP7253160B1)や、太陽光発電シートの設置構造を工夫し、シートの表面に落ちた水分を除去することを可能にした特許(JP7336009B)については国内外に広く出願されており、実用化に向けた技術開発に積極的に取り組んでいることが窺えます。
特許スコアの高い特許ファミリー(積水化学)
パナソニック
パナソニックは全59ファミリーの特許を出願しており、特許スコアが高いものとして、光吸収層に使用されるペロブスカイト材料の組成や、光吸収層に積層される各層の材料に関する出願が確認できます。同社は環境への悪影響が懸念される鉛を含まないペロブスカイト材料の開発にも注力しており、例えば、鉛の代わりにスズを使用した特許(JP2020013982A)や、セシウムとゲルマニウムを用いた特許(JP2018129506A)を出願しています。さらに、太陽電池のセル単体だけでなく、セルを含む太陽電池モジュール(JP2019021913A)や、モジュールに加えて電源や電圧制御部を備えた太陽電池システム(JPWO2017221535A1)など、製品の最終形態を意識した出願も多く見られます。
特許スコアの高い特許ファミリー(パナソニック)
まとめ
ペロブスカイト太陽電池に関連する特許の件数については、中国の特許ファミリー件数が突出して多いものの、中国単独の出願を除外すると、件数は著しく(95%以上)減少します。これは、中国は開発や実用化でリードしている可能性がある一方で、特許の件数ほど技術の差は開いていないことを意味しています。韓国については年々、特許ファミリー件数を増やし続けており、特に大学や研究機関からの出願が多いことから、国を挙げてペロブスカイト太陽電池の開発に注力していることが示唆されます。最近では、欧州や中国での実証実験に関するニュースが目立ちますが、韓国についても他国を猛追している可能性があります。
プレイヤーの面では、積水化学、パナソニック、富士フイルムなどの日本企業が特許ファミリー件数の上位に多く見られ、近年は実用化を意識した特許出願も増えています。また、ペロブスカイト太陽電池モジュールの大量生産に適した高品質な膜を製造する技術においては日本企業が優位に立っていると言われており、特許には現れない製造ノウハウの点では日本企業に強みがある可能性があります。
ペロブスカイト太陽電池に関しては、日本発の技術でありながら、近年は、欧米や中国が実用化の面で日本をリードしているというニュースが頻繁に報じられています。過去には、シリコン系太陽電池の開発において当初は日本がリードしていたにもかかわらず、官民を挙げて大型投資をした中国勢にコスト競争で敗れ、最終的には撤退せざるを得ない状況に追い込まれたという苦い経験があります。ペロブスカイト太陽電池では、このような過去の轍を踏まないよう、特に中国や韓国における競合他社の特許動向や開発動向を注視しつつ、日本の強みである製造ノウハウなどを活用し、実用化へのプロセスを着実に進めていくことが期待されます。
Member
PROFILE