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【中国】【特許】【重要裁判例シリーズ】11 無効審判中に許される訂正の方式に関して判断された事例
2024.05.31
はじめに
中国の特許には異議申立及び訂正審判制度がないため、登録後の請求項を変更できる機会は、無効審判中の訂正のみです。この無効審判中の訂正にも厳しい制限が課されており、2017年4月以前に許されていた訂正方式は、①請求項、又は請求項中で並列された選択肢の削除、②請求項の併合(互いに従属関係にないが同じ独立請求項に従属する請求項どうしの合併)のみでした。
2017年4月の審査基準改正以降は、許される訂正方式が、①請求項、又は請求項中で並列された選択肢の削除、②請求項の更なる限定(他の請求項に記載された1つ又は複数の特徴を追加して請求の範囲を減縮する補正)、③明らかな誤記の訂正、へと拡大されましたが、どのような補正が「②請求項の更なる限定」にあたるかについては、不明点が残されていました。本件の二審判決は、この判断基準を示したものであり、最高人民法院による2023年知財10大事件にも選定されています。
事件情報
事件番号:(2021)最高法知行終556号
判決日:2023年12月
上訴人(一審原告):北京中科奥森科技有限公司
被上訴人(一審被告):国家知的財産局
第三者参加(無効審判請求人):アップルコンピュータ貿易(上海)有限公司
対象特許:中国特許出願第200480036270.2号「顔面イメージ取得と識別の方法及びシステム」(出願日:2004年5月14)
事案の概要
(1)本件の経緯
北京中科奥森科技有限公司(以下、「奥森社」といいます。)は、赤外線を用いた顔面イメージの取得及び識別方法、システムに関する中国特許第200480036270.2号の権利者です(登録日:2008年1月19日)。この特許に対し、アップルコンピュータ貿易(上海)有限公司(以下、「アップル社」といいます。)は、2018年10月に無効審判を提起しました。奥森社は無効審判中に請求項の訂正を行いましたが、国家知的財産局は一部の訂正を認めず、2019年6月に、権利全部無効の審決を下しました。奥森社はこれに不服として審決取消訴訟を提起しましたが、一審の北京知的財産法院は無効審決を維持しました。
(2)本件特許の無効審判中の訂正
無効審判中に、権利者は特許請求の範囲の訂正を行いました。
本件の主な争点は、無効審判中に許される訂正の方式ではありますが、訂正後の請求項1及び4は以下の通りです。
【請求項1】 (中略) 【請求項4】 |
訂正前後の請求項の対応関係は、以下の通りです。
訂正後の請求項 |
内容 |
従属先 |
一審 |
二審 |
請求項1 |
補正前の請求項1+2+4+6+7 |
独立項 |
〇 |
〇 |
請求項2 |
補正前の請求項5 |
1 |
〇 |
〇 |
請求項3 |
補正前の請求項8 |
1 |
〇 |
〇 |
請求項4 |
補正前の請求項1+3 |
独立項 |
× |
〇 |
請求項5 |
補正前の請求項9+11+12+14 |
独立項 |
〇 |
〇 |
請求項6 |
補正前の請求項10 |
5 |
〇 |
〇 |
請求項7 |
補正前の請求項9+13 |
独立項 |
× |
〇 |
(後略) |
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主な争点に対する裁判所の判断
本件無効審判及び審決取消訴訟の重要な争点は、訂正後の請求項4、7に係る訂正が認められるか否かでした。
(1)無効審判及び一審裁判所における判断
無効審判では、訂正前の請求項1に請求項2、4、6、7に記載の特徴を盛り込む訂正については、審査基準に「請求項に他の請求項に記載された1つ又は複数の特徴を盛り込んで保護範囲を縮小することをいう」と定義された、「請求項の更なる限定」との訂正方式に該当するため、認められると判断しました。
しかし、訂正前の請求項1に、その従属項である請求項3に記載の特徴を盛り込んだ訂正後の請求項4については、訂正前の請求項1は、既に上記の通り訂正されているため、1つの請求項から2種類の新たな請求項を作成することは許されないとの理由により、認められませんでした。即ち、以下のような訂正は認められないとの判断です。
訂正後の請求項1:補正前の請求項1+2+4+6+7
訂正後の請求項4:補正前の請求項1+3
請求項7の訂正も、同様の理由で認められませんでした。結論としては、進歩性欠如を理由として、全請求項を無効とする審決が下されました。
一審の北京市知的財産高裁は、上記の無効審判の判断をそのまま支持しました。
(2)二審における権利者の主張
権利者の奥森社は、一審判決に不服として、最高人民法院知的財産法廷に上訴しました。この際の奥森社の主張は、以下の通りです。
①「請求項の更なる限定」という訂正方式を認める審査基準の規定は、1つの独立請求項を2つ以上の並列した独立請求項に訂正することを禁止していない。
②1つの独立請求項が複数の従属請求項を備える状況はごく一般的であり、本件無効審決の判断基準に従えば、そのような状況において権利者は1つの従属項を選択することしかできなくなるが、これは「公開の代償としての保護」という特許法の原則に反する。
③本件において、訂正後の請求項4は訂正前の請求項1及び3の特徴を有するが、これは訂正前の請求項3(請求項1に従属する)と全く同じ内容であり、請求項4に対しては、なんらの訂正も行われていない。
(3)二審裁判所の判断
二審の最高人民法院は、無効審判中の訂正に関する一般論として、訂正可能な範囲は、「元の明細書及び請求項に記載の範囲を超えてはならない」(専利法第33条)という補正可能な範囲と同じであることを確認しました。
また、補正の方式については、新規事項を導入しない訂正であれば全て許されるのではなく、設定登録された特許権に対する訂正は、法的秩序の安定性、公衆の信頼利益の損害、行政審査の利便性・効率性の観点から、一定の形式に制限されるべきであると指摘しました。そのため、無効審判中に行われた訂正が、審査基準に記載の「請求項の更なる限定」であると認められるためには、以下の3つの要件を満たす必要があるとしています。
①訂正後の請求項が訂正前の請求項の全ての技術的特徴を完全に包含する。
②訂正後の請求項には、訂正前と比べ、新たな技術的特徴が追加されている。
③新たに追加された技術的特徴は、他の請求項に記載されていたものである。
更に、訂正の目的は、無効理由を克服するものに限るべきであるとしています。
その上で、本件の訂正後の請求項4及び7は、いずれも請求項1に従属する請求項3、及び請求項9に従属する請求項13を、独立請求項の形式に書き直したものに過ぎず、実質的な内容は訂正前の請求項3及び9と同じであるため、そもそも訂正された請求項ではなく、当然に認められる、と判断しました。これは、直接的には、上記「(2)二審における権利者の主張」の③を認めたものになります。
コメント
異議申立及び訂正審判制度がない中国において、登録後の請求項を変更できる機会は、無効審判中の訂正に限られます。無効審判中に認められる訂正の方式にも、厳しい制限が課されています。
これについて、2017年4月の審査基準改正では、「請求項に他の請求項に記載された1つ又は複数の特徴を盛り込んで保護範囲を縮小すること」と定義された、「請求項の更なる限定」の訂正方式が許されることになり、画期的な基準の緩和として注目されました。しかし、その後に出された本件の無効審決及び一審判決では、特定の従属項に記載された特徴で独立項を限定する訂正を行った場合、その他の従属請求項も同様に限定されなければならない(即ち、訂正後の独立項に従属させなければならない)との基準が示され、実務家の間で物議を醸していました。
今般の二審判決では、このような誤った基準の運用が是正され、「請求項の更なる限定」と認められるための以下の判断基準が明らかになりました。
①訂正後の請求項が訂正前の請求項の全ての技術的特徴を完全に包含する。
②訂正後の請求項には、訂正前と比べて、新たな技術的特徴が追加されている。
③新たに追加された技術的特徴は、他の請求項に記載されていたものである。
とはいえ、本件二審判決後の中国における訂正の制限は、依然として日本より厳しいものです。明細書に記載されているが、登録時の請求項には記載されていない技術的特徴を「クレームアップ」して請求項を限定するような訂正は許されません。したがって、特許査定を受ける前に、将来の訂正に備えて十分な従属請求項を設けておくという、中国出願において現在行われているプラクティスは、今後も継続される必要があります。
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