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併用医薬特許の現状
2024.06.10
はじめに
私は、医食農等のライフサイエンス分野の特許業務に携わらせていただいております。中でも、バイオ分野の特許を含め医薬品に関わる特許を数多く担当させていただいております。日々の業務の中で、頭を悩ませる機会が多い事案がありますので、その点に本稿ではフォーカスしてみたいと思います。
医薬品特許におけるクレームの各国での違い
医薬品に係る特許はグローバル展開されることが多く、私も、いわゆる内内(日本出願人が日本特許庁へ手続)を含め、内外(日本出願人が外国特許庁へ手続)や外内(外国出願人が日本特許庁へ手続)の案件を担当させていただいております。
そうしますと、各特許庁における審査実務の違いに直面します。特に、医薬品特許に関わっている方であれば周知なことではありますが、クレームの記載において、各国で大きな違いがあります。例えば、医薬品は、医薬品に含まれる有効成分を人に投与して人の病気を治療することを特徴としていますので、
ヒトに有効成分を投与して、ヒトの疾患を治療する方法。
と、方法の発明としてクレームにおいて記載されることになります。この方法の発明は、日本では、人間を治療する方法の発明に該当するとして、「産業上の利用可能性(industrial applicability)」がないと判断され、特許を受けることができません。そこで、日本では、
有効成分を含み、ヒトの疾患を治療するための医薬組成物[1]。
という医薬用途発明として権利化する道を開いています(特許・実用新案審査ハンドブック附属書B 第3章 医薬発明)[2]。各国の違いとしては、
米国では、
ヒトに有効成分を投与して、ヒトの疾患を治療する方法。
欧州では、
ヒトに投与して、ヒトの疾患を治療するための有効成分。
中国では、
ヒトの疾患を治療するための医薬品の製造における有効成分の使用。
と記載されることになります。
ハンドブック(医薬発明)について
医薬品は、上述のように人の病気を治療するために用いるものですが、医薬品の用法・用量にさらなる特徴が付される場合も少なくありません。かつて、医薬品の用法・用量を特徴としたクレームは、変形剤クレームともいわれ、多くは新規性が否定され特許を受けることができなかったのですが、平成17年に特許・実用新案審査基準が改正され、また、現状のハンドブック(医薬発明)においても、
ここでいう「医薬用途」とは、以下の(i)又は(ii)を意味する。
(i) 特定の疾病への適用
(ii) 投与時間・投与手順・投与量・投与部位等の用法又は用量(以下「用法又は用量」という。)が特定された、特定の疾病への適用
二以上の医薬の組合せや用法又は用量で特定しようとする医薬発明も、「産業上利用することができる発明」に該当する。
とされ、新規性や進歩性等の特許要件を満たすことで、特許を受けることができることとなっています。したがいまして、ハンドブック(医薬発明)の事例5及び事例6として挙げられているものになりますが、以下の様なクレームとして記載することで、用法・用量に特徴がある場合も特許を受けることができます。
事例5
30~40μg/kg 体重の化合物Aが、ヒトに対して3ヶ月あたり1回経口投与されるように用いられることを特徴とする、化合物Aを含有する喘息治療薬。
事例6
化合物Aと化合物Bとを重量比5:1~4:1の割合で含有する糖尿病治療用組成物。
常々悩ませてしまうこと
上述の事例6では、化合物Aと化合物Bとを含むことを特徴ともしていますので、二以上の有効成分の組合せ(併用)に係る組合せ医薬の発明ともなります。ここで、組合せ医薬に関連して、ピオグリタゾンと他の併用医薬を組み合わせてなる糖尿病等の予防・治療用医薬に関する発明について争われた特許権侵害差止等請求事件(平成23年(ワ)第7576号、同第7578号)があります。本事件は、「組み合わせてなる」というクレームの文言の解釈について裁判所の判断が示されている事件なのですが[3]、本事件以降、「有効成分Aと有効成分Bを含む組合せ医薬」の発明において、二以上の有効成分を組合せて用いる併用ではなく、二以上の有効成分を配合する配合剤(合剤ともいいます)と解釈される可能性を考慮しておかなくてはいけないのではないか、と考えています。具体的には、
ヒトに有効成分を投与して、ヒトの疾患を治療する方法。
の発明であれば、
ヒトに有効成分を投与して、ヒトの疾患を治療する方法における使用のための有効成分を含む医薬組成物。
といった記載で進められますし、そもそも、
有効成分を含み、ヒトの疾患を治療するための医薬組成物。
とクレームで記載すればよいのですが、
ヒトに有効成分Aと有効成分Bを併用投与して、ヒトの疾患を治療する方法。
の発明について、
ヒトに有効成分Aと有効成分Bを併用投与して、ヒトの疾患を治療する方法における使用のための有効成分Aと有効成分Bを含む医薬組成物。
や、
有効成分Aと有効成分Bを含み、ヒトに有効成分Aと有効成分Bを併用投与して、ヒトの疾患を治療するための医薬組成物。
といった記載で良いのかという問題です。
ヒトに有効成分Aを隔日で〇mgを投与した後に、有効成分Bを投与して、ヒトの疾患を治療する方法。
というように併用において、さらに用法・用量が特定される発明の場合にはなおさらです。
現在の対応
併用医薬については、
有効成分Aと併用投与するための、有効成分Bを含む、ヒトの疾患を治療するための医薬組成物。
といった記載や、
有効成分Aと有効成分Bを含む、ヒトの疾患を治療するための組成せ物。
といった記載としています。
実際、特許7072467は、拒絶査定不服審判の結果、審判合議体からの「組合わせ物」への補正の示唆もあり、
HER2/neuタンパク質発現に関して1+または2+の免疫組織化学(IHC)評価、およびHER2/neu発現に関して2.0±20%未満の蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)評価を有するとして特徴付けられているHER2/neu発現腫瘍からの臨床的寛解にある被験体におけるHER2/neu発現腫瘍細胞に対する免疫応答の誘導および維持において使用するための組合せ物であって、
(a)配列番号2のアミノ酸配列を有するペプチドを含み、1ヶ月に少なくとも1回の一次免 疫スケジュールで3~6ヶ月間投与するために製剤化されている、HER2/neu発現腫瘍細胞に対する免疫応答の誘導において使用するためのワクチン組成物、および
(b)配列番号2のアミノ酸配列を有するペプチドを含み、一次免疫スケジュールが完了した約6ヶ月後に投与するために製剤化されている、HER2/neu発現腫瘍細胞に対する免疫の維持において使用するためのブースター組成物を含む、上記組合せ物。
といったクレームで登録にいたっています。「組合せ物」については、どういった権利範囲と考えられることになるのか、懸念しています。また、
有効成分Aと併用投与するための、有効成分Bを含む、ヒトの疾患を治療するための医薬組成物。
といった表記では、「有効成分Aと併用投与するための」との記載はあるものの有効成分Bに関する単剤クレームになっているのではないかと考えられ、医薬発明については、上述しましたとおり各国クレームの記載形式が異なるとはいえ、各国では、併用剤としてのクレームであるのに対して、日本では単剤クレームとなり日本独特のクレームになることを懸念しています。
最後に
今後も併用することに特徴のある医薬発明の出願は増えていくものと理解しています。併用に特徴ある医薬発明は、その本質が用途(方法発明)にあるため、現在の特許実務のように物の発明として記載しようとするとどうしても無理が生じます。そこで、併用に関して、治療方法の発明であっても保護が図れるようになり、米国の記載形式のように苦労しないで方法発明として記載できるようになるのが一番と考えてはいますが、少なくとも、日本の医薬発明の記載でも併用という態様等が権利範囲内にあるということが明確化される実務の蓄積があると良いなと感じている次第です。
[1] クレームの末尾の記載としては、剤クレームとしたり、「医薬」あるいは「医薬製剤」等とすることができます。本稿では「医薬組成物」としています。
[2] 特許法等の関連する法律の適用についての基本的な考え方をまとめたものとして整備されている「特許・実用新案審査基準」に対して、「特許・実用新案審査ハンドブック」は、審査業務を遂行するに当たって必要となる手続的事項や留意事項に加え、審査基準で示された基本的な考え方を理解する上で有用な事例・裁判例・適用例を掲載し、その充実化を図るために設けられています。また、「特許・実用新案審査ハンドブック附属書B 第3章 医薬発明」を以下、「ハンドブック(医薬発明)」と本稿ではいいます。
[3] 詳細は、拙稿「医薬品併用特許の関節侵害の成立を否定した事例─ピオグリタゾン事件─」(知財管理 Vol. 63, No. 5, 2013)以外にも多数の論考が出されていますので、それらを参考にしていただければと思います。
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