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事業会社がスタートアップと連携する際の契約・交渉における留意点について
2024.09.25
はじめに
近年、政府からの「スタートアップ育成5か年計画」(2022年11月)による強力な支援を受け、社会的課題の解決に取り組むスタートアップが増えてきています。また、事業会社は、オープンイノベーションを通じてスタートアップと連携することにより、自社にはない新しい発想で新規事業を創出したり、新規商品又はサービスの開発を行ったりしています。本稿では、事業会社がスタートアップと連携する際の契約・交渉における留意点について、仮想事例を用いて解説いたします。
仮想事例
製薬会社Aは、既存の収益事業以外にも、新たな収益の柱となる新規事業を検討しています。製薬会社Aの強みは、〇〇病治療に関する治験データA1を大量に保有していることです。スタートアップBは、優秀な技術者が独自に開発した学習精度の高い学習モデルB1を保有しています。しかしながら、この学習モデルB1を利用してくれる相手が見つかっていません。
このような状況において、製薬会社Aは、あるイベントでスタートアップBと出会い、学習モデルB1を用いて治験データA1を学習させることにより、〇〇病の潜在リスクを発見することが可能なアプリケーションを新規事業にできないかと考え、スタートアップBの社長に当該アプリケーションの共同開発を提案し、意気投合したとします。さて、この場合に、製薬会社Aが、スタートアップBとの契約・交渉において留意すべき点は何でしょうか。
契約・交渉時の留意点
留意点①
情報管理に気を付ける。
まず、製薬会社Aは、学習モデルB1の開示をスタートアップBから受けることについて秘密保持契約(NDA)を締結します。ここで、製薬会社Aは、取得した情報のコンタミネーションが生じないように留意すべきです。例えば、以下の各行為が情報のコンタミネーションに該当します。
・共同開発目的で取得した秘密情報を自社開発で用いること
・技術ライセンスに基づき受領した秘密情報を自社の別製品の開発に用いること
・受託製造において顧客から受領した秘密情報を他社向け製品の開発・製造に用いること
・出資又は買収検討に際し、対象会社から受領した秘密情報を自社の事業のために用いること
情報のコンタミネーションが生じてしまうと、製薬会社Aの自社情報について、「営業秘密」の該当性に影響を与えてしまい、不正競争防止法上の保護が受けられなくなる可能性があり、また、NDA違反による損害賠償をスタートアップBから受ける可能性があります。
対応策としては、情報の取得は必要な範囲にすること、共同開発のために不必要な情報は取得しないこと、情報の取扱いに対して社内ルールを策定することが考えられます。社内ルールとしては、受領情報のログを記録、情報の保管場所・担当者の分離、情報管理の定期的な監査・チェック、一定期間内の情報の廃棄などが例として挙げられます。
留意点②
権利の自社単独保有に拘らない。
製薬会社Aは、共同開発の成果である知的財産権(例えば特許権)について、自社単独で保有することに拘りすぎないようにします。上記仮想事例の場合、製薬会社Aは、スタートアップBから、共同開発したアプリケーションの実施についてライセンスを受けることにより、自社実施を確保することが可能になります。近年の欧米の事業会社は、投資先のスタートアップに知的財産権を保有させ、事業会社はライセンスを受けて事業を行うことが主流になってきています。この理由は、スタートアップが単独で知的財産権を保有していることにより、他の投資家へのアピールになり、また、そもそも知的財産権の共同保有は、事業会社及びスタートアップともに使いにくいという側面があるからです。
留意点③
取引制限については合理的な範囲内にする。
留意点②に関し、製薬会社Aは、スタートアップBが単独で知的財産権を保有する代わりに、独占的なライセンスを受けることにしたとします。このとき、取引先の規定等については、合理的な範囲内にとどめることに留意すべきです。例えば、ノウハウ等の保持のために一定の合理的な期間内に限り、共同開発の成果に基づく商品・役務の販売先を規定することについては、原則として問題はないと考えられます。他方、合理的な期間がない規定や、共同開発とは関係がない範囲での商品・役務の提供先の規定や、特に期間や範囲の制限がない競合事業者との取引禁止については、独占禁止法上の観点から問題となる恐れがあります。したがって、期間、業種、地域に関し、無制限等の幅広い義務をスタートアップBに課す場合には、独占禁止法の観点から専門家に相談することをお勧めいたします。
最後に
事業会社がスタートアップと連携する場合の契約・交渉時の留意点を3つ挙げさせていただきました。事業会社は、少なくともこれらの留意点を事前に把握した上でスタートアップとの交渉に臨むことにより、事業会社とスタートアップとの交渉が円滑に進み、オープンイノベーションが促進されることを願っています。
今後も、スタートアップ×知財に関する情報を、ブログ等で掲載していく予定です。
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