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【知的財産ランドスケープ】宇宙ビジネスにおける特許情報を用いたランドスケープ分析① 衛星ビジネス(オーナー)
2024.10.29
はじめに
宇宙ビジネスとは、ロケットや人工衛星の製造、運用、打ち上げ、衛星データの活用など、宇宙に関連する商業活動全般を総称するものです。近年、世界中で多くの宇宙ベンチャーが誕生すると共に異業種からの参入も相次いでおり、宇宙ビジネスは大きな変革期を迎えています。技術革新も急速に進みつつあり、衛星コンステレーション(複数衛星によるネットワーク構築)、スペースデブリ(宇宙ごみ)除去、AIによる観測データの解析など、かつては想像もつかなかった技術が現実のものとなりつつあります。民間企業主導のビジネス領域の拡大と技術革新に伴い、宇宙ビジネスの市場規模も急速に拡大しています。経済産業省が2024年に公表した資料によれば、世界の宇宙ビジネス市場は約54兆円規模に達しており、米国の大手金融機関モルガン・スタンレーは2040年までにその規模が140兆円に達すると予測しています。
宇宙ビジネスと特許の関係においては、かつてロケットや人工衛星は国主導で一度きり一点ものの生産が主流でしたが、近年の民間市場の拡大に伴い、コモディティ化した製品が大量生産されるようになりました。これにより、特許権取得の重要性もますます高まっています。
宇宙ビジネスと特許との関係
出所:宇宙分野における知財戦略の策定に向けた研究機関等や国の委託研究による発明の保護の在り方について(特許庁)
https://www.jpo.go.jp/resources/report/sonota/document/zaisanken-seidomondai/2018_09_youyaku.pdf
本連載では、主に宇宙ビジネスに関連する特許の統計解析(マクロ視点)と個別特許の解析(ミクロ視点)、さらに特許以外のマーケットやビジネス情報を組み合わせたランドスケープ分析を通じて、宇宙ビジネスにおける最新の技術動向と特許戦略についてご紹介します。
ランドスケープ分析のイメージ
宇宙ビジネスにおける主な技術領域
宇宙ビジネスの技術領域は大きく分けて、①衛星(機器、データ利用、軌道上サービス)、②輸送(ロケット)、③その他(月・火星探査等)の3つに分類されます。
宇宙ビジネスの技術領域
出所:宇宙分野における知財戦略の策定に向けた研究機関等や国の委託研究による発明の保護の在り方について(特許庁)
https://www.jpo.go.jp/resources/report/sonota/document/zaisanken-seidomondai/2018_09_youyaku.pdf
今回は、宇宙ビジネスにおける主要な技術領域である、人工衛星の機器製造、データ利用、軌道上サービスを含む「衛星ビジネス」に焦点を当て、ランドスケープ分析を行いました。
全体傾向
まず、優先権主張国別の特許ファミリー件数について調査しました。ここでいう優先権主張国とは、同一特許ファミリーのうち最初に特許が出願された国を指し、通常は出願者の国籍を示します。その結果、1980年からの特許ファミリー件数は、2000年までは米国、日本、韓国からの出願が大半を占めていましたが、2010年以降、中国からの出願が急増していることがわかります。1980年以降の累計では、中国からの出願件数は約4万件に達し、これは米国の約4倍、日本の約7倍に相当します。一方、日本からの出願件数はほぼ横ばいで推移しており、近年では韓国からの出願件数が日本を上回る年も見られます。
特許ファミリー件数年次推移
優先権主張国別特許ファミリー件数
オーナーランキング
上記のとおり、特許ファミリー件数だけを見ると中国に圧倒されているようにも見受けられますが、中国では補助金を目的とした実質的な内容のない特許出願(いわゆる非正常出願)の割合が非常に高いとも言われてます。そのため、各国の状況をより正確に比較するため、中国およびロシアにのみ出願された特許(中国・ロシア単独出願)を除外し、且つ、特許が生存しているもの限定した上でオーナーランキングについて調査を行った結果、Thales、Airbus、Boeingなどの大手の航空・宇宙メーカー、Qualcomm、三菱電機、EchoStarなどの電機・通信メーカーが上位にランクインしました。
オーナー別特許ファミリー件数
これを優先権主張国別に見ると、米国やフランスの企業が多く、日本からは三菱電機の他、クボタ、カシオが上位にランクインしています。
オーナー×優先権主張国
これらの上位にランクインした企業は、自社技術に関する積極的な特許出願と強固な特許ポートフォリオの構築を通じて、衛星ビジネスにおける市場での競争優位性を確立していることが示唆されます。
特許スコア
続いて特許調査・分析のための商用ツール「米レクシスネクシス社のLexisNexis® PatentSight+(以下、PatentSight+)」を用いて、オーナー別の特許スコアを評価しました。PatentSight+は「Patent Asset Index」(PAI)という指標を用いて特許の価値を評価するツールであり、PAIは特許ポートフォリオ全体の総スコアを示し、「Competitive Impact」(CI)は特許ファミリー1件あたりのスコアを示します。また、CIは、主に後願特許からの被引用回数を基に算出された技術的価値を示す「Technology Relevance」(TR)と、主に特許ファミリーの出願国を基に算出された市場的価値を示す「Market Coverage」(MC)を掛け合わせることで算出され、PAIはCIの合計によって算出されます。
特許スコアの算出方法(PatentSight)
今回の分析では技術的価値を示すTRを縦軸に、過去5年の出願割合を横軸に取ったバブルチャートを作成し、各オーナーのポジショニングを確認しました。以下のバブルチャートの見方としては、TRが高いほど技術的注目度が高く、過去5年割合が高いほど近年のトレンドであることを意味します。したがって、右上の象限にポジショニングされるものは、技術的注目度が高く、かつ、近年のトレンド、ということになり、要注目のオーナーや技術であることを示唆しています。
技術スコア(TR)×過去5年割合
このバブルチャートにオーナーをポジショニングしたのが以下の図です。HuaweiはTRも直近5年の出願割合も共に高く、要注目のオーナーであると言えます。一方、三菱電機はTRはそれほど高くないものの、直近5年の出願割合が高く、今後の技術進展が期待されるオーナーであることを示唆しています。
技術スコア(TR)×過去5年割合(オーナー別)
以下、Huawei、三菱電機について、特許のミクロ分析によりさらに深掘りしました。
Huawei
Huaweiは全174ファミリーの特許のうち、TRが高いものとしては、タイミングオフセットを更新する方法及び装置(JP2023-514312A)、協調衛星通信方法、装置、およびシステム(US2021/376919A1)、衛星通信方法、装置およびシステム(US2021/410198A1)など、衛星と地上局、端末との間の通信に関する出願が多数含まれています。
TRの高い特許ファミリー(Huawei)
JP2023-514312Aは、非地上ネットワーク(NTN)における通信遅延を解決するためのタイミングオフセット更新方法に関する特許であり、端末側でタイミングアドバンス調整を行うための十分な時間を確保し、タイミングオフセットを適時に更新することで、通信の遅延を低減し、通信リソースの無駄を防ぐことができるとされています。
JP2023-514312Aの図面
その他、TRが高い特許として、位置決め方法および位置決め装置(EP4382864A1)、非地上ネットワークに適用される測位方法および通信装置(EP4266087A1)など、衛星を用いた測位に関する出願も多く見られます。EP4382864A1は、車両の高精度で安定した位置決めを実現するための方法および装置に関する特許であり、衛星信号が良好な環境では慣性航法と衛星測位を組み合わせ、信号が不安定な環境では慣性航法と視覚測位を統合して処理することで、常に正確で信頼性のある車両位置決めを提供できることが記載されています。
EP4382864A1の図面
Huaweiの衛星ビジネス関連ニュースについて調べたところ、2023年に衛星電話に対応したスマートフォンを発表しており、2024年4月には衛星通信で画像を送信できる機能を搭載した新型スマートフォンを発表しています。さらに、Huaweiは自動運転技術においても多くのニュースが報じられており、BYDなど多くの完成車メーカーと提携し、自社のシステムを導入することで、Huaweiが主導するブランド連合のエコシステムを構築することを表明しています。
Huaweiの衛星ビジネス関連ニュース
出所:JETRO
https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/09/9f830cabf3f56744.html
出所(左):AAiT
https://aait.co.jp/archives/32001
出所(右):日経XTECH
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/09348/
これらの特許情報とマーケット・ビジネス情報から、Huaweiは自社の衛星通信技術を活用し、マーケット規模の大きい携帯端末やIoT機器、EV事業に注力するとともに、それらの事業をカバーする特許ポートフォリオを着実に強化していることがわかります。
三菱電機
三菱電機は全264ファミリーの特許のうち、TRが高いものとしては、衛星コンステレーション、地上設備および人工衛星(WO2020/261481A1)、衛星コンステレーション、地上設備および飛翔体追跡システム(WO2021/172182A1)など、衛星コンステレーションに関する出願が多数含まれています。
TRの高い特許ファミリー(三菱電機)
WO2020/261481A1は、地球監視のための衛星コンステレーションに関する特許であり、各衛星が傾斜円軌道を周回することにより、軌道面が均等に配置され、監視精度が向上することが記載されています。これにより、高仰角から対象を継続的に監視しつつ、システムのコストを削減できるとされています。
WO2020/261481A1の図面
WO2021/172182A1は、飛翔体を高精度に常時監視するための衛星コンステレーションに関する特許であり、6機単位の人工衛星を使用し、傾斜円軌道を周回することで中緯度帯を高精度に監視できることが記載されています。また、衛星の周回タイミングを同期させることで、少ない機数で常時監視を実現し、低コストでのシステム構築が可能になるとされています。
WO2021/172182A1の図面
三菱電機の衛星ビジネス関連ニュースとしては、衛星コンステレーション向けの小型衛星を開発していることや、マイクロ波機器、電源機器、デジタル機器など従来培った技術を活かし、小型衛星に対応した機器やサブシステムの開発に取り組んでいることが報告されています。
三菱電機の衛星ビジネス関連ニュース
出所(左):三菱電機
https://www.medstec.co.jp/business/space.html
出所(右):JAXA研究開発部門
https://www.kenkai.jaxa.jp/kakushin/interview02_02.html
これらの特許情報とマーケット・ビジネス情報から、三菱電機は衛星コンステレーションビジネスへの参入を目指し、小型衛星やその部品・システムの開発に注力するとともに、衛星コンステレーション関連の技術について特許ポートフォリオを拡充しており、次世代の自社宇宙ビジネスに向けた基盤を着実に整えていることが窺えます。
今回は宇宙ビジネスの中でも衛星ビジネスに着目し、まずはオーナー別にランドスケープ分析を行いました。次回は、同じく衛星ビジネスにおける技術別の分析結果についてご紹介します。
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