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【ESG訴訟ブログ】オランダにおける石油会社に対する気候変動訴訟
2024.12.02
はじめに
気候変動に関して石油会社にどのような法的な責任があるのかについて争われたオランダの裁判において、2024年11月12日、オランダのハーグ高等裁判所が、新たな判断を示しました。
訴訟の概要
この訴訟は、石油大手のShell Plc.(旧ロイヤルダッチシェル)に対して、複数の環境保護団体らが原告になって提起したものです。原告は、シェルに対して、2019年比で、2030年までに温室効果ガスの排出量を45%削減しないことは違法であるなどと主張していました。
一審は原告らの勝訴
このような原告らの請求について、一審であるハーグ地裁は、2021年5月26日に、シェルに対して、2019年比で2030年までに45%の温室効果ガスの排出量の削減を義務付ける内容の判断を示していました。
一審のハーグ地裁は、気候変動は人権を侵害するものであることを出発点とし、「国連のビジネスと人権に関する指導原則」などにも言及したうえで、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告やパリ協定に基づく目標などを参照しつつ、シェルのようなエネルギー市場や気候に大きな影響を与える立場にある企業については、2019年比で2030年までにスコープ1・2のCO2を45%削減しないことや、スコープ3についても45%削減するように最善の努力をしないことは、不法行為として違法になると判断していました。
つまり、一審のハーグ地裁は、シェルに関して、2019年比で2030年までに、スコープ1・2について45%削減する法的義務を、スコープ3については、45%削減するように最善を尽くして努力する法的義務を認定していました。
控訴審はどのように判断したのか
これに対して、控訴審であるハーグ高等裁判所は、結論として、ハーグ地裁の判断を破棄し、原告らの請求を全て棄却しています。
しかしながら、判決文を読むと、ハーグ高等裁判所は、気候変動に対する企業の責任を一律に否定しているわけではありません。すなわち、ハーグ高等裁判所は、気候変動から保護される憲法上の基本権が存在することを認めたうえで、気候変動に大きく寄与してきた企業については、既存の法規制を遵守することに加えて、人権に配慮して温室効果ガス排出量を削減する義務があると判断しています。
そのうえで、ハーグ高等裁判所は、スコープ1・2については、シェルが2030年末までに2016年比で50%削減するという目標を掲げていることを認定し、原告が主張する法的義務違反の差し迫った脅威がないとして、スコープ1・2に関して、シェルが具体的にどのような義務を負うのかについて言明せずに、原告らの請求を棄却しています。
そして、スコープ3については、大手石油会社としてシェルに特別な責任があり、世界全体で2019年比45%削減というコンセンサスがあると判示していますが、このコンセンサスはあくまでも全世界の平均値として45%を削減するという意味であって、その他の国際機関の報告書やシナリオを考慮しても、シェルという個別の企業に適用される具体的な削減義務を決定することができないとして、原告らの請求を棄却しています。
今後の展開や日本への影響
ハーグ高等裁判所の判断は、控訴審の判断であり、同判決は、今後、最高裁判所に上訴される可能性がありますが、人権への配慮義務の一環として、企業に何らかの法的責任が発生していると判示している部分については、今後、ヨーロッパやその他の地域の裁判例に影響を与える可能性は否定できません。
特に、スコープ3の削減についても、シェルのような大手石油会社に関しては、(具体的な数値基準は特定できないものの)削減に向けて努力することが「法的義務」であることが前提とされている点は、今後の各国の政策決定にも影響を及ぼす可能性があります。
日本では、現時点において、気候変動から保護される人権を認めた裁判例は存在せず、さらに、そのような人権に基づいて企業に対して不法行為訴訟を提起した事例は確認されていません。したがって、このオランダの裁判所の判断が、直ちに日本国内に影響を生じさせるわけではありませんが、ヨーロッパに進出する企業やヨーロッパ企業と取引を行う企業にとっては、参考になる事例であり、今後も、このようなESG訴訟の動向には注意をしていく必要があります。