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【知的財産ランドスケープ】半導体材料 フォトレジスト(前編)
2025.01.27
はじめに
半導体集積回路は、デジタル化が進む現代社会において非常に重要なものになっており、スマートフォン、データセンター、自動車など、人間の生活を支えるあらゆるデバイスに実装されています。特に、近年では生成AIに関連する産業において、半導体集積回路関連の需要が急激に高まっています。
デバイスに実装される半導体集積回路は、その表面に微細な電子回路を有しており、半導体集積回路の性能を向上させるためには、この電子回路の微細化がカギとなります。というのも、電子回路が微細になるほど、単位面積当たりの電子回路の集積度合いが向上し、その分、単位面積当たりの計算量も向上するからです。そして、微細な電子回路を精確に形成するために必要不可欠な材料の一つが、フォトレジストです。
フォトレジストは、感光性を有する材料であり、紫外線などの光を受けると化学反応を起こし、硬化したり溶解性が変化したりする性質を有します。この性質は、リソグラフィ(光を使って微細加工を行う技術)を用いた電子回路形成プロセスにおいて重要な役割を果たします。例えば、露光により硬化するフォトレジスト(ネガ型フォトレジスト)を用いる場合、フォトレジストを設けた領域がマスクされ、それ以外の領域がその後のエッチング処理によりエッチングされ、回路が形成されます。一方、露光により溶解するフォトレジスト(ポジ型フォトレジスト)を用いる場合、フォトレジストを設けた領域以外の領域がマスクされ、フォトレジストを設けた領域がその後のエッチング処理によりエッチングされ、回路が形成されます。
したがって、フォトレジストをより微細且つ精密に設けることができれば、リソグラフィを活用してより微細な電子回路を設けることができる、ということになります。
特に、近年では、より微細な電子回路を形成するために、より短波長の極端紫外線(EUV)を用いたリソグラフィによる電子回路形成プロセスが開発され、EUVを効率よく吸収できるフォトレジストの研究開発が活発化しています。
今回は、半導体集積回路の製造にとって必要不可欠であるフォトレジストについて、特許の観点から俯瞰した内容をご紹介します。
優先権主張国別特許ファミリー件数
まずは優先権主張国別の、2015年以降に出願された特許ファミリー件数について調査した結果、日本が5,276件と突出して多く、次いで韓国が1,072件、米国が882件、中国が743件、台湾が93件、欧州が61件と続きました。ここで優先権主張国とは、同一特許ファミリーのうち最初の特許が出願された国であり、主に出願人の国籍を示します。これを時系列で見ると、毎年日本から多くの出願がされており、出願件数で他国を圧倒しています。また、韓国及び中国についても、近年出願件数が増加傾向にあることがわかります。
優先権主張国別特許ファミリー件数
特許ファミリー件数(日本単独出願を除く)
次に、日本からの出願についてもう少し詳しく見ていきます。半導体集積回路は、日本のみならずアジア、欧米など、世界中で製造されるものであるため、フォトレジストに関する特許も、世界各国で出願されていることが望ましいといえます。この観点から、日本にのみ出願された特許(日本単独出願)を除外して、再度調査を行いました。この場合も、日本の出願件数がトップでした。日本の出願のうち60%以上が他国でも出願されていることがわかり、日本企業は、世界中で製造・販売等を行うことを考慮した出願戦略を取っていることが分かります。なお、米国の件数が、日本単独出願を除くか否かで数件ずれている点は、使用したツール(米レクシスネクシス社のLexisNexis® PatentSight+(以下、PatentSight+))の仕様によるものです。
優先権主張国別特許ファミリー件数(日本単独出願除く)
以下は、縦軸を優先権主張国、横軸を出願国としたマトリクスマップです。こちらのマップからは、日本、韓国、米国から、自国のみならず世界各国でまんべんなく出願されていることがわかります。
優先権主張国×出願国マトリクスマップ
特許スコア
続いて、特許調査・分析のための商用ツール「PatentSight+」を用いて、2015年以降に出願された特許について、各優先権主張国の特許スコアを評価しました。PatentSight+は「Patent Asset Index」(PAI)という指標を用いて特許の価値を評価します。PAIは特許ポートフォリオ全体の総スコアを示し、「Competitive Impact」(CI)は特許ファミリー1件あたりのスコアを示します。また、CIは技術的価値を示す「Technology Relevance」(TR)と市場的価値を示す「Market Coverage」(MC)を掛け合わせることで算出され、PAIはCIの合計によって算出されます。
PAIの算出方法
優先権主張国別特許スコア
PatentSight+で算出したスコアは、米国や欧州においてやや高めに出る傾向がありますが、PAIに関して、日本はトップでした。一方、平均スコアを示すCIでみると、日本は欧州、アメリカ、韓国に次いで第4位でした。つまり、本ツールを用いた指標によると、日本では出願された特許ファミリー件数は多いものの、価値の高い特許の割合が、主要国の中ではやや低いという結果になっています。
ただし、特許ファミリー件数が比較的多い(500件以上の)国の中では、日本は一定のCIを有しており、且つ突出して多いファミリー件数を有します。すなわち、日本は、質と量とを両立した特許を出願できていると考えられます。
続いて、各国特許の技術的価値と市場的価値を確認するために、CIをTRとMCに分解し、縦軸にTR、横軸にMCを設定して、優先権主張国別のバブルチャートを作成しました。
優先権主張国別TR×MCバブルチャート
上記バブルチャートに示されているように、米国が高いTR及びMCを有することがわかります。米国に関しては、特許公報が主に英語文献であるためアクセスしやすいことに加え、市場規模が大きくマーケットとして魅力的なため、高いTR及びMCを有すると考えられます。
日本、韓国、中国は、米国と比較すると劣るものの、一定程度のTR及びMCを有していることがわかり、これら3か国の差は小さくなっています。すなわち、日本、韓国、中国は特許の技術的価値及び市場的価値において拮抗していると考えられます。
さらに、日本、韓国、中国について、2019年~2023年における、TR及びMCの経時変化を追いました。
優先権主張国別TR×MCの経時変化
上記グラフより、韓国、中国では、TR及びMCに大きな変化が見られないのに対して、日本では、MCが順調に増加しており、日本の特許の市場的価値が年々向上していることがわかります。一方で、日本の特許のTRは減少傾向にあり、この点は懸念材料であると思われます。
次回は、半導体フォトレジスト関連の特許について、プレイヤーの観点から見ていきます。