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登録商標と後発的無効理由
2025.01.28
登録を受けた時点では法的な瑕疵のなかった登録商標が、事後的に無効になってしまうことはあるのでしょうか。
いったん登録を受けた商標であっても、登録後にその効力を争う方法として、商標法では、登録異議申立てと登録無効審判の制度が設けられていますが、これらの手続きでは、基本的には、登録査定を受けた時点における取消事由や無効事由の有無が問題とされます。一方で、商標登録無効審判について規定する商標法46条1項では、6号においていわゆる「後発的無効理由」、すなわち法的に瑕疵のないものとして登録が認められた商標が、事後的に無効となりうることが規定されています。(商標法46条1項5号及び7号も後発的な無効理由について規定していますが、以下では6号についてのみ検討します。)
商標法46条1項6号において後発的無効理由とされるものは、公益の観点から商標登録を認めるべきではないとされている理由に限定されています。たとえば、登録査定がされた後に、外国の国旗や国の紋章、国際機関を表示する標章と同一又は類似の標章となった場合は、これを無効とすることについて審判請求ができるということになりますが、どこかの国の国旗が新しく採用されて、それがたまたま登録済みの商標と類似するものだった・・・というようなことは、実際にはなかなか起きそうにありません。
ところで、商標法4条1項7号は「公の秩序又は善良の風俗を害する恐れがある商標」は商標登録を受けることができないとしていますが、商標法46条1項6号では、商標登録がされた後にその商標が公序良俗に反するものになった場合は、後発的に登録が無効とされることが規定されています。「公序良俗に反する商標」とは、通常は、商標の構成自体が非道徳的、卑わい、差別的、矯激なものである場合が典型的ですが、裁判例では「当該商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合」も含まれるとされています(知的財産高等裁判所平成18年9月20日判決)。それでは、事業の相手方の名義で登録することを許した自己の商標について、相手方との関係悪化を理由に、後発的に7号に該当することになったとして相手方の商標登録を無効にすることはできるのでしょうか。
知的財産高等裁判所令和6年8月8日判決(令和5年(行ケ)第10128号、第10129号、第10130号、第10135号、第10136号、第10137号及び第10138号)は、同一の当事者間において、異なる時期に出願登録された7件の商標登録の有効性が争われた商標登録無効審判事件において特許庁がした審決の当否が、知的財産高等裁判所で争われた事案です。特許庁においては、問題とされた7件の商標のうち、3件については商標登録を無効とし、4件については商標登録を無効としないとの審決をし、裁判所も特許庁の判断を支持する判決をしました。
この事案は、有名なスケートボーダーでありアーティストでもある米国人Yと日本法人Xの間で争われたものです。2000年10月ごろにXとYの会社の間で音楽作品の制作及びそのアルバムカバーアートや写真の創作契約が締結され、2001年にCDアルバムが発売された後、2002年から2003年にかけて日本法人Xが出願した商標D、E、F及びGと、XとYの関係が悪化した後の2020年から2021年にかけてXが出願した商標A、B及びCの7件の有効性が争われました。裁判所は、当事者間の関係が悪化し、紛争化した後にXが出願した商標A、B及びCについては、「原告等以外の者がこれらの商品を販売することを妨害、阻止する不正の目的、意図を有していたと認められる」等と認定し、商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当すると判断しましたが、両当事者の関係が良好であった2002年から2003年にかけて日本法人Xが出願、登録した商標D乃至Gについては、商標法4条1項7号に該当しないと判断しました。
Yは、特許庁の審決に対して、「本件商標D~Gの登録出願時及び登録査定時における原告等の行為等を検討するにとどまり、その後の事実関係を検討していない」、「当初は適法に登録された本件商標D~Gも、現在、これらに係る商標権を原告が保有し続けることは、商道徳に反し、著しく社会的妥当性を欠くというべきであるから、事後的に、商標法4条1項7号に該当するに至っている」等と主張しましたが、裁判所は「原告等と被告との間で後発的に法的紛争が生じたのは、当事者間の契約の解釈の相違や、商標の使用態様等によるものであって、その商標の構成自体が、社会的妥当性を欠くことになったものではなく、また、いまだ社会通念に照らして著しく妥当性を欠き、反公益的性格を帯びるようになったというものでもなく、これらは本来的には民事訴訟等により解決されるべきものである。」として、本件商標D~Gについて、後発的に商標法4条1項7号に該当するに至ったということはできないと判断しました。
この事案に照らしてみると、信頼関係をもとに、事業の相手方に対して自己の商標を登録することを許した場合には、何らかの事情で相手方との関係が悪化した場合であっても、いったん相手方に与えた商標登録を取り戻すことは難しく、事業関係の悪化という後発的な事情によって、相手方に許した商標登録を無効とすることもできないということがいえます。事業展開にあたって、何らかの事情で取引の相手方の名義で商標登録をさせることが検討の俎上に上がることがあるかもしれませんが、慎重な判断が必要と思われます。
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