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米国スタートアップ向けSecurities Regulationの基礎① ~資金調達時~
2025.03.24
はじめに
本稿は、米国において企業し、資金調達を目指すスタートアップの皆様向けに、Initial Public Offering (IPO)に至る前の株式発行による資金調達を念頭において、当該調達時に留意すべき米国のSecurities Regulation(日本における金融商品取引法及びその関連法令に相当するもの)の概要を説明するものである(全3回を予定している)。
第1回である本稿では、スタートアップが資金調達する際に適用されるSecurities Regulationの概要と必要な手続等について概観する。
適用法令について
米国におけるSecurities Regulationは、連邦法と各州法に基づくものがあり、スタートアップによる資金調達に際しては双方の適用を受け得ることに留意する必要がある。スタートアップの資金調達において主に留意すべき連邦法は、Securities Act of 1933(以下、単に「Securities Act」という。)である。各州法については(blue sky lawsなどと呼称される)、当該株式が発行される州がどこかという点を踏まえて適用州法を確認する必要がある(基本的には、発行体の所在する州と、株式を引受人の所在する州の法律が適用されることになる)。本稿では、米国での株式発行に際して適用される連邦法を中心に説明し、州法については必要に応じて補足することとしたい。なお、本稿では、米国においてスタートアップ企業が一般的に採用することの多い法人形態である、(米国のいずれかの州法を設立準拠法として設立された)Corporationが発行体であることを前提として記述を進めるものとする。
連邦証券法下においては、Corporationが株式を発行する際には、①当該株式をregistrationするか、②registrationを不要とする例外規定に依拠するか、のいずれかの手法による必要がある。Blue Sky laws(州法)下においても、連邦法によってその適用の免除を受けない限り、それぞれの州法に基づく①registrationか、②registrationの例外規定に依拠する必要がある(以下「Blue Sky Registration Requirement」という)。
Registrationについて
Registrationとは、SECにCorporationが発行する株式を登録する手続であり、日本における金融商品取引法に基づく有価証券届出書の提出に部分的には類似する手続ではあるものの、少なくとも当該会社の株式を初めてregistrationする際には、SECに提出する届出書類のドラフト、当該書類のSECに対する提出(通常はS-1と呼ばれる書類をSECに提出することになる)、SECとのその必要書類に関する調整・交渉が必要となり、起用する専門家のフィーも含めると多額の費用と時間を要することになる。したがって、IPOを前にしたスタートアップが株式の発行の都度、このようなregistrationを行うことは全く現実的ではなく、実務的にはIPOに至っていないスタートアップ企業は、②registrationの例外規定に依拠して、つまりは、registrationをすることなく株式発行を可能とする規定に依拠して、株式発行を行うのが一般的である(スタートアップ企業は、IPO時に初めてS-1をファイリングし、株式をregistrationするのが通例である)。
以下では、米国スタートアップ企業が依拠、又は検討することの多い例外規定についてその概要を説明する。
Exemption
まず、Securities Act上、最も重要な例外規定として、Section 4(a)(2)がある。同規定は、”transactions by an issuer not involving any public offering”、つまり、”public offering”を伴わないsecurities (株式等)の発行について、registrationを不要としている(”private placement”の例外規定などと呼称されることもある)。但し、この”public offering”について詳細に定義した規定はSecurities Act上存在しない。US. Securities and Exchange Commission (以下「SEC」という。)は、Section 4(a)(2)に依拠するために押さえなければならない複数の要素を公表しているが(例えば、株式の引受候補者が、財務及び経営について十分な知識と経験を有するSophisticated な投資家等であることや、registration時に投資家に提供される書面に通常記載されるような十分な情報提供が当該引受候補者になされていること、株式の引受者が、当該引き受けた株式について市場に対してdistribution等をしないことなどが示されている)、上記のとおりprivate placementについて詳細に定めた法規定及びルールが存在しないため、明確性に欠け、解釈上の疑義を払拭することができない。
そこで、SECは、いわゆるセーフハーバールールを定めており、当該ルールを遵守してSecurities(株式等)の発行等を行う限りにおいては、Securities ActのSection 4 (a)(2)又はその他のSecurities Act上のregistrationの例外規定に準拠して発行が行われたものとみなされるという恩恵を受けることができる。このセーフハーバールールを定めるregulationが、Regulation D(17 C.F.R. §230.501 et seq.)である。実務上、スタートアップがIPO前の資金調達において依拠することの多いルールである。
Regulation Dは、主にRule 504、Rule 506(b)及びRule 506 (c)の3つのそれぞれ異なるルールを規定している。それぞれにおいて、株式の発行に際して調達できる金額の上限額や、引受候補者の属性に関する制限等、異なる閾値を設定している。以下それぞれのRuleについて概観する。
Regulation D/Rule 506 (b)
最も代表的なルールの一つであり、このルールに依拠することで、Securities ActのSection 4 (a)(2)に依拠して発行が行われたものとみなされることになる。
株式を引き受ける引受人の属性についての規制があり、具体的には、Accredited Investors(注)以外の者(Non-Accredited Investor)が株式を購入する場合、その人数の上限は35名までと規定されているのが特徴的である(Accredited Investorsである引受人について人数制限はない)。いわゆるGeneral Soliciationは禁止されている(General Soliciationに関する規制については第2回で詳述する)。また、Form Dとよばれるファイリング書類を当該株式発行後の15日以内にSECに提出する必要がある。当該資金調達で調達できる金額の上限金額についての規制はない。このルールに依拠する限り、Blue Sky Registration Requirementの適用の免除を受けることができる(つまり端的にいえば、自動的に州法に基づくregistrationをしなくともよいという整理になる)。
なお、このルール上、上記のとおりNon-Accredited Investorに対しては35名まで株式を発行することができるが、Non-Accredited Investorに対して発行する際には一定の情報開示が求められており、当該情報開示の準備・提供がリソースの少ないスタートアップにとって大きな負担になり得る。したがって、実務的には、当該株式を発行する際に引受人との間で締結するStock Purchase Agreement又はSubscription Agreementにおいて、引受人がAccredited Investorsであることについて、発行体に対して表明及び保証させること等により、Accredited Investorsに対してのみ株式を発行するように対応することも実務上一般的に行われている。
Regulation D/Rule 506 (c)
Rule 506 (b)と同様に、Section 4 (a) (2)のセーフハーバーとして機能するルールである。Rule 506 (b)との大きな違いは、Rule 506 (c)下においては、株式の引受人は全てAccredited Investorである必要がある(Non-Accredited Investorに対する発行はこのルール上は許容されていない)一方、General Solicitationが許容されていることである。但し、第2回で詳述するように、このルールに依拠するためには発行体において、引受人がAccredited Investorであることを確かめるために合理的な手続を踏むことが要請されており、引受候補者に対して所定の書類の開示を求める必要がある。
Regulation D/Rule 504
Rule 504は、Securities Act のSection 4 (a) (2)のセーフハーバーとしてのルールではなく、Securites ActのSection 3(b)(1)の権限付与に基づいてSECが制定したregistarationの例外規定である。大きな特徴として、当該資金調達で調達できる金額についての上限があり、具体的には、12か月間で調達できる金額が、$10,000,000を超えてはならないとされている。なお、株式を引き受ける引受人の属性についての規制は存在しない(Accredited Investorに限らずNon-Accredited Investorに対しても株式を引き受けさせることができる。人数制限もない)。一方でRule 506 (b)及び(c)と異なり、Blue Sky Registration Requirementの適用の免除を受けることができない。
小括
上記のようにSection 4 (a)(2)と、Regulation Dに基づくそれぞれのルールを概観したが、資金調達の場面では、Section 4 (a)(2)のみに依拠することはその規定内容の不明確さを伴って疑義を払拭できないため、Regulation Dのいずれかのルールの適用をまずは模索していくことになる。Regulation Dの3つのうちで最も代表的なルールはRule 506(b)であり(Rule 504やRule 506(c)はそれぞれ調達金額の制限やAccredited Investorであることの確認手続が求められるなど、必ずしもスタートアップの資金調達において実務上、機能しないこともある)、これに依拠することを念頭に置きつつ、当該事案の特殊性に鑑み、必要において他のルールの適用も模索していくという流れになるものと考えられる。
下表は、それぞれのルールの概要を記載したものである(以下に記載した以外の規制も存在するため、当然のことではあるが、実際の案件にあたっては、各ルールの適用可能性について専門家に相談して進める必要がある。)。
上記のように、Securities Regulation上、registrationの例外規定の適用を受けるとしても、これに依拠するための様々なルールが定められており、これらのルールを網羅的に確認しつつ、確実にこれらに遵守して株式発行を行う必要がある。直近の事例として、Form Dを期限内に提出しなかった発行体(3社)に対し、SECが罰金としてそれぞれ$60,000から$195,000の支払いを求めていることにも留意する必要がある(https://www.sec.gov/newsroom/press-releases/2024-210)。
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Rule 504 |
Rule 506 (b) |
Rule 506 (c) |
発行体に係る制限 |
Reporting Company等(いわゆる上場会社等)は依拠できない |
制限なし |
制限なし |
調達金額に係る制限 |
12か月間合計で最大$10,000,000に限定 |
制限なし |
制限なし |
株式の引受人に係る制限 |
なし |
Non-Accredited Investorは35名まで(Accredited Investorは人数制限なし) |
Accredited Investorのみ引受人となることができる(人数制限なし) |
General Solicitationに係る制限 |
原則として、General Solicitationを行うことができない(一定の場合には行うことができる) |
General Solicitationを行うことができない |
制限なし(General Solicitationを行うことができる。但し所定の条件あり) |
Blue Sky Registration Requirement |
州法に基づくRegistrationについて免除されない(別途州法に基づき、Registrationか、その適用の免除を受ける必要あり) |
州法に基づくRegistrationについては免除(但し通義義務が課される場合あり) |
州法に基づくRegistrationについては免除(但し通義義務が課される場合あり) |
Form D提出の要否 |
提出が必要 |
提出が必要 |
提出が必要 |
(注)
Accredited Investorとは、Regulation DのRule 501に定義される、一定の収入、資産又は資格等の要件を満たす個人又は組織体をいい、代表的な例としては以下が挙げられる。
- (自宅を除く)New worthが、単独又は夫婦等の共同で$1,000,000を超える個人
- 過去2年の単独のincomeが$200,000又は夫婦等の共同で$300,000を超えており、今年度のincomeも同レベルであることが合理的に見込まれる個人
- 当該発行体のdirector又はexecutive officer
- $5,000,000を超える資産を保有する組織体(corporation、LLC、partnership、trust等を含む)。但し、当該発行体の株式のみを取得するために組成されたものを除く。
- Investment Advisers(SECに登録されたBroker-dears、SEC又は州に登録されたinvestment advisers 又はexempt reporting advisers等)
- 銀行などのFinancial Entities
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