対談・座談・インタビュー
スタートアップ・ファイナンスの最前線(1)近時の日米スタートアップ投資概況
2021.04.01
小川弁護士
TMIでは、日米を中心とするスタートアップへのVC、CVC、あるいは事業会社による自己勘定投資案件、スタートアップによる資金調達案件や、これらのコラボレーションに関する案件を数多くご相談いただいています。これから、何回かに分けて、これら近時のスタートアップ・ファイナンスの傾向や特徴などについて、話していきたいと思います。
一般に、会社によるファイナンスには、①株式を使うもの、②新株予約権を使うもののようなエクイティ・ファイナンスと、③ローンなどのデット・ファイナンスがありますが、まず今回は、エクイティ・ファイナンスの中でも「株式」について、TMIシリコンバレーオフィスの竹内弁護士と議論していきたいと思います。
竹内弁護士は普段、日米を往来しつつ日米のスタートアップへの投資案件、資金調達案件やM&Aを手がけておられますが、株式を用いたファイナンスの最近の傾向や特徴などで、お気づきのことはありますか。
優先株式の設計トレンド
竹内弁護士
傾向は引き続き従前からそれほど変わりないように思います。米国と日本、双方のVenture financingのご相談をいただきますが、そのメソッドの設計自体は、従前から大きな変更はない感覚です。例えば、Liquidation Preference(優先残余財産分配)であれば、1x Non-participating(1倍非参加型)が米国の基本形、1x Participating(1倍参加型)が日本の基本形、というところです。
小川弁護士
日本では非参加型の設計を見ることは非常に少ないですよね。最近、シンガポールなど東南アジアのスタートアップ投資案件で数例目にすることがありましたが、それも、特段一般的な設計というわけではなさそうでした。
「1x」の方、すなわち優先分配のマルティプルについてお話が出ましたが、最近、特に救済ラウンドのような要素が強いわけではない国内のラウンドで、以前はおよそ見かけなかった、1倍ではなく、1.5倍や2倍のものを、わずかにではありますが、見かけるようになった気がしています。竹内弁護士の感覚としてはいかがですか?
竹内弁護士
直近で担当させていただいていたSeries A Financingで、投資家から1.5xを求められ、これを受け入れた例がありましたね。米国法人を使った日本のStartupでしたが、Hardware Startupの要素もあり、最終的に1.5倍が設定されたものでした。
それとは別に、株式ではないですが、J-KISSで投資を受けていた日本のStartupが米国の会社にInversionする際に、J-KISSの現金償還の設計について少し高めの掛け率を設定したい、という要望を受けたこともありましたね。
1倍以外のマルティプル
小川弁護士
なるほど。まず一つ目のケースについて伺いますが、まず「米国法人を使った日本のStartup」というストラクチャーですが、起業家が日本の方で、ビークルとして米国の法人を使っていた、ということでしょうか。投資家は日本のVCさんでしょうか?
竹内弁護士
はい、日本の方が、米国に、デラウェア州準拠の会社(C-Corporation)を作って取り組んでいるスタートアップです。投資家は皆さん日本の投資家でした。属性で言えば、VCさん、事業会社さん、日本のエンジェル投資家などで、リードは日本のVCさんでした。
小川弁護士
なるほど、対象が米国法人になっているだけで、通常の国内案件と基本的に同じ構造ですね。
ときどき、投資家の方からも起業家の方からも、「正解は何か」というご質問をいただくことがあるのですが、Liquidation Preferenceのマルティプルをどう設計するのが「正しい」のか、というのは難問ですよね。ある意味、交渉の結果がそこに現れるもの、というものと言ってしまうと詮無い話になってしまいますが…。
もちろん、先ほど竹内弁護士が仰っていたとおり、引き続き国内では1倍が通常で、事業が悪化しているケースでの救済ラウンドなど、特殊な背景がある場合を除いて、1倍以上は「あまりみかけない」というのが率直なところです。
その意味では、少なくとも現在の日本やアメリカにおいては、1倍であればとりあえずマーケットタームとして扱われることは間違いなく、「1倍が正解」という言い方もできるのかもしれません。
一方で、最近では、インパクト投資の文脈など、ソーシャルな事業に挑戦するスタートアップを後押しする流れも強くなってきていますが、そのようなスタートアップでは、場合によってはそもそもファンドのビンテージ内でEXITを迎えるための事業計画を書くこと自体、容易でないケースもあると思います。そのようなスタートアップに集中的に投資をするファンドにおいて、投資先へのマルティプル設定を全体的に高めに設定して、ファンド全体ではファイナンシャルなリクープも諦めない設計ができないか、というご相談をいただくこともありました。
このようなケースでは、それくらいのインセンティブを確保しないとそもそも投資ができない(しにくい)という背景があるわけです。そうすると、それが原因でそのようなスタートアップに資金が流入せず、結果、挑戦する人材、機会が減ってしまうくらいであれば、そのようなスタートアップに必要な資金を流していくためのファンドの一つのあり方として、マルティプルについてゼロベースで検討することもあり得るな、と思ったりもします。そうすると、このようなケース、状況では、そのようなスタートアップのチャレンジを後押しする投資家が十分に存在し得るマルティプルが正解、という捉え方もできるのかもしれません。言い換えると、当然ではありますが、「状況と目的によるので、一義的な正しさが定義できるものではない」ということなんでしょうね。
また、先ほどHardwareスタートアップという文脈がありましたが、大きなバーンが相当初期の段階から必要であったり、キャピタル・インテンシブなセクターのスタートアップだと、より早期にM&Aが発生し得るということも、現象面では否定できないのかもしれません。そのようなセクターのスタートアップに対して潤沢に資金を供給するために、ポートフォリオ全体に対するマルティプルを多めに設定していくということも、一つのアプローチという言い方もできるのかもしれませんね。
ちなみに、米国では、1倍以上のマルティプルが設定されることは、引き続き、ほぼありませんか?私がシリコンバレーにいた頃は基本的に考えられなかったのですが。
竹内弁護士
めったにお目にかかれないですね。Venture financingの傾向についてまとめたレポートを見ても、1倍以上のマルティプルが設定されている例は、安定して5パーセント前後になっていると思います。この傾向は、SDGsが叫ばれている昨今になっても変わっていないと思います。米国のスタートアップサポートでも名高い法律事務所のCooleyが公表しているデータを見ると、2020年のQ2では7%程あったようですが、2020年のQ4では、2.9%になっています。このような数字の推移を見ると、米国でマルティプルを1倍以上にする確固たる傾向は、生まれていないのだと理解しています。
先ほどのお話にもありましたが、1倍以上のマルティプルを要請する文脈では、「これくらいでないとリターンが出ない」というのが計算としてまずあるのかな、という気がします。そもそも日本と米国ではスタートアップを巡るM&Aの規模感が違いますので、米国では、非参加ですら投資家に大きなリターンが生まれる場合も多いわけです。一方で、日本だとそこまで大規模なスタートアップのM&Aはまだ多くありませんし、Participating(参加型)が原則になっていることも含め、この規模の差が影響を与えているところは大きいのではないかと思っています。
米国のLiquidation Preference
小川弁護士
ちょうど、竹内弁護士が研修されていたWilson SonsiniのEntrepreneus ReportのFull-year 2020が出ていましたが、Pre-money Valuationの中央値が、シードで7~11M、シリーズAで27~35M、シリーズBで72~100Mとされていました。日本の感覚とはラウンドサイズが一つズレているようなイメージかなと思いますが、本当に規模が大きいです。いま仰った「非参加ですら投資家に大きなリターン」という話は、米国では、非参加型でも、普通株に転換して単に株式数のプロラタで対価を受ける(あるいはそのように仮定した場合の対価を受け取る)ことで十二分に利益が出るケースがままある、という話ですね。ときおり、日本でも、「米国は1倍非参加なんだ(だから日本でも非参加が正しいんだ)」という趣旨のことを仰っている方がいらっしゃいますが、ただ払込金額の1倍を受け取ることしか選択肢がない、という話ではない、ということを誤解されている部分もあるのかもしれませんね。
ちなみに、米国における「5%」が気になります(笑)。どういうケースで1倍を超えるマルティプルが設定されているのでしょうか。やはり救済ラウンドのような場合が多いのですかね?
竹内弁護士
いかんせんあまりお目にかかれないので、正確かどうかはわからないのですが、仰るとおり救済ラウンドなどのやむを得ない事情が背景にあることが多いだろうな、とは思っています。救済ラウンドの一環ですが、Pay-to-playの絡んだRecapを通じて、既存投資家に複数マルティプルのLiquidation preferenceを与えている例もあったりしますので。ただ、よく見ると、実質的には1xになっていたりもするのですが。
小川弁護士
ダウンラウンド・ファイナンスの話、そういえば竹内弁護士と「コロナ禍で増えそうだから、論文を書こう!」と言い出して早1年が経過しましたね(笑)。先ほど述べたWilson Sonsiniの2020年にレポートでは、米国では2019年と比べてそれほどダウンラウンドが多かったわけでもなさそうではありますが。ダウンラウンド・ファイナンスは、日本であまり細かく詰められていない論点ややり方、語りたいところも多々ありますので、「またの機会」にしましょう(笑)。
竹内弁護士
執筆の超長期中断は、我々のお家芸ですね(笑)
シードラウンドで用いる株式
小川弁護士
話を少し変えていきますが、国内のシードファイナンスで、優先株を使う場合と普通株を使う場合の比率的な感覚はいかがでしょうか。私は、「優先株を使うケースも増えてきたが、引き続き普通株が堅調」というくらいのイメージです。
米国だとCommon(普通株式)でファイナンスをすること自体ないと思いますが、国内のシードはシリーズA以降に比べると、それほど急速に優先株の利用割合が高まっていかないですね。メジャーラウンドに比べると、契約交渉や手間などもあるのだと思うのですが。
竹内弁護士
僕の場合、対応している案件の多くが米国法人を使ったスタートアップによる資金調達、又は、それに対する投資ですが、Common(普通株式)での資金調達は実際見ないですね。Startup側を代理している時には、数百万円程度の株式発行であればともかく、通常は、やめた方がいいとアドバイスしています。これは、単純に、Commonの価格(普通株式の株価)が上がってしまい、初期段階で必要な資本構成の柔軟な調整が難しくなるからです。
他方、日本のスタートアップでは、確かに普通株式で調達している例がまだまだ結構ありますね。みなし優先株でもなく、単なる普通株です。実際、あるクライアントは1~2億円を普通株式一本で調達しようとしています。本当に投資家が受けてくれるのかな、という気もしつつ、様子を窺っているところです。
小川弁護士
米国法人が絡んでいると、やはりそうですよね。日本だと、投資家側も、シードではそれほど優先株の取得にこだわらないというところがある気がしています。ただ、「1~2億を普通株」はなかなか見ないですね。数年前までは、普通株式一本の、ある意味硬派?な資本政策を採っているスタートアップもしばしば見かけましたが、最近はかなり少なくなっている印象です。
ちなみに、いま「みなし優先株式」の話が出ましたが、これもみかけることはありますね。少し長くなってきたので、みなし優先株式については、回を改めてCB、CEなどと併せて議論しましょう。