対談・座談・インタビュー
【インド法ブログ】~インドの裁判についての最近の動向~
2022.11.29
裁判の遅延
平野弁護士
本日は、インドでの裁判について、最近の動向を交えて、TMIインドデスクのメンバーにお話を聞いていきたいと思います。インドでの裁判についてまず言われることとしては、裁判の遅延の問題があります。
そもそも、インドで裁判が遅延する理由としては、どのようなものがあるのでしょうか。
茂木弁護士
従来から言われている裁判の遅延の理由の一つとしては、裁判手続の進め方、すなわち、口頭主義を忠実に徹底し、文字どおり口頭で弁論が行われていることが挙げられます。日本の裁判では、あらかじめ作成した書面を提出しておき、期日では、「陳述します。」という形態をとるのとは、大きく異なります。そのため、インドの裁判では、法廷で口頭での議論が活発に行われ、これはもちろん良い面もありますが、その分、弁論に時間を要することとなります。
平野弁護士
インドでは、第一審が終了するまでに7年から10年程度かかることも珍しくないと言われていますね。
茂木弁護士
はい。第一審で終了すればよいですが、上訴されて最高裁まで争われると、相当長期間に及ぶ可能性もあります。
また、期日指定の方法も、日本のように、分刻みで時刻まで指定することはなく、単に日にちのみの指定がされるため、同じ日に指定された裁判のどの事件からどのような順序で進められるかが予測できず、一日中裁判所で待たされたが、結局前の事件が長引いて期日が開かれない、などと言うことも起こります。期日に合わせて日本から出張で訪印したにもかかわらず、期日が開かれなかったため、出張が無駄になった、というケースもあります。
平野弁護士
その他にも、裁判官の数が足りないことや、法廷での争いを厭わないインド人の気質なども挙げられますね。
裁判の遅延は、かなり前から指摘されてきた問題かと思いますが、最近の動向として、遅延を解消するためにどのような対策が取られているのでしょうか。
裁判の遅延を解消するための近時の動向
奥村弁護士
まず、近年では、2013年会社法(The Companies Act, 2013)に基づき2016年に会社法審判所が設置されたことや、ADRの利用を促進することなど様々な対策が取られています。これにより、裁判所への負荷を軽減するとともに、紛争の内容等に応じた専門的な紛争解決機関により、裁判よりも早期の解決を目指すことができます。
ビーラッパン弁護士
たしかに、会社法審判所の設置により、裁判の迅速化が期待されますが、近時は、案件数がタイムリーに処理できないほど多い状況になっているようです。そのような状況で、倒産や企業再生の事案が優先的に取り扱われ、それ以外の緊急性が低いとされた事案については、審理が後回しにされるという状況もあるようです。倒産や企業再生の事案に関しては、審判命令が出されるまでの日数は、目標の330日に対し平均で約460日がかかっているようです。それ以外の会社清算等の案件に関しては、2年超える事案も珍しくないと見受けられます。
小川弁護士
会社法審判所のほかにも、2015 年に商事裁判所、高等裁判所の商事専門部及び商事控訴部法(The Commercial Courts, Commercial Division And Commercial Appellate Division Of High Courts Act, 2015)を制定し、商事紛争を専門とする裁判所を設立したことが挙げられます。これは、インド政府は、効率的に商事紛争を解決することを目的として設立したものであり、商事紛争を集中的に取り扱うことが期待されています。
同法の下では、対象となる商事紛争の範囲は、訴額等で限定はされますが、書面提出や判決言い渡しに期間制限が設けられています。2018年には、訴額の緩和等の改正が行われ、この裁判所を利用できる範囲が広がりました。
同法制定以降、商事紛争についての訴訟のスピードは、比較的早まっているようです。
コロナ禍とバーチャル期日
平野弁護士
コロナ禍では、各国において、当事者が一同に会しての審理を開催せず、ウェブ会議等を利用したバーチャルでの期日の開催も行われているところです。インドでのバーチャル期日の活用状況と、裁判手続への影響について、話をお聞きしたいと思います。
ビーラッパン弁護士
インドでもコロナ禍ではバーチャル期日が活用されましたが、前提として、その法令上の根拠を確認しておきたいと思います。インドの法律上は、バーチャルでの弁論手続きや証拠調べを制限する規定はなく、バーチャルヒアリングを行うかどうかは、最高裁判所や各高等裁判所による独自の判断に委ねられています。そのため、裁判所が状況の変化に応じて柔軟に判断でき、裁判手続の効率化が期待されます。
白井弁護士
コロナ禍の真っただ中にあった昨年度までは、短時間で終わる手続きはバーチャルで済ませ、裁判所の施設内で開催される期日は、重要な弁論や証拠調べ等に限定するような対応がされていました。
また、シニアカウンセルも積極的にバーチャルでの手続きを活用していました。例えば、従前は不可能だった、デリーとチェンナイの期日を一日のうちに終わらせる等、一日のうちに効率的に期日をこなすことがみられました。
平野弁護士
バーチャル期日について、各裁判所の運用はどうなっているのでしょうか。
白井弁護士
バーチャル期日を認めるか否かは最終的には各裁判官の裁量に委ねられます。ウイズコロナが定着してきた本年度においては、バーチャル期日からリアル期日への揺り戻しが見られますが、概ねバーチャルとリアルの効率的な組み合わせが定着してきたようです。最高裁判所では、現在、月曜と金曜に、新規案件の審理が行われますが、通常は、バーチャルヒアリング用のリンクも用意されます。また火曜から木曜は、午後にすぐに決裁できる案件(miscellaneous matters)が処理されるという運用になっていますが、こちらも通常はバーチャルヒアリング用のリンクも用意されます。一方、重要案件や、関係者が多数に及ぶ案件等は、バーチャルでの開催を認めないケースがむしろ多くなってきているようです。バーチャル期日では、例えば、訴訟当事者や代理人が多人数に及ぶケースになると、裁判所が期日参加者によるランダムな発言を制止するのが難しく、かえって円滑な訴訟進行の妨げになるといった声も聞かれます。
高裁(及び管轄下の地裁)においては、地域差はあるものの、都市部の裁判所においては、ハイブリッド(代理人がバーチャルでの期日をリクエストできる)での対応が行われているケースが多いようです。
なお、ITインフラが十分整っていない地方の弁護士からは、バーチャルでの期日につき反対の声が根強いようです。
裁判手続についてのアップデート
平野弁護士
最近では期日を対面で実施する方向に戻ってきている状況もあるようですが、新型コロナウィルスの感染拡大もあり、対面での期日に関して、従前から変わった点はあるのでしょうか。
白井弁護士
先ほど茂木弁護士が指摘していたとおり、インドでは、期日指定をする際に時刻まで指定しない運用がされています。そのため、自身の事件を待つ当事者や代理人で、法廷はごった返していました。しかし、新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、法廷が密にならないよう、法廷に入ることができる人数を限定する等の対応を行っているようです。その結果、一部揺り戻しは見られるものの、順番待ちの代理人や当事者でごった返している法廷の様子は過去のものになっているようです。
また、近年、インドの裁判では、裁判書類のペーパーレス化が推し進められています。完全ペーパーレスでの裁判が行われている法廷もあります。
仲裁の活用
平野弁護士
ありがとうございました。裁判については、コロナ禍の影響もあり、以前とはだいぶ異なる運用が行われていることが分かりました。裁判の遅延の問題も解消されていくことを期待していますが、遅延には様々な要因がありますので、一朝一夕では解消されないようにも思います。その意味では、引き続き、インドにおける紛争解決手段としては、裁判ではなく仲裁を選ぶ傾向が続きそうですね。
奥村弁護士
そのように思います。加えて、近時の大きな流れとして、仲裁判断に対する裁判所の介入を抑制する方向の裁判例が相次いでいる点は注目すべき点かと思います。
従前は、インド国内仲裁、国際仲裁ともに、インドの裁判所が介入する事態がしばしば起こりました。その結果、紛争の早期解決のため裁判ではなく仲裁手続を選択したにもかかわらず、インドの裁判所の関与により、紛争解決に想定以上の時間を要することが少なくありませんでした。
しかしながら、最近の裁判例では、仲裁手続へのインド裁判所の関与を否定する方向での判断がなされる傾向にあります。これによって、仲裁の利便性が向上し、より多くの紛争解決が仲裁に委ねられ、結果的に裁判所の負担が軽減され、ひいては裁判手続の迅速化につながることも期待されます。
まとめ
平野弁護士
皆さん、本日は、インドの裁判の現状について、近時の動向も含めて、様々な観点からご意見をいただき、ありがとうございました。
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