対談・座談・インタビュー
【座談会】前つくば市副市長(史上最年少副市長)・都市経営アドバイザー毛塚幹人様に聞く スマートシティの課題と解決策
2023.05.16
TMI総合法律事務所スマートシティ・プラクティスグループでは、日本全国の地方自治体におけるスマートシティ推進を支援しています。
2023年2月、スマートシティ・プラクティスグループでは、スマートシティに関する知見を深めるべく、栃木県宇都宮市を訪問し、つくば市前副市長・都市経営アドバイザーの毛塚幹人様と座談会を行いました。
官民双方の立場からスマートシティを支えてきた毛塚様の話は示唆に富むものであり、スマートシティに携わる地方自治体・企業の担当者の方にも参考になるものと思います。
以下、座談会の模様をお伝えいたします。
毛塚 幹人(けづか みきと)様
1991年、栃木県宇都宮市出身。財務省を経て、2017年4月に史上最年少(26歳)でつくば市副市長に就任。
2019年にForbes JAPAN誌「30 UNDER 30(世界を変える30歳未満の30人)」、2020年に世界経済フォーラム「グローバルシェイパーズ」に選出。
2021年に任期満了でつくば市副市長を退職し、現在は、栃木県那須塩原市、同県さくら市の市政アドバイザーを務めるほか、都市経営アドバイザーとして全国の地方自治体にアドバイスを行っている。
左から上野弁護士、毛塚様、尾形弁護士、人見弁護士、岡辺弁護士
TMI
TMI総合法律事務所は、2021年1月からスマートシティ・プラクティスグループを立ち上げており、スマートシティにまつわる法律問題についての案件を幅広く取り扱っております。スマートシティに関係する法律問題は多岐にわたりますが、弊所は、様々な法分野の問題にワンストップに対応できる法律事務所として、ブログや動画等で情報を発信しています。また、スマートシティを推進するための公民学連携プラットフォームである、一般社団法人スマートシティ・インスティテュートの会員としても、地方公共団体のDX人材育成のための講義の実施など、様々な活動を行っています。
私たちとしては、スマートシティの施策を継続的に発展させていくためには、①規格の統一化、②DX人材の育成、③住民の理解獲得、④法律の問題の整理の4つのハードルがあると考えています。
法律事務所である以上、私たちは④に関し特に力を入れて取り組んでおりますが、単に法律問題の整理をするだけではなく、スマートシティの課題を理解した上で、地方自治体等の実態に即した支援をしていきたいと考えています。
そこで、本日はスマートシティに関して幅広い活躍をされている毛塚様に色々とお話をお伺いし、スマートシティについての課題とその解決策について、意見交換をさせていただければと思います。
早速ですが、まずは毛塚様のご経歴を簡単にお話しいただけますでしょうか。
毛塚様
私は、大学卒業後、財務省で4年勤務したのち、つくば市の副市長を務めました。つくば市では、スーパーシティ計画のほか、行政と民間企業の連携のための仕組み作りや、スタートアップの支援施策等を担当していました。
副市長を1期務めた後、地元である栃木県に貢献したいという思いから独立しました。
現在は、宇都宮でスタートアップ企業のピッチのイベントを開催するなど、民間の立場から、地域でのエコシステムを構築するための活動を行っています。また、地方自治体の都市経営アドバイザーとして、実証実験の取組支援や、DXに関する研修等を担当しております。昨年1年間は、30程度の自治体に対してアドバイスを行いました。
本日は、スマートシティについて、様々な観点から意見交換できることを楽しみにしております。
スマートシティ施策に対する住民の受け止め
TMI
スマートシティの施策を推進し、定着させていくためには、住民の理解を得ることが欠かせないと思います。毛塚様が取り組んできたスマートシティ施策において、住民の方々の反応はどのようなものだったでしょうか。
毛塚様
つくば市は、研究都市という側面があるため、技術についてのリテラシーの高い住民が多いという特徴があります。もっとも、住民と技術の親和性が高いからと言って、容易にスマートシティ施策を進められるというわけではありません。むしろ、高いリテラシーを持っているからこそ、却って個人情報の取扱い等に懸念を示される住民も多かったです。そのため、つくば市での副市長在任中は、丁寧な説明を行う必要性を感じていました。
また、1つの自治体内でも住民の方々の反応は異なります。
実証実験を行う場合には、スマートシティが比較的受け入れられやすい地域を選ぶということを意識していました。そのような地域で実証実験を行うことにより、成功につながりやすく、他の地域への横展開も行いやすくなります。
TMI
住民理解を得ることが容易ではないときには、どのように工夫されていますでしょうか。
毛塚様
まずは、説明会などで説明を繰り返すことが欠かせません。行政の中では、「説明会は一回行えば十分である」という考え方が採られがちな面がありますが、住民ごとに生活リズムが異なるため、参加しやすい日時は人それぞれです。そのため、様々な時間帯での説明会の開催や、オンライン説明会の開催等の工夫が必要です。また、説明会に参加できない人も意見を述べることができる仕組みを設けるなど、説明や意見募集のチャネルを増やすことが重要です。
TMI
スマートフォンやPC等に慣れ親しんでいない方々もおられるかと思いますが、どのような工夫が必要でしょうか。
毛塚様
デジタルデバイド対策は多くの自治体がスマートシティ推進の軸にしていますが、企業の協力を得て、電子機器に関する教室を開催することも全国的に行われています。実際にデジタルサービスを利用する機会をもってもらうことにより、利便性を実感してもらうことが有用だと思います。
ところで、選挙の投票率については、一般には高齢者のほうが高い一方で、90代などでは、投票所に行くことが難しいため、かえって他の年代より下がるというデータがあります。このように、高齢者の方は外出することが容易ではない場合もありますので、デジタル技術は、デジタルに慣れ親しんだ若い世代だけではなく、高齢者のためにも役立ち得るものだと感じています。高齢者の方に理解しやすいユーザーインターフェースを開発した上で、高齢者向けのデジタルサービスを展開するという視点も重要だと思います。
スマートシティ施策における行政の取組状況
TMI
スマートシティ施策における、行政側の受け止めはいかがでしょうか。地方自治体において、通常の窓口業務を行いつつ、スマートシティに向けた取組を進めることは、負担が重いという指摘もあると聞いております。
毛塚様
確かに、スマートシティ化が自治体内で順調に進むことは珍しいと思います。多くの自治体では、担当部署はスマートシティ化に前向きである一方、通常業務を行っている、いわゆる「原課」にとっては、日々の業務を行いながら、スマートシティ化に取り組むことは難しい面があります。だからこそ、スマートシティの担当部署が、現場と伴走しながら取り組めるようにするための環境づくりが重要だと感じています。
TMI
つくば市では、どのような体制でスマートシティ化を進めていたのでしょうか。
毛塚様
つくば市においては、もともと科学技術政策を担当する部署がありましたので、その下に、スマートシティ専門の室を作りました。最初は、5人程度で開始しましたが、徐々に規模を拡大していきました。
スマートシティにおいては様々な施策に取り組むことになるため、テーマごとに市役所の中に部会を作った上で、原課の担当者にもワーキンググループのメンバーとして入ってもらい、場合によっては原課の担当者にプロジェクトのリーダーシップを執ってもらいました。このような分散的なチーム編成を行いつつ、スマートシティ専門室に全体のとりまとめを行ってもらうという体制を構築しました。
また、スマートシティにおいては、政府との間で規制緩和のための調整を行う必要があるので、政府との調整に慣れている方がいると施策を進めやすいです。つくば市は、もともといくつかの特区に選ばれており、政府との調整に慣れている人材が豊富であることが強みでした。そのほか、政策イノベーション部(一般の市役所における「企画部」)の部長職として、文科省の科技系の職員を出向者として受け入れておりましたが、そのような職員の存在も、中央省庁との円滑な調整を進める上でプラスとなりました。さらに、アーキテクトとして筑波大学の教授に来ていただいておりました。毎週市役所に来ていただきながら、スマートシティ政策の推進の上で貴重なアドバイスをいただくことができました。
TMI
スマートシティに積極的に取り組んでいるつくば市や宇都宮市のような自治体ではなく、スマートシティについてのノウハウが全くない自治体からアドバイスを求められたこともあるのでしょうか。また、そのような自治体からアドバイスを求められた際には、どのような点に留意しているでしょうか。
毛塚様
スマートシティにこれから取り組もうとしている段階の自治体から、アドバイスを求められることもあります。
そのような場合は、いきなりスマートシティのような大きなプロジェクトに取り掛かるのではなく、まずはデジタルツールの業務への導入から始めることを推奨するなど、自治体に合ったアドバイスを行っております。全ての自治体が同じペースで同時にスマートシティ化を進めることは必須ではなく、大規模自治体での取組が実装された段階で、徐々に小規模な自治体に波及していくようなあり方でよいのではないかと考えています。
スマートシティ推進のためのノウハウ共有・広報活動
TMI
スマートシティ化が進んでいる自治体と、発展途上の自治体との格差を解消するために、一歩進んでいる自治体が、発展途上の自治体を支援することはできないでしょうか。たとえば、スマートシティ施策の推進に関するノウハウの共有や、住民への説明資料等のオープンソース化を行い、先行事例をマネタイズすることはできないでしょうか。
毛塚様
一般に、自治体において計画を推進する際は、他の自治体に先例があることを重視する傾向があります。そのため、施策の横展開自体は可能であると思います。わかりやすい成功事例が同一都道府県内にあると、地元メディアや人的なネットワークで情報が伝わりそれを真似して他の自治体が動き出すということはよくあります。
他方、自治体では営利的な活動への意識があまりなく、マネタイズのための内部手続きもないことが通常ですので、各自治体の作成する資料を積極的に横展開するインセンティブは弱いように思われます。
冒頭で、TMIさんがブログなどでスマートシティに関する情報発信を行っているという話がありましたが、法律事務所のように第三者的な立場の方がスマートシティ普及のための取組を行っていることは、価値があると感じます。
TMI
スマートシティ化は地方自治体にとって、世界の潮流として避けられないテーマだと考えています。もちろん個人情報の取扱いなどの法律問題はありますが、法律問題があるからといってスマートシティの取組に躊躇していると、町としての魅力が薄れていってしまうことになると考えています。
そのため、スマートシティに関わる方々に情報を幅広く提供し、スマートシティ化のハードルを下げることが、我々の役割であると考えております。
現在は、ブログや動画などを通じて、スマートシティにまつわる法律問題についての発信を行っていますが、ゆくゆくは、マンガや動画などの広くアプローチしやすい媒体による地方自治体の広報活動をサポートすることなどを通じて、スマートシティの利便性を住民などに広く知らせていくことの支援にも力を入れていきたいと思っています。
スマートシティと法律問題
TMI
スマートシティに関連して、法的側面が問題となった事例はありましたか。
毛塚様
スマートシティの推進に当たっては、法的な悩み事がつきものです。
たとえば、つくば市では、レセプトデータや医療のデータなど、住民のデータを豊富に保有していますが、それらを研究目的で大学に提供する際に、本人を特定できないようにするために、どの程度加工すればよいのかを悩んだことがありました。
法令上は、研究目的の提供であれば、生データをそのまま出すことも可能だと思いますが、生データの提供には住民からの抵抗が強いことが予想されますので、データを丸めて、個人が特定されないように加工するという配慮をしていました。法律で最低限遵守しなければならないラインと、住民にとって望ましいラインは異なり、そこが悩ましい点だと感じます。
TMI
個人情報保護法においては、個人情報、仮名加工情報、匿名加工情報、統計情報といった形でのデータ利用の方法があり、それぞれ利用の条件や、求められる加工の水準に違いがあります。どのように加工するのが適切であるかは、法律上の規制の面だけでも、難しい問題です。そして、毛塚さんのおっしゃるように、個人情報保護法には違反しなくても、データの取扱目的や態様によっては住民の不信感を生むこともあるので、住民からの見え方を意識するとともに、住民に対して丁寧な説明を行うことも重要です。
法律の壁を特に感じる法分野はあるでしょうか。
毛塚様
モビリティ分野について、法律の壁を特に感じています。
つくば市では、自動走行ロボットなどの実証実験を積極的に行っていますが、実証実験の結果を実社会で活用するに当たって法律の壁を感じたこともありました。
たとえば、自動走行ロボットは人が乗っている間はモビリティとして扱われる一方、人が降りるとロボットとして扱われるため、自動走行ロボットから人が降りた後に元の場所へ戻るというサービスを提供することが難しい、という問題がありました。
道路交通法等のモビリティに関する法律は、古い時期にできた法律に、細かな改正を加えることより新しい技術やサービスへの対応が行われていますが、法律の根幹が変わっていないままなので、新しい施策を行う度に法律問題が発生します。なかなか難しいのかもしれませんが、別の法体系を作ることができないかと感じることもあります。
TMI
スマートシティでは、新しいサービスが次々に生まれますが、法整備が追い付いておらず、新しいサービスを実施するための障害になっているということはよくあります。自動運転技術については、道路交通法改正により一定の規制緩和が進められていますが、法改正に常にキャッチアップしていくほか、必要に応じて規制緩和を求めていくことも必要になると考えています。
TMI総合法律事務所には、様々な官公庁や民間企業等に出向経験のある弁護士が所属しているため、最新の法律への対応と、規制緩和に向けた取組の両面から、スマートシティ施策の力になれると自負しています。
たとえば、本日参加している人見弁護士は、農業分野について幅広い経験を有しています。栃木県は農業も盛んな県ですが、栃木県内では、スマート農業についてはどのような取組が行われているでしょうか。
毛塚様
宇都宮市にも温室管理を行うスマート農業のスタートアップ企業があり、ベンチャーキャピタルから資金調達を受けて活動をしています。また、宇都宮大学では農業に関する研究に非常に力を入れており、いちご摘みロボットやニラ摘みロボットの開発が進んでいます。ロボットは高価なので、農家が利用する際には補助金の活用や借入を行うのが通常だと思いますが、そのためには関係者の理解を獲得する必要があります。自分がアドバイスを行う自治体でもスマート農業の施策を立案しても、手を挙げてくれる農家がいなかったということもありました。単に政策を立案したり、技術を開発したりするだけではなく、どのようなチャネルで伝えると農家に新しいサービスが届くのか、農家が新しいサービスの導入を躊躇しているのであればどのように解消できるのか、といったことも含めた継続的な取組が重要だと思います。
TMI
プランを提示しただけで終わりになるのではなく、実用化まで至るまで取組を続けることを視野に入れて、自治体内でのインセンティブ設定や予算化を行う必要がありそうですね。多くの農家に、ロボットやドローン、管理アプリなどのスマート農業の成果を導入していただくには、予算の手当ても必要ですが、契約の整備や事故があった場合の取扱いなど、農家にとってスマート農業のうれしさと安心感をどう伝えていけるかも課題だと感じています。
毛塚様
実際にスマートシティの施策を進めていく段階だけではなく、これからスマートシティに取り組もうとしている自治体において、どのような施策を実施するかを選定する段階においても、弁護士からの法的な助言を受けることは有益だと感じています。法律の壁があるプロジェクトについては、早めに「やらない判断」を行うことも必要となる場合がありますが、法律の壁に気付かずにプロジェクトに着手してしまう例も見られます。
他方で、自治体にとって弁護士事務所がハードルの高い存在になっているという現状があると感じています。基本的には自治体の顧問弁護士は地元の弁護士が担当しており、スマートシティのような専門的な案件であっても、東京の大規模事務所に相談に行くという発想は生じにくいと思います。弁護士事務所に相談するハードルを下げることが重要だと感じています。
TMI
日本全体を活性化し、日本全体を隅々まで魅力あるものとして光を当てるためにはスマートシティの取組が必要であり、それを支えることが私たちTMI総合法律事務所スマートシティ・プラクティスグループの使命だと考えています。
TMIは、東京のほかに、名古屋、神戸、大阪、京都、福岡にオフィスを開設しており、また、スマートシティ・プラクティスグループ代表の尾形弁護士は、名古屋オフィスを勤務地としながら、北海道や福島に年に数回出張して、現地での法律相談を受けています。
地方の方にとって、東京の法律事務所のリーガルサービスを受けることへのハードルがあることは私たちも肌で感じているので、日本全国隈なくリーガルサービスを提供できる存在になれるように、日本各地に直接足を運んでのコミュニケーションに力を入れていきたいと思います。
本日は貴重なお話をお伺いさせていただき、ありがとうございました。
最後に今後の目標を伺わせてください。
毛塚様
私としては、「地方行政から都市経営の変革」というテーマに取り組んでいきたいです。
これまでの市町村の行政は、国や県が作った方針を踏まえて、国や県の予算を使って取組を行うという、オペレーション寄りの仕事が中心でした。これからは、各市町村が今後目指すべきものを自分たちで見据えた上で、それに向けて必要な戦略を立てて行動していくというあり方に変わっていかなければならないと考えています。たとえば、アメリカにはシティマネージャーという仕事があり、都市経営のプロフェッショナルとして、色々な街を経験しながらキャリアアップしていくというエコシステムがあります。他方、たとえば日本の副市長は生え抜きか国や県からの出向がほとんどで、国からの出向の場合は2~3年で霞が関に戻るという、専門性が高まりにくい環境にあると思います。私としては、つくば市での副市長の経験を活かしつつ、アドバイザーや地域づくりの活動を行い、都市経営の専門性を身に付けていきたいですし、都市経営のエコシステムを日本にも根付かせていきたいと考えています。