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【令和元年改正会社法特集】補償契約のひな形(サンプル)
2021.02.18
「会社法の一部を改正する法律」(以下「改正会社法」という。)が、2019年12月4日に成立し、会社補償を含むその一部が2021年3月1日より施行されます。
本稿においては、役員等との間の補償契約のひな形(サンプル)についてご提示いたします。
この補償契約のひな形(サンプル)は個別具体的な事案に即したものではなく、一般的に規定されるであろう内容を規定したものですので、ご利用される際は、弁護士等の専門家にもご相談のうえ、ご利用ください(注1)。
本稿について、ご質問がある場合には、以下のメールアドレスまでお問い合わせください。
tmi-blog-inquiry@tmi.gr.jp
今般の改正会社法についてより詳しくお知りになりたい方がいらっしゃいましたら、弊所より、「実務逐条解説 令和元年会社法改正」も発刊されておりますので、ご参照いただければ幸いです。
https://www.shojihomu.co.jp/publication?publicationId=14602864
補償契約書
株式会社●●(以下「甲」という。)と甲の取締役である●●(以下「乙」という。)は、会社法第430条の2第1項に基づいて、甲の乙に対する会社補償について、以下のとおり補償契約(以下「本契約」という。)を締結する。
(目的)
第1条 本契約は、会社法第430条の2第1項により、乙の甲の役員等(会社法第423条第1項に規定する役員等をいう。以下同じ。)としての職務の執行に関して発生した費用及び損失の補償について定めることを目的とする。
(費用の補償)
第2条 乙が、その職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求[(甲が乙に対して当該請求を行った場合を除く。)](注2)を受けた場合、甲は、乙に対し、これらに対処するために支出する費用(弁護士その他の専門家に対する報酬、訴訟費用、移動費、印刷・複製費用、通信費、届出費用、その他のあらゆる費用又は支出であって、乙が調査、防御、証言若しくは参加(上訴を含む。)し、又はその準備をすることに関連して生じるもの(上訴について必要となる担保やその提供に必要となる費用は除く。)(注3)をいい、以下「防御費用」という。)のうち通常要する費用の額を補償するものとする。
2 乙は、前項の補償を受けるためには、防御費用の支払の必要性及びその範囲を判断するために合理的に必要な書類又は情報を添えて甲に対して書面により請求するものとする。
3 甲は、前項の請求を受けた日から●営業日以内に、第1項の要件の充足の有無を判断し、その結果を乙に対して書面で通知する。
4 甲は、第1項の要件を充足すると判断し、第1項に定める防御費用を補償する場合、前項の書面の通知をした日から●営業日以内に、次に掲げるいずれかの方法によって、防御費用を支払う。
(1) 乙に代理して、当該防御費用を支払う方法
(2) 乙に対して、当該防御費用を支払うに足りる金員を事前に交付する方法(但し、当該防御費用が現実に発生した場合に限る。)
(3) 乙に対して、当該防御費用を償還する方法
5 乙は、自己若しくは第三者の不正な利益を図り、又は甲に損害を加える目的で第1項の職務を執行したものであったことが判明したときは、甲が支払った金額に相当する金銭を甲に返還するものと[し、甲も乙から第1項に基づく請求があったとしてもこれを拒絶することができるものと](注4)する。
[6 第3項の補償の要否及びその範囲の判断並びに前項の返還の要否の判断はいずれも甲の社外取締役又は外部の弁護士その他の専門家によって構成される補償委員会(以下「補償委員会」という。)が行うものとし、乙は、補償委員会から求められた書類の提出を行い、聴聞等への出頭要請に応じる等、補償委員会の審理に最大限協力するものとする。]
(損失の補償)
第3条 乙が、その職務の執行に関し、第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合、甲は、乙に対し、次に掲げる損失(以下「損失」という。)を補償するものとする(注5・6)。
(1) 確定判決又は仲裁判断に基づき当該損害を乙が賠償することにより生ずる損失
(2) 当該損害の賠償に関する紛争について当事者間に訴訟上の和解又は調停が成立したときは、乙が当該和解に基づく金銭を支払うことにより生ずる損失
2 前項の規定にかかわらず、次の各号に掲げる場合は、甲は、乙に対し、当該各号の損失の補償をしないものとする。
(1) 甲が前項各号の損害を賠償するとすれば乙が甲に対して会社法第423条第1項の責任を負う場合には、前項各号の損失のうち当該責任に係る部分
(2) 乙がその職務を行うにつき悪意又は重過失があったことにより前項の責任を負う場合には、前項各号の損失の全部
3 乙は、甲から第1項第1号の補償を受けるためには、判決の確定又は仲裁判断後遅滞なく、当該損失の支払の必要性及びその範囲を判断するために合理的に必要な書類(当該確定判決に係る判決文又は当該仲裁判断書を含むが、これに限られない。)又は情報を添えて甲に対して書面により請求するものとする。
4 乙は、甲から第1項第2号の補償を受けるためには、[和解成立前に、当該和解の内容について甲の同意を得た上で、](注7)当該和解成立後遅滞なく、当該損失の支払の必要性及びその範囲を判断するために合理的に必要な書類(当該和解に係る和解調書又は和解契約書を含むが、これに限られない。)又は情報を添えて甲に対して書面により請求しなければならない。
5 甲は、前2項の請求を受けた日から●営業日以内に、第1項及び第2項の要件の充足の有無を判断し、その結果を乙に対して書面で通知する。
6 甲は、第1項及び第2項の要件を充足すると判断し、第1項に定める損失を補償する場合、前項の書面の通知をした日から●営業日以内に、次に掲げるいずれかの方法によって、当該損失にかかる支払を行う。
(1) 乙に代理して、当該損失にかかる支払を行う方法
(2) 乙に対して、当該損失にかかる支払に足りる金員を事前に交付する方法
(3) 乙に対して、当該損失にかかる支払分を償還する方法
[7 第4項の同意、第5項の補償の要否及びその範囲の判断はいずれも補償委員会が行うものとし、乙は、補償委員会から求められた書類の提出を行い、聴聞等への出頭要請に応じる等、補償委員会の審理に最大限協力するものとする。]
(報告)
第4条 乙は、その職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求[(甲が乙に対して当該請求を行った場合を除く。)]を受けた場合、遅滞なく甲に報告するものとする。
2 乙は、本契約第2条又は前条に基づいて甲から補償を受けた場合、遅滞なく、当該補償についての重要な事実を甲の取締役会に報告するものとする。
[(損害軽減義務)
第5条 乙は、その職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求[(甲が乙に対して当該請求を行った場合を除く。)]を受けた場合、防御費用及び損失の発生防止又は軽減のために必要な措置を講じるものとする。]
(免責)
第6条 乙が第2条第2項[若しくは第6項]、第3条第3項、第4項[若しくは第7項]に基づく情報提供等、又は第4条第1項に基づく報告を怠った場合又は遅滞した場合、甲は本契約に基づく補償義務を負わないものとする。但し、当該情報提供の不履行又は遅滞により甲に不利益が生じなかった場合はこの限りでない。
2 乙が会社法第430条の3第1項に規定する役員等賠償責任保険契約により防御費用又は損失の補填を受けた場合、当該補填を受けた範囲で甲は本契約に基づく補償責任を負わないものとする。乙は、本契約に基づいて甲から補償を受けた後に会社法第430条の3第1項に規定する役員等賠償責任保険契約により防御費用又は損失の補填を受けた場合、甲に対し、当該補填と同額の金銭を返還するものとする。
(契約の失効)
第7条 乙が、甲の役員等に該当しなくなったときは、本契約は、その時より将来に向かって当然にその効力を失う。
2 前項の規定にかかわらず、本契約の効力発生日から失効時までの乙の甲の役員等としての職務の執行に関しては、なお本契約が適用される。
(解除)
第8条 甲は、乙が本契約に基づく債務の全部又は一部を履行しない場合、相当の期間を定めてその履行を催告し、その期間内に乙が当該債務を履行しないときは、本契約を解除することができる。
2 前項に基づく本契約の解除は将来に向かってその効力を有する。
(協議)
第9条 本契約について定めのない事項については、甲乙が協議し合意の上決するものとする。
(合意管轄)
第10条 甲及び乙は、本契約について紛争が生じた場合は、東京地方裁判所を第一審の専属的管轄裁判所とすることに合意する。
本契約締結の証として本書2通を作成し、甲及び乙が署名又は記名捺印の上、各1通を保有する。
●年●月●日
甲:●●
乙:●●
[Sample]補償契約書(Sample_Indemnification-Agreement.doc)
注1 参考文献として、 会社補償実務研究会編「会社補償の実務」、阿南剛「令和元年改正会社法関係書類の作成実務(1)」資料版商事法務442号6頁以下、National Venture Capital Association作成に係るModel Indemnification Agreement
注2 株主が代表訴訟で役員等の責任を追及する場合や、会社が責任追及主体となる場合にも、費用の補償の対象に含むことが可能であるが、公開会社において、補償契約によって当該役員等の職務の執行の適正性が損なわれないようにするための措置を講じているときは、その内容を事業報告に記載しなければならないとされているところ(会社法施行規則第121条第3号の2ロ)、当該措置として、株式会社が役員等に対して責任を追及する場合において当該役員等に生ずる費用については補償することができないこととしていることなどが考えられるとされているため(竹林俊憲編著『一問一答令和元年改正会社法』(商事法務、2020)125~126頁)、株式会社が役員等に対して責任を追及する場合を費用補償の対象としない場合も考えられる。
注3 補償契約において強制執行停止決定の担保金を防御費用として補償できるか必ずしも明確でない。ただし、当該担保金については、供託後に敗訴が確定した場合、債権者が担保取消手続申立てを行い、担保取消決定が行われ、債権者による供託金還付という手続によって確定判決による支払命令の引当になり、いったん供託するとその後(逆転勝訴して担保を必要とする事由が消滅しない限りは)会社が取り戻すことは難しいと考えられるが、そもそも代表訴訟において損失は補償することができず、また、当該担保金が多額となり得ることを踏まえれば、敗訴が確定し役員より返還されない可能性がある金銭について、防御費用として補償することは適当ではないとも考えられるため、本契約の防御費用から当該担保金を明示的に除外している。
注4 改正会社法第430条の2第3項は、役員等が図利加害目的で職務を執行したことを株式会社が知ったときは、株式会社は、当該役員等に対し、補償した金額に相当する金銭の「返還を請求することができる」とのみ規定しているにすぎず、予め補償の拒否ができるかどうかは必ずしも明らかでない。株式会社が、役員等の図利加害目的を知りながら補償請求を拒否できないとすると、一度補償請求に応じた上で金銭の返還請求を行わなければならなくなり迂遠であるため、株式会社が役員等の図利加害目的を知っている場合には、株式会社は、役員等の補償請求を拒否できると考えられるが、疑義を避けるため、補償契約にその旨を明記することが望ましいと考えられる。
注5 裁量的補償とする場合、「補償することができる」と規定することが考えられる。裁量的補償においては、補償の実行時に、個別具体的な事情によっては補償契約に基づき補償することの決定が「重要な業務執行の決定」(会社法第362条第4項柱書)に該当し、取締役会決議が必要となる可能性があるため、前提条件として、「取締役会において補償の実行が承認された場合」を規定することも考えられる。
注6 確定判決または仲裁判断により役員等の第三者に対する損害賠償責任が認められたことや、訴訟上の和解又は調停手続等で成立した和解により役員等が和解金を支払うこととなったことは、会社法上、損失を補償するための要件とはされていない。もっとも、個別の補償契約では、会社が補償すべき金額の適正性を担保するため、裁判手続等の公的な紛争解決手続に基づき損害賠償責任が認められ、又は和解金を支払うこととなった場合に限定することが考えられ(塚本英巨「会社補償・D&O保険の実務対応」商事法務2233号34頁)、また、事実認定を含む判決が確定しないうちに補償することにより、事後的に役員等に対する返還請求等の対応が生じる可能性があることも得策でないため、本契約では確定判決又は仲裁判断がなされることを前提としている。
注7 会社法上、和解に対する会社の事前承認は会社補償の要件とされていないが、会社側の補償を見越した安易な和解を誘発しないという観点等から、役員の和解金を会社が補償する場合に、会社側の事前同意を必要とすることも考えられる。