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【実務相談金融商品取引法】主要株主が上場株式の10%程度を売却する場合の法的手続・留意点
2021.04.07
相談内容:当社は、上場会社株式の10%程度を所有しておりますが、このたび、保有する上場会社株式のすべてを売却したいと考えておりますが、どのような点に留意すべきでしょうか。
近年、コーポレート・ガバナンス・コードを踏まえ、政策保有株式の売却を進める会社も増加傾向にありますが、上記のような主要株主が上場株式の10%程度を売却しようとする場合、金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)に従い必要となる手続・規制があり、当該手続・規制を踏まえ、上場株式の売却方法を検討する必要があります。
本稿においては、主要株主の上場株式の売却時にどのような規制に留意すべきか、どのような手法が最も望ましいかについて解説いたします。
規制の概要
主要株主が上場株式の10%程度を売却しようとする場合の金商法上の規制の概要は以下のとおりです。
規制の種類 |
規制の内容 |
規制の適用 |
発行開示規制(売出し) |
・発行会社による有価証券通知書の提出 ・発行会社による目論見書の作成及び売出人による目論見書の交付 |
・株式の売却が「売出し」に該当し、売出価額の総額が1億円以上であること ・目論見書の交付義務について例外あり |
大量保有報告規制 |
・主要株主による大量保有報告書に係る変更報告書の提出 |
・主要株主が1%以上の上場株式を売却することになるため、変更報告書の提出が必須 |
インサイダー取引規制 |
・会社関係者等が、上場会社等の業務に関する重要事実又は公開買付け等事実を知りながら、その公表前に当該上場会社等の有価証券の売買等の禁止 |
・主要株主が左記重要事実又は公開買付け等事実を認識している場合、インサイダー取引規制の適用を受ける可能性があり ・クロクロ取引又は公表措置により対応することが必要 |
主要株主による売買報告書 |
・主要株主による売買に関する報告書の提出 |
・主要株主が上場株式を売却することになるため、当該報告書の提出が必須 |
短期売買利益提供請求 |
・発行会社による短期売買利益提供請求の可能性 |
・主要株主が上場株式売却の前後6か月以内に上場株式を取得している場合 |
発行開示規制(売出し)
1.概要
主要株主が上場株式の10%程度を売却する場合、当該売却が金融商品取引法上の「売出し」に該当する場合は、①発行会社による財務局長等への有価証券通知書の提出(金商法4条6項)、並びに②発行会社による目論見書の作成及び売出人による目論見書の交付(金商法15条2項)が必要となることがあります。以下、どのような場合に「売出し」に該当し、上記①及び②の手続が必要となるか詳述いたします。
2.「売出し」の該当性
株式の売却が金商法上の「売出し」に該当するのは、原則として①当該売出しがいわゆる「私売出し」(金商法2条4項2号)に該当するものではなく、②金商法施行令1条の7の3各号のいずれにも該当しない場合です(金商法2条4項)。
しかし、上場株式は、「私売出し」の対象から除外されているため、上場株式の売却が「私売出し」に該当することはありません(金商法施行令1条の7の4第1号イ、1条の8の2第1号イ、1条の8の4第2号)。したがって、上場株式の売却が「売出し」に該当するかを判断するにあたっては、金商法施行令1条の7の3各号の該当性のみを検討すればよいということとなります。
金商法施行令1条の7の3各号のうち、主要株主による上場株式の売却の際に通常該当し得るのは、1号(証券取引所での譲渡)、3号(私設取引システム(PTS)での譲渡)、4号(金融商品取引業者等又は特定投資家との間において、当該株式の公正な価格形成及び流通の円滑を図る目的で、市場外で、適正価格で行う取引(いわゆるブロックトレード))、8号((a)発行者又はその役員等、(b)主要株主又はその役員等、(c)子会社又はその役員等、(d)金融商品取引業者等との間の取引)です(下記表参照)。
金商法施行令1条の7の3各号のうち、主要株主による上場株式の売却の際に通常該当し得るもの |
|
1号 |
証券取引所での譲渡 |
3号 |
私設取引システム(PTS)での譲渡 |
4号 |
金融商品取引業者等又は特定投資家との間において、当該株式の公正な価格形成及び流通の円滑を図る目的で、市場外で、適正価格で行う取引(いわゆるブロックトレード) |
8号 |
(a)発行者又はその役員等、(b)主要株主又はその役員等、(c)子会社又はその役員等、 |
以上のことからすれば、主要株主による上場株式の売却が金商法上の「売出し」に該当するのは、原則として、(i)当該売却が証券取引所又はPTSにおいて行われるものではなく、(ii)譲渡の相手方が発行者関係者、金融商品取引業者等ではなく、(iii)いわゆるブロックトレード等でない場合であるといえます。
証券取引所での譲渡には、ToSTNeT取引も含まれるため、ToSTNeT-1により株式の売却を実行すれば、「売出し」に該当しないこととなり、下記で述べるような手続は不要となります。なお、主要株主と買主との間で株式譲渡契約を締結し、その決済手段をToSTNeT-1にて実行する場合でも、1号(証券取引所での譲渡)と取り扱って差し支えないものと考えられます。
ただし、ToSTNeT-1を利用する場合、立会市場の直近取引価格の±7%以内に制限されること、インサイダー取引規制を回避するためのクロクロ取引(後述のとおり)を利用できない点に留意する必要があります。
3.有価証券通知書の提出義務
上場株式の売却が「売出し」に該当する場合、原則として発行会社による財務局長等への有価証券通知書の提出が必要となります(金商法4条6項)。
ただし、以下の場合には、有価証券通知書の提出は不要となります(金商法4条6項ただし書)。
① 売出価額の総額が1億円未満の場合、又は
② 当該有価証券の発行者その他の内閣府令で定める者以外の者が行う場合
主要株主は、②の当該有価証券の発行者その他の内閣府令で定める者に該当するため(企業内容開示府令4条4項2号イ)、主要株主による上場株式の売却が「売出し」に該当する場合で、有価証券通知書の提出が不要となるのは、売出価額の総額が1億円未満である場合のみとなります。
なお、有価証券通知書の概要及びフォーマットは、関東財務局のHPもご参照ください。
http://kantou.mof.go.jp/disclo/tuuchi/mokuji.htm
4.目論見書の作成・交付義務
上場株式の売却が「売出し」に該当する場合、売出価額が1億円以上で、かつ発行者関係者等(主要株主を含む。企業内容開示府令11条の4第2号ロ)が行う場合には、原則として発行会社による目論見書の作成及び売出人による目論見書の交付が必要となります(金商法13条1項、15条2項)。
ただし、以下の場合には、目論見書の交付は不要となります(金商法15条2項ただし書)。
① 売却の相手方が適格機関投資家である場合、又は
② 売却の相手方がその有価証券と同一の銘柄を所有している者、またはその同居者がすでにその目論見書の交付を受け、もしくは確実に交付を受けると見込まれる者であり、その相手方が目論見書の交付を受けないことについて同意した場合
5.小括
以上述べたことをまとめますと、次のようになります。
主要株主による上場株式の売却は、①当該売却が証券取引所又はPTSにおいて行われるものではなく、②譲渡の相手方が発行者関係者、金融商品取引業者等ではなく、③いわゆるブロックトレード等でない場合には、「売出し」に該当することになります。
「売出し」に該当した場合、売出価額の総額が1億円以上である場合には、有価証券通知書の提出及び目論見書の作成・交付が必要となります。ただし、(i)売却の相手方が適格機関投資家である場合、あるいは(ii)売却の相手方がその有価証券と同一の銘柄を所有している者、またはその同居者がすでにその目論見書の交付を受け、もしくは確実に交付を受けると見込まれる者であり、その相手方が目論見書の交付を受けないことについて同意した場合には、目論見書の交付は不要となります。
大量保有報告規制
1.概要
主要株主が上場株式の10%程度を売却する場合、株券等保有割合が1%以上減少することとなるため、株式売却の日から5営業日以内(初日不算入)にEDINETを通じて大量保有報告書に係る変更報告書を提出しなければなりません(金商法27条の25第1項)。
なお、大量保有報告規制の概要、大量保有報告書/変更報告書のフォーマットは、関東財務局のHPもご参照ください。
http://kantou.mof.go.jp/disclo/tairyou/mokuji.htm
2.短期大量譲渡の場合
上場株式の売却が「短期大量譲渡」に該当する場合には、譲渡の相手方及び対価に関する事項についても、変更報告書に記載しなければならないとされており(金商法27条の25第2項)、変更報告書を作成する際、第一号様式の「第2 提出者に関する事項」の「(5)当該株券等の発行者の発行する株券等に関する最近60日間の取得又は処分の状況」に代えて、第二号様式により記載することになります(大量保有府令10条)。
「短期大量譲渡」については、以下のとおりです(金商法施行令14条の8第1項)。
① 譲渡後の株券等保有割合が、譲渡日前60日以内を提出義務発生日とする大量保有報告書・変更報告書に記載された株券等保有割合、または61日前以前の日で61日前の日に最も近い日に提出された大量保有報告書・変更報告書に記載された株券等保有割合のうち最高保有割合の2分の1未満となり、かつ、
② 当該最高保有割合から5パーセントを超えて減少したもの
上記のとおり、短期大量譲渡に該当した場合、譲渡の相手方及び譲渡金額が開示される点にご留意ください。
インサイダー取引規制
上場会社の主要株主が、当該上場会社に役員を派遣している場合等において、上場会社等の業務等に関する未公表の重要事実又は公開買付け等事実を認識する場合もあるかもしれませんが、インサイダー取引規制上、概要、上場会社等の業務に関する重要事実又は公開買付け等事実を知りながら、その公表前に当該上場会社等の有価証券の売買等をしてはならないとされています(金商法166条1項、167条1項)。
主要株主が未公表の重要事実又は公開買付け等事実を知り、あるいはその伝達を受けた場合に、インサイダー取引規制を回避して株式を売却するための主な手段としては、①いわゆるクロクロ取引を用いる方法と、②当該情報を公開してから売却する方法が挙げられます。
クロクロ取引とは、未公表の重要事実又は公開買付け等事実を知った者がこれを知っている者との間において、市場外で行う売買のことをいいます。このような取引は、インサイダー取引規制の例外とされています(金商法166条6項7号、167条5項7号)。したがって、主要株主が未公表の重要事実又は公開買付け等事実を知り、あるいはその伝達を受けた場合でも、当該重要事実を知っている者に対して市場外で売却することは可能です。実務上、株式譲渡契約において、双方が認識している未公表の重要事実又は公開買付け等事実をすべて列挙したうえで契約を締結することが一般的です。
また、上記のとおり、インサイダー取引規制は、重要事実又は公開買付け等事実が公表されるまで株式の売買を禁止するものですから、上場会社による当該重要事実の公表又は公開買付者等による公開買付け等事実の公表がなされれば、その後は株式の売買をすることができます。「公表」されたといえるためには、重要事実又は公開買付け等事実が、①2以上の報道機関に伝達され、12時間以上経過すること、②TDnetにより公衆縦覧されること、③法定開示書類(有価証券届出書/公開買付届出書等)に記載されることのいずれかが必要とされます(金商法166条4項、167条4項、金商法施行令30条)。
インサイダー取引の未然防止規制
1.主要株主の売買報告書
主要株主が上場株式を売却する場合には、その売買に関する報告書を、翌月15日までに財務局長等に提出しなければなりません(金商法163条1項)。
なお、主要株主の売買報告書の概要及びフォーマットは、関東財務局のHPもご参照ください。
http://kantou.mof.go.jp/disclo/pagekthp021000005.html
2.短期売買利益の返還請求
主要株主が上場株式を売却する場合で、当該売却前6か月以内あるいは当該売却後6か月以内に当該株式を取得し、これらの売買により主要株主が利益を得た場合には、当該上場会社は、主要株主に対してその利益を上場会社等に提供すべきことを請求できるとされていますので(金商法164条1項)、当該売却の前後6か月以内での当該上場株式の取得は控えるべきといえるでしょう。
本稿について、ご質問がある場合には、以下のメールアドレスまでお問い合わせください。
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