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ミャンマー政変後の最新動向~政変が現地パートナー企業とのリレーションに及ぼす影響と、国際商事紛争が生じた場合の解決プロセス
2022.01.13
ミャンマー政変後の動き
2021年2月1日、ミャンマー国軍は、ウィン・ミン大統領およびアウン・サン・スー・チー国家最高顧問らを拘束し、2008年憲法に基づく国家非常事態宣言により政権を掌握しました。これを受けて、同月3日、G7外相およびEU上級代表は、ミャンマーにおける軍事クーデターを非難する共同声明を発出するとともに、続く同月23日には、同国における平和的な抗議活動に対するミャンマー治安部隊の暴力により死者が出たことなどを受けて、国民への暴力による威嚇と抑圧を非難する声明を発出しました。その間、英国等の主要国の一部は、人権侵害が発生したことを発動理由とする制裁制度(注1)に基づき、ミャンマー国軍の幹部を対象にして人権制裁を発動しました。
2011年のテイン・セイン大統領による民政への移行以降、ミャンマーに進出した日系企業にとっても、このような状況の中で慎重に対応せざるを得ない状況が続いています。多くの日系企業にとっては、ミャンマーとその国民への貢献という理念の下、民主的な選挙の実施といった民主主義の早期回復を願いつつ、今後も同国にコミットし続ける方針であることには変わりがないといえるでしょう。
しかしながら、企業活動における人権の尊重が重視され、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の文脈において「ビジネスと人権」への取り組みが重要として位置付けられている昨今の状況の下、人権尊重の観点から、ミャンマーでのビジネスの見直しを迫られる例も出てきています。とりわけ、国民に対する人権侵害を行っているとされるミャンマー国軍との繋がりの程度等によってはミャンマー企業との関係性を見直さざるを得ず、これまで良好な関係を築き、維持してきた提携・取引関係を維持すること自体が困難なケースも生じつつあります。また、そのような現地パートナーとの関係性の見直し、提携・取引関係の解消に伴い、意見が対立し、当事者間の紛争リスクが避けられない状況も生じてきているといえます。
この点、ミャンマーに進出している日系企業は、現地企業との間で締結した合弁契約書または取引契約書において、万が一現地企業との間で紛争が生じた場合の解決プロセスとして、国際商事仲裁を選択し、仲裁地をシンガポール、仲裁手続を管理する機関として「シンガポール国際仲裁センター(Singapore International Arbitration Centre, 略称は「SIAC」)」を指定する場合が比較的多いと思われます。そこで以下では、SIACの仲裁手続の特色を紹介するとともに、ミャンマー進出している日系企業にとってSIAC仲裁を活用するメリットと仲裁判断の執行に関わる課題について解説いたします。
シンガポール国際仲裁センター(SIAC)での国際商事仲裁手続
近年、シンガポールはアジアにおける国際紛争解決の拠点としての位置付けを一層強めています。SIACの新規申立受理件数は2018年に402件、2019年に479件、2020年に1080件と増加の一途をたどっており(注2)、シンガポール国際商事裁判所(SICC)の設置とも相俟って、利便性の高い仲裁地として機能しています。もともと国際仲裁は、新興国を中心とした公平かつ公正な司法判断を受けることが難しい国での訴訟手続を回避するための方策の一つといえますが、シンガポールは周囲に新興国を多く抱えており、また国内に信頼できる司法制度と優秀な司法人材を豊富に有していることなども、同国での国際紛争の解決が選択される背景となっています。また、日系企業では、シンガポールに統括会社を置き、そこからミャンマーを含めたASEAN各国への投資を行うケースも多く、投資先の各国で紛争が生じた場合にも、シンガポールの統括会社が紛争対応を行う例も少なからず見られ、この点も、日系企業にとってシンガポールでの仲裁が選択される理由の一つといえます。
では、SIACの仲裁手続の特色はどこにあるのでしょうか。SIACは、仲裁手続をより迅速かつ効率的にするために、早くから制度の改良に向けた取組を進めてきました。その代表的なものとして、請求額が一定の額を超えない場合に単独仲裁人による書面審理のみで仲裁判断を下すための簡易手続(Expedited Procedure)、請求等に明らかに理由がない場合に早期却下を行うための請求および防御方法の早期却下制度(Early Dismissal of Claims and Defenses)、仲裁と調停の利点を組み合わせたArb-Med-Arb手続、緊急性が高い事案に適用される緊急仲裁人制度等が挙げられます。
また、シンガポールは、仲裁にかかる弁護士報酬等のコストをファンドから出資してもらうためのサードパーティ・ファンディングを既に合法化するとともに、仲裁以外の訴訟についても、国際案件に適切に対処することを目的としてシンガポール国際商事裁判所(SICC)を設置するなど、様々な面で国際紛争解決のインフラ整備を行ってきたことから、事案が複雑で、かつコストも高額になりがちな国際紛争の解決を迅速かつ的確に進め易い環境が整っています。
ミャンマーに進出している日系企業にとっても、これらのSIACの特色や上記のようなシンガポールでの国際紛争解決のためのインフラ整備から享受できるメリットは大きいと思われます。また、法解釈の予見可能性や、手続の安定性が必ずしも確保されていないミャンマーの現状に照らすと、より中立性の高いシンガポールでSIAC仲裁を行う方が適切な判断が得られ易い面があるといえます。しかしながら、SIAC仲裁で勝訴したとしても、実効的な紛争解決という観点からは、以下で述べるとおりジレンマを抱えていると言わざるを得ない現状があります。
海外での仲裁に関するミャンマーにおけるジレンマ
(1) 海外での仲裁とミャンマーの国内裁判所での訴訟との同時進行のリスク
合弁契約に関わる紛争解決手段として、SIAC仲裁が指定されていた場合、本来的にはその仲裁条項の存在を理由にミャンマー国内裁判所への訴訟提起は否定され、本案審理に入る前に、訴えは却下されるべきものです(いわゆる妨訴抗弁)。しかしながら、ミャンマーでは、契約書に仲裁条項が存在していたとしても、ミャンマーの裁判所が本案に関して実質審理を行い、判決を下してしまうケースが少なくないのが実情です。
この場合、契約書の仲裁条項に沿って仲裁手続の実施を求める外国企業としては、ミャンマーでの訴訟手続の却下を求め、本案審理を行わないように求めることになると思われますが、かかる主張が裁判所に受け入れられず、本案審理が行われることとなった場合、これに応訴するべきかは非常に悩ましい問題といえます。本案審理に応訴すれば、ミャンマーの裁判所の管轄を認めたとも受け取られかねず、他方で、実質審理を拒否すれば、相手方の主張と立証のみで判決がなされ、少なくともミャンマー国内では確定した判決が形成されてしまう可能性が否定できないため、難しい判断を迫られる場合があります。
(2) 海外の仲裁手続を経て下された仲裁判断のミャンマー国内での執行
ミャンマーでは、上記ニューヨーク条約締結後も、国内法未整備のために外国仲裁判断の執行を行うことができない状態が続いていましたが、2016年1月5日に仲裁法が成立し、国内法の面でも外国仲裁判断を執行するための法的裏付けはできたといえます。
しかしながら、同法では、外国仲裁判断がミャンマーの国家的利益(National Interest)に反する場合は、裁判所は外国仲裁判の執行を拒むことができるとされており(同法第46条(c)(ii))、また、現状では、外国仲裁判断がミャンマーで承認された前例は極めて限られるため、外国仲裁判断の執行については予見可能性が低い面があるといえます。
ミャンマー政府を相手にした投資仲裁の可能性
仮に仲裁判断の執行がミャンマー政府または同国の裁判所によって不当に妨げられ、実質的に裁判拒否に該当する程度にまで至った場合には、その妨害の態様によっては、ミャンマー政府を相手に投資仲裁を申し立てる選択肢も検討の余地があるように思われます。投資仲裁とは、投資受入国が投資協定上の義務(投資財産の収用禁止、差別的取扱いの禁止、公正かつ衡平に待遇する義務等)に違反した場合に、海外投資家が投資受入国に対して投資協定に基づいて仲裁を申し立てることができる仕組みのことをいいます。投資受入国の国内裁判所が明らかに不適切で信頼性を欠くような形で外国仲裁判断の執行を拒否する判決を下したような場合には、投資受入国が海外投資家を公正かつ衡平に待遇する義務に違反するなどの理由で投資仲裁の可能性を検討する余地もあり得ると思います。
この点、ミャンマー進出している日系企業に関連する範囲では、日ミャンマー投資協定およびシンガポール・ミャンマー投資協定が既に締結されています。そのため、日本から直接ミャンマーに投資をしている場合、または日本からシンガポールの地域統括会社経由でミャンマーに投資を行っている場合のいずれにおいても、その投資財産について投資協定上の保護を受けられることになります。したがって、ミャンマー政府または国内裁判所がこれらの投資協定に違反するような行為を行った場合には、投資仲裁も紛争解決方法の選択肢の一つとなり得ると考えます。
最後に
2022年1月現在、ミャンマーの人権状況の改善と、民主的で公正な総選挙の実施には、まだ多くの困難が予想されると言わざるを得ません。そのため、日系企業にとっては今後のミャンマー投資について難しいかじ取りを強いられる状況は続く可能性が高いと思われます。そうした中で、万が一現地のパートナーとの間で紛争が起きた場合には、如何にすれば適切なプロセスを経て、実効的な紛争解決を進めることができるかが重要な鍵となるものと思われます。
(注1)英国は、2020年12月31日に発効した「ミャンマー制裁レジーム」に基づき、2021年2月18日付けで国防大臣を含むミャンマー国軍幹部らに対して資産凍結および渡航制限の制裁を科しました。
(注2)SIAC Annual Report 2020
https://www.siac.org.sg/images/stories/articles/annual_report/SIAC_Annual_Report_2020.pdf