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【中国】最高人民法院が2021年10大知財事件を公表
2022.05.09
中国最高人民法院は、2022年4月21日に、2021年の10大知財事件及び50件の典型的知財事例を公表しました。
10大知財事件の内訳は、民事9件、刑事1件であり、内容は、特許権侵害1件、商標権侵害2件、著作権侵害3件(うち1件はソフトウェア著作権)、植物新品種侵害1件、不正競争4件、独占禁止法違反1件でした(商標及び不正競争の両方に関するもの2件を含みます)。
外国企業の関連する案件としては、フランスRICQLES社のミント水に付された「双飛人」商標について、冒認出願、登録をした商標権者に対する先使用の抗弁が認められた商標権侵害・不正競争事件(下記事件1)、世界的ブランドである「Wyeth」商標の侵害行為に対して懲罰的賠償が課された商標権侵害・不正競争事件(下記事件6)が含まれます。
また、それ以外にも、営業秘密侵害行為に対する賠償額としては史上最高の1.59億元の損害賠償責任が課された「バニリン」製造方法に関する営業秘密侵害事件、SNS上で植物新品種「金粳818」の取引を仲介した行為は幇助侵害ではなく直接侵害を構成するとして懲罰的賠償を課した植物新品種侵害事件など、知的財産権に対する保護強化の傾向を印象づける事件が選ばれ、紹介されています。
以下、10大事件のうち特に興味深い4件の概要をご紹介致します。
事件1:商標権侵害・不正競争事件(2020)最高法民再23号
本件は、「双飛人」商標、及び双飛人容器の2つの立体商標の権利者である双飛人製薬股份有限公司(以下「双飛人社」といいます。)が、広州ライテス商務諮詢有限公司(以下「ライテス社」といいます。)等によるフランスRICQLES社のミント水「双飛人薬水」の製造・販売行為が商標権侵害及び不正競争行為にあたるとして提訴した事件です。
一審・二審の裁判所は、商標権侵害・不正競争行為の成立を認めましたが、ライテス社は当該判断が不服として、最高人民法院に対して再審を請求しました。最高人民法院は、ライテス社の提出した証拠により、フランスのRICQLES社が1990年代から中国大陸の一部地区の新聞に「双飛人薬水」の広告を出しており、その持続時間が長く、発行地域及び発行量も多いため、RICQLES社の先使用に係る「双飛人薬水」の青・白・赤で構成される包装は、一定の影響力を有するものと認定しました。そして、双飛人社がRICQLES社の「双飛人薬水」の存在を明らかに知りながら悪意で「双飛人薬水」の包装に類似する立体商標を登録し、権利行使した行為は正当とは言えず、ライテス社による先使用の抗弁が成立するとして、商標権非侵害の判断を下しました。また、RICQLES社の商品包装は先使用により一定の影響力を有しており、更に、商品の目立つ位置に自社名を示す商標を付しているため、当該商品の販売等は、不正競争法上の商品包装等の模倣行為にも該当しないと判断しました。
本件に関し最高人民法院は、「先使用の抗弁制度の目的は、善意の先使用者が元の範囲で一定の影響力を有する商業標識の使用を継続する利益を保護することにあり、誠実信用の原則の商標法の分野における重要な現れである。再審判決は、誠意ある経営によってもたらされた使用の権益を有効に保護しており、人民法院が知的財産権訴訟の誠意ある体系を建設していく上で有益な試みである。」とその先例的意義を示しています。本判決は、外国ブランドの標章に関する先使用権を認めたものであり、その意味では中国の裁判所も外国ブランド、知的財産権を保護する姿勢を有していることを示したものといえそうです。
事件5:特許権侵害事件(2019)蘇05知初1122号/(2020)蘇05司懲1号
本件において、江蘇省中級人民法院は、「排水板成型機」の特許権を有する周氏の申し立てに応じて、無錫瑞之順機械設備製造有限公司(以下「瑞之順社」といいます。)の被疑侵害製品に対して訴訟前証拠保全の裁定を下し、瑞之順社の現場に赴いて製品を撮影し記録を作成した上で、保全された証拠を破壊又は移転してはならないと言い渡し、瑞之順社の法定代表者に対して確認の署名をさせました。しかしその後、瑞之順社が当該保全証拠を移転し滅失させたため、侵害訴訟の一審裁判所は、証拠の滅失は本件の特許権侵害成否の判断に直接の影響を有するものと判断し、特許権侵害の成立を認め、原告請求額通りの100万元の損害賠償金の支払いを命じました。また、一審裁判所は、瑞之順社による証拠の移転及び滅失行為は、民事訴訟行為の深刻な妨害と判断し、司法懲戒を与え、20万元の過料を科しました。瑞之順社はこの判決を不服として上訴しましたが、二審の最高人民法院は一審判決を維持しました。
本件に関し最高人民法院は、「本件は、人民法院が力を入れて『挙証難』を打ち破り解決したものであり、知的財産権審理の質及び効率と、司法の公信力を向上させた事例である。本件では、証拠を握っている当事者の挙証義務、並びに、証明妨害及び証拠保全妨害の法的責任を明確にし、法に基づいて適切に権利者の挙証負担を軽減し、当事者が積極的、主体的、全面的、誠実に証拠を提供するよう導く上で、重要な実践的価値を有する。」とその先例的意義を示しています。本判決では、「知的財産権の民事訴訟証拠に関する若干規定」(最高人民法院关于知识产权民事诉讼证据的若干规定)第14条の規定、すなわち人民法院が既に保全措置を取った証拠に対し、当事者が無断で証拠の実物を開梱し、証拠資料を改ざんし、又はその他の証拠を破壊する行為を実施して証拠を使用不能とした場合、人民法院は当該当事者がその行為による不利な結果を負うことを確定することができるという規定が引用されています。当該規定に基づき、証拠保全されていた侵害製品は、特許権を侵害するという判断がされており、司法解釈の実務上での運用にあたって参考になる事例といえそうです。
事件6:商標権侵害/不正競争事件(2021)浙民終294号
本件は、米国ワイス社及びその中国子会社が、広州恵氏母嬰用品有限公司(以下「広州ワイス社」といいます。)による商標権侵害及び不正競争行為に対し訴訟提起した事件です。広州ワイス社は、長期に渡り大規模に、「Wyeth」等の標識を付したベビーシャンプーを含む商品を製造・販売し、冒認出願及び譲受等の方法で「恵氏」、「Wyeth」等の商標を取得し、宣伝においては明示、黙示的に米国ワイス社と関係のあることを謳うなどして、オンライン及びオフラインで侵害行為を行い、莫大な利益を得たという関係があります。
原告は3000万元の損害賠償請求をしたところ、一審裁判所は侵害行為の成立を認め、損害賠償額については、損害額の立証が困難であるとして、侵害行為によって得られた利益を基準とした認定、判断を行いました。更に、懲罰的賠償として当該利益の3倍の金額を認定したうえ、当該金額が原告の請求する損害賠償額3000万元を超えるため、広州ワイス社等に3000万元の損害賠償金の支払いを命じました。広州ワイス社等はこの判決を不服として上訴しましたが、二審裁判所である浙江省高級人民法院は、一審判決を維持し、判決文の中で、懲罰的賠償金額算定時の基準額と加算額とは別に計算されるべきであり、懲罰的賠償として侵害行為によって得られた利益の3倍の金額を課す場合、損害賠償の総額となる金額は、被疑侵害行為により得られた利益額等により算定された基準額の4倍となるべきであると判示しました。
本件に関し最高人民法院は、「本件は、人民法院が懲罰的賠償を適用した典型的な事例である。本件は、法に基づき懲罰的賠償を課すことにより、違法侵害行為に基づくコストを著しく高め、侵害者に不法な利益を得させず、逆に被侵害者に十分な救済を受けさせ、『知的財産権の侵害は他人の財産を窃取するものである』という考え方を人民の心に深く植え付けた。」とその先例的意義を示しています。判決では、懲罰的賠償が、懲罰的賠償額の基準額とは別個に扱われることを明確にしたものであり、今後の悪質な商標侵害行為抑止のほか、権利者の救済に資することが期待されます。
事件9:不正競争事件(2020)魯02民初2265号
本件では、「大衆点評」という中国国内で広く利用されている飲食店評価アプリを経営する上海漢涛信息諮詢有限公司が、広告サービス契約を締結した業者に対して「大衆点評」上で事実に反した評価(いわゆるサクラ行為)を行っていた青島簡易付網絡技術有限公司(以下「青島簡易付社」といいます。)を反不正競争法違反で提訴した事件です。青島簡易付社が、広告サービス契約をした店舗のために、中国のSNSであるwechat上で参加者を組織し、「大衆点評」上で当該店舗に「いいね」を押し、高評価をつけ、お気に入り登録し、店舗への客数とページビューを増加させた行為について、一審の山東省青島市中級人民法院は、公平・誠実の原則及び商業道徳に違反し、プラットフォーム上に不実のデータを掲載させ、プラットフォームシステムの信用を損なうものとして不正競争行為を構成すると認定し、不正競争行為の即時停止と、30万元の損害賠償金の支払いを命じました。
本件に関し最高人民法院は、「本件は、インターネット・プラットフォーム上の『評価捏造』の不正競争行為の認定に関するものであり、本件判決は、実践的なニーズに積極的に応え、『評価捏造』等の行為を制止することを通じて市場の競争秩序を維持し、経営者及び消費者の合法的な権益を保護するものとして、公平競争を尊重、保護及び促進する市場環境を形成する助けとなるものである。」とその先例的意義を示しています。判決では、反不正競争法の虚偽宣伝等に関する規定(法第8条第2項)を引用しつつ、法第2条で言及されている「誠実信用の原則」、「商業道徳の遵守」という反不正競争法の原則に違反している点にも言及しており、不正競争行為を構成するか否かを判断するにおいて、これらの原則に反するかという観点も引き続き重要なポイントであることが読み取れます。