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【スタートアップPG連載ブログ】第3回:スタートアップの取締役会
2022.08.23
米国の著名VCであるA16Zが、面白い記事を出していました。
曰く、「取締役会を造り上げるための戦略的なアプローチ」です。
取締役会の構成を考える
日本では、シリーズAかBの後くらいから取締役会を設置することが多いですよね。しかし、取締役会をどう構成するか、という問題には正解もないですし、最初は「何から何まで創業者が決める、やる」ことが当然で(しかもそれ以外の選択肢もない)、それを「重要な決定は取締役会で」と言われても、会議体で物事を決めるということを実質化していくのは簡単なことではありません。
そもそも、取締役会をどう構成するか、という論点の先にある目的は、「よい取締役会をつくる」「取締役会の実効性を高める」ということです。
ところが、上場会社ですら、「取締役会の実効性」を確保し、高めるためには何をしたら良いか、どう考えるべきか、ということが明示的に会社の重要アジェンダに設定されたのは、2015年のコーポレート・ガバナンスコード制定時です。この論点については、いま正に、継続的に議論がされているところですし、その構成員たる取締役が有する能力を客観的に示そうということで、「スキル・マトリクス」を(取締役を選任する株主に対して)示すようなことも、つい最近始まったばかり。スキル・マトリクスでも、望ましくないと考えて敢えて実行しない会社さんもあり(各社が自社のことを考えてベストと考える選択をすることが大切なのであり、敢えて実行しないことは非難されるようなことではありません。)、一様ではありません。
上場会社ですらそうなのですから、「会議体でものごとを決める」ことに慣れていないだけでなく、規模や接点数の関係など、人材の多様性を確保することが更に難しいスタートアップにおいて、「良い取締役会を作る」「実効性ある取締役会とするために多様な取締役を」といっても、実現するのは簡単なことではありません。
スタートアップ・ボード(スタートアップの取締役会)の構成の在り方、望ましい方向性などについて、米国では一定の研究・論文や文献もあり、それはそれで読んでみると勉強になりとても面白いものなのですが、日本ではあまり議論になっているようには見受けられません。人事に絡む問題であることに加えて、「経営人材」を従業員の延長上に置くことが多い日本では、あまり議論「しにくい」という実情もあるのかもしれませんね。
そんな中のA16Zの記事は示唆に富む整理がされていましたので、それを参考にしつつ日本ではどうか、とちょっと考えてみましょう。
A16Zの言っていること
原文は上記リンクから確認していただきたいのですが、まとめると、
・取締役会の構成に「正解」はない。人数も、特定の能力のバランスなども決まったものはない。 ・しかし、米国実務で行われているように、IPOの1年前程度から検討される取締役会の(再)構成には、一つの一貫したアプローチが存在する。 ・まず、自社が直面する重要な課題を(CEOは)分析し特定すること。そして、その課題に取り組むための経験と専門知識を持つ独立した取締役を優先的に採用することを検討する。 ・独立した取締役の個性・役割(原文ではpersonas)は、以下の5つに分類してみると便宜。上記課題の位置づけを①~⑤に落とし込み、必要な人を採用するようにする。 ①CEOにささやく人 ②顧客の声の代弁者 ③業界のエキスパート ④機能のエキスパート ⑤公開準備のエキスパート |
というようなことが書いてあります。
課題を発見・特定し、その課題に対処できる人を社外から加えると良い
という点は、日本でも全く異論のないところだと思います(そんなことは分かっているし、それが難しいのだ!という声が聞こえてきそうですが笑)。
ただ、フレームワークはあって損のあるものではないですし、取締役会設置後は取締役任期を1~3年程度にすることも多いので、改選期を迎えるごとに、こういう発想に基づいて、「うちの取締役会に足りている人材はいないか」という振り返りをしてみることは、良いことのように思われます。
A16Zの分類の①~⑤は、このフレームワークの具体的な落とし込みとして非常にユニークなので、以下もう少し紹介を試みます。
①CEOにささやく人(The CEO whisperer)
まず、①CEOにささやく人、とは、以下のような人だとされています。
・会社の戦略的方向性や組織運営における日々の戦略について、CEO対CEOでアドバイスができる人。 ・このような個性を持つ人は、熟練した実績ある経営者であり、通常、現職または元大きな部門のCEO、ジェネラルマネージャー、または社長である。 ・通常、この能力は、会社が規模を拡大し、取締役会を含む主要な組織構造を構築し始める際に、CEOの相談役として機能するため、初期の段階で取締役会に加わる。 |
ときどきスタートアップでは先輩経営者が社外で入っていることがありますが、このような方々に期待されているのは、たしかに経営株主さんに「ささやいて」あげること、なのかもしれません。よきアドバイス相手であり、責任があり弱音を吐けない経営者が弱音をこっそり吐ける相手、という言い方もできそうです。
こういう社外取締役にリードしてもらいたいテーマとして、以下のような項目が挙げられています。
・取締役会の構築。取締役会に適切な知識、スキル、属性をバランスよく配置するには?また、取締役会の文化を高めるにはどうすればよいか。 ・経営幹部の採用。経営陣の育成: 経営陣をどのように構築すればよいか?初めてのCFOを採用するには?CMOを解雇するには? ・成長のペース配分。人員削減を検討する必要があるか? |
非常にイメージし易いですね。
②顧客の声の代弁者(The voice of the Customer)
次に②顧客の声の代弁者ですが、これは、
・その会社の製品・サービスを購入する人を代表する人。 ・通常はCIO、CTO、CMOなどの機能面のリーダーであり、CEOに製品・サービスの機能や特徴をフィードバックし、既存顧客との関係改善や新規顧客の開拓、ブランディングやマーケティングに関する助言を行うことができる人。 |
とされています。例えば、ということで、Z世代ユーザーの増加が著しいメディア企業のCEOは、Z世代向けのメディア製品の拡張に幅広く携わってきた元メディア幹部が必要かもしれない、という例が挙げられています。
CIOやCTO、CMOなどを「The voice of the Customer」と位置づけること自体が、非常に参考になります。当たり前のことですが、たしかにそれはそうだなぁ、と思ってしまいました。
こういった方には、プロダクトへのフィードバックと既存顧客のつなぎとめ、マーケットトレンドの先取りのための施策などが期待されます。
③業界エキスパート(The Industry Expert)
業界内の情報に通じ、業界内で信頼を得ること。そういった課題に対処するための人材が③業界エキスパート、です(それはそうですね笑)。このような方は、
・通常、知名度の高い経営者。 ・「ビルダー」としての知識、人脈、信用をもたらす人。 ・特定の業界での事業展開に伴う課題や利益について熟知し、その業界の重要人物や規制当局を紹介することが可能できる人。 |
であり、このような人を招聘できるということは、通常、そのスタートアップが(約束の地に?)「到達」していること、専門的な知識を必要とする規模まで事業を展開していることを示している、とされています。
経営者だけでなく、専門家や、規制業種であれば規制当局出身者などもこのような機能を果たしてくださることが多そうです。
実際、役回りとして、
・重要なマーケットで自社の信頼性を確立するためのアドバイス ・業界固有の製品に関するフィードバック ・特定の業界における事業展開のニュアンスを理解し、その業界に特化した製品フィードバックを提供する ・業界内の規制当局を紹介できる |
といったことが挙げられています。もちろん、著名な方を集めることが目的化しては意味がありませんが、「この人に取締役になってもらえるのか」ということ自体がそのスタートアップの立ち位置を示しているような例は、多く存在しますよね。そのような「凄い先輩」に遺憾なく知見を発揮してもらうことは、会社にとって多くの利益をもたらしそうです。
④機能のエキスパート(The Functional Expert)
続いて④機能のエキスパートです。機能の、というとちょっと分かりにくいですね。原文のまま、Functional Expertの方が良いかもしれませんが、会社としての機能(の一部)を担う人、というニュアンスのようです。
・③業界エキスパートが主要市場での信頼性を確立することに貢献するのに対して、④機能のエキスパートは、会社の特定の領域に組織的な専門知識をもたらす。 ・機能別の専門家として、シニアセールスリーダー、マーケター、人材育成リーダー、技術者など、CEOが社内の特定の領域で組織設計やチームビルディングの課題に取り組むのを支援することができる人。 |
例えば、ということで、CEOに足りない会社機能の要素を持つ人の例が挙げられています。財務のバックグラウンドを持つCEOが、製品志向の機能的専門家を招き、製品のスケールアップに伴って期待されることを理解するのに役立てる、とか、国際経験の補完を求めるCEOが海外での事業展開に豊富な経験を持つエグゼクティブを迎え入れる、とかいうことです。
期待される役回りとして、
・営業組織の規模拡大、人材育成、製品戦略(価格戦略を含む。)、Go-to-market(市場参入)戦略、マーケ(会社をとりまく社会的なストーリーの管理)などをリードする |
といったことが挙げられています。マーケティングについて「How can we manage the public narrative around the company?」と記載されているのが印象的です。
⑤公開準備のエキスパート
最後に、IPO準備の専門家、ということで⑤公開準備のエキスパート、という類型が示されています。
これは、IPOに向けた(特に財務・会計に関する規律をもたらすための)専門家を確保する、というニュアンスです。
・”Qualified financial expert” |
を迎え入れよう、そして、遅くともIPOの1年前には迎え入れよう(そうすることで会社の会計に精通することができる)、ということが謳われています。
日本的な感覚でいうと、コーポレート本部長兼務のCFOがIPO準備室長を兼ねるようなイメージを前提にした話なのかなと思いましたが、どちらかというと、主に財務・会計に関する規律が念頭に置かれているようで、その差異は興味深いなと思いました。役回りとしても、端的に、
・上場市場の選定、公募条件の検討等 |
が示されています。
やむを得ない側面があることは重々理解していますが、日本では「CFO」の役回りが(特にIPO前は)かなり雑多になり、残念ながらその方の能力を発揮しきるための環境が整わない例が散見されるように見受けられます。
元会計士さんでCFOになられる方は多いですが、今後は、元会計士さんがCFO、元弁護士がコーポレート本部長、といった機能的分化を果たしていくのではないか、と密かに思ったりしています(向き不向きは確実にありますが笑、基本的に、コーポレート本部の業務は、企業法務をやっている弁護士には親和性の高いものが多いと思います。)。
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以上のような要素のうち、自社にとって補完が必要なものを特定して、対処できる人材を入れていこう、そういったお話になっています。
個別の話に落とすと当然と言える内容も含まれていますが、改めて整理されたものを見ると、なるほど、取締役会の構成を考えるというのは、自社の将来(の方向性)を考えることなのだな、たしかに「ありとあらゆる会社に適合する正解」などないな、と感じます。
ポイントは、「CEOはこれらの知見を持っていなくて構わない」という前提が置かれていること。
いつも言っていることですが、所有と経営が完全に一致している会社の、所有と経営を分離させていくのが、スタートアップのIPOプロセスだと思っています。想いを込めて作った会社が、100年、200年と続く会社になっていくために、誰が何を担っていくべきか。大きな視点で、スタートアップの取締役会が議論されていくと良いなと思います。
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