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【相続ブログ】相続制度と遺産共有・相続登記を含む登記制度(2)遺産共有と通常共有が併存している場合の特則(改正民法258条の2)
2022.10.14
はじめに
令和3年4月21日に、「民法等の一部を改正する法律」及び「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」が成立しました。これらの法律は、所有者不明土地等の発生予防と利用の円滑化の観点から総合的に民事法制を見直すことを目的としたものですが、令和5年4月1日から順次施行される予定であり、実務上も大きな影響を持つと考えられます。相続プラクティスグループでは、これらの法律を「相隣関係・共有制度」「相続制度と遺産の共有・相続登記を含む登記制度」「財産管理制度」の3つに大別して、ブログとしてそれぞれの内容の記事を連載いたします。この記事は、「相続制度と遺産の共有・相続登記を含む登記制度」の第2回となります。順次アップ予定ですので、どうぞご期待ください。
遺産共有と通常共有が併存している場合の特則(改正後の民法258条の2)【施行日:令和5年4月1日】
【改正のポイント】 |
民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号)の成立(令和3年改正)で、共有物分割訴訟に関する規律が整備されたことに伴い、相続で生じた遺産共有関係を解消する手続も明確化されることになりました。この遺産共有関係から生ずる紛争は、実務上も特に多い紛争類型となっています。
以下では、Q&A方式で、「遺産共有」という概念やその解消に必要な手続について、設例を通じて解説していきたいと思います。
〔設例〕
Xは生前、弟であるYとの間で、持分2分の1ずつの割合で、賃貸アパート(以下「本件アパート」といいます。)を共有し、そこから得た賃料収入を分け合っていました。その後、令和5年(2023年)5月1日にXが死亡し、その子であるAとBがXを相続しました(なお、AとB以外にXの相続人はいません。)。Xの死亡後は、Aが本件アパートの管理を引き継ぎ、Yと共に、第三者への賃貸を継続していました。Bは、Xの死亡からしばらくの間は、本件アパートの管理に何も口出しをしませんでしたが、Xの死亡から10年以上が経過した令和16年(2034年)に至り、突然、お金が必要になったので本件アパートを売却したいなどと言い出しました。Aとしては、近頃はYが老齢になり、本件アパートの管理業務をほとんどAが一人で負担していたこともあり、将来的には本件アパートをAが単独で所有して管理していきたいと考えていました。そのため、Aは、今回のことを機に、YとBとの共有関係を解消して本件アパートを単独で所有したいと考えています。
Q:改正後の民法(以下「改正民法」といいます。)の下で、Aとしては、本件アパートを単独で所有するためにどのような手続をとることができますか。
【親族関係図】
【本件アパートの権利関係】
(1) 遺産共有と通常共有の違い
Qの前提として、「遺産共有」と「通常共有」の違いについて説明します。
民法においては、相続が生じたときに、相続人が複数いる場合、相続財産は各自の「共有」に属すると規定されています(民法898条1項)。「共有」とは、数人が一つの所有権を有する状態をいい、「共有」に関する規定は、民法249条以下で設けられています。判例(※2)は、民法898条1項の「共有」を、民法249条以下で規定されている「共有」と同じ性質のものと解釈しており、基本的には相続により始まった「共有」にも民法249条以下の規定が適用されます。しかし、共有を解消する手段として、民法上、家庭裁判所が行う遺産分割の手続(民法906条以下)と地方裁判所又は簡易裁判所が行う共有物分割の手続(民法256条以下)の2種類の手続が存在するところ、実務では、相続によって始まった共有の解消には家庭裁判所の遺産分割の手続を、それ以外の原因(例えば契約)で始まった共有の解消には地方裁判所又は簡易裁判所の共有物分割の手続を用いるという運用がなされるなど、共有の解消の場面では、民法898条の「共有」が他の「共有」と区別される場合があります。そこで、本稿では、説明の便宜の観点から、相続によって始まった共有を「遺産共有」といい、それ以外の原因で始まった共有を「通常共有」といいます。
(2) 法改正の内容
ア 遺産共有の原則的な解消方法
上記(1)で述べた手続の運用について、改正前の民法には明確な規定がありませんでした。そこで、今回の改正では、遺産共有関係は原則として地方裁判所又は簡易裁判所の共有物分割の手続において解消することはできず、家庭裁判所の遺産分割手続で解消しなければならないことが明文化されました(改正民法258条の2第1項)。これは、遺産分割には、事案に応じた具体的相続分の主張や、遺産全体の一括分割ができるといったメリットがあるので、その機会を各相続人に保障しようという趣旨です。
イ 遺産共有と通常共有が併存している場合の特則(※3)
もっとも、各相続人に遺産分割の機会が保障されているのであれば、遺産共有関係と通常共有関係を一つの手続で解消しても相続人に特段の不利益はなく、むしろ手続の負担が軽減されます。そこで、改正民法では新たに、ある共有物(不動産以外も含みます。)について遺産共有持分と通常共有持分が併存する場合、相続開始時から10年が経過すれば、例外的に、遺産共有関係も、地方裁判所又は簡易裁判所の共有物分割訴訟において解消できることが規定されました(改正民法258条の2第2項本文)。この10年という期間は、具体的相続分による遺産分割や民法906条(遺産分割において遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮することを定めた規定)の適用を受けることのできる権利を保障するために定められました。ここでいう10年という数字は、改正民法904条の3が、各相続人に具体的相続分を基準とする遺産分割の機会を、少なくとも10年間保障していることと連動していると考えられます(改正民法904条の3については、第1回「具体的相続分による遺産分割の期間制限」で詳しく解説しています。)。
ウ 異議の申出
上記イで説明した遺産共有と通常共有が併存している場合の特則として、改正民法258条の2第2項ただし書及び同3項において異議申出制度が設けられています。すなわち、遺産共有関係を共有物分割訴訟で解消することに異議のある相続人は、遺産分割請求をしたうえで、共有物分割に係る裁判上の請求があったとの通知(具体的には、訴状の送達)を受けた日から2か月以内に異議の申出をすることにより、原則どおり、遺産分割手続で遺産共有関係の解消を図ることができます(※4)。相続人としては、相続開始から10年が経過してしまうと、原則として具体的相続分による遺産分割を求めることができなくなるとはいえ、他の相続人との間で複数の遺産を一括して分割したい場合など、なおも遺産分割の手続を選択するメリットがあります。そのため、このような場合には、異議申出制度を利用することが考えられます。
エ 施行日前に相続が開始した場合の適用関係
立案担当者の見解によれば、改正民法における共有に関する規定は施行日前に生じた共有関係にも適用されるため、施行日前に相続が開始し遺産共有関係が生じた事案についても、共有物分割の特則を定める改正民法258条の2は適用されることになるとされています。
(3) 設例の検討
本件アパートの場合、XがYと共有(通常共有)していた本件アパートの共有持分を、AとBが相続によりXから取得しているので、AとBは遺産共有関係にあり、ABとYは通常共有関係にあります。そのため、Aとしては、①Bとの間で遺産分割手続を行い、Bとの遺産共有状態を解消する、また、②Yに対して共有物分割訴訟を提起し、通常共有状態を解消する、という2ステップを踏まなければならないのが原則です。
もっとも、相続開始(Xの死亡)時から10年が経過する令和15年(2033年)5月1日より後であれば、改正民法258条の2第2項を根拠に、共有物分割訴訟を通じて、BとYとの間の共有関係を一挙に解消することができます。ただし、Bが、遺産分割請求をしたうえで、共有物分割訴訟の訴状の送達を受けてから2か月以内に異議の申出をした場合には、Aは、共有物分割訴訟ではABとYとの間の通常共有関係を解消できるだけで、Bとの遺産共有関係を解消することはできないことになります。この場合、Aは、Bとの遺産共有関係については、別途、遺産分割手続で解消しなければならないことになります。
[参考]
(※1) 村松秀樹=大谷太編著『Q&A令和3年改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法』112頁(一般社団法人金融財政事情研究会,2022)
(※2) 最判昭和30年5月31日民集9巻6号793頁
(※3) 法務省民事局「令和3年民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法のポイント(令和4年10月版)」49 頁
(※4) 村松=大谷・前掲(※1)116頁