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【インドネシア連載】混沌とするオムニバス法の行方①
2023.02.08
本連載では、オムニバス法に関する憲法裁判所の違憲判決内容及び2022年12月末の代行政令を含むインドネシア政府の対応を概説します。
はじめに
2020年11月2日に通称オムニバス法が施行されました。オムニバス法は、労働法、投資法、会社法、環境関連法などの重要法令を含む78の法令をオムニバス(包括的)に改正・廃止するという実務への影響も非常に大きな法律です。
しかしながら、2021年11月25日に、インドネシア憲法裁判所は、オムニバス法に関する条件付き違憲判決を出しました。2年以内(2023年11月25日まで)に憲法裁判所の判決に沿ってオムニバス法が改正されない場合は、オムニバス法及びその細則が無効となるという衝撃的な内容の判決でした。
オムニバス法及びその細則が無効とされる場合は、労働者の取り扱い、事業ライセンスの発行、外国資本によるインドネシアへの投資などの実務において、大きな混乱が生じることは避けられません。そこで、インドネシア政府は、違憲判決への対応として、2022年12月30日に、オムニバス法を改正する代行政令を制定しました。代行政令に関する情報が事前に公表されていなかったため、現地の実務家の間では大きなサプライズとなりました。
オムニバス法施行以降、混沌とした展開が続いていますが、違憲判決の内容やその後のインドネシア政府の対応を理解し、現状を正確に把握することは、インドネシアにおいて事業を行う企業にとって必要不可欠であると考え、本連載において概説することといたしました。
オムニバス法に関する時系列
オムニバス法に関する制定、違憲判決及び政府対応の時系列は、以下の表のとおりです。
2020年11月2日 |
雇用創出に関する法律2020年第11号(通称オムニバス法)施行 |
2021年11月25日 |
憲法裁判所による違憲判決第91/PUU-XVIII/2020 |
2022年 6月16日 |
法令の制定に関する法律2011年第12号(以下「法令制定法」といいます)の第2次改正に関する法律2022年第13号の制定 |
2022年12月30日 |
雇用創出に関する法律代行政令2022年第2号の制定 |
2023年11月25日 |
オムニバス法の改正の期限 |
違憲判決の詳細
① 申立ての概要
2020年10月15日に、次の6名の申立人により、憲法裁判所に対して、形式的違憲審査の実施、オムニバス法の施行差止め、違憲無効及び同法によって改正された法令の復活等が請求されました。
申立人 |
立場 |
Hakiimi I. Pamungkas |
民間企業のPKWT(契約社員) |
Ali Sujito |
STIKP Modern Ngawi (教育専門大学)の学生 |
Muhtar Said |
Nahdlatul Ulama Indonesia大学の法学部の教授 |
Migrant CARE |
インドネシア人の海外出稼ぎの支援を行う団体 |
Badan Koordinasi Kerapatan Adat Nagari Sumatera Barat |
西スマトラの村(Nagari)の伝統の保護を目的とする団体 |
Mahkamah Adat Alam Minangkabau |
ミナンカバウ族の伝統の保護を目的とする団体 |
② 憲法裁判所の判決(申立適格に関する判断)
憲法裁判所は、まず、憲法裁判所に関する法律2003年第24号第10条1項及び第51条3項の規定に基づき、憲法裁判所が法律の形式的違憲審査を行う権限を有することを確認しました。ここでは、実質的違憲審査ではなく、「形式的違憲審査」を行う権限のみを認めたことがポイントです。実質的違憲審査とは、法律の条文の内容が憲法に抵触しているか否かを審査するものですが、憲法裁判所はこの審査には踏み込まず、法律の制定過程が憲法に適合しているか否かを審査する形式的違憲審査のみを行うことしました。
次に、憲法裁判所は、2010年6月16日付け憲法裁判所判決第27/PUU-VII/2009を引用して、「形式的違憲審査においては、申立人について対象の法律との間に直接的な関係があるという適格要件を満たすことが必要である」との規範を示し、Hakiimi氏及びAlfi Sujinto氏は直接的な関係がないとして申立てを却下しましたが、残りの4名については適格を認めました。
③ 憲法裁判所の判決(申立理由に関する判断)
次に、憲法裁判所は、申立理由のうち、以下の4つの点について、基本的に認容しました。
法律改正手続違反 |
・成立したオムニバス法の種類が「新法」か「改正法」か「法令の廃棄」かが曖昧である。 |
オムニバス方式の根拠が不明 |
・法令制定法にオムニバス方式の法令に関する制定根拠が存在しない。 |
国民協議会(DPR)・大統領承認後の修正 |
DPR及び大統領が承認した後に法案に重大な変更が行われた。 |
目的・制定の公開性等の原則違反 |
憲法第22A条、法令制定法第5条に規定された法形成の原則、すなわち、目的の明確性、定式化、特に公開性の原則等に違反している。 |
そして、2022年11月25日に、5対4の僅差で、以下の違憲判決を下しました。
- オムニバス法の施行の差止めの請求は棄却。
- オムニバス法の違憲無効請求は、条件付きの違憲無効を認める。主な内容は以下のとおり。
- 明確な手続により、法令制定法に定められている法令制定の諸原則、特に公開性の原則に従い、最大限かつ有意義な市民の参加を行うために、2年間の猶予期間を認める。
- 2年以内にオムニバス法が改正されなかった場合は、同法は違憲無効となり、オムニバス法制定前の法令が再度有効となる。
- オムニバス法に関する実質的違憲審査の申立ても多く行われているので、立法者はオムニバス法の内容面についても検討する機会が認められる。
- オムニバス法に関して戦略的又は広範な影響を有する施策の執行を停止し、オムニバス法に関連する新たな細則の制定を停止しなければならない。
なお、インドネシアの憲法裁判所の裁判官はDPRにより3名、大統領により3名及び最高裁判所により3名任命されますが、任命母体によって裁判官の判断に顕著な傾向は見当たりませんでした。
賛成 |
反対 |
Aswanto (DPR) |
Daniel Yusmic Foekh (大統領) |
Suhartoyo (最高裁) |
Arief Hidayat (DPR) |
Enny Nurbaningsih (大統領) |
Manahan Sitompul (最高裁) |
Saldi Isra (大統領) |
Anwar Usman (Ketua. 最高裁) |
Wahiduddin Adams (DPR) |
こうして、政府及び国会は、オムニバス法を2年以内に改正するという難題を憲法裁判所より突き付けられました。
インドネシア・プラクティスグループ
(次回は政府が取った第1対策(法律2022年第13号の制定)を解説します)