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特許出願の非公開制度の基本指針案
2023.02.13
はじめに
2022年5月11日に成立し、同月18日に公布された経済安全保障推進法(以下「推進法」といいます。)において、特許出願の非公開化制度(以下「本制度」といいます。)が導入されました。
本制度は、公にすることにより外部から行われる行為によって国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明につき、発明者ないしその権利の承継人等が特許出願を行った場合に限定して、特許手続を留保し、情報流出防止の措置を講ずるものです。本制度の説明については、過去のブログ記事「日本版秘密特許制度(特許出願非公開)の概要」をご参照ください。
2023年2月11日に、経済安全保障推進室より本制度に関する基本指針案が公表され、3月12日までパブリックコメントが募集されています。基本指針は制度整備の背景や立法経緯も踏まえつつ、本制度の基本的な考え方等を明らかにし、本制度の今後の運用の方向性を決めるものですので、保全対象発明となり得る技術の研究開発を行う企業においては、意見募集を行うことも考えられます。
特許の出願人としては、①保全指定がなされる保全対象発明には何が含まれるのか、第2次審査(保全審査)に送付される発明及び外国出願が禁止される発明の範囲を決める特定技術分野には何が含まれるのか、③保全指定がなされた場合にどのような制限がかかり、どのような補償を受けられるのかが特に重要な関心事となります。そこで、本稿では基本指針案の記載内容のうち、これらの重要ポイントについてご説明いたします。
保全対象発明
1 保全対象発明
本制度により保全指定されるのは、特許出願に係る明細書等に「公にすることにより外部から行われる行為によって国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明」が含まれていることを前提としつつ、そのおそれの程度と保全指定による「産業の発達に及ぼす影響その他の事情」を総合考慮して、当該発明に係る情報が外部に流出しないように保全をすることが適当と認められる場合です(推進法第 70 条第 1 項)。
2 国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明
「公にすることにより外部から行われる行為によって国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明」とは、安全保障上の機微性が極めて高いもの、すなわち、国としての基本的な秩序の平穏あるいは多数の国民の生命や生活を害する手段に用いられるおそれがある技術の発明が該当し、具体的には以下の2つの類型の技術が説明されています。
① 我が国の安全保障の在り方に多大な影響を与え得る先端技術
その新しさゆえに、用いる者や用い方によっては、国家及び国民の安全に対する重大な脅威となり得る技術がこれに該当します。例えば、武器のための技術であるか否かを問わず、いわゆるゲーム・チェンジャーと呼ばれる将来の戦闘様相を一変させかねない武器に用いられ得る先端技術や、宇宙・サイバー等の比較的新しい領域における深刻な加害行為に用いられ得る先端技術等が挙げられています。
② 我が国の国民生活や経済活動に甚大な被害を生じさせる手段となり得る技術
その威力の大きさゆえ、我が国に対して用いられれば深刻な被害を防ぐことが容易でない技術がこれに該当します。例えば、先端技術か否かを問わず、大量破壊兵器への転用が可能な核技術等が挙げられています。
以上の記載からすれば、保全対象発明には、大量破壊兵器(核兵器、生物兵器、化学兵器、ミサイル)への転用が可能な技術や、ゲームチェンジャー技術(AI、量子技術、極超音速、無人機技術)、新領域技術(宇宙・サイバー等)が含まれてくると考えられます。
3 産業の発達に及ぼす影響その他の事情の考慮
「産業の発達に及ぼす影響」の内容としては、①特許出願人を含む当該発明の関係者の経済活動に及ぼす影響、②非公開の先願に抵触するリスクに関して第三者の経済活動に及ぼす影響及び③我が国におけるイノベーションに及ぼす影響という 3 つの観点から総合的に考慮する必要があるとされています。
特に、今後民生分野の産業や市場に幅広く展開され、発展していくような発明については、保全指定をして発明の内容の開示や実施を制限することが我が国の経済活動やイノベーションへ支障を及ぼしかねないことに十分留意する必要があるとされています。
なお、「その他の事情」としては、例えば、対象となる発明の管理状況等、保全指定の実効性に関わる事情が想定されます。すなわち、国家及び国民の安全を損なうおそれが大きく、かつ、産業の発達に及ぼす影響が少ない場合であっても、情報が既に広く知られており、保全の実質的な意義が小さい場合には、保全指定をすることが適当とは認め難いとされています。
特定技術分野
1 特定技術分野
特定技術分野に該当する発明は、第2次審査(保全審査)の対象となるとともに、外国への出願が禁止されます。「特定技術分野」とは、「公にすることにより外部から行われる行為によって国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明が含まれ得る技術の分野として国際特許分類又はこれに準じて細分化したものに従い政令で定めるもの」をいいます(推進法第66条第1項)。
2 付加要件
このうち、産業の発達に及ぼす影響が大きいと認められる技術の分野は、政令で定める付加要件を満たす必要があります。この付加要件の考え方について、宇宙・サイバー等の領域における技術等、民生分野の産業や市場に展開される可能性を含んだ技術の分野であっても、例えば、「当初から防衛・軍事の用に供する目的で開発された場合」や、「国の委託事業において開発された場合」等、「発明の経緯や研究開発の主体といった技術分野以外の角度からの絞り」をかければ、軍事・防衛に特化した技術領域に近づき、あるいは民間の経済活動の制約という要素が一定程度軽減されると記載されています。
推進法では第4章の特定重要技術の開発支援制度により経済安全保障重要技術育成プログラムによる資金支援が行われますが、この資金支援の対象技術には、宇宙・サイバー領域の技術が含まれており、「当初から防衛・軍事の用に供する目的で開発された場合」や「国の委託事業において開発された場合」という付加要件に該当するとも考えられます。
特定重要技術の研究成果に係る特許権等の帰属については、産業技術力強化法第17条(日本版バイ・ドール法)の適用が基本とされ、一定の条件のもとで100%受託者(民間企業等)に帰属させうるとされていますが、この特許出願が本制度の規制対象になってくる可能性が考えられます。
3 外国出願の禁止
そして、日本国内でした発明であって公になっていないものが、上記の特定技術分野に該当する発明である場合は、当該発明を記載した外国出願をすることができません(推進法第78条第1項)。
「日本国内でした発明」とは、特許出願人の本店所在地等がどこであるかにかかわらず、発明地が日本国内であることを意味し、複数国にまたがって研究・開発が行われた場合には、発明の完成地が発明地となると基本指針案では記載されていますが、具体的な考慮要素等は定められていません。国際的な共同研究開発が行われる場合には、「日本国内でした発明」にあたるのかの判断が難しい場合もあるため、具体的な考慮要素等が示されることが望まれます。
保全指定の効果
1 概説
保全指定の効果として、保全対象発明の実施の制限、開示の禁止、適正管理措置、発明共有事業者の変更制限、損失補償等があり、基本指針案では以下のような方向性が示されています。
2 実施の制限
リバースエンジニアリング等による情報流出を防止するため、保全対象発明の実施をする場合には、指定特許出願人は内閣総理大臣へ許可を申請(推進法第73条第1項)しなければならないとしつつ、許可申請に係る実施により、他の者に発明に係る情報が流出するおそれがない限り、内閣総理大臣は許可をするものとしています(同条第3項)。
例えば、製品を納める先が厳格なセキュリティの確保された特定の機関に限定され、そこからの発明に係る情報の流出のおそれがなければ、実施を許可することとなります。
実施を許可するかどうかの検討に際しては、発明に係る情報の流出のおそれの有無等を確認するため、指定特許出願人と意思疎通を図り、必要に応じて、指定特許出願人その他の関係者に資料の提出を求めつつ、迅速に手続を進めることとするとされています。
3 開示の禁止
保全対象発明の内容は、「正当な理由がある場合」を除いて、他者への開示が禁止されます(推進法第74条第1項)。
ここでいう「正当な理由」とは、開示することが必要かつ相当である場合をいい、例えば、次に挙げる場合のように、真に業務上の開示の必要性があり、かつ、開示を受ける側においても適正な管理が担保される場合には、「正当な理由がある」と認められます。
①同一事業者内で、人事異動に伴う後任者への引継ぎや保全対象発明の実施に関する他部署との検討といった業務上の情報共有の必要性が認められる場面において、開示する相手が情報保全の観点から適切な者である場合
②推進法第76条第1項の規定による承認が得られている発明共有事業者と共同で保全対象発明を用いた更なる研究を進めるに当たり、研究に参加する当該事業者の職員に発明内容を共有する場合等、業務上の情報共有の必要性が認められる場面において、開示する相手が情報保全の観点から適切な者である場合
③保全指定がされた後に特許手続に関与することとなった弁理士に対し、推進法第76条第 1項の規定による承認を受けた上で、保全対象発明の内容を伝える場合
4 適正管理措置
指定特許出願人は、内閣府令で定める適正管理措置を講じ、保全対象発明に係る情報の取扱いを認めた事業者(「発明共有事業者」といいます。)にその措置を講じさせなければなりません(推進法第75条第1項)。
内閣府令で定める適正管理措置としては、組織的管理体制、人的保全措置、物理的保全措置、技術的保全措置等について具体的に規定することが必要とされています。また、措置の内容の一つとして、保全対象発明を不正競争防止法における営業秘密として取り扱うことも想定されるとされています。
経済産業省では、営業秘密管理指針等を公表していますが、内閣府令で定める適正管理措置にも同様の内容が記載されるものと予想されます。
5 発明共有事業者の変更
保全対象発明の内容を知る者の範囲がむやみに広がることを防ぐため、保全指定後に新たに他の事業者に保全対象発明に係る情報の取扱いを認めるときは、あらかじめ内閣総理大臣の承認を受けなければなりません(推進法第76条第1項)。
したがって、指定特許出願人は、例えば、保全指定中に他の事業者に製造を委託したり、他の事業者と共同で更なる研究をする場合や、弁理士に特許手続の相談をする場合等、保全指定中に事業者単位の枠を超えて、新たに他の事業者に保全対象発明の内容を共有する場合には、この承認を受ける必要があります。
内閣総理大臣は、この承認の申請があった場合、情報共有の必要性や情報を共有しようとする相手が適切な情報管理をできるかといった発明に係る情報の流出防止の観点から、その適否を判断することとなるとされています。
6 損失の補償
保全対象発明(保全指定が解除又は保全指定期間が満了した場合も含みます。)の指定特許出願人又は指定特許出願人であった者は、通常生ずべき損失について補償を請求することができます(推進法80条1項)。
補償の対象となり得る損失としては、例えば、実施が不許可とされて保全対象発明を実施できなかったことにより回収できなかった開発・設備投資費用や通常得られるはずであったのに得られなかった利益等が想定されます。損失の算定は、発明の内容や不許可とされた発明の実施の態様等によって様々ですが、請求人の予見性を高めるため、補償の対象となり得る損失例について、担当部局において別途 Q&A 等の形で示される予定です。
推進法では、補償を請求する方法について定められていませんでしたが、基本指針案では、「損失補償を受けようとする者は、補償請求の理由や補償請求額の総額及びその内訳、算出根拠等を示し、その損失について補償を受けることの相当性を示す必要がある。例えば、実施の許可の申請時の事業計画等を基に補償を請求することが想定される。このとき、十分な根拠が示されていない損失については、補償の対象とならないこととなる。」と記載されています。
一般に、特許技術の価値算定は不動産と比べて困難で算定根拠を示すことが困難なことが多く、請求人の説明負担を軽減するためにも算定の考慮要素等をより明確にされることが望まれます。
意見提出の方向性
本制度の基本方針案については、3月12日までパブリックコメントが募集されており、保全対象発明となり得る技術の研究開発を行う企業においては、意見提出を行うことも考えられます。本制度は損失補償の制度が規定されているとおり、基本的には特許の出願人からすると不利益を受ける側面が強いことから、保全対象発明や特定技術分野の範囲を狭くし、保全指定による制限を最小化し、損失補償による保護を拡大するように要望を行うことが考えられます。
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