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日本版秘密特許制度(特許出願非公開)の概要
2022.07.27
はじめに
2022年5月11日、経済安全保障推進法(以下「推進法」といいます)が成立しました。この法律は、重要物資の安定供給確保、基幹インフラ役務の安定提供確保、先端重要技術の開発支援、特許出願の非公開の4つの制度を柱としています。
本稿では、特許に関連する「特許出願の非公開」についてご説明いたします。
1. 特許出願非公開制度導入の背景
特許出願の非公開とは、明細書等(明細書、特許請求の範囲又は図面をいいます)に記載された発明に係る情報の適正管理その他公にすることにより外部から行われる行為によって国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明に係る情報の流出を防止するための措置です(推進法65条1項)。
特許法では、特許出願は出願の日から18か月の経過したときには、出願公開をしなければなりません(特許法64条)。
このため、安全保障上極めて機微な発明であって公にするべきでないものであっても、特許が出願されてしまった場合には公開されてしまうことを防止できないという問題がございました。
安全保障の観点から特許の公開を制限するための制度は、一般に秘密特許制度と呼ばれますが、このような制度は多くの国で導入されており、G20参加国で秘密特許制度を有しない国は、日本、メキシコ、アルゼンチンのみとなっていました。しかし、昨今の経済安全保障の議論の高まりを受けて、経済安全保障推進法の中で日本版秘密特許制度とも言える特許出願非公開化制度が規定されることになりました。
2. 日本版秘密特許制度の特徴
日本版秘密特許制度は、特許庁と新しく設置される審査部門での2段階の審査を経て保全指定を行い、第1次・第2次審査中、保全指定中は、出願公開及び特許査定を留保する制度です。保全指定がされると、保全対象発明の実施や開示が制限され、適正管理措置も要求される代わりに、損失補償を受けることができます。また、日本において特許出願の公開を制限しながら外国で出願されては制度の趣旨が害されてしまうため、特定技術分野に属する発明については外国での特許出願も禁止しています。
保全対象発明の選定プロセス
1. 第1次審査(特定技術分野によるスクリーニング)
特許庁は、特許出願を受けてから3か月以内にその明細書等に特定技術分野に属する発明が記載されているかについて第1次審査を行い、記載されている場合には第2次審査に送付する必要があります(推進法66条1項)。また、特許出願人も、特許出願の際に保全審査を求める申出を行うことができます(推進法66条2項)。
この特定技術分野は、国際特許分類又はこれに準じて細分化したものに従い政令で定められ、公にすることにより外部から行われる行為によって国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明が含まれ得る技術の分野が特定されます。特に、保全指定をした場合に産業の発達に及ぼす影響が大きいと認められる技術の分野は、政令で定める要件に該当するものに限定されます。
この「産業の発達に及ぼす影響が大きいと認められる技術の分野」とは、軍事用にも民生用にも応用できる通信・電子機器や無人機等のデュアルユース技術を意味していると考えられますが、このようなデュアルユース技術は、経済活動やイノベーションに及ぼす影響が大きいことから、要件を限定するべきと考えられています。
2. 第2次審査(保全審査、保全指定)
第2次審査では、新しく設置される審査部門が、内閣府令で定められた判断基準に従い、以下の2点について審査を行い、保全対象発明として保全指定するかを決定します(推進法70条)。
①国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれの大きい発明の記載があるか、そのおそれの程度
②保全指定した場合に産業の発達に及ぶ影響その他の事情を考慮して、保全をすることが適当と認められるかどうか
保全指定がされる場合は、保全対象発明になり得る発明の内容を通知し、特許出願を維持する場合に14日以内に書面を要求することを定める(推進法67条9項)のみで、保全指定に対する不服申し立て手段が規定されていません。
保全期間は、当該保全指定の日から起算して1年を超えない範囲内で定められます(推進法70条2項)が、継続する必要があると認めるときは、1年を超えない範囲内において保全指定の期間を延長することができます(推進法70条3項)。
保全指定の効果
1. 概説
保全指定がされた場合、保全指定の解除又は期間満了の通知を受けるまでは、保全対象発明の特許出願を放棄し、又は取り下げることができず(推進法72条1項)、特許出願を実用新案登録出願又は意匠登録出願に変更することもできません(推進法72条2項)。
この他、保全対象発明には、実施の制限、開示の禁止、適正管理義務、損失補償等の効果が生じます。
2. 実施の制限
指定特許出願人及び保全対象発明の内容を特許出願人から示された者その他保全対象発明の内容を職務上知り得た者であって当該保全対象発明について保全指定がされたことを知るものは、当該保全対象発明を実施(特許法2条3項の「実施」と同様)することができません(推進法73条1項)。
ただし、内閣総理大臣の許可を受けた場合は実施することができ、必要な条件が付けられることがあります(推進法同条3項、4項)。
実施制限や違反や許可条件違反の場合、罰則がある(推進法92条1項6号)他、理由通知と弁明の機会を経た後、保全指定の解除又は保全指定の期間満了の通知を待って、特許出願が却下される可能性があります(推進法73条6項、7項、8項)。
3. 開示の禁止
指定特許出願人及び保全対象発明の内容を特許出願人から示された者その他保全対象発明の内容を職務上知り得た者であって当該保全対象発明について保全指定がされたことを知るものは、正当な理由がある場合を除き、保全対象発明の内容を開示することができません(推進法74条1項)。
違反して開示した場合、罰則がある(推進法92条1項8号)他、理由通知と弁明の機会を経た後、保全指定の解除又は保全指定の期間満了の通知を待って、特許出願が却下される可能性があります(推進法74条2項、3項)。
4. 適正管理措置
指定特許出願人は、保全対象発明に係る情報を取り扱う者を適正に関することその他保全対象発明に係る情報の漏えいの防止のために必要かつ適切な措置(内閣府令で定める)を講じ、及び保全対象発明に係る情報の取扱いを認めた事業者(発明共有事業者という)にその措置を講じさせなければなりません(推進法75条1項)。
指定特許出願人が、適正管理措置を十分に講じていなかったことにより、指定特許出願人以外の者が前項の規定に違反して保全対象発明の内容を実施又は開示した場合、理由通知と弁明の機会を経た後、保全指定の解除又は保全指定の期間満了の通知を待って、特許出願が却下される可能性があります(推進法73条6項、74条2項)
5. 損失補償
保全指定には、上記のような制限がありますが、保全対象発明に対しては通常生ずべき損失が補償されます(推進法80条1項)。
補償すべき金額は、内閣総理大臣が決定するものとされています(推進法80条3項)が、補償額の基準は明確にされていません。
金額の決定に不服がある場合は、通知を受けてから6か月以内に、国を被告として増額請求を行うことができます(推進法80条5項、6項)。
外国出願の禁止(第一国出願主義)
1. 禁止内容
日本において特許出願の公開を制限しながら外国で出願されては制度の趣旨が害されてしまうため、日本国内でした発明であって公になっていないものが、特定技術分野の発明であるときは、当該発明を記載した外国出願が禁止されます(推進法78条1項)。
「日本国内で発明した」の判断基準は明確にされていないため、外国との共同研究を行う際には、共同研究先の国が外国出願の禁止制度を有する場合に、規制が競合する可能性があるため注意が必要です。
これに違反した場合は、特許出願が却下される可能性があります(推進法78条5項、78条7項)が、外国での出願自体が無効になるわけではありません。罰則も定められており、国外の者も処罰対象となっています(推進法94条1項、2項)。
2. 例外
外国で出願して特許を確保できるか否かは、海外での投資を決定する際の重要な判断要素となりますが、外国出願を行うことができる場合が定められています。
まず、特定技術分野の発明に該当し得る発明を記載した外国出願をしようとする者は、特許庁長官に対し、その外国出願が禁止されるものかどうかについて、確認を求めることができます(推進法79条1項)。この事前確認により、公にすることにより外部から行われる行為によって国家及び国民の安全に影響を及ぼすものでないことが明らかである旨の回答を受けた場合は外国出願禁止の例外となり、外国出願を行うことができます(推進法78条1項)。
また、いつまでも外国へ出願できないことは妥当ではないため期間制限が定められています。特許出願の日から3か月を超えない範囲で政令が定める期間を経過しても保全審査に送付された通知がない場合は外国出願ができます。特定技術分野の発明を出願した場合でも、特許出願の日から10か月を超えない範囲で政令が定める期間を経過しても保全指定がない場合は外国出願ができます(推進法78条1項但書き)。
実効性担保
以上のような特許出願の非公開制度の実効性を高める方法として、①適正管理措置の勧告、改善命令(推進法83条)や、②特許出願の非公開に必要な限度での報告・資料提出要求及び立入検査(推進法84条)、③罰則(推進法92条乃至97条)が定められています。罰則の規定によっては行為者と法人の両方を罰する両罰規定や、未遂犯、国外犯の処罰もあり、範囲が拡大している点に注意が必要です。
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