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【米国】【商標】メタバーキンスNFT訴訟で陪審が商標権侵害を認定
2023.03.28
はじめに
エルメスがNFT分野における商標権侵害等を理由に、デジタル・アーティストのメイソン・ロスチャイルド氏をニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所で訴えていた訴訟(Hermes International and Hermes of Paris, Inc. v. Mason Rothschild, 22-cv-384 (JSR))で、2023年2月8日、9人の陪審員はエルメスの主張を認めると共に、同氏の行為は計13万3000ドル(約1740万円)の損害賠償に値すると認定しました。本訴訟は、NFT分野における商標権侵害等の成否という全く新たな論点について争われていたことから、世界的にも注目を集めていました。
本訴訟の経緯
本訴訟の詳細な経緯は前回のブログ(メタバーキンスのNFT訴訟で初の司法判断)に記載のとおりですが、おおよそ次のような経緯をたどってきました。
2021年後半
ロスチャイルド氏がエルメスの高級バッグ「バーキン」をモチーフとしたバッグ(メタバーキンス)をデジタル上で100個製作し、NFT(非代替性トークン)として、世界最大級のNFTマーケットプレイスであるOpenSeaにおいて販売。その後、エルメスはロスチャイルド氏とOpenSeaに対してCease and desist letter(侵害行為の停止を要求する書面)を送付。OpenSeaはメタバーキンスを直ちに削除したが、ロスチャイルド氏はDiscordに移動してNFTコレクションの販売を継続。
2022年1月
エルメスは、ロスチャイルド氏の行為が同社の商標権侵害及び商標の希釈化に該当し、また「metabirkins.com」というドメイン名の使用がサイバー・スクワッティング(ドメイン名の不正目的での登録・使用)に該当するものであることを理由に、同氏を相手取り、ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所に訴訟を提起。
2022年2月及び3月
ロスチャイルド氏が、エルメスは司法上の救済を受けるべき請求の原因を主張していない、として本案の却下を求める申立てを裁判所に提出。
2022年5月
ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所は、ロスチャイルド氏による本案却下申立てには理由がないと判断し、同裁判所のラコフ判事は、その理由を述べたメモランダム・オーダーを発する。
2022年12月
ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所が、本件は略式判決(summary judgment)によるべきではなく、陪審裁判(jury trial)に進むべきとの決定を行う。2023年1月30日から陪審裁判が開始されることとなる。
2023年2月
陪審裁判の最中の2月2日、ラコフ判事は、本件で略式判決を出すことを否定した理由を詳細に述べた決定(opinion and order)を発する。2月8日、陪審はエルメスの主張を認める評決を下す。
ラコフ判事による2023年2月2日付決定の内容
ラコフ判事が発した決定の要点は、本訴訟において、いかなるテスト(判断基準)が適用されるかにあります。前回のブログにてお伝えしたとおり、ロスチャイルド氏は当初より、合衆国憲法修正第1条による表現の自由の保護が重視されるテスト(Rogers v. Grimaldi, 875 F.2d 994 (2d Cir. 1989)で用いられた判断基準で、ロジャーズ・テストと呼ばれる)の適用を主張し、エルメスは表現の自由とは無関係に一般的な商標権侵害で用いられるテスト(Gruner + Jahr USA Pub. v. Meredith Corp., 991 F.2d 1072, 1074 (2d Cir. 1993)で用いられた判断基準)の適用を主張していました。この点につき、ラコフ判事は2022年5月に発したメモランダム・オーダーで述べたのと同様に、本件ではロジャーズ・テストが適用されるべきと述べました。エルメスは、ロスチャイルド氏がバーキン・バッグに基づくプロジェクトを立ち上げたのは不正に利益を得るためであると主張し、同氏の数十通ものテキスト・メッセージを証拠として提出していました。その中には、同氏が知人に送ったテキスト・メッセージでNFTを「金鉱(gold mine)」と呼んでいたものや、「誇大広告を行って大儲けしたい」と記載していたものもありました。しかし、ラコフ判事は、仮に金銭的動機があってもそれだけではロジャーズ・テストの適用は妨げられない、と判断しています。また、ラコフ判事は、商標の使用に「芸術との関連性が全く無く」、「単に原告の商標やブランドの宣伝価値を利用するためだけに選ばれた」のでなければ、「芸術的関連性」要件は一般的に充足されると判断しています。ただし、芸術との関連性要件が充足されても、「出所又は内容につき公衆を明示的に誤導させるもの」である場合には同氏の行為は保護に値しない、としてロスチャイルド氏の行為がエルメスとの出所混同を生じさせるかについては陪審が判断する必要があると指摘しました。
陪審員による評決
9人の陪審員は、ロスチャイルド氏の行為が商標権侵害、商標の希釈化、サイバー・スクワッティングのいずれにも該当すると認定しました。また、同氏の行為は計13万3000ドル(約1740万円)の損害賠償に値することも併せて認定しました。その内訳は、ロスチャイルド氏の利益と再販手数料に対して11万ドル、サイバー・スクワッティングに対して2万3000ドルとなっています。さらに陪審員は、同氏の行為がアメリカ合衆国憲法修正第1条(表現の自由等を認めた条項)によって免責されるものではない、とも判断しています。
上述のとおり、本件でラコフ判事はロジャーズ・テストを適用し、ロスチャイルド氏の行為が最小限度の芸術的関連性を有することを比較的容易に認めたため、陪審における焦点は同氏の行為がエルメスとの出所混同を生じさせたか否かにありました。陪審裁判では、双方が証拠として提出したアンケート結果(エルメス側は消費者の18.7%がメタバーキンスを同社と関連がある製品であると認識したとし、ロスチャイルド氏側は混同した消費者は9.3%にとどまるという調査結果を提出した)や、ロスチャイルド氏が差止請求を受け取った後、ウェブ・サイト上に免責条項(メタバーキンスはエルメスから承認を受けたものではなく、いかなる形でもエルメスとは無関係であると記載した)を掲載した点について検討が重ねられましたが、ロスチャイルド氏の行為はエルメスとの出所混同を生じさせたと認定されました。
さらに陪審は、同氏が自らの行為は表現の自由等について定めた合衆国憲法修正第1条によって保護されると主張した点についても、否定的な見解を示しました。ロスチャイルド氏は、自身の行為はファッション業界における動物虐待の歴史に対する芸術的な取組みであると主張していましたが、陪審は、メタバーキンスは合衆国憲法修正第1条が保護すべき芸術作品というより商標法によって規律されるべき消費者製品に近い、と判断しています。加えて、ラコフ判事は、ロスチャイルド氏側の証人でニューヨーク在住の美術評論家であるブレイク・ゴプニック氏の証言も陪審裁判から排除するなど、ロスチャイルド氏側に厳しい判断を下しました。
コメント
今回の陪審裁判ではエルメスの主張が全面的に認められ、ロスチャイルド氏は完敗したといえます。ロスチャイルド氏の弁護士レット・ミルサップス氏が、判決後の声明において、「ビッグ・ブランドにとっては素晴らしい日であり、芸術家と憲法修正第1条にとっては恐ろしい日だ」と述べているように、今回の結果は芸術家にとっては不満が残る結論と考えられます。一方、NFT分野においても知的財産の保護が認められた点で、多くのブランド・オーナーはひとまず安堵することができたといえます。
ミルサップス氏は、「この事件は決して終わっていない(This is far from over.)」と述べており、本件は第2巡回区連邦控訴裁判所に控訴される可能性が高いと考えられます。その場合、控訴裁判所は陪審裁判の結果を維持するのか、注目されます。
他にも、米国ではNFT分野における商標権侵害等が争点となった訴訟が同時並行で進んでいます。ナイキは、ファッション製品の転売プラットフォーマーであるStockXがナイキのNFTを無断で発行した行為に対し、商標権侵害を含む複数の知的財産の侵害を理由に提訴し、現在も訴訟が進行中です。また、BAYC(Bored Ape Yacht Club)やCryptoPunkといった人気のNFTコレクションを手がける制作スタジオのYuga Labsは、自社のデジタルアート作品と類似したNFTを販売するアーティスト、ライダー・リップス氏や同氏のプロジェクトの参加者であるトーマス・リーマン氏、ライアン・ヒックマン氏に対し、商標権侵害等を理由に複数の訴訟を提起していました。このケースでは、リーマン氏のみが2023年2月6日にYuga Labsと和解しましたが、他の訴訟が異なる裁判所でいまだ係属中であることから、今後も進展を見守る必要があります。また、イタリアではセリアAのユヴェントスFCが、元サッカー選手のクリスティアン・ヴィエリ氏に関連するNFT商品を販売していたNFT関連企業のBlockerasを商標権侵害で訴えていましたが、ローマの裁判所はユヴェントスFCの主張を認め、Blockerasに対して仮差止命令を発しました。このように、NFTをめぐる訴訟は各地で進行中であり、その動向は注視すべきといえます。
エルメスは現在、米国特許商標庁(USPTO)に対し、第9類、第35類、第36類、第41類、第42類といったNFT、メタバース関連の指定商品・役務を対象に複数の商標を出願しています。しかし同社は、本訴訟提起時点ではリアルの商品に関する商標権等(第18類のバッグ、革製品等を指定商品とする商標、トレード・ドレス)しか有していなかったため、同社は既存の登録商標に基づきロスチャイルド氏を訴えました。本訴訟では、リアルの商品を対象とする商標権等がNFTの分野における侵害にも及ぶことを認めており、その点で意義があるものといえます。もっとも、NFTやメタバースといった分野における知的財産権侵害の裁判例の蓄積はこれからで、今後の司法判断の予測もいまだ難しい状況です。そのため、企業としては自社の知的財産権の防衛のため、広く、かつ戦略的に権利取得を試みるべきといえます(なお、メタバース分野における商標については、こちらのブログをご参照ください。)。今後、インターネットの世界は、Web3と呼ばれるブロック・チェーン技術を生かした分散型インターネットが主流になると考えられています。そのような場合、NFTの背後にいる者の身元の追跡は困難になるとの指摘もあり、今後はWeb3の時代の知的財産権保護も課題となりそうです。
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