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【中国】最高人民法院が2022年10大知財事件を公表~その1~
2023.05.09
中国最高人民法院は、2023年4月20日に、2022年の10大知財事件及び50件の典型的知財事例を公表しました。
10大知財事件の内訳は、民事8件、刑事1件、行政1件であり、権利種別としては、特許権関連が1件、商標権関連が3件、著作権関連が2件、植物新品種関連が1件、不正競争関連が2件、独占禁止法関連が1件でした。
外国企業の関連する案件が多く選ばれた2021年とは違い、2022年に選定された10件のうちで外国当事者に関連する事件は、日本の中外製薬が原告となったパテントリンケージに関する1件(以下の事件2)のみでした。
全体の傾向として、2021年6月1日施行の改正専利法で盛り込まれた医薬品パテントリンケージ制度を利用した事件(以下事件2)や、商標権の悪意の登録・行使の制限が強化される中で注目されている「商標的使用」に関する事件(以下事件4)、2018年の不正競争防止法改正で導入されたネットワーク上の不正競争行為に関する事件(以下の事件5)など、各法域で近年、話題になっている論点に関する事件が多く選ばれています。
また、四川料理の調味料である「青花椒」の商標権に関する事件(以下事件4)や、百度検索エンジンの結果を操作して消費者を欺くサービスとして注目された「万詞覇屏」サービスに関する事件(以下事件5)等、中国国内で広く一般公衆の注目を集めた事件も収録されています。
本ブログでは2回に分けて2022年10大事件のうち、特に興味深い事件を紹介していきたいと思います。
事件2 医薬品パテントリンケージ関連特許権侵害事件:(2022)最高法知民終905号
本件は、日本の中外製薬株式会社(以下、「中外製薬」といいます。)が提起した、中国版医薬品パテントリンケージ制度を利用した最初の侵害訴訟として話題になった事件です。中外製薬は、中国販売許可医薬品特許情報登録プラットフォーム上にて、主に骨粗鬆症の治療に用いられる自社の薬品「エルデカルトールソフトカプセル」に関連付けて、発明の名称を「ED-71製剤」とする特許権を登録しました。これに対し、温州海鶴薬業有限公司(以下「海鶴社」といいます。)は、「エルデカルトールソフトカプセル」の後発薬品の販売許可申請を行い、該後発薬品が中外製薬の上記特許権の技術的範囲に属しない旨の宣言(第4.2類宣言)を行いました。中外製薬は中国専利法第76条に基づいて北京知財法院に訴訟を提起し、海鶴社の後発薬品が自らの特許権の技術的範囲に含まれることの確認を求めました。
一審裁判所は、海鶴社の後発薬品は中外製薬の特許権の技術的範囲に属しないと判断しましたが、中外製薬はこれに不服とし、最高人民法院知財法廷に上訴しました。最高裁は、後発薬品が特許権の技術的範囲に属するか否かを判断する際は、原則的に、後発薬品の販売許可のために提出された資料に基づいて対比を行うべきであり、その対比によれば、海鶴社の後発薬品は中外製薬の特許権の技術的範囲に属しないとして、一審判決を維持しました。
本件は、2021年6月1日より施行された第4次改正専利法で採用された中国版医薬品パテントリンケージ制度を利用した最初の訴訟であり、非侵害との結論にはなりましたが、同制度が有効に機能しうることを示した意義深いケースです。また、医薬品特許に関する複雑な事件でありながら一審・二審合わせても約9カ月のスピード審理であった点も注目されました。
事件4 「青花椒」商標権侵害事件:(2021)川知民終2152号
本件は、識別力の弱い商標の侵害判断について争われた事件です。
一審原告の上海万翠堂餐飲管理有限公司(以下、「万翠堂」といいます。)は、飲食業(第43類)を指定役務とする一連の「青花椒」商標の権利者です。この「青花椒」は熟す前の青い状態で収穫された中国山椒の実で、中華料理で頻繁に用いられるスパイスの一種です。
万翠堂は、四川省の温江五阿婆青花椒魚火鍋店(以下、「五阿婆火鍋店」といいます。)が看板に「青花椒魚火鍋」の文字を使用していることが、自らの商標権を侵害しているとして、侵害行為の即時停止と損害賠償金5万元の支払いを求める侵害訴訟を提起しました。一審裁判所は侵害行為の成立を認め、五阿婆火鍋店に侵害行為の停止と3万元の損害賠償金の支払いを命じました。これに不服とした五阿婆火鍋店は、四川省高級人民法院に上訴しました。
二審判決では、「青花椒」は四川料理の調味料として広く知られており、飲食業と調味料との関連性ゆえに、本件商標と、「青花椒」を含むメニュー名との境界は曖昧になって互いに混同しやすく、本件商標の識別力は著しく低くなっている、と述べています。そして、本件商標は、このように識別力が比較的低いため、その保護範囲を過度に広げると、市場における他業者による正当な使用を妨げ、公平な競争秩序の維持に悪影響を与える恐れがあることを指摘しています。また、本件の五阿婆火鍋店の看板には「青花椒」の文字が含まれるものの、これは提供される魚火鍋に青花椒という調味料が含まれることを客観的に描写するものであって、商標の単独での突出した使用ではなく、万翠堂の商標にフリーライドしようとの意図もなく、公衆による誤認混同も招きにくいと判断しました。そして、結論として、二審判決は、五阿婆火鍋店の行為は正当な使用であって商標権侵害を構成しないとして、一審判決を棄却しました。
本件に関し、最高人民法院は、「本件の二審判決は、商標の正当使用の認定基準を明確にしており、『権利には適切な範囲があり、誠実に行使されなければならない』との道理を説いている。二審判決は人民の常識、一般的な感情及び道理を充分に尊重し、法に基づいて信義誠実の原則と、正当に経営している零細企業の合法的な権益、更に公平競争の市場秩序を維持するものである」と述べています。
本件判決では、特に料理に多くの山椒が用いられる四川省においては、飲食店が、店の名前としてあるいはメニュー上の料理の名称として、「青花椒」を用いたとしても公衆としては、調味料としての青花椒が用いられた料理が提供されるものと理解するのが通常であり、主として上海で事業を営んでいる万翠堂という出所を識別するものとは認められないことなどを考慮し、五阿婆火鍋店による「青花椒」の使用は、いわゆる「商標的使用」にあたらず(*1)、一般語の適正な使用であって、商標権を侵害しないと判断されました。
中国では近年、悪意の商標登録や商標権の不正な行使に対する取り締まりが強化されており、本件もその流れの中で商標権の行使に一定の制限を与えたものと理解できます。
事件5 百度検索エンジン妨害不正競争事件 (2021)蘇05民初1480号
本件は、中国の有名な検索エンジンを提供する北京百度網訊科技有限公司(以下、「百度」といいます。)が、検索エンジンの検索結果を操作してユーザのウェブサイトを作為的に上位に表示させる「万詞覇屏」サービスを提供する蘇州閃速推網絡科技有限公司(以下、「閃速推」といいます。)の行為を、不正競争防止法違反として訴えたケースです。
閃速推のサービスは、いわゆるSEO対策サービスであり、既に百度検索エンジンから高い評価を受けているサーバのセカンダリディレクトリをレンタルし、同社の顧客の業界で通常使用される検索キーワードを含む広告ページを大量に生成して当該サーバのディレクトリの下に置くことで、ユーザが百度検索エンジンで関連キーワードを検索した際、検索結果に同社の顧客に関連するページが大量に上位表示されるよう操作するものです。「万詞覇屏」サービスは、毎年3月15日の「世界消費者権利デー」に放映される特集番組(315晩会)でも、取り上げられ、社会全体の関心を集めていました。
蘇州市中級人民法院は、判決において、「検索エンジンは既にネットワーク利用者が情報サービスを得るために必須のツールとなっており、オンライン経営者が検索エンジンを利用して営業活動を行う際は、信義誠実の原則と商業道徳を遵守すべきであり、社会主義の核心となる価値観を堅持し、国家の利益に損害を与えず、公共の利益と、公民、法人及びその他の組織の合法的権益を守らなければならない」と述べています。その上で、技術的に中立との名目で、検索エンジンアルゴリズムの抜け穴を利用して「万詞覇屏」サービス提供する閃速推の行為は、ユーザの情報取得コストを増大させ、市場の競争秩序とインターネット情報サービスの管理秩序を乱し、信義誠実と商業道徳に反しており、不正競争を構成すると判断しました。
本件判決について、最高人民法院は、「技術的手段を利用して検索エンジンの自然な検索結果順位に干渉、操作する行為を有効に制止し、ネットワークユーザの合法的権益の保障と、健全で秩序ある検索環境及び公平競争のインターネット秩序の維持に役立つものであり、人民法院の清廉で明るいネットワーク空間の創出に対する力量と決意を示すものである」と評価しています。判決では、閃速推のサービスが不正競争防止法第12条第1項第4号の「事業者が適法に提供するインターネット商品又はサービスの正常な運行を妨害、破壊するその他の行為」に該当すると判断しています。同規定は、次々と現れるネットワーク上の新たな不正競争行為を包含するものとして2018年の不正競争防止法で導入されたものであり、今後も本件のような新技術を用いた不正競争行為に適用されていくことが予想されます。
*1)中国知的財産局は2022年8月に「商標権侵害判断基準」を公表しており、その第3条には「商標的使用」について、「商標権侵害を構成するか否か判断するためには、一般に、被疑侵害行為が商標法上の意味で言う商標的使用を構成するか否かを判断する必要がある。商標的使用とは、商標を、商品、商品包装、容器、役務提供場所及び取引文書上に用いるか、又は、商標を広告宣伝、展覧、及びその他の商業活動において、商品又は役務の出所を識別するために用いる行為を指す」と規定しています。