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調停に関するシンガポール条約(正式名称「調停による国際的な和解合意に関する国際連合条約」)への日本の加入が意味するところ~日本における国際調停の利活用に対する展望~
2023.06.12
調停に関するシンガポール条約とは
先週(2023年6月9日)、調停による国際的な和解合意に関する国際連合条約(以下「シンガポール条約」という)への日本の加入に向けた国会承認のプロセスが完了しました(今後は批准書等が国連事務総長宛に寄託されて正式に日本について同条約が発効することになります)。
このシンガポール条約は、調停による国際的な和解合意の執行等に関する国際的な枠組みを定める条約であり、国際商事分野において国際調停の利用を促進し、調和のとれた国際経済活動を発展させることを目的としています。日本がシンガポール条約を締結することによって、同条約とその国内実施法に定められた一定の要件を満たした「調停による国際的な和解合意」に基づく国内での執行が認められることになります(なお、執行できる国際的な和解合意は、国際商事紛争に関するものに限られ、消費者紛争や家事紛争、労働紛争といったものには適用されません。)。
本条約への加入により、国際調停による紛争解決の実効性が担保されることから、日本における国際仲裁の活性化に向けた取組みと歩調を合わせる形で、国際調停分野においても重要な一歩を踏み出したと評価できます。
以前のブログ(2023年仲裁法改正とシンガポール国際商事調停条約の国内実施法の制定 -国際仲裁と国際調停の効果的な連携による迅速な国際商事紛争解決に向けて-)で解説したように、近時の国際商事紛争解決においては、国際仲裁と国際調停とを組み合わせることで、コストや時間の点でより効率的に紛争を解決する方法が活用されています。
海外企業との間で国際商事紛争が生じた場合、裁判所で訴訟手続を通じてその解決が図られることも少なくないものの、近年、特に紛争の国際性や商事性に鑑み、より迅速かつ効率的に紛争解決手続を進めることができる国際仲裁、国際調停を利活用することへの期待が非常に高まっています。また、その期待に応えるべく、官民連携の下で様々な取組みが実施されてきたところでもあります(前記ブログ参照)。
シンガポール条約の発効国は現在シンガポールやトルコ等の11か国ではありますが、日本と同様に最近は英国も同条約に加入する意向を表明し、本年の5月3日付で署名を行いました。
現在はEUを中心に同条約に加入していない国も多い状況ではありますが、今後も締約国が増えることが期待されます。
調停の今後の展望
国際調停そのものは既に日本の国内外で国際商事紛争解決に利用されていましたが、今回日本がシンガポール条約に加入し、その国内実施法も整備されたことにより、日本企業が国際調停をより利用し易い環境が整ったといえるでしょう。
以下では、国際商事紛争において国際調停を用いるメリットについてご紹介したいと思います。
(1) 紛争解決に要するコストと時間の点での優位性
紛争解決のコストと時間は一概に比較できるものではありませんが、一般論として、国際調停は比較的安価かつ効率的に紛争解決手続を実施することが可能です。
国際商事紛争で訴訟を利用する場合、裁判所に提出する証拠資料の翻訳費用が必ず発生し、相対的に代理人の作業量もボリュームがあることから、その報酬額も高額になる傾向があります。また、日本の裁判制度は三審制が基本となりますので、もし第一審の判決に対して上訴されれば控訴審、上告審まで審理に応じざるを得ない可能性も出てきます。そのために審理日数も相応に長期化する場合があります。
しかし、国際調停について京都国際調停センターが公表している内容によれば(https://www.jimc-kyoto-jpn.jp/services/index.php)、「調停では、当事者が自分たちの都合に合わせたスケジュールで準備ができます。通常は、事前準備に必要な期間(1~2ヶ月)と丸1日(時に2日に亘る場合もあります)の調停期日で足りるのです。そのため、時間も費用もより予測可能で、かつ最小限に抑えることができます。」とあり、安価かつスピーディーに紛争解決をすることができるメリットが強調されています。
もちろん実際の調停期間については事案の種類や性質にもよりますが、国際調停は少なくとも訴訟と比べた場合に、コストや時間の観点で優位性があるということができます。
(2) リモートでの手続との親和性
シンガポール条約は、調停手続における電子的手段の利用を明確に認め(シンガポール条約第4条第2項など)、オンライン上で行われるバーチャル調停の利用を促進しています。
オンライン手続によってより手頃な価格で調停を行うことが可能となり、特に中小企業が国際紛争に巻き込まれた際、調停へのアクセスが容易になるという点で重要性を持ちます。
例えば、訴訟関係者の移動にかかる日数を削減することで手続にかかる時間が短縮され、当事者同士が時差のある地域にいる場合でも、調停への出席を容易にすることができます。
調停期日に出席するために航空機等を利用した移動をする必要がなくなることそれ自体が、国連の定めるSDGs、あるいは日本国政府の掲げたカーボンニュートラルに向けた二酸化炭素排出量削減という目標達成にも貢献するという点で、時代に適合的であるともいえるでしょう。
実際に、WIPO仲裁調停センターでは、2020年と2021年に調停の94%が完全にオンラインによって実施されました。同様に、EUIPOのすべてのADR サービスもオンライン化されており、この傾向は現在も続いています。
調停人と申立人それぞれでの話し合いの時間を設けるという手続を採用する調停手続においては、調停場所に毎回出入りする必要がある実地での調停よりも、画面の操作により「当事者双方+調停人」「当事者の一方+調停人」「調停人のみ」と場面に応じて適切な形に瞬時に切り替えることのできるオンラインによる調停の方が、ストレスレスで便利であるとの指摘もあります。
結びに
シンガポール条約への加入によって、調停による国際的な和解合意の国内執行の困難性という壁を乗り越え、今後日本企業においても国際調停の利用が一層広がることが予想されます。
訴訟や仲裁のような対審構造ではなく、専ら話し合いでの解決を図る国際調停は、ビジネスパートナーである海外企業との間において、紛争を経た後も良好な関係性を維持することにもつながり得ます。
グローバル市場に打って出る日本企業にとって、取引等を巡る国際紛争は必然的について回るリスクです。国際調停の利用は日本企業が国際紛争を解決する際の重要な選択肢の一つといえるでしょう。