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【米国】【商標】ユガラボ(Yuga Labs)がNFT訴訟で勝訴
2023.07.31
はじめに
2023年4月21日、カリフォルニア州中部地区米国連邦地方裁判所のジョン・F・ウォルター判事は、人気NFT制作スタジオであるユガラボ(Yuga Labs)(以下、「原告」といいます。)が提起したNFT分野における訴訟に関し、商標権侵害等を認める略式判決(Summary Judgement)を下しました(Yuga Labs, Inc. -v- Ripps, et al. 21 April 2023, CV 22-4355-JFW(JEMx), US District Court, Central District of California)。本件は、先日お伝えしたメタバーキンNFT訴訟(Hermes International and Hermes of Paris, Inc. v. Mason Rothschild, 22-cv-384 (JSR))に続くNFT分野における商標権侵害等が争点となった訴訟の判断であり、注目が集まっていました。
事案の概要
原告は、Bored Ape Yacht Club(BAYC)やMutant Ape Yacht Club(MAYC)、CryptoPunks、Othersideといった人気のNFTコレクションを展開する米国のNFT制作スタジオであり、NFT業界でも屈指の売上規模や知名度を誇っています。今回争いの対象となったBAYCは、2021年6月にリリースされた猿がモチーフのNFTコレクションであり、様々な容姿を持つ全10,000種類のキャラクターから構成されています。BAYCは高額で転売され、著名人もこぞって保有者となるなど、人気を博していました。
一方、自らをコンセプチュアル・アーティストと名乗るライダー・リップス氏は、ビジネス・パートナーであるジェレミー・カヘン氏(2人を合わせて、以下、「被告ら」といいます。)と共に、2022年5月に、BAYC を模倣したRyder Ripps Bored Ape Yacht Club(RR/BAYC)と称する独自のNFTコレクションを制作し、リリースしました。
これに対し原告は、被告らの上記行為が、商標権侵害、不正競争、サイバー・スクワッティング(ドメイン名の不正目的での登録・使用)、虚偽広告等に該当するとして、訴訟を提起していました。
裁判所の判断
本件では様々な点につき争われましたが、裁判所は特に以下の(1)~(8)について判断を示しました。
(1)未登録商標による権利行使が可能か否か
原告は、出訴段階でBAYCに関する文字商標、図形商標については未登録の状態でした。しかし、裁判所は、判例(Matal v. Tam, 582 U.S. 218, 225 (2017); Halicki Films v. Sanderson Sales & Marketing, 547 F.3d 1213, 1226 (9th Cir. 2008))を引用し、「未登録の商標は、侵害者に対して行使することができる」と述べました。
(2)NFTがランハム法上の保護対象か否か
被告らは、NFTは無体物であるため、ランハム法(米国連邦商標法)による保護の対象外であると主張しました。しかし、裁判所は、メタバーキンNFT訴訟にも触れつつ、「ランハム法の保護が及ぶためには、商品が有体物であることを要しない」としました。
(3)「取引における使用(Use in Commerce)」(注1)の有無
被告らは、原告がランハム法上要求されている商標の「取引における使用」を行っていない、と主張しました。裁判所はまず、「取引における使用」について、第9巡回区は一般的に「状況の全体性(totality of the circumstances)」アプローチという手法を採用している(Rearden LLC v. Rearden Commerce, Inc., 683 F.3d 1190 (9th Cir. 2012))とした上で、「状況の全体性」アプローチにおいては、「一般大衆が、商標が付された商品を十分識別し得る態様での使用」の証拠が必要(New West Corp. v. NYM Co. of Cal., 595 F.2d 1194, 1200 (9th Cir. 1979))であると述べました。そして、原告が10,000ものBAYCに係るNFTを販売したこと、BAYCのNFTを購入した者に対しては様々な特典が与えられていたこと、そしてそれらの特典にはBAYCに係る商標が付されていたことなどを認定し、「取引における使用」を認めました。なお、NFT購入者への特典としては、オンラインの「Bored Ape Yacht Club」へのアクセス権、様々なオンライン・ゲームや対面イベント(音楽フェスティバル)、新たなプロダクトの発表イベントに参加できる権利などが挙げられます。
(4)原告による商標権譲渡の有無、「裸のライセンス(Naked License)」(注2)の有無
被告らは、原告がBAYCに係る全ての商標権をNFT購入者へ譲渡したか、「裸のライセンス」を通じて行使すべき商標権を失ったため、原告による権利行使は不当である旨も主張しました。しかし、原告の規約上、原告はBAYCのNFT保有者に対し、BAYCの猿の画像について個人的な使用、商業的な使用の如何を問わず著作権のライセンスを付与すると明記していたにとどまり、商標権の譲渡やライセンス付与については何ら規定していませんでした。そのため、裁判所は原告がNFT購入者へ商標権を譲渡したとの主張を認めず、また、本件ではそもそも商標権に関するライセンス自体が存在しないため、「裸のライセンス」についての被告らの主張も認められない、としました。
(5)被告らの行為による出所混同の可能性の有無
上記(1)~(4)をふまえ、裁判所は原告が権利行使可能な商標権を有すると認めた上で、次に被告らの行為が原告との出所混同を生じさせるか否かを検討しました。混同の有無については、AMF Inc. v. Sleekcraft Boats, 599 F.2d 341, 348-49 (9th Cir. 1979)で示された8つの要素である、(1)原告の商標の強さ、(2)当事者の商品の近接性または関連性、(3)外観、称呼、観念における商標の類似性、(4)実際の混同の証拠、(5)侵害とされる名称を選択し使用した被告らの意図に関する証拠、(6)当事者の販売経路がどの程度近似しているか、(7)商品の種類と顧客が商品の購入時に払う注意の程度、(8)当事者が製品ラインを拡張する可能性、に基づいて判断されました。
(1)については、原告はBAYCマークを顕著に使用してきたことや、BAYCのNFTコレクションが常にトップセールスを記録し、最高値のNFTコレクションの1つであったことなどから、原告の商標が強いことを認めました。(2)についても、被告らが原告のBAYC画像を指し示すNFTを販売していることや、原告がBAYC NFTに使用しているのと同じIDナンバーを使用してRR/BAYC NFTを販売したことなどから、両者の商品は同一であると認めました。(3)については、被告らがRR/BAYC NFTでBAYC商標を意図的に使用したことを認めていることから、両商標は類似であると認められました。(4)についてはその証明が難しいものの、本件では(4)以外の要素において原告に有利に働く事情が十分に示されているため、(4)については検討するまでもないとされました。(5)については、被告らが故意に原告のBAYC商標を使用し、また被告らは意図的にRR/BAYC NFT及び自己のウェブサイトを原告のブランドと類似するようにデザインしたとし、裁判所は、被告らが消費者を混同させるためにBAYC商標を使用したと認定しました。(6)についても、原告は被告らと同じNFTマーケットプレイス(OpenSeaとX2Y2)を通じてNFTを宣伝・販売したと認められました。(7)については、混同の可能性は「合理的に慎重な消費者」を基準として判断すべきとした上で、裁判所は、ブロックチェーンを理解し、出所を確認するために必要な複雑さと高度さを考慮すると、混同が生じる可能性が高いと結論付けました。(8)については、原告と被告らは既にNFTの販売という競合関係にあるため、重要な要素ではないとされました。
そして、裁判所は、(1)~(8)の大半の事情は原告に有利であることから、被告らによる商標の使用は原告との混同を引き起こす可能性が高いと判断しました。
(6)サイバー・スクワッティングに該当するか否か
被告らは、ドメイン名「https://rrbayc.com/」、及び「https://apemarket.com/」を登録し、継続して使用していましたが、前者については原告のドメイン名である「https://bayc.com」に「rr」の2文字を追加したに過ぎず、後者についても原告の「BORED APE」やその他の「APE」をベースとしたものに、単に記述的な単語「market」を追加したに過ぎないため、裁判所は原告と被告らのドメイン名は混同を生じるものであると認定し、被告らの行為はランハム法上のサイバー・スクワッティングに該当すると結論付けました。
(7)合衆国憲法修正第1条による保護、ロジャーズ・テストの適用可否
被告らは、BAYCのNFTには人種差別主義者、ネオナチ、オルト・ライトのイメージやシンボルが使用されているとした上で、自らが行っているBAYCと同じアート・ワークを使用したNFTの作成は、原告の攻撃的な作品に公衆の注意を向けさせ、原告にアート・ワークを変更するよう圧力をかけ、またNFTの使用について一般の人々を教育することを目的としたものであって、「アプロプリエーション・アート(芸術作品の中に過去の著名な作品を取り込んだ(借用した)アート作品のこと)」の一形態である、などと主張しました。そして被告らは、そのような内容のRR/BAYC NFTコレクションは合衆国憲法修正第1条の下で保護される表現活動にあたるため、本件ではロジャーズ・テスト(Rogers v. Grimaldi, 875 F.2d 994 (2d Cir. 1989)で用いられた判断基準で、表現の自由の保護が重視されるテスト(注3))が適用される、と述べました。
これに対し裁判所は、まず、「ロジャーズ・テストは芸術的表現が問題になっている場合にのみ適用される」、「被告らは侵害とされる使用が憲法修正第1条によって保護される表現活動の一部であることを示すことが要求される」と述べました。その上で、被告らは何らアイデアや視点を表現しておらず、被告らのNFTには原告に対する批判的な表現も含まれていない、被告らのNFTトークンやそれを宣伝するウェブサイトも原告の商標を複製した以上のものではない、として本件ではロジャーズ・テストは適用されず、憲法修正第1条によって保護される表現活動にも該当しないと判断しました。
さらに裁判所は、仮にロジャーズ・テストが適用されるとしても、被告らによるBAYC商標の使用はその主張するメッセージと芸術的な関連性がないか、そのような使用は明らかに出所混同を招くものであると述べました。
(8)指名的フェア・ユース(Nominative Fair Use)及び汚れた手(Unclean Hands)の抗弁の適用可否
被告らは、指名的フェア・ユースの抗弁、汚れた手の抗弁、と呼ばれる抗弁事由についても主張しました。指名的フェア・ユースの抗弁とは、被告による原告商標の使用が、被告自身の商品やサービスの説明のためではなく、原告の商品やサービスを説明するためである場合には、原告の商標権を侵害しない、というものです。当該抗弁が認められるためには、(1)対象となっている商品やサービスが、当該商標を使用しなければ容易に識別できないこと、(2)原告商標の使用が、原告の商品やサービスを識別するために合理的に必要な範囲内であること、(3)当該商標との関係で、商標権者による支援又は支持を推認させるような行為を一切しないこと、という要件を充たす必要があります。
これに対して裁判所は、「被告らはBAYCマークを自らのプロダクトの販売や宣伝のために使用した」、「被告らはYugaブランドの視覚的な装飾を含め、BAYCマーク全体を修正することなく頻繁に使用していた」、「被告らがRR/BAYC NFTを販売するためにBAYCマークを『顕著かつ大胆に』使用したことは、明らかに原告による支援又は支持を示唆している」などと認定し、被告らによるBAYCマークの使用は指名的フェア・ユースに該当しないと結論付けました。
汚れた手の抗弁とは、原告が訴訟の主題と関連して不公正な行為を行っていた場合、原告の請求を否定するもので、公平の観点から認められた法理です。裁判所は、この抗弁が認められるためには、(1)原告の行為が不公正であったこと、(2)原告の不公正な行為が請求の主題に関するものであること、という要件を充たす必要があるとしました。しかし、被告らが主張した「原告が有名人の広告塔に報酬を支払う際にその報酬を開示しなかった」、「原告が未登録の証券を販売した」といった事実は、請求の主題である両当事者間における商標権侵害とは無関係であるとして、汚れた手の抗弁は認められないと判断しました。
裁判所は、上記(1)~(8)のような判断の下、被告らによる商標権侵害等を認める略式判決を下しました。
コメント
本判決はメタバーキンNFT訴訟同様、NFT分野においてもランハム法が適用されることを明らかにしました。特に、NFTはランハム法上の商品に該当し、NFTに関連して使用される商標はランハム法上保護される出所識別力を有する、と明確に述べた点で意義を有するものといえます。また、ロジャーズ・テストの適用の可否、出所混同の有無に関する判断枠組みなどについても通常の商標権侵害訴訟と同様の処理がなされており、本件ではNFTという新たなデジタル・アセットが問題となったものの、伝統的な法原則に則って判断されています。
メタバーキンNFT訴訟と本ケースで一般的な商標権侵害の判断枠組みが用いられたことは、NFTという新たな分野においても概ね従来どおりの権利取得やその行使でブランドが保護され得ることを示しており、ブランド・オーナーの予測可能性を担保する点では好ましいものといえます。
前述のとおり、被告らは自らの行為について、原告のNFTに対する批判的要素を含む表現行為であり、合衆国憲法修正第1条の下で保護されると主張しましたが、裁判所はこの主張を否定しています。これは、メタバーキンNFT訴訟において、被告が自らの行為は「ファッション業界における動物虐待や贅沢や価値の本質を問うものであって、合衆国憲法修正第1条の下で保護される表現活動にあたる」と主張したものの認められなかった点と類似しています。また、ロジャーズ・テストにおける「最小限度の芸術的関連性」要件が否定された点でも両ケースは共通しています。将来的にはロジャーズ・テストの適用が認められたり、合衆国憲法修正第1条による保護が認められるケースが出てくることも想定されますが、どのような事情があればこれらが認められるのか、またその場合にはNFTに特有の事情は考慮され得るのか、など今後もNFT分野の裁判例には注視すべきです。
なお、被告らは本判決のいくつかの点について上訴しているため、第9巡回区控訴裁判所が本判決と同様の判断を下すのか、引き続き動向を見守る必要があります。
(注1)ランハム法(米国連邦商標法)上、「使用」は「取引における使用(Use in Commerce)」であることが要求され、ランハム法第45条(15 U.S.C. §1127)は、「取引における使用」とは、通常の商取引の過程における標章の誠実な使用であると定義され、単に標章についての権利を留保するために行われるものはこれに該当しない、とされている。商品については、商品に商標を付すること、又は商品との関連において商標を使用することをいい、広告的使用(商品/包装と物理的に結合していない使用)では使用と認められない。一方、サービス・マーク(役務)の場合は、広告的使用でも使用と認められる。
(注2)商標がライセンスされている場合において、ライセンシーの利用に関して十分な品質管理が付与されていないことを「裸のライセンス」(Naked License)と呼ぶ。「裸のライセンス」に該当する場合、当該商標は放棄されたものとみなされて商標権の行使は認められず、また連邦商標登録は取り消され得る。なお、日本の商標法では、ライセンシーによる使用が品質等の誤認や他人の業務に係る商品等と混同を生じさせた場合、商標登録が取り消され得る(商標法53条1項)。
(注3)需要者に対する出所混同の防止という公益と表現の自由とのバランスが問題となった際に適用されるテストであり、当該行為が①最小限度の芸術的関連性を有するものか、②出所又は内容につき明示的に誤導させるものではないか、との 2 要件により判断される。もしこの2要件を充足する場合にはランハム法が適用されないこととなる。
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