ブログ
【速報】【米国】【特許】AI利用発明の発明者認定ガイダンスをUSPTOが公表
2024.02.29
背景
2024年2月23日にアメリカ特許商標庁(USPTO)は、AIを利用した発明の発明者認定ガイダンスを公表した。このガイダンスは、発明活動におけるAI利用の具体例を示し、発明者認定の判断基準を示すガイダンスの作成を求める2023年10月30日に公表された大統領令の指示に従うものである。AI利用発明の発明者適格性については、Thaler博士が、自分で開発したAI(通称DABUS)を発明者と記載して英国出願に基づき国際出願を行い、日本特許庁やUSPTO、欧州特許庁等主要諸国において、この出願を国内移行手続し、特許を求めたことから世界中の特許関係者の注目を集めた。USPTOは、アメリカ特許法における発明者適格は自然人に限られるとして、AIを発明者として記載するThaler博士の出願を方式違反として出願を拒絶した。Thaler博士は、USPTOの処分を不服として連邦地裁に取消を求める訴訟を提起したが、地裁も控訴審である連邦巡回控訴裁判所(CAFC)も、アメリカ特許法100条(f)(g)項に定義される発明者及び共同発明者は、自然人だけであると解釈し、USPTOの判断を支持した。Thaler博士は裁量上告申立をしたが、最高裁は申立を受理せず、AIは発明者になれないとするUSPTOの判断が確定した。
地裁やCAFCにUSPTO処分取消事件が係属する間、USPTOは2019年8月にAI利用発明の特許性についてパブコメを求め、2020年10月にその結果を公表した。2022年2月には、CAFC判決に基づき発明者を自然人に限ることを明示する発明者適格性に関する審査基準(MPEP)の改正を行い、この改正に対するパブコメを求め、各地で公聴会を行う等して産業界・法曹界の利害関係者からの意見徴収に努めてきた。今回発表したガイダンスについても、パブコメを求めており、AI技術や判例の発展に応じ、利害関係者の共同作業により定期的に基準の見直しが行われるものとしている。尚、特許適格性や自明性、実施可能要件等、発明者適格性以外の特許性の論点についても、USPTOは、必要に応じ順次ガイダンスを公表することを予定している。
ガイダンスの発明者認定基準
ガイダンスは、第一に、自然人以外は発明者として出願に記載することはできないとしたうえで、クレームされた発明に重要な貢献(significantly contributed)をした自然人は、AIを利用しても発明者適格性を持つという基本姿勢を強調している。そのうえで、適法な発明者が記載されていない場合は、単独発明の発明者、共同発明のそれぞれの発明者に対し自己が真の発明者と信ずると宣言する宣誓書の提出を求める特許法115条(b)及び真の発明者による出願を要件とする101条によって出願は拒絶されるとする。自然人が発明に重要な貢献をし、発明者適格を持つかどうかの判断は、CAFC判例による共同発明者認定の基準が適用されるとし、①クレームに記載された発明の着想又は実施化への何らかの重要な態様(in some significant manner)での貢献であって、②その貢献が発明全体と比較して質的に重要でないとされる貢献ではなく、③真の発明者に対する現在の技術水準や周知概念の単なる説明ではないという3要素が参酌される。自然人の行為が、3要素の一つでも充足されないと判断される場合には、発明への重要な貢献はないと判断され、発明者適格性が否定される。この3要素を参酌した自然人の重要な貢献の判断は、クレーム毎に行われ、各事案の事実に左右されることから、出願手続において、一般に、USPTO審査官は願書や宣誓書に記載された自然人発明者を真の発明者として推定して審査を行う。一方、審査経過の記録や外部証拠から出願に記載された発明者による重要な貢献が無いと判断される場合には、出願は拒絶される。この基準は、意匠特許や植物特許の出願にも適用される。ガイドラインは、AIを利用した発明の増加に鑑み、出願に発明者と記載された自然人が3要素を充足し少なくとも一つのクレームに係る発明に重要な貢献をしたことを確認する細心の注意を払うよう出願人に求めている。
具体例
ガイドラインは、3要素の発明者認定基準の適用を前提として、自然人が、①AIを利用しても発明に重要な貢献をした場合、②特定の技術課題を提供するようにAIに指示するプロンプトの作成によって重要な貢献をした場合、③AIの出力の加工に重要な貢献をした場合やAIの出力に試験を行い発明の効果を確認し発明の実施化によって発明を完成させ、重要な貢献をした場合、④発明の完成に至る工程の全てに関わらなくても、発明完成に必須な構成要素を考え出すことで重要な貢献をした場合や、特定の課題に対する解決策を導き出すためAIの開発や機械学習を行い、発明に重要な貢献をした場合には、発明者適格を持つとした。一方、AIを所有したり管理したりしているに過ぎない自然人は発明者とならないとされる。
権利取得・行使への影響
クレームされた発明に自然人が重要な貢献をしていない場合、そのクレームは拒絶され、たとえ特許が発効しても101条に違反として無効とされる。101条はUSPTOの付与後レビュー(Post Grant Review)又は侵害訴訟の抗弁・非侵害宣言訴訟で無効理由となるが、アメリカ特許法256条に基づき、適法な自然人の発明者に訂正されれば、無効にされない。重要な貢献をした自然人が存在しない場合、発明者の記載は訂正できず、そのクレームの特許は無効とされる。更に、自然人による重要な貢献がないことを知りながら自然人を発明者として記載した出願を行い、特許を取得した場合、USPTOに特許性に関する重要な情報を開示する義務違反になり、不公正行為(Inequitable Conduct)として、特許に含まれる全てのクレームが権利行使不能となる。ガイダンスは、出願手続に関与する全ての者が発明者適格違反で特許性がないことの一応の根拠となる情報、拒絶に対する出願人の発明者適格の主張を否定又は矛盾する情報をUSPTOに開示する義務を負うことを明確にし、具体的に、発明者と記載された自然人が発明に重要な貢献をしていないという情報を開示の対象として挙げる。更に、状況に応じて書面の内容について疑義があるような場合、書面提出者は、出願に記載された発明者の適格性について質問を行う義務が生じることについても言及している。
コメント
ガイダンスはCAFC判例における発明者認定基準を適用するもので、クレームの構成要件のいずれかに直接的又は間接的に重要な貢献をした自然人は発明者適格を持つ。自然人がAIの出力に対し公知の構成要素を追加し、発明を完成させた場合であっても、単なる周知概念や技術水準の説明には該当しないので、重要な貢献と認められる可能性が高い。更に課題解決のためのAIのプロンプトの工夫も重要な貢献に該当するとされているので、自然人が発明の創作過程に全く関与していない完全に自律的な発明以外は、何らかの関与をした自然人の発明者適格が認められるように思われる。但し、ガイダンスの具体例はあくまでUSPTOの見解を示すもので、CAFCがこれを支持するかどうか今後の判例の発展を待つ必要がある。
日米を比較した際の第一の相違点は、発明者認定基準の厳格性である。上述したように極めて容易に充足な可能なアメリカの発明者基準に比べ、日本の知財高裁判例に基づく発明者認定基準はより厳格で、発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与することを要する。発明の特徴的部分とは、従来技術に見られない部分、即ち、発明特有の課題解決手段を基礎づける部分と解釈され、特徴的部分の完成に現実に関与したことが必要とされる。従って、日本の基準は技術的思想を解釈し先行技術と比較した特徴的部分への貢献を求めるもので、アメリカのようにクレーム文言に従い、先行技術とは無関係に、いずれかの構成要素への貢献を求めるものではない。更に、何らかの重要な貢献、質的に重要でない又は単なる説明にすぎないとされなければ十分とするアメリカの消極的な基準に対し、日本では、創作的寄与という積極的基準で判断される。従って、USPTOガイドラインで示す、AIへの指示やAI出力への加工だけでは特徴的部分への寄与と考えられない場合も多く、自然人の発明者適格が認められるかは疑問である。現在、知的財産計画2023に基づいて、内閣府知的財産戦略本部のAI時代の知的財産権検討会において、AI利用発明の発明者認定が、現行法の基準で対応可能か検討しているが、特許庁は、学習用データの選択や学習済みモデルへの指示等で自然人が発明の技術的特徴部分の具体化に創作的に関与した者を発明者として認定可能とするという見解を示している(令和5年12月11日 第4回検討会 資料4の43頁)。このような見解が知財高裁に支持されれば、日米に大きな違いは無いと考えることができ、AI利用発明以外の共同発明者認定基準からは乖離しているように思われる。日本では裁判例も少ないことを鑑みると、特許庁は、USPTOガイドラインのような具体例を挙げた審査基準を早急に示す必要があろう。
日米を比較した第二の相違点は、USPTOに対する開示義務である。ガイドラインで採用されたCAFC判例の発明者認定基準では、創作過程に何らかの関与をした自然人が発明者適格を持つことになるといえるが、AIを利用した創作過程に複数の自然人が関与する場合、広範に共同発明者と認められる可能性があり、その認定は困難である。上述したように、日本とアメリカでは基準が異なるため、アメリカ出願又は国内移行の際に、アメリカ弁護士に意見を求めることが重要になろう。発明者認定は、その判断の困難性から特許法の中でも「最も泥臭い概念の一つ(one of muddiest concepts in the muddy metaphysics of the patent law)」と認識されている。従って、誤記はUSPTO係属中も特許付与後も訂正可能であるが、意図的な誤りは、たとえ訂正できても、不公正行為として特許に含まれる全てのクレームが権利行使不能となるので絶対に回避しなくてはならない。今後、生成AIの発展に伴い、アメリカでの権利行使の際に、発明者適格違反の無効や開示義務違反による行使不能の抗弁が増加するのか注意深く見守る必要があろう。
Member
PROFILE