ブログ
訴訟活動と「AIと著作権に関する考え方について」
2024.03.26
はじめに
令和6年3月15日付け「AIと著作権に関する考え方について」(以下「本考え方」という。)[1]が取りまとめられ、同月19日開催の文化庁文化審議会著作権分科会において報告、公表がされた[2]。
第 23 期同分科会の決定を受け、同分科会法制度小委員会(以下「本小委員会」という。)が、「AIと著作権について、クリエイターの懸念の払拭や、AIサービス事業者やAIサービス利用者の著作権侵害リスクを最小化できるよう、生成AIの発展を踏まえた論点整理を行い、考え方を明らかにするべく」行ってきた検討結果について、意見募集手続き経て、同年2月29日(第7回)の本小委員会において審議の上、取りまとめられたものが、本考え方である(取りまとめに至る経緯の詳細については、「令和5年度法制度小委員会の審議の経過等について」[3]を参照されたい。)。
本考え方については、その表紙頁において、「今後も、著作権侵害等に関する判例・裁判例をはじめとした具体的な事例の蓄積、AIやこれに関連する技術の発展、諸外国における検討状況の進展等が予想されることから、引き続き情報の把握・収集に努め、必要に応じて本考え方の見直し等の必要な検討を行っていくことを予定している。」ものであり、「公表時点における、本小委員会としての一定の考え方を示すものであり、本考え方自体が法的な拘束力を有するものではなく、また現時点で存在する特定の生成AIやこれに関する技術について、確定的な法的評価を行うものではないことに留意する必要」があると説明されているが、生成AIの様々なステークホルダーに対する将来の行動指針を示すものとして、大変有意義なものと言えよう。
他方、裁判は、司法権を担う裁判所が判断するものであり、実際に生成AIの利用に関連して著作権侵害に関する紛争が顕在化し、裁判が提起された場合、当該裁判における事案の解決のために、本考え方がどの程度参考とされるかは未知数である。そこで本稿では、一弁護士である筆者が実際に訴訟活動を行う観点から本考え方について考えたことについて、簡単に述べることとしたい。
著作権侵害訴訟における請求原因事実
著作権侵害訴訟において、原告が請求原因事実として主張・立証しなければならない事実は、以下のとおりである[4]。
(1)原告が著作権者等であること。
(2)被告が原告の著作権等を侵害したこと。
(1)の事実は、通常、原告による著作の事実(制作過程)や原告が著作権者より著作権の譲渡を受けたこと等により主張立証を行い、また、(2)の事実は、以下の3つの事実を具体的に主張立証することになる。
- ①被告が原告の著作物に依拠したこと、
- ②被告作品が原告の著作物と同一性(同一又は類似)を有すること、
- ③被告が法定の利用行為(複製(著作権法21条)、翻案(同法27条)等)又は同法113条によって侵害とみなされる行為を行ったこと、をいう。
実際に、生成AIに関して想定される著作権侵害事案としては、(1)著作権者(原告)が、生成AI利用者(被告)による生成物の生成・利用段階の行為を訴えるという場合、①:被告のプロンプトの入力・指示行為を問題とする事案(以下「事案(1)①」という。)と、②:出力行為により生成された著作物の利用行為を問題とする事案(以下「事案(1)②」という。)が考えらえる。
しかしながら、事案(1)①における被告の行為を問題とする場合、原告としては、被告がどのような入力・指示行為をしているか分からず、証拠も原告側にないのが通常であるため、具体的な行為を訴状に書けず、書くとしても、抽象的・模索的に書くことになってしまう。また、被告の入力・指示段階の行為を問題とする場合、被告から、著作権法30条の4等の権利制限規定による反論(権利制限規定により、無断利用が許容されるという反論)が想定される。
このようなことからすれば、実際に原告が訴訟を起こすという場合には、対外的にも明らかになっている被告の行為を問題として訴える方(事例(1)②)が、訴状の作成、その後の主張立証を考えると容易であり、そのような被告の行為として、複製、公衆送信等の法定利用行為を、原告としては取り扱うことが考えられる。[5]
とはいえ、被告による生成物の生成・利用行為について、著作権侵害を問えない場合(例えば、原告著作物と被告著作物の表現上の類似性を認めるのが困難という場合が考えられる。)、著作権者としては、事例(1)①における利用行為、又は、開発、学習段階における利用行為(事例(2))を問題にしたいこともあるであろう。しかしながら、事例(2)を著作権侵害として訴える場合、通常、生成AI利用者は開発・学習段階の行為に関与していないと考えられるところ、そのような場合には、生成AIサービスの開発事業者やサービス提供事業者の行為を問題とする必要があり[6]、そのためには、これらの者を被告当事者として訴えなければならないという場面も想定されるが、生成AIサービスの開発事業者やサービス提供事業者が、開発、学習段階において原告の著作物を具体的にどのように利用したかについて、原告(著作権者)が、訴訟提起段階で、具体的な証拠を頼りに訴状に記載をすることは、生成AIサービスの開発事業者やサービス提供事業者がその開発、学習段階の過程を公表等していない限り、ハードルが高いと考えられ、通常は容易ではない場合が多いであろう。
本考え方には、上記著作権侵害訴訟の要件のうち、類似性(上記要件(2)②)と依拠性(上記要件(2)①)についての言及があるが、上記の次第で、以下本稿では、比較的原告として訴訟提起のハードルが高くないと思われる、著作権者(原告)が、生成AI利用者(被告)による生成物の生成・利用段階の行為を訴えるという場合の事例(1)②を想定して、本考え方における類似性、依拠性に関する記載を踏まえ、訴訟活動に関する筆者の雑感を述べることとする。
類似性について
本考え方32-33頁には、類似性の考え方について、以下の記載がある。(下線は筆者)
*****
(2)生成・利用段階
- ア 検討の前提
- 生成AIにより生成物を出力し、その生成物を利用する段階(以下、「生成・利用段階」という。)では、生成物の生成行為(著作権法における複製等)と、生成物のインターネットを介した送信などの利用行為(著作権法における複製、公衆送信等)について、既存の著作物の著作権侵害となる可能性があり、この場合においては、従前の人間がAIを使わずに行う創作活動の際の著作権侵害の要件と同様に考える必要がある。
- (ア)類似性の考え方について
- 類似性の有無は、既存の判例[7]では、表現それ自体でない部分や表現上の創作性がない部分について既存の著作物との同一性があるにとどまるものではなく、既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものについて、認められてきた。
- AI生成物と既存の著作物との類似性の判断についても、人間がAIを使わずに創作したものについて類似性が争われた既存の判例と同様、既存の著作物の表現上の本質的な特徴が感得できるかどうかということ等により判断されるものと考えられる。
*****
これらの記載によれば、生成AIにおける著作権侵害訴訟においても、従来の類似性の考え方と同様の類似性の判断基準を念頭に、原告・被告は、主張立証を繰り広げることになろう。
依拠性について
依拠性の考え方については、生成AIの登場により影響が大きいところとして、早くから、本小委員会で議論をされてきたところである。本考え方では、「既存の判例・裁判例[8]では、ある作品が、既存の著作物に類似していると認められるときに、当該作品を制作した者が、既存の著作物の表現内容を認識していたことや、同一性の程度の高さなどによりその有無が判断されてきた。特に、人間の創作活動においては、既存の著作物の表現内容を認識しえたことについて、その創作者が既存の著作物に接する機会があったかどうかなどにより推認されてきた。」ところ、「生成AIの場合、その開発のために利用された著作物を、生成AIの利用者が認識していないが、当該著作物に類似したものが生成される場合も想定され、このような事情は、従来の依拠性の判断に影響しうると考えられる。」とし、「従来の人間が創作する場合における依拠性の考え方も踏まえ、生成AIによる生成行為について、依拠性が認められるのはどのような場合か」について、以下の3つの場合分けをして、考え方が整理されている。
① AI利用者が既存の著作物を認識していたと認められる場合 ② AI利用者が既存の著作物を認識していなかったが、AI学習用データに当該著作物が含まれる場合 ③ AI利用者が既存の著作物を認識しておらず、かつ、AI学習用データに当該著作物が含まれない場合 |
実際の裁判を想定した場合、AI学習用データに原告の著作物が含まれるか否か(原告著作物が問題とされる生成AIの学習で用いているか否か)の立証は、AIサービスの開発事業者やサービス提供者でもない、単純な著作権者(原告)及び生成AIの利用者(被告)にとっては、非常にハードルの高い立証活動であり、現実の訴訟活動のことを考えると、実際の裁判において裁判官が、学習で用いているか否かという点をどこまで重視するかについては疑問なしとしないところである。あくまで、民事訴訟は、裁判所に持ち込まれた当該当事者間の当該紛争を解決するためのツールであること、また、裁判所や当事者の労力、時間や費用等の負担軽減といった訴訟経済の観点からも、学習の有無を決め手として(あるいは重視して)依拠性を判断することには、慎重であるべきと考える。もちろん、当該事案の解決のために、事案によっては決め手になりうる場合があることを否定するものではないが、学習の有無の事実認定に拘泥するのは避けるべきで、謙抑的な用いられ方をすべきと思われる。
本考え方は、行政の指針を示すものとして大変意味のあるものではあるが、実際の訴訟活動においては、本考え方を参考としつつ、生成AI時代における納得感のある事実認定や判断を裁判所と当事者が一体となって探求していく必要があるように思われ、また、訴訟経済の観点からも合理的な訴訟活動が行われることを期待するものである。
以上
[1]https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/bunkakai/69/pdf/94022801_01.pdf
[2]https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/bunkakai/69/index.html
[3]https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/bunkakai/69/pdf/94022801_04.pdf
[4] 小泉直樹「知的財産法[第2版]」372頁(弘文堂 2022年)参照
[5] なお、原告の著作物がAI生成物であり、その著作権侵害を問うには、前提として、当該AI生成物の著作物性の認定が論点となる。このような事例として、中国の裁判例が参考となる。TMIブログ「AIが生成した画像の著作物性と著作権侵害が初めて認められた中国の裁判例」参照(https://www.tmi.gr.jp/eyes/blog/2023/15234.html)。
[6] 生成AI利用者(被告)による生成物の生成・利用段階の行為を訴えるという場合に、生成AIサービスの開発事業者やサービス提供事業者の規範的主体性を肯定し、これらの者を訴えるということも理論上は考えられる。しかしながら、ここで想定しているのは、事例(1)‐②において、原告著作物と被告著作物の類似性が認められない場合であるから、規範的に評価しても、侵害が認められず、侵害主体にはなりえない。
[7] 最判平成13年6月28日民集55巻4号837頁〔江差追分事件〕等
[8] 最判昭和53年9月7日民集32巻6号1145頁〔ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件〕等
Member
PROFILE