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【中国】【著作権】AIが生成した画像の著作物性と著作権侵害が初めて認められた中国の裁判例
2023.12.12
はじめに
2023年11月27日、中国の北京インターネット裁判所は、AIが生成した画像の著作権侵害訴訟において、AIが生成した画像について著作物性と著作権侵害を認める判決を下しました[1](以下、「本判決」といいます。)。本判決は、AIが生成した画像について著作物性を認め、AI利用者を著作者として著作権侵害を認めた中国における最初の裁判例として大きな注目を集め、議論となっています。
日本においても、人の「創作意図」と「創作的寄与」が認められ、人がAIを道具として使用したといえるような場合には、AI生成物であっても、当該人に著作権が帰属することを前提に、著作物性が認められる可能性があると考えられているところ、知的財産戦略本部の報告書では、「AIの技術の変化は非常に激しく、具体的な事例が多くない状況で、どこまでの関与が創作的寄与として認められるかという点について、現時点で、具体的な方向性を決めることは難し」く、まずはAI生成物に関する具体的な事例の継続的な把握を進めることが適当であると報告されています[2]。
本判決は、AI生成物について、人によるどのような「創作的寄与」が認められれば、著作物性が認められるのかについて判断した具体的な事例として重要な意義を有すると考えられますので、以下で解説させていただきます。
事案の概要
原告は、Stable DiffusionというAIツールを用いて、いくつかの指示語(プロンプト)を入力する方法で、「春風が優しさを運んでくる」という画像(以下、「原告画像」といいます。)を生成し、中国のインスタグラムと言われている、小紅書(RED BOOK)というSNS上にアップロードしました。その後、原告は、百家号というバイドゥが運営するコンテンツ創作プラットフォームにおいて、被告が発表していた「桃の花の中の三月の愛情」という文章の中で、原告画像が小紅書で付していた署名が取り除かれて使用されているのを発見し、被告に対して謝罪と損害賠償を請求する訴訟を北京インターネット裁判所に提起しました。
権利侵害が主張された原告画像
原告は、AIモデルの選択、指示語と反対指示語の入力、パラメーターの設定の3つを理由に創作的寄与を主張しています。まず、Stable Diffusionソフトウェアの原理上、ぼやかされたモザイク画像とユーザーが入力した指示語とが合わせて解釈され画像が創作されます。AIモデルは最終的に生成に用いることができる素材を決定し、著作物全体の芸術の種類、スタイル等に影響しますが、現在、ネット上において無料で提供されているAIモデルは数万に達し、具体的にどのAIモデルを使うかはユーザーの美観や好みによって自由に決定されます。また、指示語については、芸術の種類+主体+環境+構図+スタイルを選択することができ、利用者の創作需要に基づいて自ら選択して入力するため、原告による取捨、選択、調整、設計が行われており、反対指示語によって著作物において表れてほしくない芸術の種類、主体、環境、スタイル等の要素を指定することもできます。そして、パラメーターについては、サンプリングの方法、解像度、回帰係数が含まれ、異なるパラメーターを設定すれば異なる画像が生成されると主張しています。
争点に対する裁判所の判断
(1)判決の概要
北京インターネット裁判所は、AIが生成した画像は著作物に属し、著作権法の保護を受けるとし、原告は原告画像について美術の著作権を有しており、被告が原告の許可を得ずに原告画像を使用した行為は、原告の氏名表示権と情報ネットワーク伝達権(日本の著作権法の公衆送信権に相当します。)を侵害するとして、被告に対して以下のように命じました。
- 被告は、本判決の効力発生日から7日以内に、百家号のアカウント上で原告に対する謝罪声明を発表し、少なくとも24時間は掲載して影響を消し去ること
- 声明の内容は裁判所の審査を受ける必要があり、期間までに履行しない場合は、被告の費用負担において、全国に発行する刊行物又は裁判所のウェブサイトに主要な内容を掲載すること
- 被告は、本判決の効力発生日から7日以内に、原告に500元(約1万円)を支払うこと
本判決の主要な争点は、①AIが生成した画像に著作物性が認められるか、②AI利用者に著作者性が認められるか、③被告の行為が権利侵害に該当するかの3点となっており、各争点について、裁判所は以下のとおり判示しています。
(2)AI生成物の著作物性
中国の著作権法において、著作物とは、①文学、芸術、科学領域内における、②独創性を有し、③一定の形式で表現できる。④知的成果をいうとされているところ[3]、本件における原告動画の著作物性について以下のとおり判示されています。
まず、原告画像は、通常の写真、絵画と異なるところはなく、明らかに①芸術領域に属し、③一定の表現形式を有しているといえると判示されています。
次に、④知的成果の要件について、知的成果とは、知的活動の成果をいい、著作物に自然人の知的寄与がなければならないところ、原告は、夕暮れの光の下で撮影された美女のクローズアップ画像を作成するため、指示語には、芸術の種類を「超リアル写真」、「カラー写真」、主体を「日本アイドル」として人物の細かい皮膚の状態、目、髪の色等を詳細に入力し、環境を「屋外」、「ゴールデンタイム」、「ダイナミックな明るさ」、人物表現方法を「クールな恰好」、「カメラ目線」、スタイルを「フィルム調」、「フィルム模造」等と入力し、関連パラメーターを設定し、生成された画像にさらに指示語を追加して、パラメーターを再調整した上で、最終的に自分が満足する画像を生成していることから、原告は、人物の表現方法の設計、指示語の選択、指示語の配列調整、関連パラメーターの設定、どの写真が期待に沿うかの選定等について、一定の知的寄与を行っており、「知的成果」の要件を満たすと判示されています。
また、②独創性の要件について、独創性には、著作物が著作者により独立して完成され、かつ著作者の個性的な表現が表れていることが要求されるところ、原告は指示語を入力し、関連パラメーターを設定した後に、継続的に再調整して、最終的に原告画像を生成しており、この調整過程に原告の美観や個性が表れていると判示されています。
(3)AI利用者の著作者性
中国の著作権法において、著作権は著作者に帰属するとされていますが、著作者は、著作物を創作した自然人[4]とされており、AI自身は著作権法上の著作者になることはできないと判示されています。
また、AIモデルを構築した設計者は、原告画像について創作意図はなく、原告画像の生成過程に関与しておらず、あくまで創作ツールの生産者に過ぎないこと、また、AIモデルの設計者が提供した許可証において、出力された内容に対して権利を主張しないことが表示されていたことが指摘されており、AIモデルの設計者の創作的寄与は、創作ツールの生産におけるもので、原告画像に関するものではなく、AIモデルの設計者は、原告画像の著作者には該当しないと判示されています。
(4)被告の権利侵害行為
被告は許可を得ずに、原告画像を自己のアカウントで使用し、公衆が自ら選んだ日時と場所で著作物を取得することができるようにしたため、原告の有する情報ネットワーク伝達権(有線又は無線方式で公衆に著作物を提供し、公衆が自ら選んだ日時と場所で著作物を取得することできるようにする権利)を侵害していると認められると判示されています。
また、原告が提出した証拠及び業界の慣行によれば、原告画像は小紅書からダウンロードした後にはプラットフォームとユーザーのコードの透かし文字が付けられているところ、被告の使用した画像には明らかにこの透かし文字がなく、これを取り除いたものと推定され、被告は原告画像の使用者として取得源や透かし文字がないことについて合理的に説明をしていないため、原告の氏名表示権(著作者の身分を示し、著作物に名前を表示する権利)を侵害していると認められると判示されています。
なお、裁判所は原告画像の状況や権利侵害の情状に基づいて、権利侵害行為の経済損害を500元と判示しています。
コメント
(1)日本における議論
日本の著作権法において、著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、芸術、美術又は音楽の範囲に属するもの[5]」と定義されており、生成AI(Generative Artificial Intelligence)の急速な発展に伴い、AI生成物が「著作物」に該当するかについて日本においても議論が盛んになされています。
AI生成物も、人による何らかの入力を必要とするものであることから、出力された生成物に対して指示を行った人の創作として法的に評価する余地は生じます。日本においても、人が思想感情を創作的に表現するための「道具」としてAIを使用したものと認められる場合、具体的には人の「創作意図」と「創作的寄与」がある場合には、AI生成物も著作物に該当し、AI利用者が著作者になると考えられていますが、どのような行為が「創作的寄与」と認められるかについては、個々の事例に応じて判断することが必要となり、生成のためにAIを使用する一連の過程を総合的に評価する必要があると考えられています[6]。
この点について、知的財産戦略本部の報告書では、AI利用者が学習済みAIモデルに画像を選択して入力する行為や、大量に生み出されたAI生成物から複数の生成物を選択して公表するような場合には、選択を含めた何らかの関与があれば創作性が認められうるが、単にパラメーターの設定を行うだけでは、創作的寄与とは言えないという検討意見が出されています[7]。
(2)本判決の意義
本判決は、AI生成物について著作物性が認められ、AI利用者に対する著作権侵害を認めた中国における初めての裁判例として重要な意義を有すると考えられます。
AIモデルへの指示が簡略化された入力形式によるもので、創作的表現の幅が狭い場合には、創作的寄与を認め、著作者として評価する合理性を肯定することは困難であると考えられますが、どの程度の創作的表現の幅、創作的関与があれば著作者として評価できるかその判断は難しいところです。
本判決において、「カラー写真」、「カメラ目線」などよく用いられる指示語もあるものの、原告が期待する出力結果を得るために、AIモデルを選択して、指示語を細かく入力し、継続して再調整をして、その中から期待する画像を選択したことを理由に創作的寄与を認めた点が日本の議論においても参考となると考えられます。
また、AIモデルを構築した設計者がAI生成物について、AI利用者と共同著作者に該当するかということも法的な論点となりえますが、本判決はこの点について、AIモデルの提供という寄与にとどまっており、個別の生成物の創作には寄与していないことを理由にAIモデルの設計者の著作者性を否定しています。AIモデルの設計者は、あくまで創作のためのツールを提供しているにすぎず、例えば、作曲ソフトの提供者とこれを使用して作曲した者が共同著作権者にならないと考えられることと比較しても妥当な判断と考えられます。
(3)今後の留意点
本判決により懸念されるのが、AI生成物の著作権に基づく権利主張・濫用の可能性です。知的財産戦略本部の報告書においても、「ある創作物がAI創作物であることを外部から立証することは難しいと考えられるため、例えば、大量のAI創作物が市場に供給されることにより、人間の創作物に対して権利侵害を主張するなど、いわゆるトロール的な権利の濫用が生じることも想定され、人間の創作活動に影響を与える可能性がある[8]」と指摘されています。
中国では、「インターネット裁判所」という特別な裁判所が設置されており、インターネット上で発表又は伝達された著作物の著作権侵害事件についても管轄しています。インターネット裁判所では、訴訟の提起、訴訟費用の支払い、送達文書の受領、資料の提出、証拠調べ、法廷審理、判決結果の受領等の訴訟の全過程がオンライン上で完結する便利なサービスが提供されています。
中国の著作権訴訟はその件数が極めて多く、2022年の知的財産権民事第一審事件は、438480件ですが、著作権事件が255693件で知的財産権民事訴訟事件の約58%を占めており[9]、インターネット上の画像や文字のフォントについて、トロール的な著作権侵害の主張も多く見られています。これは中国においても著作権は審査が不要で無方式で保護され、また、インターネット裁判所のような権利行使が行いやすい制度が整備されていることも理由と考えられます。
AI生成物の場合、外部から把握できるのはAIで生成された画像という出力結果のみで、これがどのような入力、つまり創作的寄与がなされて出力された結果なのかは外部から確認することができません。従来は、AI生成物は著作物になりにくいと考えられてきましたが、本判決により、AI生成物を使用することで著作権侵害行為になる可能性が高まったと考えられるため、インターネット上にあるAIが生成した画像を使用する際には、著作権侵害とならないように注意する必要があるといえます。
[1] (2023)京0491民初11279号
[2] 新たな情報財検討委員会報告書 〔知的財産戦略本部・ 平成29年3月〕36~37頁
[3] 中国著作権法第3条
[4] 中国著作権法第11条
[5] 日本著作権法第2条第1項第1号
[6] 著作権審議会 第9小委員会(コンピュータ創作物関係)報告書
[7] 新たな情報財検討委員会報告書 〔知的財産戦略本部・ 平成29年3月〕37頁
[8] 新たな情報財検討委員会報告書 〔知的財産戦略本部・ 平成29年3月〕38頁
[9] 2022年中国知識産権保護状況〔国家知識産権局〕3頁