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【中国】【商標】「大谷翔平」商標の中国での出願における実体審査のポイント
2024.04.02
はじめに
先日、有名メジャーリーガーである「大谷翔平」選手の商標(以下「本件商標」といいます。)が中国で出願されたことが日本でも報じられました。
本件商標の出願人は、福建省で衣料品・靴・帽子の卸売・小売等を経営する中国企業で、本件商標は25類の「シャツ、ベビー服、水泳着、雨着、靴、帽子、靴下、手袋、スカーフ」を指定商品としています。
本件商標が登録されてしまった場合には、商標権者の許可を得ずに、野球のレプリカユニフォームや帽子を含む被服に係る上記指定商品について本件商標を使用することができなくなります。
本件商標は、2023年12月13日に出願*1され、2024年1月18日に形式審査を経て受理通知書が出されており、現在はすでに実体審査の段階に入っていますが、実体審査においてどのようなポイントが審査され、商標登録の要件を満たすと判断されてしまった場合にどうなるのかについて、日本の商標法の観点を交えながら解説いたします。
商標出願の実体審査
(1)実体審査のポイント
出願された商標については、商標登録要件を満たしているかについての実体審査が行われます。
日本の実体審査では、識別力の有無(絶対的拒絶理由)*2、立法政策上登録すべきではないと考えられる商標への該否(相対的拒絶理由)*3が主に審査対象となります。
一方、中国でも、実体審査において、使用の禁止要件への該否*4、識別力の有無*5、先願商標との抵触の有無*6などが判断されます。実体審査の結果、登録要件に合致すると認められた場合、出願商標が初歩査定され、商標公報に掲載され公告されることになります。
本件商標は、「大谷翔平」という著名な他人の氏名を含んでいることや、著名な大谷翔平氏と関連性を有しないと考えられる者により商標登録の出願がなされており、悪意をもって商標登録を出願していると考えられることが商標登録の拒絶理由になる可能性があります。
(2)他人の氏名の商標登録出願
他人の氏名を商標として出願できるかについて、日本の商標法では、他人の氏名が含まれている商標は、当該他人の承諾がない限り、商標登録を受けることができない旨が規定*7されており、従来は他人の氏名の知名度にかかわらず、他人の氏名を含む商標は、同姓同名の他人の全員の承諾が得られなければ商標登録を受けることができませんでした。
しかし、2024年4月1日から施行された商標法改正により、①氏名に一定の知名度を有する他人が存在せず、②商標構成中の氏名と出願人との間に「相当の関連性」があり、商標登録を受けることに「不正の目的」がないことを満たしている場合は、他人の承諾なしに商標登録することが可能となりました*8。
このため、本件商標の登録可否について日本の商標法を前提に検討すると、①一定の知名度を有する他人(大谷翔平選手)が存在し、出願人(福建の会社)と当該他人との間に「相当の関連性」がなく、また、出願人が冒認と疑われる多数の出願を行っているという事情もあることから、「不正の目的」があると考え得るため、当該他人の承諾が得られなければ、商標登録が認められない可能性が高いと考えられます。
一方、中国の商標法では、他人の氏名が含まれることを理由とする登録拒絶規定はありませんが、商標出願によって他人の先行権利を害することができず、他人がすでに使用して一定の影響力を有する商標を不正な手段によって先取り登録してはならないと規定されています*9。この「先行権利」には、当事者が係争商標出願より前に享有していた民事的権利又はその他の保護すべき合法的権益が含まれ*10、具体的には、氏名権、肖像権、企業名称権、著作権、意匠権、一定の影響力を持つ商品名称、包装、装飾権、地理的表示権、商品化権等が含まれると考えられており、最高人民法院の判例(ジョーダンⅠ事件*11)においても、「氏名権は、自然人がその氏名について享有する重要な人格権であり、氏名権は商標法上の先行権利に該当する」と判断されています。
著名人の氏名の場合、他人が著名人の氏名を商標として登録するためには、その知名度の影響がある区分の範囲内で、その著名人の承諾を得る必要があり、著名人の知名度が高ければ高いほど、関連する公衆の範囲が広ければ広いほど、承諾が必要となる区分が増えていきます。
例えば、中国の有名な俳優である「成龍」(ジャッキー・チェン)の名前を商標として登録しようとすれば、全ての区分において本人の承諾を取得する必要があると考えられます。
一方、ある特定の分野の専門家や巨匠であり、関連する公衆の範囲が比較的狭い場合には、その専門分野に関連する区分についてのみ、本人の許諾を得る必要があり、関連しない区分では承諾を得る必要がありません。
具体的な例として、ファッションデザイナーとして有名な山本耀司(ヨウジヤマモト)氏の商標の事件があります。中国商標評審委員会は、2018年2月14日に登録された第20603047号商標「 」について、以下の理由で、本件商標が無効であるとする審判を下しています*12
『…以上の証拠によると、「山本耀司」は服飾デザインなどの分野でよく知られている。係争商標である「山本耀司」は中国語の語彙に固有又は固定した連語ではなく、山本耀司の氏名と同一である。被請求人は、山本耀司の許諾を得ずに、山本耀司の著名な服飾デザイン等の分野と強い関連性を有するサングラス等の商品に、山本耀司の氏名と同一である係争商標を登録しており、山本耀司の氏名を不当に利用して営利を図る目的があり、山本耀司の氏名権に損害を与えるおそれがあり、商標法第32条の規定「商標登録出願は、先に存在する他人の権利を侵害してはならない。」に該当する。』
本件商標の指定商品である「被服」について、野球のレプリカユニフォーム、帽子といった商品も含まれることからすれば、被服の区分は大谷翔平選手と強い関連性を有すると判断され、「大谷翔平」からなる本件商標は大谷翔平選手の氏名権を侵害するものとして、商標登録の拒絶理由に該当する可能性があると考えられます。
(3)悪意の商標登録出願
中国では、商標出願のコストが安いことに加えて、先に出願をすれば権利を取得できる可能性が比較的高く、出願の資格制限がないこともあり、使用を目的とせずに、悪意で商標を先に出願してしまう事例がよくみられます。実際に、「クレヨンしんちゃん」や「無印良品」等の商標が、中国において先に登録されてしまったことは日本でも有名になりました。
日本の商標法では、このような悪意の商標出願について、①商標の使用意思がない*13、②公序良俗に反する*14、③他人の周知商標と同一又は類似で不正の目的をもって使用をする商標*15等の拒絶理由が規定されており、実務上もこれらの条項を適用して対応しています。
一方、中国の商標法においては、「使用を目的としない悪意のある商標登録出願」とは、使用の意図がなく、正常な経営に必要な量を超えて大量に出願し、商標資源を不正占用し、商標登録の秩序を乱す行為と定義されており、2019年11月1日に施行された改正中国商標法において、悪意の商標出願への対応規定が多く導入され、「使用を目的としない悪意の商標出願は拒絶されなければならない*16」と規定されるとともに、悪意の商標登録出願であることが商標異議申立理由*17、及び無効審判請求理由*18となりました。
また、悪意で商標出願をした場合には、情状に基づき警告、過料等の行政処罰があり、違法所得がある場合は、違法所得の最高3倍の範囲内で3万元以下の過料、違法所得がない場合は、1万元以下の過料が課される可能性があります*19。
「使用を目的としない」とは、出願人が商標登録出願にあたり、実際に商標を使用する目的もその準備もない行為、又は実際に商標を使用する可能性がないと合理的に推定できる場合をいい、「悪意」とは、使用を目的とせず大量に商標出願を行い、それによって利益を得る意図がある場合をいいます。しかし、防御目的で、その登録商標標識と同様又は類似する商標を出願する場合や、出願人が行おうとしている将来の事業のため適切な件数を出願する場合は、使用を目的としない悪意の商標出願には該当しません*20。
本件商標を出願した会社は、日本のメディアの取材に対して、大谷翔平を知らないと回答していました。また、当該会社の出願歴を調査したところ、同社は過去にも以下のとおり、世界的に有名なファッションブランドの中訳と異なる文字配列で商標出願を行い、海外の著名人の氏名についても商標出願を行っていましたが、商標局において、全て拒絶されていました。
このことからすれば、大谷翔平からなる当該出願も「使用を目的としない悪意のある商標出願」と判断される可能性が高いと考えられます。
ブランド名・著名人の氏名 |
出願された商標 |
比較 |
爱马仕(エルメス) |
ブランド名の最後にある漢字を頭文字にし、その中に「ネックレス」を意味する中国語「项链」の「项」を入れた商標を出願したが拒絶された。 |
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宝格丽(ブルガリ) |
ブランド名の最後にある漢字を頭文字にし、その中に「リング」/「ネックレス」を意味する中国語「戒指」/「项链」の「戒」/「项」を入れて出願したが拒絶された。 |
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卡地亚(カルティエ) |
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德雷克(ドレイク) |
カナダ出身の男性ラッパー、ドレイク氏の中国語名である「德雷克」に、中国のファンからの愛称である「公鴨」を付けて出願したが拒絶された。 |
商標登録要件を満たすと判断されてしまった場合
日本では、審査の的確性及び迅速性を向上させるため、特許庁に係属している商標登録出願について、商標登録出願に係る商標が商標登録要件を満たしていない、又は商標の不登録事由に該当する等の審査に有用な情報を提供することが可能です*21。
一方、中国においても、第三者が商標登録されるべきではないとする陳情書を審査官に提出することができますが、正式な情報提供制度ではないため、陳情書が受理されるかどうか、フィードバックが得られるかどうかは担当の審査官次第となります。
商標の登録要件を満たすと判断された場合は、初歩査定、公告がなされます。初歩査定、公告された商標について、公告日から3ヶ月以内に異議申立てをすることができ、公告期間が満了しても異議の申立てがなかった場合にはその登録が認められ、商標登録証が交付、公告されます*22。登録後に異議申立てがされる日本の商標法(付与後異議申立て制度)と異なり、中国の商標法では、登録前に異議申立てが行われます(付与前異議申立て制度)。
異議申立てにおいて、上記氏名権侵害の拒絶理由については、先行権利者、利害関係者のみが異議申立てをすることができますが、上記の悪意の商標出願の拒絶理由については、何人も異議申立てをすることが可能です。
また、登録がなされた場合であっても、上記の悪意の商標出願を理由に、無効審判を請求することができます*23。
さいごに
中国で先に商標を出願されてしまうと、先願主義により、同一又は類似の指定商品・役務では、同一又は類似の商標の登録ができなくなり、異議申立て、無効審判請求、商標譲渡の交渉等に膨大なコストがかかってしまいます。
そのため、日本企業において、中国で事業展開する予定のある指定商品・役務で出願するだけでなく、類似商標、類似商品、関連商品まで拡大して商標出願をすることを検討するとともに、商標のデータベースで定期的なモニタリングを行い、自社の商標と同一又は類似する商標が出願・登録されていることを発見した場合は、早急に対応することが重要です。
2023年1月13日に公表された中国の商標法の改正案では、悪意の商標登録出願行為に対する取締りがさらに強化されており、先行権利者による商標の移転請求*24や、悪意の商標出願に対する行政罰則の強化*25、悪意の先取り商標行為に対する民事訴訟*26の規定等が規定されていますので、中国の商標法の改正案の動向にも注視する必要があります。
- 出願番号は75780648
- 日本商標法第3条
- 日本商標法第4条
- 中国商標法第10条
- 中国商標法第11条
- 中国商標法第32条
- 日本商標法第4条第1項第8号
- https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/seidogaiyo/shimei.html
- 中国商標法第32条
- 最高人民法院 商標の権利付与・権利確定に係る行政案件の審理における若干問題に関する規定第18条
- 最高人民法院行政判決書(2016)最高法行再27号
- 商评字[2023]第0000120082号無効宣告決定書
- 日本商標法第3条第1項柱書
- 日本商標法第4条第1項第7号
- 日本商標法第4条第1項第19号
- 中国商標法第4条
- 中国商標法第33条
- 中国商標法第44条
- 中国商標法第68条第4項、商標出願登録行為の規範化に関する若干規定第12条
- 商標審査審理ガイドライン162頁
- 商標法施行規則第19条
- 中国商標法第33条
- 中国商標法第44条
- 中国商標法改正案第45条第1項後段
- 中国商標法改正案第67条
- 中国商標法改正案第83条第1項
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