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【中国】最高人民法院が2023年10大知財事件を公表
2024.05.14
はじめに
中国最高人民法院は、2024年4月22日に、2023年の10大知財事件及び50件の典型的知財事例を公表しました。
10大知財事件の内訳は、民事8件、刑事1件、行政1件であり、内容としては、特許関連が1件、商標関連が2件、著作権関連が2件、植物新品種関連が1件、不正競争関連が6件(重複含む)でした。
外国企業を当事者とする事件としては、ドイツのSIEMENS社の商標権侵害・不正競争事件(下記事件1)、及びフランスのワインメーカーLAFITE社の商標権侵害・不正競争事件が選ばれ、外国企業の権利を平等に保護する人民法院の姿勢が示されました。50件の典型的知財事例にも、フランスのMICHELIN社の商標権侵害・不正競争事件が入っています。
また、「丹玉405号」とうもろこし植物新品種侵害事件(下記事件2)では懲罰的賠償が適用され、故意侵害に厳しく対応する人民法院の姿勢が示されました。更に、携帯アプリ「青少年モード」無効化不正競争事件では、消費者保護や未成年保護といった社会秩序の維持が強調されています。それ以外では、ナビゲーション電子地図著作権侵害・不正競争事件や、「小愛同学」起動ワードの不正競争事件(下記事件3)等、新しい技術に関連する事件が多く選ばれている点も特徴です。
以下、2023年10大事件のうち、特に興味深い3件について、ご紹介いたします。
事件1 「SIEMENS」商標権侵害・不正競争事件:(2022)最高法知民終312号
本件は、著名な商標を含む商号を使用する行為が、商標権侵害及び不正競争行為を構成すると判断した事例です。
一審原告のドイツのシーメンス社及びその中国法人(以下、「シーメンス社」といいます。)は、洗濯機等(第7類)を指定商品とする「西門子(中国語でシーメンスと発音)」及び「SIEMENS」商標の権利者です。両商標は長期にわたる使用及び宣伝により、高い知名度を獲得しています。シーメンス社は、一審被告の寧波奇シャイ電器有限公司(以下、「奇シャイ社」といいます。)が、「上海西門子電器有限公司」及び「SIMBMC」との標識を付した洗濯機を製造・販売する行為が自らの商標権を侵害し、不正競争行為を構成するとして、江蘇省高級人民法院に、侵害行為の停止と1億元の損害賠償を求める訴訟を提起しました。
一審裁判所は、奇シャイ社がセイシェル共和国で登記された「上海西門子電器有限公司」の商号を付した洗濯機を製造・販売する行為は、「西門子」部分を突出させて使用していないため、商標法第57条第7号に規定の「他人の登録商標専用権にその他の損害を与える行為」には当たらず、商標権侵害を構成しないと判断しました。一方、奇シャイ社が自らの有する登録商標「SiMBMC」の小文字「i」を大文字に変更した「SIMBMC」標識を付した洗濯機を製造・販売する行為は、登録商標の顕著な特徴を変更し、「SIMBMC」がシーメンス社の英語商標であるという消費者の誤認混同を惹起するものであり、「SIMENS」商標の識別力を希釈化するものであって、商標法第57条第7号に規定の商標権侵害行為に該当すると判断しました。
奇シャイ社は最高人民法院に上訴しましたが、二審判決は、奇シャイ社の「上海西門子電器有限公司」との標識のうち、識別力を有するのは「西門子」の部分であり、当該標識の洗濯機における使用は、シーメンス社が有する「西門子」商標(第7類)と同一の商品における類似商標の使用にあたり、商標法第57条第2号に規定された商標権侵害を構成すると判断しました。また、当該標識の使用は、一定の影響力のある企業名称及び他人の登録商標を使用する行為であって、不正競争法第6条第2項及び第4項に規定の不正競争行為にもあたると判断しました。
損害賠償額について、シーメンス社は侵害行為により自らが受けた損害額及び奇シャイが得た利益額を立証することはできませんでした。しかし、最高人民法院は、奇シャイ社の侵害行為による利益が商標法上の法定賠償額の上限である500万元を超えることが明らかであり、且つ、奇シャイ社が損害賠償額の算定に必要な資料の提出を拒んでいる状況において、一審裁判所が、「奇シャイ社の年間売上は15億元」との報道に基づいて、原告の求める1億元の賠償額を認めたのは不当ではない、と判断しました。
本件に関し、最高人民法院は、「本件二審判決は挙証妨害制度を厳格に運用し、故意に証拠を提供せず人民法院による事実認定を妨害する侵害者に対し、法に基づき、不利な処理方式及び裁判結果を提示した。本件は、人民法院が知的財産権を保護する姿勢を充分に体現しており、悪意で有名商標にフリーライドする行為に厳しく対応し、市場の秩序を浄化し、良好な経営環境の創出を推進する重要な効果を発揮するものである」と評価しています。
他人の登録商標を含む商号を他国で登録した事業者が、当該商号を登録商標の指定商品・役務に使用する事例は、近年頻発しています。本件では、知名度の高い商標を含む商号を使用する行為が、不正競争行為だけではなく商標権侵害行為を構成すると判断されました。本件の「西門子」商標は、別の区分、商品にて著名商標の認定を受けており、極めて高い知名度を有するため、本件における判断が他の事案にそのまま適用されるとは限りませんが、権利者にとっては喜ばしい判決と言えます。
事件4 「丹玉405号」トウモロコシ植物新品種侵害事件:(2022)最高法知民終2907号
本件は、繰り返し行われた侵害行為に対し、懲罰的賠償が適用された事件です。
一審原告の遼寧丹玉種業科技股份有限公司(以下、「丹玉社」といいます。)は、「丹玉405号」トウモロコシの植物新品種の権利者です。凌海市農光種業科技有限公司(以下、「農光社」といいます。)は、「紫光4号」という、「丹玉405号」の植物新品種権を侵害する商品を販売し、2015年に侵害判決を受けましたが、その後も2019年及び2020年に、「錦玉118」、「安玉13」、「丹玉606号」の名前で「丹玉405号」の植物新品種権を侵害する商品を販売しました。丹玉社は、農光社とその販売業者とを相手取り、侵害行為の停止と300万元の損害賠償を求めて、青島市中級人民法院に提訴しました。この300万元は、賠償金額の基礎額150万元に、1倍の懲罰的賠償150万元を加えて算出したものでした。
一審裁判所は、丹玉社の提出した証拠では、賠償金額の基礎額を確定することはできないとして、裁判所が諸般の状況を考慮して賠償額を決定する法定賠償を採用し、両被告に100万元の賠償を命じました。原告の丹玉社は、この判決に不服として、最高人民法院知財法廷に上訴しました。
二審判決では、農光社の侵害行為は期間も長く、地域も広く、規模も大きい上に、複数回、名称を変えて繰り返し行われており、故意侵害であることが明らかであって、状況も劣悪であるため、懲罰的賠償を課すべきであると判断しました。また、農光社が自認した27万平方メートルの作付面積から算出される種子の数および売上高は、丹玉社の主張する賠償金額の基礎額150万元を超えているとして、これに1倍の懲罰的賠償150万元を加えた300万元という丹玉社の損害賠償請求額を全面的に支持しました。
本件に関し、最高人民法院は、「本件は、懲罰的賠償の基礎額が証拠に基づいて裁量で確定されてもよく、精確な計算ができないからといって安易に法定賠償を適用してはならないことを示している。本件は、人民法院が懲罰的賠償制度を全面的に実行する決意と司法の態度を示しており、権利者による権利行使の難易度を下げて、懲罰的賠償の威力を有効に発揮し、侵害者に事実に即した重大な対価を支払わせるものである」と述べています。
中国では、証拠の形式面に対する要求が高いこともあり、未だ9割以上の知的財産権侵害訴訟において、裁判所が諸般の事情を考慮して賠償額を決定する法定賠償が採用されています。このような状況は、懲罰的賠償適用の大きな障害となっています。本件判決において、最高人民法院は、懲罰的賠償の基礎額が厳密に立証できない場合であっても、少なくとも特定の金額以上であることが一定の確からしさをもって証明されれば、その特定の金額を基礎額として、その1~5倍の懲罰的賠償を課せると判示しています。悪質な故意侵害にみまわれた権利者にとっては、画期的な判決と言えます。
事件9 「小愛同学」起動ワードの不正競争事件:(2023)浙03民初423号
本件は、「小愛同学」という有名企業のAIスピーカーの起動ワードについて、商標の先取り登録を行い、同企業に商標権侵害の警告状を発送した行為が、不正競争行為と認定された事件です。
一審原告の小米科技有限責任公司(以下、「小米社」といいます。)は、2017年7月に、起動ワードを「小愛同学」とするスマートスピーカーを発売後、同じ起動ワードのAI言語インタラクション・エンジンを、携帯電話やテレビに搭載・使用しています。この「小愛同学」は、中国語で「愛ちゃん」のような意味を持ち、Google Homeの「OK, Google!」等と同じように、起動ワードとして利用され、親しまれています。
これに対し、一審被告の陳氏は、2017年8月から2020年6月に、様々な指定商品について「小愛同学」等の商標66件を出願・登録し、小米社に対し商標権侵害行為の停止を求める警告状を送付すると同時に、別の企業とともに、「小愛同学」商標を付した腕時計、目覚まし時計等の商品の宣伝を開始しました。小米社は、陳氏らの一連の行為が不正競争行為にあたるとして、浙江省温州市中級人民法院に提訴しました。
一審裁判所は、「小愛同学」は、広範囲での宣伝及び使用により一定の影響力を有する起動ワード、AIインタラクション言語エンジンの名称、及びAIインタラクション言語エンジンを搭載したスマートスピーカー等の商品の名称となっており、不正競争防止法による保護を受けるものと判断しました。そして、陳氏が大量の「小愛同学」商標を先取り登録し、小米社に警告状を送付した行為は、信義誠実の原則に反しており、公平な市場の競争秩序を乱すものであって、小米社の合法的権益に損害を与えるため、不正競争法第2条に「事業者が生産経営活動において本法の規定に違反し、市場の競争秩序を乱し、他の事業者又は消費者の合法的権益に損害を与える行為」と定められた不正競争行為に該当すると認定しました。また、陳氏らが「小愛同学」の標識を付した商品を販売・使用する行為は、誤解を生じさせる虚偽の商業的宣伝を流布する不正競争行為であると認定しました。そのため、一審判決は、陳氏らに対し侵害行為の即時停止と、原告の経済的損失及び権利行使のための合理的支出の合計120万元の支払いを命じました。この一審判決に対しては、いずれの当事者も上訴していません。
本件判決について、最高人民法院は、「本件判決は、AI言語エンジンの起動ワードを保護した典型的な事例であり、一定の影響力を有する起動ワードが不正競争防止法の保護対象であることを明確にすると同時に、悪意で他人の起動ワードを先取り登録し、その権利を乱用する行為を規制して、イノベーション型企業のブランドを充分に保護したものである」と評価しています。
本事例は、特定企業の商品を代表するものとして消費者に認識されている文言等を、不正競争防止法の一般規定を利用して保護したものです。様々な形態で繰り広げられる模倣行為や商標権の先取り行為を合理的に規制していこうとする、人民法院の姿勢が示された事例と言えます。