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【労働法ブログ】最新判例解説―「事業場外みなし労働時間制」に関する最高裁判例(最判令和6年4月16日・共同組合グローブ事件)―
2024.06.19
令和6年4月16日に「事業場外みなし労働時間制」に関する最高裁判例として、共同組合グローブ事件判決が出た。本ブログにおいては、事業場外みなし労働時間制の概要や本判例の内容等を解説するとともに、それを踏まえた実務対応について解説する。
前提知識
(1) 事業場外みなし労働時間制の概要
使用者は、原則として、実労働時間(実際に「労働させ(る)」時間)により、労働時間を算定する必要がある(労基法32条参照)。
これに対する例外の一つとして、事業場外みなし労働時間制(労基法38条の2)という労働時間制度が存在する。事業場外みなし労働時間制においては、①「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合」、②「労働時間を算定し難いとき」という2つの要件を満たす場合には、実労働時間にかかわらず、所定労働時間(業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、当該業務の遂行に通常必要とされる時間(※))を労働したものとみなすことができる。
※過半数組合又は過半数組合がない場合は過半数代表者との労使協定があるときは、その協定で定める時間を業務の遂行に通常必要とされる時間とすることとなる。
事業場外みなし労働時間制は、主に外回りの営業等、外勤の場合で、かつ労働時間を把握することが困難である場合に活用することのある制度である。もっとも、ICTの普及により、「労働時間を算定し難いとき」といえるケースは限定されてきており(特に最近ではスマートフォンを1人1台持つような時代になり、より同制度の活用場面は減っている。)、裁判実務において「労働時間を算定し難い」ことを否定されるケースも少なくない。
(2) 事業場外みなし労働時間制に関するリーディングケース
労働基準法38条の2第1項の「労働時間を算定し難いとき」を取り扱ったリーディングケースとして、阪急トラベルサポート事件(最判平成26年1月24日労判1088号5頁)がある。
同事件は、海外ツアー派遣添乗員による事業場外労働について、以下の事実等から、「業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等に鑑みると、本件添乗業務については、これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く、労働基準法38条の2第1項にいう『労働時間を算定し難いとき』に当たるとはいえない」と判断した。
○ 旅行日程が明確に定められているなど業務の内容があらかじめ具体的に確定されており、添乗員が自ら決定できる事項の範囲及びその選択の幅が限られていること ○ 会社が添乗員に対して旅行日程に沿った旅程の管理等の業務を行うことを具体的に指示し、旅行日程に変更を要する場合でも個別の指示がなされていたこと ○ 旅行日程の終了後には、関係者への問合せ等によってその内容の正確性を確認し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等を詳細に報告されていたこと |
このように、阪急トラベルサポート事件は、以下の3つの観点から「労働時間を算定し難いとき」に該当するか否かを判断している。
(a) 業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等 (b) 業務に関する指示の方法、内容やその実施の態様、状況等 (c) 業務に関する報告の方法、内容やその実施の態様、状況等 |
なお、同事件判決の判断枠組みを踏襲した下級審裁判例としては、ワークスアプリケーションズ事件・東京地判平成26年8月20日、ナック事件・東京地判平成30年1月5日(控訴審:東京高判平成30年6月21日)、セルトリオン・ヘルスケア・ジャパン事件・東京地判令和4年3月30日(控訴審:東京高判令和4年11月16日)、東京精密事件・東京地判令和4年11月30日などがある。
共同組合グローブ事件の事案概要
技能実習制度に係る監理団体であるYに雇用され、技能実習生の指導員として勤務していたXが、Yに対して時間外労働に対する割増賃金等の支払を求めた事案である。Yは、Xが事業場外の業務の一部(本件業務)について、労働基準法38条の2第1項の「労働時間を算定し難いとき」に当たり、所定労働時間労働したものとみなされる旨を主張した。具体的な事実関係は以下のとおりである。
○ Xは、自らが担当する実習実施者に対し月2回以上の訪問指導を行うほか、技能実習生のために、来日時等の送迎、日常の生活指導や急なトラブルの際の通訳を行うなどの業務に従事していた。 ○ Xは、本件業務に関し、実習実施者等への訪問の予約を行うなどして自ら具体的なスケジュールを管理していた。 ○ Xは、Yから携帯電話を貸与されていたが、これを用いるなどして随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることはなかった。 ○ Xの就業時間は午前9時から午後6時まで、休憩時間は正午から午後1時までと定められていたが、Xが実際に休憩していた時間は就業日ごとに区々であった。 ○ Xは、タイムカードを用いた労働時間の管理を受けておらず、自らの判断により直行直帰することもできたが、月末には、就業日ごとの始業時刻、終業時刻及び休憩時間のほか、訪問先、訪問時刻及びおおよその業務内容等を記入した業務日報をYに提出し、その確認を受けていた。 |
共同組合グローブ事件の判決内容
最高裁は、以下のとおり判示し、原判決を破棄した上で、「労働時間を算定し難いとき」に当たるといえるか否か等に関し更に審理を尽くさせるため、本件の審理を原審(福岡高裁)に差し戻した。
(1) 「本件業務は、実習実施者に対する訪問指導のほか、技能実習生の送迎、生活指導や急なトラブルの際の通訳等、多岐にわたるものであった。また、Xは、本件業務に関し、訪問の予約を行うなどして自ら具体的なスケジュールを管理しており、所定の休憩時間とは異なる時間に休憩をとることや自らの判断により直行直帰することも許されていたものといえ、随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることもなかったものである。このような事情の下で、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等を考慮すれば、Xが担当する実習実施者や1か月当たりの訪問指導の頻度等が定まっていたとしても、Yにおいて、Xの事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが容易であったと直ちにはいい難い。」 (2) 「原審は、XがYに提出していた業務日報に関し、①その記載内容につき実習実施者等への確認が可能であること、②Y自身が業務日報の正確性を前提に時間外労働の時間を算定して残業手当を支払う場合もあったことを指摘した上で、その正確性が担保されていたなどと評価し、もって本件業務につき本件規定の適用を否定したものである。しかしながら、上記①については、単に業務の相手方に対して問い合わせるなどの方法を採り得ることを一般的に指摘するものにすぎず、実習実施者等に確認するという方法の現実的な可能性や実効性等は、具体的には明らかでない。上記②についても、Yは、本件規定を適用せず残業手当を支払ったのは、業務日報の記載のみによらずにXの労働時間を把握し得た場合に限られる旨主張しており、この主張の当否を検討しなければYが業務日報の正確性を前提としていたともいえない上、Yが一定の場合に残業手当を支払っていた事実のみをもって、業務日報の正確性が客観的に担保されていたなどと評価することができるものでもない。」 (3) 「以上によれば、原審は、業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視して、本件業務につき本件規定にいう『労働時間を算定し難いとき』に当たるとはいえないとしたものであり、このような原審の判断には、本件規定の解釈適用を誤った違法があるというべきである。」 |
なお、本判決には、以下のとおり、裁判官林道晴の補足意見が付されている。
○ 「いわゆる事業場外労働については、外勤や出張等の局面のみならず、近時、通信手段の発達等も背景に活用が進んでいるとみられる在宅勤務やテレワークの局面も含め、その在り方が多様化していることがうかがわれ、被用者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認められるか否かについて定型的に判断することは、一層難しくなってきているように思われる。」 ○ 「こうした中で、裁判所としては、上記の考慮要素を十分に踏まえつつも、飽くまで個々の事例ごとの具体的な事情に的確に着目した上で、本件規定にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かの判断を行っていく必要があるものと考える。」 |
共同組合グローブ事件の分析
本判決は、(1)において、前述の「(a)業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等」、「(b)業務に関する指示の方法、内容やその実施の態様、状況等」、(c)「業務に関する報告の方法、内容やその実施の態様、状況等」の観点から「事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが容易であったと直ちにはいい難い。」と評価している。
また、本判決は、(2)において、「(c)業務に関する報告の方法、内容やその実施の態様、状況等」の観点から、原審が指摘していた「記載内容につき実習実施者等への確認が可能である」という点については、「単に業務の相手方に対して問い合わせるなどの方法を採り得ることを一般的に指摘するものにすぎず、実習実施者等に確認するという方法の現実的な可能性や実効性等は、具体的には明らかでない。」と述べ、また、原審が指摘していた「Y自身が業務日報の正確性を前提に時間外労働の時間を算定して残業手当を支払う場合もあった」という点については、「Yは、本件規定を適用せず残業手当を支払ったのは、業務日報の記載のみによらずにXの労働時間を把握し得た場合に限られる旨主張しており、この主張の当否を検討しなければYが業務日報の正確性を前提としていたともいえない上、Yが一定の場合に残業手当を支払っていた事実のみをもって、業務日報の正確性が客観的に担保されていたなどと評価することができるものでもない。」と述べている。
共同組合グローブ事件を踏まえた実務対応
本判決は、阪急トラベルサポート事件の3つの観点から、本件事案の具体的な事実を丁寧に分析した上で、原審の「労働時間を算定し難いとき」に関する判断の不十分性を指摘したものである。
特に、本判決では、Xが担当する実習実施者や1か月当たりの訪問指導の頻度等が「定まっていた」としても、事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが「容易であったと直ちにはいい難い」と述べているように、仮に労働時間を算定することが「可能」でも、業務の内容・性質等から「容易ではないこと(算定困難性)」を基礎づける事情があれば、労働時間が算定し難いという評価がなされることを意識した判断をしている。具体的には業務内容が「多岐にわたる」という事情(前記(a)の観点)や事業場外の具体的な勤務スケジュールなどについて自ら判断していたという事情(前記(b)の観点)について、労働時間の算定が「容易ではない(算定困難性)」を基礎づける事情として評価しているようであり、報告内容の確認の現実的な可能性や実効性が求められるという点(前記(c)の観点)についても、労働時間の算定が「可能」であることでは足りず、「容易ではないこと(算定困難性)」を意識してのことであることが伺える。
そのため、事業場外みなし労働時間制を導入している企業におかれては、予防法務の観点から、同制度を運用するに際して、前記(a)から(c)の観点を踏まえ、労働時間の算定の「算定困難性」を基礎付ける事情、例えば、業務内容が多岐か否か(業務内容の不確定性)、業務内容及び性質を踏まえた労働時間に関する裁量の有無、業務内容の報告をさせる場合はその正確性の確認の現実性や実効性等について、精緻に整理しておくことが肝要である。
以上
[TMI総合法律事務所 労働法プラクティスグループ] TMI総合法律事務所内で人事労務に精通した弁護士等で組織。元東京地方裁判所労働部裁判官、厚生労働省出向経験者、元厚生労働省事務官(法令・政策の企画立案担当)、元労働基準監督官等をはじめ、豊富な知識と経験を有する弁護士を擁し、さまざまな人事労務案件(就業規則や雇用契約等の整備・解釈・改定、M&AやIPOにおける労務デュー・ディリジェンス、労働審判・労働関係訴訟、従業員対応・社内調査、人員適正化のサポート、労働組合対応、出入国関連、労働基準監督署や労働局等への対応、労働者派遣事業等のサポート等)について最良のアドバイスを提供している。 |