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【速報】【米国】【意匠】 CAFCが意匠特許の非自明性基準を変更
2024.07.24
背景
2024年5月23日に連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、LKQ Corp. v. GM Glob. Tech (102 F.4d 1280) 大法廷判決において、意匠特許の非自明性基準に関する先例を破棄し、審査及び権利行使段階における当業者の常識に基づく自明の立証を容易とする柔軟なアプローチを採用した。本件の紛争は、原告であるLKQがGMの自動車フロントパネルの意匠(以下に特許の対象としてクレームされた意匠の図を示す)を無効として米国特許商標庁(USPTO)で当事者系レビューを請求したことによって開始された。LKQは、GM意匠が、先行意匠から新規性がなく、たとえ新規性があっても自明であると主張したが、特許控訴審判部(PTAB)は、意匠特許と先行意匠との外観 (visual appearance) の違いを認定し、新規性が無いとする立証はなかったと判断した。自明の主張についても、a) 審査対象の意匠と基本的に同一の外観を持つ先行意匠でなければ主引例とできないとするRosen判決とb)特徴を主引例と組み合わせることを示唆する程度に密接に関連していなければ副引例とできないとするDurling判決に基づく意匠特許特有の確立した非自明性判例基準(Rosen-Durlingテスト)が適用され、a)の要件を充たす先行意匠は存在しないので、b)の審理を行うことなく、自明性の立証がなかったと判断された。LKQは、この審決の取り消しを求めて、CAFCに訴訟を提起した。
USPTOの審決は、まず、3人の裁判官で構成される通常のパネルで審査された。LKQは、USPTOの適用したRosen-Durlingテストが、実用特許の非自明性に関するKSR判決(KSR International Co. v. Teleflex Inc., 550 U.S. 398, 1 (2007))の最高裁の判旨と矛盾するとして、先例を破棄し、より柔軟なアプローチによる基準の下で、GM意匠特許は自明と判断されるべきと主張した。パネルはUSPTOの新規性判断を支持した後、非自明性判断に関しては、KSR判決が明白にRosen-Durlingテストの先例を無効とした(overrule)かどうかは明白でないとして、先例のテストを適用し、非自明としたUSPTOの審決を支持した。LKQは、大法廷による判例変更が必要であると主張して再審理を請求し、CAFCはこの請求を受理した。
大法廷判決の概要
CAFCは、大法廷審理により、Rosen-DurlingテストはKSR判決の判旨と矛盾するため、無効とされるべきと判断し、意匠特許も実用特許と同様の非自明性基準で判断されるべきとした。その結果、新規性ありとして審決を支持する部分のパネルの判決を再度有効とし、非自明性については、正しい基準で審査しなおすよう事件をPTABに差し戻した。この正しい基準とは、Graham最高裁判決(Graham v. John Deere Co.,383 U.S. 1(1966) )の事実認定(Grahamファクター)に従い、判断主体は、①先行意匠の範囲と内容;②先行意匠と審査対象の意匠の違い;③意匠の係る分野の通常の知識を持つ者(当業者)の水準を認定し、商業的成功、長く未解決の要望、他者の失敗等の二次的考慮事項(secondary considerations)に照らし、先行意匠と審査対象の意匠を全体観察で比較し、両者の違いが当業者に自明かどうか判断することとした。尚、①については、先行意匠とできるのは、実用特許と同様に、類似(analogous)分野の意匠に限られるが、努力分野の同一性(the same field of endeavor)で類似分野かどうかが判断され、意匠は物品の外観であって、その用途は無関係なので、実用特許では参酌される課題解決の関連性は考慮されない。新基準の下では、主引例は、審査対象の意匠と基本的に同一な外観は要求されず、最も類似する先行意匠が引用される。副引例と組合せる動機付けは、先行意匠の依拠する場合に限らず、当業者の常識等に基づいてもよいが、副引例の特徴を使って主引例の意匠を改変し、審査対象の意匠と同じ全体的外観に創作できたであろうとする理由を記録に裏付けて立証する必要があるとする。
CAFCは、Rosen判決を無効とする根拠として、意匠特許と実用特許の対象が異なることを認めたうえで、103条はいずれの特許にも共通して適用されることを指摘した。103条には、クレームされた発明と先行技術との差が発明全体として当業者に自明かどうか判断するという拡大的で柔軟なアプローチが規定されているとし、Rosenの主引用の基本的に同一要件と、この要件を充足する引例が無い場合は非自明とする手法は厳格で、このアプローチと矛盾するとした。また、意匠特許の発明性に関するWhitman Saddle最高裁判決(Smith v. Whitman Saddle Co., 148 U.S. 674 (1893))を引用し、主引例に基本的に同一要件を適用せず、先行技術の特徴の組合せに発明性が無いとする同判決の基準にも矛盾するとした。Durlingの副引例要件についても、103条の文言及びWhitman Saddle最高裁判決に矛盾すると判断し、無効とした。
実用特許の非自明性解釈への影響
LKQ判決はKSR判決後の最初の非自明性に関するCAFC大法廷判決であるので、KSR後の実用特許の非自明性基準を理解するうえで重要な意義を持つ。第一に、KSR判決前は、非自明性の判断に頻繁に依拠された教示・示唆・動機付けがなければ非自明とするTSMテストについて、当業者の技術常識を考慮できないように硬直的に適用されれば最高裁の判旨に反するが、柔軟に適用する限り後知恵による判断を避けるために有効であるという解釈を明確にしている。第二に、Whitman Saddle判決に関し、CAFCは、公知構成要素の組合せに対し特許を付与することは、既存のものに独占権を与え、技術者が利用できる資源を減少させるとする最高裁が示した政策理由を引用し、組合せ意匠に特許を付与することに消極的な見解を示している。KSR後、USPTOは類似分野からの公知の構成要素の組合せについては、予期せぬ効果を生じる等の例外的な場合を除き、当業者の常識から自明と判断する審査実務を確立しており、CAFCも、記録で支持され常識により自明の理由付けがされている限りUSPTOの自明判断を支持する判例法を形成している。(USPTO, Updated Guidance for Making a Proper Determination of Obviousness, 2024年2月)
権利取得・行使への影響
Rosen-Durlingテストの破棄により、意匠特許の非自明性基準はより厳格になり、従来、基本的に同一の外観を持つ先行意匠がなければ、たとえ公知構成要素の寄せ集めであっても非自明とされた意匠が、今後は自明として拒絶されることになる。出願時には、先行意匠に無い新規な構成要素が存在することを確認する必要があり、審査官が、その構成要素を開示する先行意匠を引用し出願を拒絶した場合には、この構成要素の追加・変更が関連する意匠分野の常識やトレンドから自明でないことを立証する必要がある。アメリカの実務では、破線を実線に変更し意匠の範囲を補正することが可能であるので、必要に応じ、実線の構成要素を追加し、先行意匠と異なる外観を主張することも可能である。
また、新たな基準は、既に発行した意匠特許に適用されるので、多くの無効な意匠特許が現存することになる。従って、意匠特許の権利行使には、新たな基準の下での非自明性を確認する必要がある。一方、意匠特許を侵害するとして訴えられた場合は、IPRによって特許を無効としたり、無効を主張することで和解を有利に進めたりすることを考えるべきであろう。
日米比較法
アメリカ法の非自明性に相当する日本の意匠法の創作非容易性の基準の下では、公知意匠の構成要素の寄せ集めは、当業者であれば容易に創作することができた意匠として登録を受けることができない。従って、LKQ判決は、アメリカの非自明性基準を日本の創作非容易性と調和させる方向にシフトさせたとして評価することができる。但し、日本の創作非容易性と比較した顕著な違いがまだ存在し、その一つが非自明性の先行意匠の範囲である。アメリカ法の下で、意匠は、物品と不可分とされるので、日本法のように、物品から離れて、抽象的なモチーフとして先行意匠と比較されることは無い。LKQ判決で、CAFCが確認したように、先行意匠は、同一又は類似分野の物品の意匠に限られ、たとえ形状等が同一でも引用できず、新規性も非自明性も肯定される。(Plantronics, Inc. v. Aliph, Inc., 724 F.3d 1343, 1354 (Fed. Cir. 2013)
要部という考え方は無く、先行意匠と審査対象の意匠は全体観察によって比較される点も、日本と異なるアメリカ法の特徴として挙げられる。但し、新規性の判断において、通常の観察者は先行意匠と比較しながら審査対象の意匠の外観を観察するとされる。そのため、先行意匠と区別する特徴は、比較的些細な違いでも観察者の注意を喚起すると考えられるので、全体の外観に影響を与えると判断され、新規性が肯定される可能性が高い。先行意匠が多いと新規性が認められやすいという利点がある一方、新規性基準が侵害判断に適用されるため、些細な違いで全体外観が異なることになり非侵害と判断されやすく、権利範囲も狭いという欠点がある。
意匠特許を取得する意義
このような欠点にも拘らず、形状に特徴がある製品のアメリカ市場における知財保護戦略には、比較的安価で短期に排他権を取得できる意匠特許の活用が有効である。第一に、実用特許と意匠特許にダブルパテントの適用は無いので、実用特許取得までの中継ぎ保護として意匠特許を取得しても良いし、実用特許出願が非自明性で拒絶されたときに、意匠特許出願に変更して、日本法における実用新案からの意匠への出願変更のように活用することもできる。
第二に、意匠特許侵害に対しては、実用特許の侵害に対する救済には無い特別な金銭的救済が法定されている。eBay判決以降、実用特許と同様に、意匠特許の侵害を立証しても、裁判所から侵害品の差し止め命令を得ることは困難となっている。差止め命令が出ない場合、侵害に対しては、過去及び将来の損害額による救済が主になるが、特許法は、意匠特許の侵害に対しては、侵害者利益の支払いという特別な金銭的救済の選択肢を規定する。(35 USC § 289 日本法では、侵害者利益による損害額の計算が実用特許の侵害に対する計算方法として規定されているが、アメリカ法は、逸失利益と合理的実施料による損害のみが実用特許の侵害に対する救済として規定されている 35 USC § 284) 特許が物品の一部しか保護していない場合、原則として逸失利益の計算には寄与率を考慮する必要があるが、侵害者利益の計算は、物品を基準に計算される。(Samsung Elecs. Co. v. Apple Inc.,137 S. Ct. 429 (2016) )そのため、意匠特許は、実用特許より多額の侵害に対する金銭的救済を受けることができるという長所がある。
更に、意匠特許の取得は、商標による半永久的な保護を取得する戦略でも非常に有意義である。保護したい製品が長く製造販売され、将来、出所表示機能を取得することが予想される場合、機能性の理論により、実用特許を取得した製品の形状等について、重複して商標の保護は取得できないが、意匠特許を取得した形状等には、重複して立体商標としての保護が取得可能であるとされる。最高裁判例法では、物品の形状は固有の自他商品識別力を持たず(Wal-Mart Stores, Inc. v. Samara Bros., 529 U.S. 205 (2000))、使用による識別力(secondary meaning)獲得を立証しなければ、立体商標の保護は認められない。5年以上の期間継続して、物品の形状を商標として独占的に使用していることの証拠は物品の形状の識別力立証に有効なので( In re Ennco Display Sys. Inc., 56 USPQ2d 1279 (TTAB 2000))、意匠特許を取得し独占的に意匠を実施することは、将来、商標としての保護を受ける戦略で重要な役割を果たす。更に、アメリカでは、物品の機能から分離可能な構成は著作権保護の対象にもなるので、製品の形状保護には、実用特許、意匠特許、商標権、著作権の長所短所を理解したうえで、組み合わせて権利行使することが重要となる。
クレーム 以下で示すような自動車フロントフェンダーの装飾的意匠
横から見た図
前から見た図 上から見た図
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