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【ヘルスケア】イギリスの医薬品・医療機器規制の概要とBrexit後の最新動向
2024.08.19
Introduction
私は、2022年7月から計2年間、アメリカ、イギリス、スイスでの海外留学・研修を経て、今年7月に事務所に復帰しました。
2年間のうち、4か月間はイギリスのロンドンにある大手法律事務所のhealthcare/life sciencesプラクティスグループの一員として勤務していましたので、その際に学び、経験した内容に基づき、イギリスの医薬品・医療機器規制の概要、Brexitによる影響及び最新の動向について、簡単に解説します。
なお、イギリスは、イングランド、ウェールズ、スコットランド及び北アイルランドの4つのカントリーで構成される連合王国ですが、このうち、北アイルランドは、制度の安定のため、また、EU加盟国であるアイルランドとの間に制度的な障壁ができるのを避けるため、Brexit後も当面の間は、医薬品・医療機器等に関するルールについてEU法の適用を受けることを選択しました。したがって、以下の「イギリス」には、北アイルランドが含まれないことにご留意ください。
医薬品規制
(1)概要
イギリスにおける医薬品(medicinal product(medicine))規制は、Medicines and Healthcare products Regulatory Agency(MHRA)が管轄しています。規制の主な根拠法令は、Human Medicines Regulations 2012(HMR)であり、EU Directive 2001/83とEU Regulation 726/2004がベースになっています。
医薬品は、以下の3つのカテゴリーに分けられており、カテゴリーによって規制内容が異なります。
- Prescription-only medicines (POMs)―処方薬(医師等により処方される必要がある)
- Pharmacy medicines(P)―薬局で、薬剤師の指導を受けた場合にしか購入できない
- General Sales List medicines (GSL)―小売店や自動販売機等で購入できる
医薬品の研究開発、製造、承認及び安全性監視等に関する規制等については、日本と概ね似ていますが、臨床試験、販売承認、ビジネスライセンス及びプロモーション規制等について簡単に説明します。
まず、臨床試験については、Medicines for Human Use(Clinical Trials)Regulationsに基づき規制されており、スポンサーは、イギリス、EU若しくはEEA加盟国に拠点を有している必要があり、有していない場合には代理人を置く必要があります。また、臨床試験を実施するためには、MHRA承認とResearch Ethics Committee (REC)の好意的な意見を得ることが必要であり、GCPの遵守が求められます。なお、昨年公表された「Corporate Plan 2023 to 2026」(https://www.gov.uk/government/publications/mhra-corporate-plan-2023-to-2026/medicines-and-healthcare-products-regulatory-agency-corporate-plan-2023-to-2026)によると、MHRAは、イギリスを臨床試験の実施地として魅力的な場所にすることを目的として、2026年3月31日までに、規制を改正し、より効率的な臨床試験を実現できるような規制フレームワークを設定するとされています。
次に、医薬品を市場で販売等するためには原則として販売承認を取得する必要があり、審査期間は、原則210日以内、high-quality販売承認申請の場合は150日以内と定められています。初回の承認の有効期間は5年間で、更新後は原則無期限となりますが、安全性に懸念がある場合には再度5年間が有効期間として設定されることになります。ただし、承認後3年以内に製品を上市しなかった場合には、承認の有効性が失われます。
なお、迅速な研究開発及び承認審査を実現するための制度として、Accelerated Assessment、Rolling Review、Conditional Marketing Authorisation及び後述するILAPといった制度が用意されています。
そして、日本と同様に、ビジネスライセンスの概念があり、完成品の医薬品をイギリス内で製造又は組み立てる者、及び一定の承認国以外の国から輸入する者は、MHRAの発行する製造ライセンスを取得する必要があり、申請に当たっては、GMPを遵守していることを証明しなければならず、審査に当たってGMP査察を受けることになります。
また、イギリス国内で販売店等に医薬品の調達、保管、提供又は販売をする場合又はEEA加盟国からイギリスに医薬品を輸入する場合等には、MHRAの発行する卸売ライセンスを取得しなければならず、卸売業者は、Good Distribution Practice (GDP)の遵守とともに、審査に当たってGDP査察の受入れが求められます。
最後に、処方薬のプロモーションは、日本と同様に、対医療従事者に限定されており、DTCプロモーションは禁止されています。また、医療従事者相手のプロモーションについても、HMRに一定の規制があるほか、業界団体であるAssociation of the British Pharmaceutical Industry(ABPI)が詳細なルールを定めるABPI Codeを発行しており、このCodeは、本来的にはABPIに加盟する企業にのみ適用されるものですが(違反した場合にはその旨の公表、除名等の処分を受ける可能性があります)、実際上は、Bribery Act 2010との関係もあり(事実上、このCodeの遵守が賄賂規制の責任リスクを低減する役割を有します。)、加盟企業か否かを問わず、事実上すべての企業が遵守しています。なお、交際費等の公開義務は、上記Codeで定められているため、現時点では加盟企業のみの義務ですが、法改正が予定されており、それが成立した場合には、全ての企業の義務となります。
(2)Brexitによる影響
イギリスのEU離脱(Brexit)に伴う移行期間が2020年12月31日午後11時(中央ヨーロッパ時間2021年1月1日午前0時)に終了し、イギリスは、ヘルスケア規制においても、EU(及び(当面の間は)北アイルランド)と別の道を歩むことになり、European Medicines Agency(EMA)の管轄から外れ、MHRAが単独でイギリスの規制当局として機能することとなりました。
Brexit後は、MHRAが独自の販売承認ルートや開発・評価の促進制度を設けることができるようになり、特に迅速な開発の促進及び規制評価に向けて新たな制度を設けるなど、Brexitによる良い点もありました。例えば、2021年1月に、臨床研究から保険適用までのプロセスを迅速化することを目的として、Innovative Licensing and Access Pathway (ILAP)が開始し、同年2月に、同プログラムが適用される最初のInnovation Passportが付与されました。
他方で、製薬市場において、EUに比して市場の小さいイギリスの優先度が下がり、承認申請においてEU優先の傾向がみられ始めており、直近のデータでも、イギリスにおける医薬品の承認数がEUに比べて少なくなっています。Brexit前はEMAの拠点がロンドンにあったため、イギリスに投資をする魅力がありましたが、BrexitによりEMAの拠点がオランダのアムステルダムに移ったことにより、その点のアドバンテージもなくなりました。
また、Brexit等により、MHRAの離職者が増加し、一時は、人的リソースの不足によって、承認審査等にかかる期間が通常よりも長くなり、また、法令等の改正やガイダンスのリリースも滞っていたようです。
(3)最新の動向
2024年1月に、International Recognition Procedure (IRP)の制度が開始し、MHRAは、同制度により、オーストラリア、カナダ、EU、日本、スイス、シンガポール及びアメリカにおける医薬品販売承認の決定を承認することができるようになり(MHRAが指定したこれらの国のReference Regulators (RRs)から販売承認を取得している製品・申請者が対象となります。)、対象の製品等につきイギリスでの早期の承認が可能となりました。具体的には、本制度が適用される場合、審査期間が原則210日であるのが、110日となり、また、優先審査の対象となっているものの場合は150日が60日となり、短期間での承認取得が可能となります。但し、承認の最終的な責任を有するMHRAは、証拠が不十分であると判断した場合には不承認とし、又は必要に応じてフルの審査を実施することも可能です。
2024年3月に、このルートを通じて申請された初めての医薬品(Amgen’s bone cancer drug Xgeva)が承認されました。この医薬品は、EMAが2024年1月25日に審査の結果として好意的な意見を出し、MHRAがその評価を自身の審査の一部として認め、同月29日に承認しました。
医療機器規制
(1)概要
医療機器(medical device)についても、医薬品と同様に、MHRAが規制を管轄しており、イギリスで販売されている医療機器が規制要件を満たすことを確保する責任を有していますが、医薬品と異なり、販売前承認等に係る権限は有していません。すなわち、医療機器は、そのリスクの程度等に応じて、4段階にクラス分類されるところ、ハイリスク機器(クラスIIa、IIb、III)は、MHRAとは独立した機関である、UK Approved Body(UKAB)が審査を担当しており、基準を満たした場合には、認証(certificate)を発行します。このcertificate(又は移行期間中はEUのNotified Body(NB)の発行するCE certificate)がなければ、イギリス市場で販売することはできません。なお、ローリスク機器(クラスI)は、UKABの審査が不要です。
規制の根拠法令は、Medical Device Regulation 2002/618(MDR)であり、その規制の内容は上記医薬品に対する規制よりもやや緩い印象です。
例えば、ビジネスライセンスについて、医療機器の製造者は、特別の承認等を受ける必要はないものの、医療機器をイギリス内で販売等する際にはMHRAに登録しなければならず、また、イギリス国外を拠点とする製造業者は、イギリス国内で責任者を選任しなければなりませんが、医薬品と異なり、医療機器の輸入者や販売者は特別の承認等を取得する必要はありません。
(2)ソフトウェア・AI医療機器規制
イギリスにおいて、現時点ではAIを規制する法律は存在しませんが、MHRAは、イギリスをソフトウェア・AI医療機器ビジネスにとって魅力的な場所にすることを目的として、ソフトウェアAI医療機器に対する特別なルールを設ける意向を示しています。
実際、MHRAは、2022年10月に、患者及び消費者を強力に保護すること、及びグローバルマーケットに向けた医療機器ソフトウェアのイノベーションの中心地としてイギリスが認識されることを目的として、“Software and AI as a Medical Device Change Programme” (https://www.gov.uk/government/publications/software-and-ai-as-a-medical-device-change-programme/software-and-ai-as-a-medical-device-change-programme-roadmap)を公表し、2023年6月にアップデートしました。これには、11個のリフォーム項目(Qualification、Classification、Pre-market requirements、Cyber secure medical devices、AI Interpretability、AI adaptivity等)が含まれており、このうちいくつかはsecondary legislation(日本でいうところの政省令)にてルール化する予定ですが、そのほかはガイダンスにより具体的な推奨事項等を周知していく予定となっています。
また、2023年3月に、AIに関するWhite paperが公表されました(同年8月にアップデート:https://www.gov.uk/government/publications/ai-regulation-a-pro-innovation-approach/white-paper)。ここでは、一律のルールを指定するのではなく、様々な用途のAIを異なる形で扱う柔軟性を認める方針が示され、AI関連リスクに対して的を絞りつつも、柔軟な対応を促進するアプローチが確認されました。その後、MHRAは、2024年4月に、AI規制戦略に関する文書(https://www.gov.uk/government/publications/impact-of-ai-on-the-regulation-of-medical-products/impact-of-ai-on-the-regulation-of-medical-products)を公表し、上記White paper記載の内容の実施に関する最新情報の提供を含め、AI規制に対するMHRAの見解を示しました。
さらには、政府は、2024年5月に、AI Airlockという医療機器としてのAI(AI as a Medical Device (AIaMD))に適用される規制サンドボックスをリリースしました。この目的は、AIaMDに対する規制の問題点を特定し、検出されたリスクを緩和するために取り組んでいくことであり、MHRAだけでなく、UKAB、NHS及び他の規制庁とも連携して取り組むとされています。
(3)最新の動向
ア International Recognition Procedure (IRP) for medical device
上記2.(3)で紹介した医薬品に関する制度と同様の制度が、医療機器に対しても設けられる見込みで、2025年には最終版のフレームワークが公表される予定となっています。
この制度が実現した場合には、MHRAが認めた国で販売承認を受けている医療機器を対象として、イギリスにおける販売承認審査が簡略化・迅速化されます。ただし、当該制度の適用対象となるComparable regulator countries (CRC)には、オーストラリア、カナダ、アメリカ、EEA加盟国が含まれている一方で、日本は対象外となっています。
上記(1)で説明したとおり、医療機器の販売前承認審査はUKABが行うため、簡略化審査の主体も基本的にはUKABになると思われますが、MHRAとも連携して当該制度を実施することになると思われます。
この制度の対象機器に含まれるか及び審査の内容は、リスクの大小、EUのCEマークがついているか(CE certificateを有しているか)、FDAの510(k)認可を取得しているか等によって異なるとされています。ただし、AIaMDは対象から除外されています。
イ 医療機器規制の改正
MHRAは、医療機器規制の改正に関し、2021年9月にconsultation(パブリックコメントの募集)を実施し、これに基づき収集した意見等を検討したうえで、2022年6月にこれに対する公式見解を公表しました。
具体的な内容としては、まず、医療機器の定義を変更し、規制の適用対象を拡大すること、例えば、医療目的で使用されるものではないものの、医療機器と同様のリスクを有する製品等(dermal fillers、tattoo or hair removal lasers及びcoloured contact lenses等)を規制対象とすることが検討されています。
また、医療機器の再分類が検討されています。具体的には、active implantable medical devicesとその他の医療機器との区別をなくし、さらに、IVD分類ルールもIMDRF(International Medical Device Regulators Forum)の採用する構造に沿う内容に改正される見込みです。
その他にも、ソフトウェアの定義設定、Post-market surveillance要件の明記等、多くの面で医療機器規制が改正される予定で、時期は2025年を予定しています。
なお、Brexitに伴う移行期間は、一部では延長されており、対象の医療機器によっては2028年や2030年まで延長されています。
ウ IDAPプログラム
2023年5月に、Innovative Devices Access Pathway (IDAP)が公表され、2023年後半より試験運用が開始しています。医薬品のILAPの医療機器版であり、この制度により、開発プロセスにおいて規制当局と関与する機会を増やし、承認プロセス(データ収集、申請等)を合理化・迅速化されることが期待されています。このプログラムが適用された場合には、対象医療機器の製造者等が、複数の関係機関(DHSC(Department of Health & Social Care)、MHRA、NICE(National Institute for Health and Care Excellence)、NHS(National Health Service)等)からのサービスを受けることができるなどのベネフィットを得られるとされています。
終わりに
イギリスは、Brexitにより承認取得の優先度が下がったことは否めないものの、アメリカに比べて開発コストが安く、ケンブリッジ等に強力なヘルスケアエコシステムが存在するため、依然として開発拠点としては魅力があり、Brexitにより拠点をEUに移転した会社はさほど多くないようです。Brexitにはメリット・デメリットがありますが、そのメリットを最大化できるかは今後の政府の政策によると思いますので、引き続き、その動向を追っていきたいと思います。
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