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米国におけるAI規制動向
2025.02.03
人工知能(AI)の分野をけん引する米国においても、AIの規制に向けた取り組みが進んできました。しかし、2025年1月20日に就任したトランプ大統領は、早くもAI規制緩和のための大統領令を発しており、今後の米国におけるAI規制の動向は不透明な状況です。本稿では、2025年1月時点までの米国のAIに関する規制動向を概説します。
なお、米国においては、連邦レベルでの規制と、州レベルの規制があるため、その双方について、順に解説します。
連邦レベルでの規制
- ホワイトハウスの動向
- AI 権利章典の青写真
ホワイトハウスの科学技術政策局は、2022 年10 月に、AI 権利章典の青写真(Blueprint for an AI Bill of Rights)を公表しました[i]。この青写真は法的拘束力があるものではありませんが、AIの設計、使用及び展開の指針として、下記の5つの原則を示しました。
<Blueprint for an AI Bill of Rightsの5原則>
原則 |
内容 |
Safe and Effective Systems |
利用者は、安全でないシステムや効果のないシステムから保護されなければならない。 |
Algorithmic Discrimination Protections |
利用者は、アルゴリズム由来の差別を受けることがあってはならず、システムは公正に使用及び設計されなければならない。 |
Data Privacy |
利用者は、組み込まれた保護措置によって乱用的なデータの取り扱いから守られるべきであり、また、自分に関するデータがどのように使用されるかについて主体性を有さなければならない。 |
Notice and Explanation |
利用者は、AI が使用されていることを知り、それがどのように、なぜ、自分に影響を与える結果に寄与しているのかを理解する必要がある。 |
Human Alternatives, Consideration, and Fallback |
利用者は、適切な場合にはAI の使用からオプトアウトできるべきであり、問題を迅速に検討し、解決できる人間の担当者にアクセスできる必要がある。 |
- バイデン・ハリス政権による規制の強化
- AI の安心、安全で信頼できる開発と利用に関する大統領令
バイデン元大統領は、2023 年10 月に「AI の安心、安全で信頼できる開発と利用に関する大統領令」を公布しました。この大統領令は、各連邦政府機関に対してガイダンス、標準の作成等の各種の対応を義務付けるとともに、一定の基準を満たす大規模なAIシステムの開発者に対して、安全性に関するテスト結果の共有等を義務付ける内容となっていましたが、後述のとおり、トランプ大統領により撤回されています。
- NISTとAISIC
2024年2月には、上記大統領令で指示された標準策定等を担う組織として、米国商務省のNIST(National Institute of Standards and Technology、米国国立標準技術研究所)の内部にAI安全研究所コンソーシアム(The U.S. AI Safety Institute Consortium、AISIC)が設立されました[ii]。さらに、2024年7月には、NISTが上記大統領令を受けて、「AIリスク管理フレームワーク:生成AIプロファイル」を公表しています(詳細は後述)。
- 主要AI企業からのコミットメントの取得
ホワイトハウスは、2023年に「Voluntary AI Commitments」を策定し、主要なAI企業16社[iii]からその遵守の約束を取り付けました[iv] [v]。「Voluntary AI Commitments」の主な内容は下記のとおりです。
<Voluntary AI Commitments>
項目 |
主な内容 |
安全性(Safety) |
・誤用、社会的リスク、国家安全保障上の懸念を含む領域で、モデルやシステムに対する内部及び外部のレッドチーム評価を実施すること ・信頼性及び安全性に関するリスク、危険な又は新規の能力、並びに安全措置の回避を試みる行為に関して、企業間及び政府(NISTを含む)との間での情報共有に取り組むこと |
セキュリティ(Security) |
・未公開のモデルの「重み」を保護するため、サイバーセキュリティと内部脅威対策に投資すること ・第三者による問題や脆弱性の発見及び報告を動機づけること |
信頼(Trust) |
・音声・映像コンテンツがAIによって生成されたかどうかを利用者が理解できる仕組みを開発・導入すること ・モデルまたはシステムの能力、限界、適切な使用領域や不適切な使用領域を公開報告すること ・AIシステムがもたらす社会的リスク(有害なバイアスや差別の回避、プライバシー保護を含む)の研究に優先的に取り組むこと ・社会の最も重要な課題(気候変動、がん予防、サイバー脅威等)に対処するための先端的なAIシステムを開発・導入すること |
- トランプ新政権による規制緩和の動き
トランプ大統領は、就任日である2025年1月20日に、バイデン・ハリス政権下で発令された「AI の安心、安全で信頼できる開発と利用に関する大統領令」を撤回し[vi]、さらに、同月23日に、「AIにおける米国のリーダーシップに対する障壁の除去」と題する大統領令を発布しました[vii]。この新たな大統領令は、米国のAI 分野での世界的な優位性を維持及び強化することが米国の政策である旨を宣言したうえで、関係する連邦政府機関に対して、当該政策を達成するための行動計画の策定を指示しています。また、同大統領令は、バイデン・ハリス政権下で発令された「AI の安心、安全で信頼できる開発と利用に関する大統領令」に基づいて講じられた措置のうち、上記政策を阻害するものについては撤回等するよう命じています。
- 連邦法制定に向けた動き
本稿執筆時点において、EUのAI ActのようにAIの提供・利用を包括的に規制する連邦法は存在しません。複数の連邦法案が連邦議会に提案されていますが、いずれも成立の見通しは立っていない状況です。もっとも、AIの規制の在り方に関する検討は、米国連邦議会の上下院の双方で進んでいます。例えば、超党派の上院議員から構成されるワーキンググループは、2024年5月に、AI 関連の規制立法に向けたロードマップを公表しました[viii]。さらに、下院でも、超党派の議員24名から成るグループが、立法政策の検討に活かすことを目的として、産業界、政府、市民社会、学界の各専門家にヒアリングを行い、2024年12月にレポート「Bipartisan House Task Force Report on Artificial Intelligence」を公表しています[ix]。この調査レポートにおいては、下記の7つの原則に基づいて検討を行い、下記の15のテーマに関する調査結果と提言がまとめられています。
原則 |
テーマ |
|
|
このうち、「AIの課題の新規性を特定すること」という原則においては、政策立案に際して、AIが惹起する問題が真に新規性のあるものか、既存の法令による対応済みの問題なのかを検討することで、規制の重複を回避すべきとの方針が示されています。また、「分野別の規制構造を使用すること」という原則においては、機動的かつ的確なAI政策のためには、分野ごとの規制当局が、それぞれの専門分野において既存の権限を行使することが重要であるとの考えが示されています。
- 既存の法令による対応
このように、AIの提供や利用を一般的に規制する連邦法の導入はまだ検討の段階にありますが、既存の連邦法を活用してAIのリスクに対処しようとする取り組みは既に行われています。2023年4月には、連邦取引委員会、雇用機会均等委員会、消費者金融保護局、及び司法省が、共同声明を発表し、各機関が有する既存の法的権限が、AIの使用に対しても適用される旨を宣言するとともに、AIによって生じる差別等が連邦法違反となり得る旨を指摘しました[x]。
このうち、連邦取引委員会は、消費者の保護及び公正な競争の促進を責務とする機関ですが、「不公正又は欺瞞的な行為又は慣行」(unfair or deceptive acts or practices)を禁止する連邦取引委員会法をAIの使用にも積極的に適用する姿勢を示しています。例えば、同委員会は2023年に、万引き犯の特定等のためにAIを用いていた薬局小売りチェーンを摘発しています[xi]。
<連邦取引委員会による執行事例(2023 年12 月公表)>
事案の概要 |
連邦取引委員会が求めた是正措置 |
- 薬局小売チェーンが、過去に万引きや問題行動をとった者を特定するために、店舗内の監視カメラにおいて、AI ベースの顔認識システムを導入していた。 - 顧客は当該顔認識システムが使用されていることを知らされていなかった。 - 当該顔認識システムは、何千もの誤ったタグ付けを生成した。特に、女性や有色人種を万引き犯だと誤ってタグ付けする傾向があった。 |
- 収集した画像に加え、画像を用いて開発したアルゴリズムや製品(AI モデル)を削除すること - 顧客に対する明確な通知を行うこと - セキュリティプログラムについて、第三者機関によるアセスメントを受けること - 監視目的での顔認識システムの利用を5年間禁止とすること |
州レベルでの規制
- コロラド州
コロラド州で2024年5月に制定されたコロラド州AI法(Colorado AI Act)は、米国初の包括的なAI規制法と言われており、2026年2月から施行されます[xii]。
同法は、高リスクAIシステムの開発者(developer)及び展開者(deployer)に適用されます。高リスクAIとは、重要な決定を下し、又は重要な決定に際して重要な要素となるAIを言うものと定義されており、「重要な決定」とは、下記事項の提供・拒否、又はその費用等の条件について、重大な法的影響又は同等の重要な影響を及ぼす決定をいいます。
- 入学、教育機会
- 雇用、就職機会
- 金融・融資サービス
- 重要な政府サービス
- ヘルスケアサービス
- 住宅
- 保険
- 法的サービス
同法により、高リスクAIの開発者及び展開者は、既知又は合理的に予見可能なアルゴリズムによる差別のリスクからコロラド州居住者を保護するための合理的な注意を払う義務を負いますが、同法が定める個別ルールを遵守すれば当該義務を果たしたものと推定される仕組みになっています。また、開発者及び展開者は、対話型のAIに関して、AIと対話している個人に対して、対話しているのがAIであることを開示する義務を負います。
コロラド州AI法への違反を摘発された事業者は、以下の条件をいずれも満たす場合には、これを抗弁として主張することができます。
条件 |
内容 |
リスク管理フレームワークの遵守 |
コロラド州AI法又は州司法長官が定める、AIシステムに関するリスク管理フレームワークを遵守していること |
違反の発見と是正措置 |
コロラド州AI法への違反を発見し是正するための特定の措置を講じていること |
- カリフォルニア州
カリフォルニア州では複数のAI関連の法律が制定されていますが、特に注目されるのが、AI透明化法(AI Transparency Act、Senate Bill No. 942)[xiii]と、生成AI学習データの透明化に関する法律(Assembly Bill 2013)[xiv]であり、いずれも2026年1月から施行される予定です。
AI透明化法は、100万超の月間ユーザーを擁する生成AIシステムの開発事業者(covered provider)に適用されます。開発事業者は、画像・映像・音声が自らの生成AIにより生成又は改変されたものであるか否かを査定することができるAI検出ツールを、ユーザーに対して無償で提供しなければなりません。また、開発事業者は、ユーザーが、生成したコンテンツ中にAI生成物であることを明示できる機能を提供しなければならないほか、AI検出ツールで検知可能な「隠された開示情報」(latent disclosure)をコンテンツ中に組み込まなければなりません。
生成AI学習データの透明化に関する法律は、生成AIのシステム又はサービスの開発者に対して、ウェブサイト上で、開発に使用したデータセットの概要を記載したサマリーを公表することを義務付けています。
なお、カリフォルニア州議会においては、最先端AIモデルに対する包括的な規制法案である「最先端AIモデルのための安全・安心なイノベーション法」が可決されましたが、州知事が2024年9月に拒否権を行使したため、成立に至りませんでした[xv]。
- ユタ州
ユタ州では、他州に先駆けて、2024年5月に生成AIポリシー法[xvi]が施行されています。同州の消費者保護部門が監督する行為に関連して、個人との対話を生成AIに実施させる事業者は、当該個人に求められた場合には、同法に従って、対話しているのが生成AIであることを開示しなければなりません。また、免許・認証が必要なサービスの提供に際して、生成AIが使用される場合には、その旨の明示が必要となります。
NISTのAIリスク管理フレームワーク(AI RMF)
米国商務省の下部組織であるNIST(National Institute of Standards and Technology、米国国立標準技術研究所)は、産業や技術分野での標準化を促進することをその役割のひとつとする機関ですが、AIのリスク対応に関しては、「AIリスク管理フレームワーク」(AI Risk Management Framework、AI RMF)を2023年1月に公表しています[xvii]。
このAI RMFは、AIの設計・開発・実装・利用に関連して発生し得る、個人・グループ・組織・コミュニティ・社会・環境・地球に対する多様なリスクを管理し、信頼性が高く責任あるAIシステムの開発及び利用を促進することを目標に策定されたものであり、法的な拘束力はありませんが、企業等による自主的な準拠が期待されています。NISTが別途公開するAI RMF Playbookでは、このAI RMFに準拠するための具体的な取り組みが解説されています。
また、NISTは、前述の2023年10月の大統領令を受けて、2024年7月に、生成AI に特有のリスクを特定し、これを管理するための指針を示す「AIリスク管理フレームワーク:生成AIプロファイル」を公表しています。
[i] Blueprint for an AI Bill of Rights: A Vision for Protecting Our Civil Rights in the Algorithmic Age (https://bidenwhitehouse.archives.gov/ostp/news-updates/2022/10/04/blueprint-for-an-ai-bill-of-rightsa-vision-for-protecting-our-civil-rights-in-the-algorithmic-age/)
[ii] U.S. Artificial Intelligence Safety Institute (https://www.nist.gov/aisi)
[iii] 具体的には、Amazon、Anthropic、Google、Inflection、Meta、Microsoft、OpenAI、Adobe、Cohere、IBM、Nvidia、Palantir、Salesforce、Scale AI、Stability AI、Appleの16社です。
[iv] FACT SHEET: Biden-Harris Administration Announces New AI Actions and Receives Additional Major Voluntary Commitment on AI (https://bidenwhitehouse.archives.gov/briefing-room/statements-releases/2024/07/26/fact-sheet-biden-harris-administration-announces-new-ai-actions-and-receives-additional-major-voluntary-commitment-on-ai/)
[v] FACT SHEET: Biden-Harris Administration Secures Voluntary Commitments from Leading Artificial Intelligence Companies to Manage the Risks Posed by AI(https://www.presidency.ucsb.edu/documents/fact-sheet-biden-harris-administration-secures-voluntary-commitments-from-leading)、FACT SHEET: Biden-Harris Administration Secures Voluntary Commitments from Eight Additional Artificial Intelligence Companies to Manage the Risks Posed by AI(https://www.presidency.ucsb.edu/documents/fact-sheet-biden-harris-administration-secures-voluntary-commitments-from-eight-additional)、FACT SHEET: Biden-Harris Administration Announces New AI Actions and Receives Additional Major Voluntary Commitment on AI (https://bidenwhitehouse.archives.gov/briefing-room/statements-releases/2024/07/26/fact-sheet-biden-harris-administration-announces-new-ai-actions-and-receives-additional-major-voluntary-commitment-on-ai/)
[vi] INITIAL RESCISSIONS OF HARMFUL EXECUTIVE ORDERS AND ACTIONS(https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/01/initial-rescissions-of-harmful-executive-orders-and-actions/)
[vii] REMOVING BARRIERS TO AMERICAN LEADERSHIP IN ARTIFICIAL INTELLIGENCE(https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/01/removing-barriers-to-american-leadership-in-artificial-intelligence/)
[viii] Driving U.S. Innovation in Artificial Intelligence, A ROADMAP FOR ARTIFICIAL INTELLIGENCE POLICY IN THE UNITED STATES SENATE (https://www.schumer.senate.gov/imo/media/doc/Roadmap_Electronic1.32pm.pdf)
[ix] House Bipartisan Task Force on Artificial Intelligence Delivers Report (https://science.house.gov/2024/12/house-bipartisan-task-force-on-artificial-intelligence-delivers-report)
[x] JOINT STATEMENT ON ENFORCEMENT EFFORTS AGAINST DISCRIMINATION AND BIAS IN AUTOMATED SYSTEMS (https://www.ftc.gov/system/files/ftc_gov/pdf/EEOC-CRT-FTC-CFPB-AI-Joint-Statement%28final%29.pdf)
[xi] https://www.ftc.gov/news-events/news/press-releases/2023/12/rite-aid-banned-using-ai-facial-recognition-after-ftc-says-retailer-deployed-technology-without
[xii] Consumer Protections for Artificial Intelligence (https://leg.colorado.gov/bills/sb24-205)
[xiii] SB-942 California AI Transparency Act (https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/billTextClient.xhtml?bill_id=202320240SB942)
[xiv] AB-2013 Generative artificial intelligence: training data transparency (https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/billTextClient.xhtml?bill_id=202320240AB2013)
[xv] SB-1047 Safe and Secure Innovation for Frontier Artificial Intelligence Models Act (https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/billHistoryClient.xhtml?bill_id=202320240SB1047)
[xvi] S.B. 149 Artificial Intelligence Amendments (https://le.utah.gov/%7E2024/bills/static/SB0149.html)
[xvii] AI Risk Management Framework (https://www.nist.gov/itl/ai-risk-management-framework)