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【労働法ブログ】地方公共団体における懲戒免職処分及びこれに伴う退職手当の全額不支給処分の適法性(最判令和7年4月17日)
2025.05.23
事案の概要
Y市交通局にバス運転手として勤務していた原告Xは、令和4年2月11日、勤務中にY市の運行するバスの運転手として勤務中、乗客が5人分の運賃(230円×5人=1150円)を千円札1枚と150円の硬貨で支払ったところ、千円札を手で受け取って乗務カバンに入れ、その後、乗務カバンに入れた千円札を売上金として交通局に引き渡すことなく着服した(以下「本件着服行為」という。)。
さらにXは、令和4年2月11日、12日、16日及び17日の乗務に際して、合計5回、運行開始前又は折り返し運転に向けた時間調整のために乗客を乗せずに停車中、車内において、電子たばこを吸った(以下「本件喫煙類似行為」といい、本件着服行為と併せて「本件非違行為」という。)。
本件非違行為を受けて、Y市交通局長は、令和4年3月2日、地方公務員法第29条1頂1号、2号及び3号に基づき、Xに対して懲戒免職処分(以下「本件懲戒免職処分」という。)を行った。また、同交通局長は、同日、Xが本件懲戒免職処分を受けたことに伴い、京都市交通局職員退職手当支給規程第8条1項1号の規定(以下「本件規定」という。)に基づき、その退職手当1211万4214円を全部不支給とする処分(以下「本件不支給処分」という。)を行った。
これに対して、Xは、本件懲戒免職処分及び本件不支給処分の適法性を争い、これらの取消しを求めて訴訟を提起した。
裁判所の判断
1 本件懲戒免職処分に関する判断
本件懲戒免職処分に関しては、第一審、第二審及び最高裁ともに、処分の前提となった事実関係に誤りはなく、その判断過程に著しく不合理な点もないから、処分行政庁の裁量権の範囲内にあり、違法とならない旨の判断がなされた。
2 本件不支給処分に関する判断
一方で、本件不支給処分に関しては、第一審、第二審及び最高裁でそれぞれ結論が分かれたので、以下、紹介する。
(1)第一審の判断
本件不支給処分について、以下の判断を下に、処分行政庁の裁量権の範囲を逸脱・濫用した違法な処分であるとはいえないとして、Xの請求を棄却した。
裁判所が退職手当支給制限処分の適否を審査するにあたっては、当該処分が処分行政庁の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、その判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となるものというべきである(最高裁令和4年(行ヒ)第274号同5年6月27日第三小法廷判決・民集77巻5号1049頁参照)。
本件では、懲戒免職処分は適法であり、処分行政庁が退職金支給制限において参考にした国家公務員退職手当法第12条及びその運用指針(非違の抑止を目的とし、全部不支給を原則とする)も合理性がある。
Xが主張する、着服金額が軽微であったことや、弁済が済んでいること、勤務歴が長いこと等の事情についても、処分行政庁が「非違の程度が軽微である等の特別の事情」には当たらないと判断したことは、不合理とはいえない。
以上より、本件不支給処分は社会通念上著しく妥当性を欠くとは認められず、処分行政庁の裁量の範囲内にあるとして、違法ではない。
(2)第二審の判断
本件不支給処分について、以下の判断を下に、処分行政庁の裁量権を逸脱した違法なものであるとして、その取消しを命じた。
退職手当の性質について、勤続報償的な側面に加えて、給与の後払い的性格や生活保障的性格も併せ持つものであり、支給制限を行うにあたっては、当該退職者の功績や非違行為の内容・程度、公務への影響等を総合的に勘案し、「勤続の功を抹消し又は減殺するに足る事情がある」と評価される場合に限って許されるものである。
本件では、Xが公務員であるものの、民間企業における運転手の退職金と同様に勤続報奨的な側面のみならず、給与の後払い的な性格や生活保障的な側面も軽視できないこと、着服の対象となった金額は軽微にとどまり、既に被害弁償がされていること、Xには長年にわたる勤務実績があり、本件非違行為が発覚するまでに職務上の重大な不祥事歴がないこと、本件喫煙類似行為により実際にバスの運行に支障が生じた形跡もなく、また利用者からの通報等によって発覚したものでもないこと、Xは約29年の勤務歴を有し退職手当の総額は1211万円余にのぼること等を考慮し、こうしたXの経歴や、退職後の生活に与える影響を踏まえると、本件不支給処分は、本件非違行為の程度及び内容に比して酷に過ぎるものといわざるを得ず、社会通念上著しく妥当性を欠いており、違法である。
(3)最高裁の判断
本件不支給処分について、以下の判断を下に、社会通念に照らして著しく妥当性を欠くとはいえず、管理者の裁量権の範囲内に留まるものであるとした。
本件着服行為は、公務の遂行中に職務上取扱う公金を着服したもので、それ自体、重大な非違行為であり、Y市が経営する自動車運送事業の運営の適正を害するのみならず、同事業に対する信頼を大きく損なうものである。また、本件喫煙類似行為についても、Xの勤務状況が良好でないことを示すものである。その上で、本件非違行為に至った経緯に特段酌むべき事情はなく、Xは当初、着服の事実を否認するなど、その態度が誠実なものとはいえなかった。
以上の事情に照らすと、本件着服行為の被害金額が1000円でありその被害弁償が行われていることやXが約29年にわたり勤続し、その間、懲戒処分を受けたことがないこと等を斟酌しても、金額の多少や勤続年数といった要素によって非違行為の重大性が軽減されることはなく、本件不支給処分が社会通念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない。
本件不支給処分に関する判断が分かれた理由と最高裁判断の意義
本件では、本件着服行為及び本件喫煙類似行為が存在するという事実認定に争いはなかったが、それらの行為をどのように評価するかについて、第二審と最高裁(第一審)の間で大きく判断が分かれたといえる。
第二審は、非違行為の程度(金額や結果)について、Xの29年に及ぶ勤続の功を抹消し又は減殺するに足る事情があったとまではいえないと捉えた。特に、(Xは公務員であるものの)退職手当について、民間企業における運転手の退職金と同様に、給与の後払い的な性格や生活保障的な側面も軽視できない点、本件非違行為は利用者の通報等から発覚したものではなく、公務に対する信頼が害されたとは認められない点、着服金額が少額であり、すでに弁済されている点、加えてXの長年にわたる勤務実績や表彰歴などをしんしゃくし、退職金の全額不支給という処分は過酷であると評価している点がポイントである。
これに対し、最高裁(第一審)は、行為の「金額」や「結果」ではなく、その「性質」を重視したといえる。すなわち、運転手という立場上、乗客から運賃を直接受け取ることが可能な状況において、その金銭を私的に処理することは、たとえ一度限りであっても、自動車運送事業の運営の適正を害するのみならず、同事業に対する信頼を大きく損なうと判断しており、市交通局の自動車運送事業に対する信頼を重視する姿勢をとっている。
こういった姿勢からすると、少なくとも最高裁は、処分の内容が処分行政庁の裁量権の範囲内か否かの判断の場面において、問題となった行為の結果のみならず、当該行為が与える影響(本件でいえば、自動車運送事業に対する信頼)についても考慮していることが窺える。
本件が実務に及ぼす影響について
1 地方公共団体による判断
まず本件について最初に確認すべきは、本件が地方公共団体による行政処分の判断の是非を問題にしているという点である。
最高裁も述べているとおり、懲戒免職処分を受けた退職者の一般の退職手当等について、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給しないこととするかの判断を管理者の裁量に委ねているものと解され、その判断は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となるものというべきである(最高裁令和4年(行ヒ)第274号同5年6月27日第三小法廷判決・民集77巻5号1049頁参照)とされている。
2 民間企業における判断
これに対し、民間企業における懲戒処分や退職金の支給制限には、必ずしも企業に対し、同様の広範な裁量は認められていない。
民間企業における退職金の不支給が争われた小田急電鉄事件(東京高裁平成15年12月11日判決)においては、退職金が功労報償的及び賃金の後払い的な性格を有し、従業員の退職後の生活保障という意味合いをも有するものであるとしたうえで、その退職金全額を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることを必要としており、それが業務上の横領や背任など、会社に対する直接の背信行為とはいえない職務外の非違行為である場合には、犯罪行為に匹敵するような強度な背信性が必要とされるとしている。また、全額不支給が妥当でない場合であっても、当該非違行為の具体的内容と被解雇者の勤続の功などの個別的事情に応じ、退職金のうち、一定割合を支給すべきものであるとしている。
そのうえで、度重なる電車内での痴漢行為を理由に会社から懲戒解雇された従業員について、当該行為が悪質なものであるという認定はなされたものの、一方で、当該行為が会社の業務自体とは関係なくなされた同従業員の私生活上の行為であることや、報道等によって、社外にその事実が明らかにされたわけではなく、会社の社会的評価や信用の低下や毀損が現実に生じたわけではないこと、会社において横領などにより会社に直接損害を発生させたにもかかわらず、退職金の一部が支給された事例があることを踏まえ、犯罪行為に匹敵するような強度な背信性があるとまではいえないとして、退職金を全額不支給とすべきではないとし、結論として、本来の退職金支給額の3割を支給すべきと判断した。
3 小括
以上のとおり、地方公共団体と民間企業とでは、同じ退職金の支給制限であっても、その是非に関する判断枠組みが異なっている。そのため、今回の最高裁判決をもって、民間企業(例えば、同じバス会社等)においても着服などの非違行為があれば当然に退職金全額不支給が認められると解するのには飛躍がある。
したがって、民間企業においては、たとえ従業員が不正行為を行った場合であっても、退職金の不支給処分を検討するにあたっては、「当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があるか」という点について、行為の悪質性、結果、企業に及ぼす影響、対象従業員のこれまでの勤務態度や企業内で退職金が不支給又は減額となった過去事例等の諸要素を十分に考慮する必要がある点に留意すべきである。
おわりに
今回の最高裁判決は、行政機関における懲戒処分と退職金支給制限の裁量行使のあり方について、最高裁としてのメッセージを発したものといえる。他方で、今回の最高裁判決の考え方がそのまま民間企業にも及ぶとまでは言いきれず、今後の実務においても制度的・法的枠組みの違いを踏まえた対応が求められると考える。