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【知的財産ランドスケープ】宇宙ビジネスにおける特許情報を用いたランドスケープ分析⑨ 輸送関連スタートアップ
2025.06.19
前回のまとめ
第7回と第8回のブログでは、衛星関連の注目スタートアップの特許動向について、具体的な企業や特許の事例を交えながらご紹介しました(https://www.tmi.gr.jp/eyes/blog/2025/17034.html)。今回は、輸送に関連する注目スタートアップの特許動向をご紹介します。
ロケット開発・打ち上げ
ロケット開発・打ち上げの分野では、以下の24社(日本企業7社、外国企業17社)をピックアップしました(青色マーカ部が日本企業)。
ロケット開発・打ち上げ関連のスタートアップ
出所(右):インターステラテクノロジズ
https://www.istellartech.com/launch/momo
各スタートアップの出願国別の特許件数を示したマトリクスマップからは、Blue Origin、 SpaceX、LandSpaceからの特許が多く見られましたが、それ以外のプレーヤー(日本のスタートアップを含む)については、それほど多くの特許は確認されませんでした。
スタートアップ×出願国マトリクスマップ(ロケット開発・打ち上げ)
※2024年10月時点で特許が確認されなかった企業:Astrocean、スペースワン、Skyroof Aerospace、Gilmour Space、Galactic Energy、Rocket Factory
Blue Origin社の特許であるUS20190277224A1は、ロケット燃料タンク内の液体レベルを測定し、液体の挙動(例えば、スロッシング現象)を検出し、ロケットの制御を行うシステムおよび方法に関する特許であり、従来の湿式レベルセンサーに代わり、カメラやイメージセンサーを用いることで、より高精度で信頼性の高い液体レベル測定を可能とするものです。液体のスロッシングを検出し、それに応じてロケットの空力制御面や推力ベクトルを調整することで、バッフルの使用を軽減または不要にし、ロケットの重量を削減し、ペイロード能力を向上させることができるとされています。
この特許にかかる技術は、ロケット内部に搭載されるシステムであり、Blue Origin社自身がロケットを開発・製造している点からも、侵害の検知は難しく、技術流出のリスクも低いと考えられます。また、このシステムは、ロケットが地上から発射された後に実行されるものであることから、宇宙空間で実施されるものであるといえます。通常、このような技術については特許戦略の観点からはノウハウとして秘匿しておくことが一般的ですが(他社は特許をあまり出していない)、Blue Origin社はあえて積極的に特許出願を行っており、そこには何らかの戦略的な意図があるものと推察されます。
US20190277224A1の図面
Blue Origin社は2000年にジェフ・ベゾスによって設立されたアメリカの民間宇宙企業であり、再利用可能なロケット技術の開発に注力し、サブオービタル飛行を実現する「New Shepard」や、将来的な軌道投入を目指す「New Glenn」などのプロジェクトを推進しています。特許についても、ロケットの再利用や軽量化(ペイロード増加)を課題としたものが多く見られ、より低コストのロケット開発と、それを保護する特許ポートフォリオの構築に注力していることが窺えます。また、特許の出願国については、米国、欧州、日本、中国、韓国、インド、ロシア、カザフスタンなど広範囲に及び、ロケットの製造・販売国のみならず、打ち上げ拠点を意識して出願国を選定しているものと思われます。
Blue Origin社の再利用型ロケット「New Shepard」
出所:fabcross for エンジニア
https://engineer.fabcross.jp/archeive/240106_new-shepard.html
Relativity Space社のJP6532947B2は、金属構造物の積層造形のための装置に関する特許であり、金属部品を3Dプリンティングなどの積層造形技術で製造する際、金属粉末ではなく金属ワイヤを原料として使用する点に特徴を有しています。金属ワイヤは、加熱により局所的に溶融し、金属粒子として所定位置に配置され、層ごとに金属構造を形成します。この方法により、粉末の取り扱いが不要になり、製造コストや安全性が向上することや、焼結プロセスが不要となり、迅速かつ効率的に金属部品を製作できることができるとされています。本特許にかかる技術は地上で実施されるため侵害検知は可能であり、技術流出のリスクも比較的高いと考えられます。
JP6532947B2の図面
Relativity Space社は先進的な3Dプリンティング技術を活用してロケット製造の自動化・効率化を図る米国のスタートアップです。代表的なプロジェクトには、初の完全3Dプリンタ製のロケット「Terran 1」などがあり、今後はより大規模な打ち上げシステムへの展開も計画されています。3Dプリンティングによる製造は、従来の製造方法と比べて、部品の生産や組み立てにかかる時間を大幅に短縮し、柔軟な設計変更が可能になるという利点を有しています。以前のブログでもご紹介したとおり、3Dプリンティング技術を用いたロケット部品やロケットエンジンの製造は要注目領域の一つであり、侵害検知も比較的容易であることから、今後も特許が増加していくことが予想されます。
Relativity Space社の3Dプリンタを用いたロケット開発
出所:宙畑
https://sorabatake.jp/32038/
軌道間輸送
軌道間輸送の分野では、以下の4社をピックアップしました。
軌道間輸送関連のスタートアップ
出所(右):Impulse Space
https://www.impulsespace.com/
各スタートアップの出願国別の特許件数を示したマトリクスマップからは、Atomos Nuclear & Space, D Orbit, Momentus spaceからの特許が多く見られました。
スタートアップ×出願国マトリクスマップ(衛星通信)
※2024年10月時点で特許が確認されなかった企業:なし
D Orbit社の特許であるJP2014-520724Aは、人工衛星を宇宙軌道から安全かつ制御された方法で撤去または別の軌道に移動させる装置および方法に関する特許であり、従来の技術では制御が困難だった衛星の撤去や軌道変更を自律的に行う装置を提供し、衛星寿命の終了時に宇宙空間を確保し、他の衛星との衝突リスクを減少させるものです。また、装置には推進手段と制御手段が備わっており、地球への再突入や別の軌道への移動を効率的に実施できるとされています。
この特許にかかる技術は、人工衛星を別の軌道に移動させるための装置であり、その装置を用いた方法自体は宇宙空間で実施されるものですが、特許としては地上で流通する可能性のある装置としても出されています。この技術は他社のロケットや衛星との連結(結合)を前提としたものであることから、インタフェース部を他社に開示することが必要になり、この点も踏まえて特許が積極的に出されていることが推察されます。
US20190277224A1の図面
D Orbit社は、イタリアを拠点とする宇宙ロジスティクス企業であり、人工衛星の軌道投入や軌道移動、さらにはミッション終了後の衛星の除去など、宇宙での効率的な運用支援を目的としたソリューションを提供しています。主力製品には軌道転送車(OTV)などがあり、衛星ミッションのコスト削減と柔軟性向上、そして宇宙環境の持続可能性にも寄与することを目指しています。同社は2024年4月には小型ロケットZEROを開発する日本のインターステラテクノジズと提携し、より低価格で柔軟な宇宙輸送サービスを構築することを目指すと報じられました。
D Orbitとインターステラテクノジズとの包括契約
出所:PR Times
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000057.000043667.html
宇宙船開発
宇宙船開発の分野では、以下の8社(日本企業2社、外国企業6社)をピックアップしました(青色マーカー部が日本企業)。
宇宙船開発関連のスタートアップ
出所(右):Virgin Galactic
https://www.virgingalactic.com/
各スタートアップの出願国別の特許件数を示したマトリクスマップからは、岩谷技研、World Viewからの特許が多く見られました。
スタートアップ×出願国マトリクスマップ(宇宙船開発)
※2024年10月時点で特許が確認されなかった企業:将来宇宙輸送システム、Virgin Galactic、Zephalto、Exploration Company、HALO Space
岩谷技研の特許であるJP6932408B1は、気球によって人や物を1万メートル以上の高度に安価に運搬するキャビンに関する特許であり、強化部分を備えたキャビンの壁体により気密な収容空間が形成されており、軽量かつ高強度の構造を実現しています。気球の壁体は繊維強化プラスチックや断熱層、紫外線遮断層から構成され、耐久性と快適性を高めており、さらに、パラシュートや高度調整装置を備え、緊急時の安全性や高度の精密な制御を実現しています。これにより、従来技術に比して安価かつ安全な高高度移動が実現されるとされています。
気球の構造については外部から把握可能であり、侵害検知も比較的容易であることから、積極的に特許を出願していることが推察されます。Space Perspectiveは岩谷技研と同様な気球型の宇宙船を開発しているスタートアップですが、同社からも気球の構造に関する特許が複数確認されています。
JP6932408B1の図面
岩谷技研・Space Perspectiveの気球型宇宙船
出所(左):UchuBiz
https://uchubiz.com/article/new50374/
出所(右):fabcross for エンジニア
https://engineer.fabcross.jp/archeive/240111_spaceship-neptune.html
岩谷技研は、北海道江別市に本社を置く日本のスタータップであり、高高度ガス気球を用いた宇宙遊覧飛行の提供を目指しています。2024年7月には、自社開発の有人ガス気球で高度20,816メートルへの到達に成功し、これは国内初の快挙として話題になりました。また、2025年1月には日本航空(JAL)と協業を開始し、宇宙遊覧体験の事業化に向けた取り組みを進めています。Space Perspectiveは、アメリカ・フロリダ州に本拠を置くスタートアップで、高高度気球を利用した成層圏旅行サービスを提供することを目指しています。同社が開発中の気球型宇宙船「Spaceship Neptune」は、最大8名の乗客と1名のパイロットを乗せ、高度約30キロメートルまで上昇し、地球の曲線や宇宙の景色を楽しむ6時間の飛行を計画しています。2024年9月には、無人試験飛行を成功させ、2025年には初の有人試験飛行を予定しています。商業運航開始は2026年を目指しており、既に1,800名以上が予約しているとのことです。
今回は「ロケット開発・打ち上げ」や「軌道間輸送」などの輸送に関連する注目スタートアップの特許動向をご紹介しました。次回は、研究・探査に関連する注目スタートアップの特許動向についてご紹介します。
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