対談・座談・インタビュー
いわゆる同一労働同一賃金規制の現在地
2020.12.08
TMIに設置された「働き方改革サポートデスク」及び「Cross-border Labor and Employment」チームのメンバーでもある労働ロイヤーによる、労働分野の対談の第一弾。今回は、近年注目を集める『いわゆる同一労働同一賃金規制の現在地』について議論します。
いわゆる同一労働同一賃金規制とは
近藤弁護士
本日は、「いわゆる同一労働同一賃金規制の現在地」というテーマを頂きまして、弊所で人事労務を主に担当している、私、大皷弁護士、藤巻弁護士の3名で対談させていただきます。
標題の規制は、従来は労働契約法20条等に規定されていましたが、今年(2020年)の4月1日に改正法が施行されまして(ただし、中小事業主は2021年4月1日が施行日となります。)、労働契約法20条が削除されるとともに、パートタイム労働法が改正され、いわゆるパート有期法として、有期雇用労働者と短時間労働者に関する規制がひとまとめに規定されました。
まず、「同一労働同一賃金」規制の中身について、藤巻弁護士から簡単にご説明いただけますでしょうか。
藤巻弁護士
巷では「同一労働同一賃金」というフレーズをよく耳にすると思いますが、法規制の内容からすると、「同一労働同一賃金」というフレーズはやや不正確であると感じます。すなわち、パート有期法8条のタイトルが「不合理な待遇の禁止」と定められているように、法律は「同一労働同一賃金」を求めているわけではなく、ある程度の待遇差があることを前提に「不合理な待遇の相違」を禁止しているに過ぎません。そのため、「同一労働」であっても、待遇差が不合理でなければ適法です。他方で、職務の内容等が同一でない(「同一労働」でない)場合であっても、待遇の性質・目的が非正規労働者にも同様に妥当する場合や、職務の内容等の違いの程度に応じた待遇差になっていない場合には、待遇差が不合理であると認められ、違法となります。そのため、「同一労働同一賃金」という言葉は、キャッチフレーズにすぎないとお考えいただいた方がよろしいかと思います。
近藤弁護士
そうですね。「同一労働同一賃金」という言葉は欧州から輸入されたものですが、日本における規制がよく「日本版同一労働同一賃金」と呼ばれるのは、今指摘してくれた点にも由来していると思います。
パート有期法においては、有期雇用労働者と短時間労働者が保護対象になっており、これらの非正規労働者と通常の労働者との不合理な待遇差が禁止されていますが、その他に、両者間の待遇差の内容及び理由に関する企業の説明義務が新設されました。これらの規制に違反した場合のリスクは、企業の関心が高いところだと思います。
大皷弁護士
リスクは、大きく分けて2つ考えられます。
一つ目は、労働者から損害賠償請求を受けるリスクです。裁判において、通常の労働者と非正規労働者との間の待遇差が不合理であると判断された場合、企業は不法行為責任に基づいて損害賠償義務を負うと考えられています。二つ目は、パート有期法に違反している場合には労働局から指導や勧告等を受ける可能性があり、企業名公表もあり得ます。法令違反が報道された場合には、企業のレピュテーション低下を招き、採用活動等にも大きな悪影響を与える可能性があります。
近藤弁護士
企業としては対策が必須ですね。
説明義務に違反した場合、裁判において、説明をしなかった事実が企業側に不利に評価されてしまうおそれがあるので、適切に説明義務を履行する必要がありますね。
最高裁判決の捉え方
近藤弁護士
さて、2020年10月13日には、大阪医科薬科大学事件とメトロコマース事件の最高裁判決、同月15日には、日本郵便(東京、大阪、佐賀)事件の最高裁判決が出まして、計5つの最高裁判決が同時期に出ましたね。
特に、賞与と退職金について、どういう判断がされるかは、判決が出る前から非常に注目されていました。
まず賞与ですが、藤巻弁護士は大阪医科薬科大学事件の最高裁判決をどう読みましたか。
藤巻弁護士
大阪高裁では、アルバイト職員に対する賞与について、新規採用正職員の6割を下回る格差は不合理であると判示されましたが、個人的には、この割合的な認定はやや説得力が弱いと考えていましたので、最高裁判決が出るのを楽しみにしていました。最高裁では、賞与の趣旨、目的などを踏まえて、アルバイト職員に対する賞与の不支給は不合理ではないと判示しました。これまでは賞与について争われ、格差が不合理ではないと裁判所が判断した事件においては、いずれも、低額ではあったものの、何らかの形で非正規労働者に対しても賞与が支払われていたため、賞与が一切支給されていない事案を許容した点で、今回の最高裁判決は企業にとってはとても心強い判例だと思います。しかも、本件の賞与は、業績連動ではないため、賞与の趣旨として、労務の対価の後払いや一律の功労報償といった点が認定されましたが、これらはアルバイト職員にも妥当するとも言い得るものであるため、このような場合でも、賞与不支給の不合理性が否定されたのは、正職員が重要な人材であることや、正職員人材の確保や定着の重要性が認められた点が大きく影響しているのではないかと思います。
大皷弁護士
私もこの結論には少し驚きましたが、正職員は基本給が職能給であり、職務能力の向上が期待される人材であるとともに、業務内容の難度や責任の程度が高く、人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われていたことを根拠として、正職員とアルバイト職員とで、使用者から期待される役割や職務の内容等が大きく異なる点が重視されたのではないかと思います。このため、正社員と非正規労働者との間で職務の内容や人材活用の仕組み等の違いが明確になっていないケースにおいては、このような賞与の目的を認定することができず、異なる結論になる可能性がある点は注意をする必要があると思っています。
近藤弁護士
次に退職金ですが、メトロコマース事件を読んだ感想はいかがですか。
藤巻弁護士
メトロコマース事件の退職金に関する判決も、大阪医科薬科大学事件の賞与に関する判決と同様、正社員は退職金算定の基礎となる基本給が職能給の性質を含むことや配置転換が命じられることなどを理由に、退職金が複合的な性質を有し、正社員人材の確保や定着の重要性が認められた点が、待遇差は不合理ではないとの結論に至った大きなポイントだと思います。他方、本件では補足意見と共に、反対意見も付されており、判断が難しいケースであったのだろうと推察しております。特に、第一審原告らの勤続年数が10年前後であった点も、悩みが生じるポイントだと思います。
大皷弁護士
本件も、大阪医科薬科大学事件と同様、正社員と契約社員Bとの間で職務の内容や人材活用の仕組み等が明確に区別されていなかったら、待遇差は不合理と判断されていたかもしれませんね。補足意見でも、ある程度の長期雇用を想定して採用されており、無期契約労働者と職務の内容等が実質的に異ならないような場合には、退職金の支給について、差を設けることは不合理と述べられていますので、退職金についても、事情が異なると、異なる判断になりそうですね。
近藤弁護士
詳細なコメントをありがとうございます。
賞与、退職金のいずれもですが、無制限に「格差を設けてよい」と判断されたわけではないということですね。
また、この両判決においては、正社員登用制度が設けられていることが、不合理性を否定する一つの事情として考慮されていますので、企業としては、リスクヘッジのために正社員登用制度を設けることも検討に値すると思います。
一方で、賞与、退職金とは異なり、日本郵便事件では、年末年始勤務手当、祝日給、扶養手当、夏期冬期休暇及び病気休暇について、会社にとって厳しい判断がなされましたね。手当については、無事故手当、作業手当、給食手当、住宅手当、皆勤手当及び通勤手当について争われたハマキョウレックス事件の最高裁判決から、会社に厳しい流れが続いていますので、手当についての格差の合理性をまだご検討されていない企業では、検討を急ぐ必要がありそうですね。
企業の対応傾向
近藤弁護士
今、話に出ました企業の対応状況については、どのような傾向がありますか。
大皷弁護士
大企業に対してパート有期法が施行された今年(2020年)4月1日時点の傾向としては、ガイドラインに明記されている通勤手当、慶弔休暇、年次有給休暇の上乗せ等は、正社員と非正規社員間で待遇を完全に揃える例ばかりではありませんが、何らか取り組まれている企業を多く見かけました。一方、当時は基準が不明確で、かつ、対応した場合のコストインパクトが大きい賞与や退職金については、様子見をしている企業が多かった印象です。
近藤弁護士
人手不足が深刻な業態(飲食業、運送業等)は、対応が早かったように思いますが、早期に対応をすることで、人材を集める狙いだったと思います。
一方で、非正規労働者の待遇をすべて引き上げることが難しい場合、正社員の待遇を一部引き下げる例もありました。待遇の引下げは容易ではありませんが、その代わりに正社員にも多少の待遇引上げを行う、利用頻度等に照らして待遇引下げのインパクトが正社員にとって少ない待遇を引き下げる、経過措置を設ける、丁寧な説明を行うなどして、乗り切っていらっしゃいました。
大皷弁護士
そうですよね。当然、財源には限りがありますので、待遇差をバランスよく調整するとともに、正社員と非正規労働者の間の職務の内容等の相違を整理し、待遇差を合理的に説明できるようにする(そして、それを書面化する)ことも重要ですよね。
職務の内容等が様々な非正規労働者がいた企業では、職務の内容等が正社員に近い非正規労働者は正社員に登用し、正社員とは職務の内容等が異なる者だけで非正規労働者が構成されるように整理した例もございました。
各社で状況が違い、必要な対応も違いますので、中小企業は2021年4月1日の施行に向けて自社の状況に応じた準備が必要ですし、既に対応をした大企業も、5つの最高裁判決に照らして自社の状況を再点検する必要があると思います。
働き方改革サポートデスク及びCross-border Labor and Employmentの取組み
近藤弁護士
弊所では、2018年6月から、「働き方改革サポートデスク」を設置しております。「働き方改革サポートデスク」は、人事労務に精通している弁護士約20名で組織されており、その中には、元東京地方裁判所労働部の裁判官複数名(そのうち1人は元部総括裁判官)、厚生労働省出向経験者、元労働基準監督官など、多種多様なキャリアを積んだ弁護士がおります。そして、「働き方改革サポートデスク」では、多くの企業の皆様の生の悩み・問題点を聞いた上で、それに応じたオーダーメイドのサービスを提供しており、例えば、同一労働同一賃金に関する裁判例・ガイドラインを踏まえた人事制度の見直しに関するサポート、副業・兼業、テレワークなどの導入に関するサポート(法的問題点の整理、規定例・社内ルール例の作成等)などの多くの実績があります。さらに、「働き方改革サポートデスク」所属の弁護士を中心として、書籍の出版やセミナーの開催など活発に活動しております。もしご相談したい方は、「働き方改革サポートデスク」専用アドレスである「hatarakikata@tmi.gr.jp」にいつでもご連絡いただければと思っております。
大皷弁護士
また、外資企業等に対し、英語で、かつ、日本と外国の法制度や感覚の違いを踏まえたサポートを多く行う「Cross-border Labor and Employment」チームというものもございます。「Cross-border Labor and Employment」チームは、外国在住経験等を通じて、英語が堪能なだけではなく、各国の法制度や感覚等を理解していて、労働案件の経験が豊かな弁護士で構成されています。最新の情報について、英語で説明された資料は少ないですし、日本の法制度等が特殊なために、企業のご担当者が外国の親会社に対して日本の法制度等を説明しても「そんなはずはない。」と言われてしまうことがあり、我々から直接ご説明をすることで、「ようやく親会社の理解が得られて助かった。」というお声をよく頂きます。もし何かお力になれることがございましたら、専用アドレスの「XBorderLE@tmi.gr.jp」にご連絡を頂けますと幸いです。