対談・座談・インタビュー
インド駐在経験者が語るインドとの関わり方(2)インド案件の特徴
2021.07.27
茂木弁護士(進行役)
本日はお集まりいただきありがとうございます。TMIでは労働紛争、知財紛争、M&A、合弁事業、国際取引、アンチダンピング等様々な種類のインド案件を取り扱っていますが、この座談会では、皆さんが案件の中で経験した日本との文化・ビジネスの差異、苦労話等をざっくばらんに語っていただこうと思います。
早速ですが、インド案件において直面したビジネスや文化の違い等を聞かせてください。
日本企業が考えている以上に内容を検討し周到に準備した上で交渉に臨んでくる
平野弁護士
TMIでは、日本企業側だけでなく、インド企業側を代理することもあり、これらの経験を通じて学んだことも多いです。例えば、あるインド企業による買収案件では、日本企業が考えている以上に内容を検討し周到に準備した上で交渉に臨んできているな、という印象を受けました。様々な考慮がなされた結果としてハードな要求がなされているといったことがうかがえました。また、インドのある同族企業においては、リーダーであるオーナーの個性が強く反映され、オーナーのトップダウンで極めて迅速に案件が進められたといったこともありました。日本の同族企業と比べても意思決定のスピードが非常に速い会社が多いのではないかと思います。
さらに、一般的な話になりますが、インド企業の交渉担当者が、当該企業において意見をよく聞くべきポジションの人間かどうかという点を見極める必要があります。インドの企業では、必ずしも交渉担当者からそのままボトムアップで決定がなされるわけではないと感じています。むしろ、上席がいる場では、周囲は黙っている傾向があるように思います。インド駐在経験者からは、相手方担当者の協力がなかなか得られず手続きがスタックして困っているようなときには、社内でボスからのプレッシャーがきついので何とかしてほしいと頼み込むと、同じようにボスに苦労している相手方担当者も同情して、手続が進むこともある、という冗談のような話を聞いたことがあります。
交渉相手の担当者を見極める
平野弁護士
実際の交渉の場面においては、日本の実務感覚からすれば何気ない反応であっても、日本企業の反応に対して何か意図があるのではないかと、疑心暗鬼になってしまい、結果として必要以上にハードな交渉になってしまっている点も見受けられます。これは、インド企業側が日本企業の交渉態度を理解できない点があったのではないかと思っています。日本では、相手方の意図を忖度し読み取った上で交渉を進めていくことが多いと思います。しかし、他の海外の国も同様ですが、忖度とか暗黙の了解といった日本独自のルールが通用しないということは肝に銘じておくべきだと思います。
長く交渉しているからといって慢心してはいけない
ビーラッパン弁護士
日本企業では、ある程度社内でコミットしてから案件がスタートしますが、インド企業の場合だと、交渉の最後の段階になるまで案件が流動的であるという特徴があると思います。もちろん全てのインド企業がそのような特徴を有するのではなく、案件を担当した会社に特有の事象だったのかもしれませんので、一概には語ることはできませんが、そのような企業が多いという印象です。
また、案件の交渉中に別の企業と契約を締結する例も経験したことがありますので、これまで長く交渉してきた、というプロセスはあまり重視されていないのではないでしょうか。ビジネスライクで合理的といえば合理的ではありますが、そのような点も日本企業の場合とかなり異なっていますね。
平野弁護士
そうですね。私が実際に担当した案件でも、日本的な感覚では相当長く交渉を続けてきたものの、途中でストラクチャーが変更され、最終的には価格の点で案件がブレイクしたという経験がありますね。
案件によって進め方が違う
小川弁護士
インド企業の姿勢は、案件の性質、例えば労働紛争なのか知的財産に関する紛争なのかによって様々であるとの印象です。労働紛争の場合だと、小さな労働問題が労働争議等に発展すると操業の停止や信用の低下につながるおそれがあるため、会社としても非常に慎重な対応が必要となってきます。これは、日本と比べてインドにおいては労働者の保護が厚く、それゆえに労働者の権利意識も強いことが背景にあるのだと感じています。そのため、TMIにおいて日系の現地法人の労働問題を扱う場合、これらの労働紛争に精通した現地弁護士を起用することが不可欠です。
他方、模倣品対策等の知的財産に関する紛争の場合は、労働紛争のような慎重な対応というよりも、ビジネスライクにしかるべき法的手続に則って淡々と進めるというイメージです。どのような案件にせよ、インド企業との交渉においては、予断を持つことなく、わからないことはわからない、合意できないことは合意できないと、素直に対応することが大切ではないかと感じています。
茂木弁護士(進行役)
あまり思い出したくないかもしれませんが、苦労話等もお聞かせいただけますでしょうか。
現地法を踏まえたストラクチャリングを行う
白井弁護士
日本企業が議決権の90%超を保有する現地合弁企業のインドからの撤退につきご相談いただいた案件があります。同社では、合弁相手が取締役の過半数を占めていたため、取締役会をコントロールされてしまい、株主総会で取締役の改選をしようとしても、合弁相手が株主総会に参加しなければ株主総会の定足数を満たすことができず取締役の改選ができない状況に陥り、対応に大変苦慮しました。株主総会や取締役会の制度が日本の会社法と同様のものもあれば、異なる部分もあり、実際にストラクチャリングする際には、議決権比率だけではなく、適切にワークする設計になっているかを十分に検討することの重要性を改めて認識しました。我々としても、後から関与するとなると、できることが限られてしまい、当初からご相談いただいていれば簡単に防ぐことができたのに・・・と大変もどかしい気持ちで対応した案件でした。
過去の手続の懈怠が後になって響く
茂木弁護士
海外からインド会社の株式を取得する際に、インド準備銀行に事後届出を行う必要ありますが、これを怠っていたため、その後の会社を自主清算する際に、通常よりも時間がかかってしまったケースや、暴走する現地JVパートナーをコントロールしようとしても、強い立場で提訴等を選択できず、相手の要求の多くを受け入れて解決したケースなどもあります。この案件も、案件当初からご相談いただいていれば、より有利な選択肢をとることができた事案であり、やはり予防法務の観点で案件の初期段階で法律事務所にご相談いただくのは重要ですね。
茂木弁護士(進行役)
TMIでは日本企業側だけでなくインド企業側を担当する案件が多数ありますが、インド企業側に立ってみて文化やビジネスの違い等感じたことを教えてください。
ビーラッパン弁護士
日本と違ってインド企業ではいわゆるFAの役割を必ずしも外部に依頼するのではなく、会社の一部門が担うことが珍しくないと聞きます。これは、1990年代までは、ファミリー経営が主流で、外部専門家の支援が一般的ではなかったということが背景にあるのではないかと思います。
誰と組むかが勝敗を分ける
茂木弁護士(進行役)
では、契約交渉ではなく、訴訟に関与した経験から日本との違いは感じたことはありますか。
白井弁護士
インドにおける訴訟では、民事訴訟であっても口頭での弁論が非常に重視されており、説得的な書面を提出することに加え、法廷の場でいかに裁判官を説得できるかが訴訟の勝敗に大きな影響を与えます。激論が繰り広げられるインドでの口頭弁論期日は、静まり返った日本の法廷とは対照的です。そのため、重要な訴訟においては、通常の弁護士に加え、シニアカウンセルという法廷での弁論を専門とするベテラン弁護士を起用して口頭弁論に臨むのが一般的です。
インドの登録弁護士は100万人を超えますが、その実力は玉石混交であり、優秀で日本企業の要望にきめ細かく対応できる弁護士、シニアカウンセルは極めて限られているというのが実感であり、「誰と組むか」で勝敗やかかる費用が大きく左右されます。そのため、インドにおける訴訟対応では、弁護士の選定、論点の絞り込み、フィーのコントロール等、いわゆる訴訟マネジメント業務が非常に重要となってきます。
まとめ
平野弁護士
TMIインドデスクでは、インドにおける優秀な弁護士との関係を維持するだけでなく、単なるリエゾンを超えた価値を提供することを目指したいですね。そのために案件を通じた暗黙知をデスク内で共有する取組みを、今後も重ねていきたいと思います。
茂木弁護士(進行役)
皆さま本日はありがとうございました。