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【コロナウイルス対応Q&A】エンタテインメント・スポーツ分野Q&A
2020.05.01
国内外において新型コロナウイルスの感染拡大が続いている現状を踏まえ、TMI総合法律事務所は、クライアントの皆様が新型コロナウイルスへ対応する際にご留意いただきたい事項を、各分野ごとにQ&Aの形式にまとめて掲載しておりますので、ぜひご活用いただければ幸いです。
■人事労務分野Q&A 2020年3月24日掲載
http://www.tmi.gr.jp/information/column/2020/20200324-01.html
■株主総会分野Q&A 2020年4月1日掲載・4月28日更新・5月26日更新
http://www.tmi.gr.jp/information/column/2020/20200526-13.html
■ 独占禁止法分野Q&A 2020年4月7日掲載
http://www.tmi.gr.jp/information/column/2020/20200407-01.html
■ 東証対応関連分野Q&A 2020年4月7日掲載・4月16日更新
http://www.tmi.gr.jp/information/column/2020/20200416-01.html
■ 契約分野(売買)Q&A 2020年4月7日掲載
http://www.tmi.gr.jp/information/column/2020/20200407-03.html
■ 契約分野(請負)Q&A 2020年5月8日掲載
http://www.tmi.gr.jp/information/column/2020/20200508-04.html
■ 事業再生・倒産関連分野Q&A 2020年4月14日掲載
http://www.tmi.gr.jp/information/column/2020/202000414-02.html
■ 個人情報保護・プライバシー分野Q&A 2020年4月21日掲載
http://www.tmi.gr.jp/information/column/2020/20200421-01.html
□ 新型コロナウイルス感染症に関する各国の規制状況等については、こちらからご参照ください。
■ エンタテインメント・スポーツ分野Q&A
はじめに
新型コロナウイルスの猛威はスポーツイベントやライブイベント等(以下「イベント等」といいます)にも多大な影響を与えています。4月7日には緊急事態宣言が出され、さらなる影響の拡大も懸念されます。そこで、コロナウイルスの影響を受けてイベント等を中止、延期した場合の法的問題や、止む無くイベント等を実施する場合の法的問題、また同様にコロナウイルスの影響を強く受けている映像制作の現場での法的問題について以下のとおりQ&Aをまとめました。便宜上、イベント等の主催者側を主語に回答しておりますが、他の関係者との法的問題についても言及しておりますので、主催者以外の関係者の皆さまにも同様に参考にして頂けると思います。なお、以下のQ&Aに示した見解はあくまでも法的な一般論を述べたものであり、個別の事情を前提としたアドバイスを目的とするものではありません。個別具体的なケースについては、別途ご相談ください。今後も行政からの発表等を踏まえて情報の追加や更新が予想されますので、適宜ご確認ください。
* 2020年4月1日に改正民法(民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)をいいます。以下同じです)が施行されましたが、その施行日前に締結された契約については、原則として改正民法による改正前の民法(以下「旧法」といい、改正民法による改正の実質的な影響を受けない部分については、単に「民法」といいます)が適用されるため、以下のQ&Aにおいては旧法の適用を前提とし、必要に応じて改正民法による改正後の民法(以下「新法」といいます)の適用がある場合についても言及しております。
【スポーツ・ライブイベント】
~イベント・大会・リーグを中止・延期等した場合の法的問題
1.イベント等のチケットの払戻し等について
Q1:イベント等を中止した場合、チケット購入者にチケット代金を払戻す法的義務はあるか。
A1:払戻義務の判断にあたっては、まず、そのチケットに適用される規約の内容を確認する必要があります。規約において、いわゆる不可抗力による中止・延期時には払戻しを行わないこと(又は行うこと)が明示されており、かかる規定の適用が認められれば、その定めに従って興行主に払戻義務が生じない(又は生じる)ことになります。不可抗力条項において、例示として「伝染病」「疫病」が挙げられていれば、今回のコロナウイルスの蔓延も不可抗力事由に該当すると考えられます。また、これらが列挙されていなくても「その他の不可抗力事由」としてキャッチオール条項が規定されている場合も、不可抗力事由に該当する可能性は高いと考えられます。もっとも、コロナウイルスの蔓延が「不可抗力事由」に該当する場合でも、これによってイベント等を中止・延期せざるを得ないといえる場合でなければ不可抗力条項の適用は認められません。このような場合であったかどうかは、個別具体的な事情に基づいて判断されることになりますが、具体的には、コロナウイルスの感染拡大の状況をはじめ、WHO等の国際機関による発表、政府や地方自治体の対応(開催の必要性に関する検討要請、自粛要請、緊急事態宣言の発令等)、イベント等の規模や開催場所など、様々な事情を考慮することになります。
規約において、イベント等の中止・延期の場合には不可抗力等の理由の如何を問わず興行主は払戻しを行わないことが明記されている場合には、原則として興行主には払戻義務が生じないことになります。ただし、いかなる場合もチケット代金の払戻しをしない旨の規約の定めは、「消費者の利益を一方的に害する規程」(消費者契約法10条)として無効と判断される可能性に留意する必要があります。また、チケット購入者にも主催者にも到底想定し得なかった事態であることを根拠に事情変更の原則等に基づいて、解除等の請求が認められる可能性もあり得ます。一方、規約においてイベント等の中止時のチケットの払戻しの有無が明示されていない場合には、興行主はイベント等の観覧・観戦機会を与える興行主の義務を履行することができない(履行不能)として、民法の規定(旧法536条1項、新法536条1項、542条参照)に基づいて払戻義務を負う可能性があります。なお、義務の履行が不能(履行不能)になったかどうかは、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」判断されるので(新法412条の2第1項)、個別に、興行主の負うべき義務の内容、義務の履行ができない客観的な事情等を具体的に検討して判断することになります。
いずれにせよ、コロナウイルスの感染拡大によるイベントの中止・延期等は、興行主、消費者その他の関係者のいずれにとっても想定外の事態でしょうから、規約の解釈や民法・消費者契約法に基づく考え方を踏まえ、関係者の衡平の観点等から妥当な方策を検討していく必要があります。
Q2:中止と延期の場合で異なる点はあるか。
A2:中止の場合には、興行主としての義務を履行することができないため履行不能となり、規約の定めるところによりチケットの払戻義務の有無が問題となります。一方、延期の場合には、イベント等自体は、延期された日程で改めて開催されることになりますので、延期後の日程について引き続きチケットを有効なものとして扱うのか、払戻しを認めるのか、又はその両方の選択肢をチケット購入者に与えるのかを検討する必要があります。規約において明示的な定めがあればこれに従うことになりますが、規約に定めがない場合には、規約の他の定めや、イベント等の性質、開催日・開催場所の変更等の延期後の事情などを踏まえて判断されることになります。
Q3:中止や延期に伴ってチケット購入者が予約していた飛行機やホテル等をキャンセルすることでキャンセル料が発生した場合、興行主はキャンセル料を補償する義務があるか。
A3:チケット規約において、中止・延期時のキャンセル料に関する免責条項や、ウイルス感染症を含む不可抗力に起因する損害に関する免責条項が定められている場合には、興行主は原則としてキャンセル料については責任を負いません。規約に定めがない場合であっても、新型コロナウイルス感染症によるイベント等の中止や延期が、興行主に帰責性のないものであるといえる場合、イベント等の中止や延期と飛行機・ホテルのキャンセル料等との間には相当因果関係が認められないケースも多いと考えられますので、これらのキャンセル料等について興行主の責任が否定される場合が多いと考えられます。
2.イベント等に関与する業務委託先や施設提供者との関係について
Q4:イベント等を中止する場合、イベント等を支える業務委託先や施設提供者への支払義務はあるか。
A4:基本的には、Q1のチケットの払戻義務と同じ考え方ですが、業務委託先や施設提供者との間の契約書において、不可抗力によるイベント等の中止・延期に関する規定があり、その適用が認められる場合にはこれに依ることになります。具体的な事案に照らして不可抗力条項が適用されるかどうかの判断もQ1のとおりで、一般的には、WHO等の国際機関による発表、政府や地方自治体の対応(開催の必要性に関する検討要請、自粛要請、緊急事態宣言の発令等)、イベント等の規模や開催場所など、様々な事情を考慮して判断されるものと考えます。
他方、そのような規定がない場合には、民法の定めに従って判断されます。民法上、業務委託先や施設提供者の契約上の義務履行が不能な状態(履行不能)にあると判断されれば、主催者側に帰責性がないかぎり、業務遂行や会場提供の対価を支払う必要はありません(旧法536条1項・2項、新法536条1項・2項。なお、新法542条1項1号の適用があれば解除も可能)。もっとも、コロナウイルスの蔓延によりイベント等が中止されたとして、これによって直ちに業務委託先の業務提供や施設提供者の施設提供ができなくなるわけではありません。義務の履行が不能(履行不能)になったかどうかは、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」判断されるものですから(新法412条の2第1項)、契約ごとに、契約上の当事者の義務の内容、義務の履行ができない客観的な事情等を具体的に検討して判断されるものであり、一律に結論付けることはできません。この点、イベントの中止はあくまで主催者側の事情であり、業務委託先や施設提供者からの債務の履行を受けられないというのは主催者側の判断に過ぎないと考えられる場合には、イベント等が中止になったとしても、主催者側は、業務委託先や施設提供者の履行不能や債務不履行を理由に報酬の支払いを拒むことはできないことになります。
また、コロナウイルスの感染拡大によるイベント中止という事態は、主催者側にとっても、業務委託先や施設提供者側にとっても、契約時には到底想像もし得なかったものかと思います。これを根拠に、いわゆる事情変更の原則に基づいて、当初の契約の変更又は解除が認められる可能性もあります。過去の裁判例でも、契約当時想定し得なかった事態の発生等を理由に、契約の変更や解除を認めたケースは複数存在します。
いずれにしても、今回のコロナウイルスの感染拡大のように当事者双方がおよそ想定し得なかった事態において、様々な業界に甚大な経済的被害が及んでいる状況を踏まえれば、当事者間で民法上の議論を行うよりも、双方の損失が最小限になるよう、迅速に協議を行い妥当な対応を探ることが望ましいケースが多いといえるのではないでしょうか(対応が遅れるほど、双方により大きな損失が生じることも考えられます)。
Q5:中止と延期の場合で異なる点はあるか。
A5:契約書に記載があればそれぞれの規定の内容に従うことになる点は上述のとおりです。かかる規定がない場合には、原則として中止の場合(Q4参照)と同様の民法上の処理がなされることになりますが、イベント等の延期により後日実施されるイベント等に向けてその業務を遂行することや会場を提供することが可能である場合もあろうかと思われますので、当事者双方の損失を最小限に抑えるためにも、延期したイベント等に向けた業務委託や施設利用につき当事者間で改めて協議し、検討することが有用であると思います。
3.放送・配信事業者との関係について
Q6:新型コロナウイルスの影響によって、イベント等が開催されなかった場合、放映権契約に基づき放映することを予定していた放送・配信事業者は放映権料を支払わなければならないか。また、中止と延期の場合で取扱いは異なるか。
A6:放映権契約は、主催者がイベント等の映像を放送・配信事業者に提供し、又は放送・配信事業者が自ら撮影し、放送・配信事業者が視聴者に放映することを定めた契約です。主催者は放送・配信事業者に対して、イベント等の映像を提供、又は、放送・配信事業者にイベント等を撮影することを認める債務を負い、これに対して、放送・配信事業者は放映権料を支払うことになります。
新型コロナウイルスの影響により、放映権契約の対象となるイベント等がすべて中止となった場合、主催者はイベント等の映像を提供できませんし、放送・配信事業者に撮影を認めることもできません。この場合において、放送・配信事業者の放映権料は、法律上、どのように取り扱われるのでしょうか。
多くの放映権契約では、こうしたイベント等の中止や延期に備え、いわゆる不可抗力条項の他、開催できなかったイベント等の割合に応じて減額を定める条項などが規定されており、これらの定めに従って放映権料が取り扱われるのが一般的です。特に不可抗力条項の定め方は放映権契約によって様々ですので、不可抗力条項がどのように定められているか確認する必要があります。新型コロナウイルスの影響により、イベント等が中止又は延期となった場合、放送・配信事業者が主催者に放映権料を支払うべきか否かは、放映権契約で定められた内容によって、個々に判断せざるを得ない事案が多いと考えます(特に、プロスポーツのリーグ戦等に係る放映権契約書には不可抗力の事態が発生した場合の取扱いが記載されていることが一般的であり、後述する民法に従った取扱いではなく、個々の契約書に記載されている内容に従って判断されることになります)。
このように、放映権契約書において、不可抗力の事態が発生した場合の取扱いが定められていないことは、例外的ですが、仮に、そのような特段の合意がなされていない場合は、民法の規定が適用されることになります。
旧法下において締結された放映権契約では、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなった場合には、債務者は反対給付を受ける権利を有しないとされています(旧法536条1項)。イベント等の中止が新型コロナウイルスの影響による主催者に帰責性がないといえるかは問題となりますが、緊急事態宣言後の自粛要請がなされている段階では、イベント等の中止について主催者に帰責性はないといえるでしょう(ただし、それ以前に中止になったイベント等については上記のとおり、WHO等の国際機関による発表、政府や地方自治体の対応、イベント等の規模や開催場所などの諸事情を考慮して帰責性の有無が判断されることになります)。したがって、旧法下において締結された放映権契約については、新型コロナウイルスの影響により、放映権契約の対象となるイベント等がすべて中止となった場合、放送・配信事業者は主催者に放映権料を支払う必要はないといえます。
また、2020年4月1日以降に締結され新法が適用される放映権契約については、債務の全部の履行が不能であるときは、当事者の帰責事由の有無を問わず、直ちに契約を解除することができると規定しています(新法542条1項1号。なお、債務の一部の履行が不能の場合も、契約の一部を解除することができるとされています(新法542条2項1号))。したがって、新型コロナウイルスの影響により、放映権契約の対象となるイベント等がすべて中止となった場合は、債務の全部の履行が不能となりますので、放送・配信事業者は放映権契約を解除することで、主催者に放映権料を支払う必要はなくなります。
なお、イベント等の中止ではなく延期となった場合であっても、旧法上は、相当の期間を定めて履行を催告しても、主催者がかかる期間内にイベント等を実施できなければ、放送・配信事業者は、放映権契約を履行遅滞に基づき解除することができるため、放映権料を主催者に支払う必要はなくなります(旧法541条)。また、イベント等の延期により、あらかじめ指定していた放映時間に放映できなくなりますので、特定の日時又は一定の期間内にイベント等を実施することが契約で明示されているようなケースであれば、当該日時又は期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合として、放送・配信事業者は直ちに放映権契約を解除することで、放映権料を主催者に支払う必要はなくなります(旧法542条、新法542条1項4号)。ただし、プロスポーツのリーグ戦等に係る放映権契約では、主催者側に試合日程の変更等について広範な裁量が付与されているケースがほとんどであり、この場合には一般的に解除が難しいと考えられます。また、前述したとおり、そもそもプロスポーツのリーグ戦等に係る放映権契約書では、不可抗力の事態に関する取扱いが定められているため、民法の規定に従って処理される事案は少ないと考えます。
以上のように、新型コロナウイルスの影響により、イベント等が中止又は延期となった場合、放送・配信事業者が主催者に放映権料を支払うべきか否かは、多くの場合、放映権契約で定められた内容によって、個々に判断せざるを得ないと考えます。今後、放映権契約を締結しようとしている事業者にとっては、新型コロナウイルスの影響により、イベント等が中止又は延期になるリスクを十分考慮した上で、放映権料の支払いについて定めた放映権契約を作成する必要があります。
4.イベント等に参加するアスリートやアーティスト等との関係について
Q7:イベント等が中止、延期になった場合、参加予定だったアスリートやアーティスト等に参加料、出演料等を支払う義務はあるか。
A7:アスリートやアーティストとの間の参加契約、出演契約等において不可抗力条項が定められている場合、具体的な状況に照らしてかかる条項が適用される場合には当該条項に従って処理されることになります。契約においてこの点に関する定めがない場合は、民法の定めに従うことになりますが、この場合も、Q4と同様に、コロナウイルスの蔓延によりイベント等が中止されたことで、アスリートやアーティストの参加が不可能となったといえるかどうかが結論を左右することになります。アスリートやアーティストの参加が客観的にも不可能な状況にある場合には、主催者に帰責事由が認められないかぎり、参加料、出演料等を支払う必要はありません(旧法536条1項、新法536条1項。新法542条1項1号の適用があれば解除も可能)。他方で、アスリートやアーティストとしては参加・出演することが可能であり、その意向もあるような場合で、主催者側の判断でイベント等が中止されたといえる場合には、参加料、出演料の支払義務は免れないと考えられます。どちらの場合であるかは、個別具体的な事情を踏まえて、慎重に検討されることになります。
なお、海外からアーティストやアスリートを招聘する場合には、いくつか留意が必要です。まず、アーティストやアスリートとの間で締結する招聘契約の準拠法がどこの法律になっているかを確認する必要があります。準拠法が外国法とされている場合には、上記と異なる帰結となる可能性が十分考えられますので注意が必要です(著名なアーティストやアスリートの場合は、自己の居住国の法律を準拠法とすることに固執するケースも少なくありません)。また、仮に日本法が適用される場合でも、不可抗力事由に該当するか否か、あるいは主催者側に帰責事由が認められるか否かの判断にあたっては、アーティストやアスリートの居住する国におけるコロナウイルスの感染状況(その国の政府が日本への渡航禁止措置を講じているか否か等を含む)や、国際線等の交通手段の稼働状況など、国内取引では問題とならない事情も考慮要素となり得ますので、慎重な検討が必要になります。
Q8:中止と延期の場合で異なる点はあるか。
A8:契約書に延期の場合に関する規定があればそれに従うことになりますが、そのような規定がない場合、当初予定されていた日程での参加ができなくなるという点では中止と異ならないため、民法上は中止の場合と同様の帰結になると考えられます。もっとも、実務上は、延期された日程でのイベント等にアーティストやアスリートが現実的に参加可能な場合、当初の契約をなるべく生かす形で契約を延長したり、同様の条件で新たな契約を締結したりすることも考えられますので、状況を踏まえて当事者間で協議の上、柔軟に対応を検討することも考えられるかと思います。
5.イベント等を開催する場合の法的問題について
Q9:イベント等において感染者が出た場合、主催者は法的責任を負うか。
A9:イベント等を開催し、その結果コロナウイルス感染者が出た場合、主催者は安全配慮義務違反を理由に賠償責任を負う可能性があります。なお、主催者が法的責任を負う前提として、イベント等の会場で感染したこと(因果関係)の立証が必要であり、実務上はこの立証が困難な場合も考えられますが、ここではその点が立証できることを前提とします。
イベント等の主催者は、参加者の安全に配慮してイベント等を実施する法的義務(安全配慮義務)を負っています。安全配慮義務は法律で明文化されたものではありませんが、判例上、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触関係に入った当事者間では、その法律関係の付随義務として、一方または双方がその相手方に対して、信義則上、法律関係に伴う危険から、その生命・身体の安全を保護する義務を負う」として認められています。安全配慮義務違反があったかどうかは、事故等の予見可能性の有無・その具体性、期待可能性、被侵害利益の重大性等に加え、侵害回避のための措置をどの程度講じたかなどの諸般の事情を総合考慮して判断されます。コロナウイルスとの関係では、イベント等を開催した時点でのコロナウイルスの感染状況や政府や地方自治体の対応(開催の必要性に関する検討要請、自粛要請、緊急事態宣言の発令等)、イベント等の性質、規模、開催場所等を踏まえ、①参加者への手洗い・マスク着用の徹底やアルコール消毒薬の設置、②参加者の体温測定、③風邪の症状がある参加者の入場拒否、④換気の徹底、⑤参加者間で一定の間隔をとるための措置等が十分に講じられている場合、安全配慮義務違反が否定される可能性もあり得ますが、感染拡大が日に日に進んでいる状況を踏まえれば、少なくとも緊急事態宣言が出されて以降に大規模イベント等を実施して感染者が出た場合、安全配慮義務違反を否定することは難しいのではないかと推察します。
なお、主催者側が法的責任を負う場合でも、感染した者の側にも過失が認められる場合には、過失相殺が認められるケースも考えられます。感染した者に過失が認められるかどうかは、コロナウイルスの感染状況や政府や地方自治体の対応、イベント等の性質、規模、開催場所等に加え、感染者が十分な予防策を講じた上で参加していたかどうかなどの様々な事情を踏まえて判断されることになります(参加者が感染リスクを承知の上で参加する旨の誓約等をしていた場合、過失相殺を認める要因の一つになり得ると考えられますし、安全配慮義務違反を否定する方向で働く要因にもなり得ると思います)。
Q10:感染が疑われる者を入場拒否した場合、主催者は法的責任を負うか。
A10:チケット規約等において、一定の場合に入場を拒否できる旨の規定が定められている場合、主催者はこれに従って入場拒否することが可能です。主催団体によっては、入場拒否対象者として「その他入場を拒否することが相当と主催者が判断した者」といった条項を規約に盛り込むことで、主催者が広い裁量に基づいて入場拒否できる旨を定めているケースもあります。このような規定がある場合、人種や性別等による差別的な入場拒否などでないかぎり、広範な裁量に基づく入場拒否ができることになります。
他方で、チケット規約等においてそのような規定がない場合は、主催者の安全配慮義務ないし施設管理権等を根拠に、感染の疑いがある者の入場を拒否することが考えられます。主催者として、他の参加者の安全を守る義務もありますので、入場を拒否すること自体はできると解するのが妥当と考えますが、他方で入場を拒否された者にチケット代金の返金等をしなくて良いかは別途問題になり得ます。この点、入場拒否は、主催者側が負っている観戦・観覧させる義務の履行拒絶にあたる可能性がありますが、その場合入場を拒否された者は契約を解除してチケット代金の払戻しを要求できるように思われます(旧法536条1項、新法536条1項新法542条1項1号参照)。ただし、入場を拒否された者の感染の疑いの程度や病状、現場における言動等によっては、入場を拒否された者の帰責性が認められる可能性も考えられるところであり、その場合には解除やチケット代金の払戻しが認められない可能性もあり得ます(旧法536条2項、新法536条2項、新法542条3項参照)。この辺りは、個別の事案ごとに、具体的な事情を踏まえて判断する必要があります。
Q11:イベント等を無観客で実施することの法的根拠はどこにあるのか。
A11:チケット規約等において無観客でイベント等を開催する根拠規定があれば、その規定を根拠に無観客での実施を行うことになります。ここで問題になり得るのは、無観客でイベント等を実施する場合に、チケットの払戻しをする法的義務があるかという点です。一般的に、チケット保持者は、ライブでイベント等を楽しむためにチケットを購入しているものと考えられるのであって、ライブイベントが無観客での実施に変更されてしまった場合、仮にイベント等のライブ配信などが行われるとしても、これをもって主催者が「債務の本旨に従った履行」を行ったものと評価できるケースは少ないといえます。したがって、この場合には、原則として上記Q1と同様の方針で処理されることになります(ただし、例外的に無観客によるライブ配信に切り替えた場合でも当初のイベント等と同価値といえる場合(学術的なセミナー形式のイベント等)には、「債務の本旨に従った履行」がなされたものと解される余地もあり得ます)。
他方で、無観客での実施とする場合、アスリート(アスリートの所属するチーム)やアーティスト、スポンサー等との関係では特別の考慮が必要になります。これらのステークホルダーとの関係でも、契約等において無観客とすることについて定めがあればそれに従うことになります。契約上そのような規定がない場合には、イベントの性質、契約等の他の条項など諸般の事情を踏まえて、主催者の判断で無観客とすることができるかを検討する必要があります。一般的に、イベント等の主催者は施設管理権に基づいて、誰を入場させるか、どのような観戦・観覧環境を醸成するか、どのような形でイベントを実施運営するか等についての裁量を有していると考えられますので、これを前提として、無観客でイベント等を実施することが権利濫用にならないかという観点から検討することになると考えます。結果的に無観客とすることを決定する場合も、アスリートやアーティストのモチベーションやパフォーマンスに影響が出ることも考えられますし、スポンサーにとっては観客がいてこそ協賛権利の価値が享受できるともいえますので、ステークホルダーと十分に協議した上で慎重に進めることが重要になってきます。ステークホルダーとのコンセンサスが得られないまま無観客でのイベント等を強行した場合、これによってステークホルダーに生じた損害等の賠償責任を負う可能性も否定できませんので注意が必要です。
いずれにせよ、事前に契約等において、一定の場合に無観客を選択し得ること(選択する場合の決定プロセスを含みます)、無観客とした場合の対応方針(費用負担、収益分配等)について規定しておくことが望ましいと考えます。
Q12:アスリートやアーティスト等から参加辞退の意向が示された場合、どのような対応が考えられるか。
A12:参加を予定していたアスリートやアーティストが、コロナウイルス感染を恐れてイベント等への参加を辞退した場合、民法上はアスリートやアーティスト側の履行拒絶に当たると考えられますので、主催者は契約を解除して参加料等の支払いを拒む(支払済みの場合は返金を求める)ことができると考えられます(新法542条1項1号参照)。
他方で、ケースバイケースではありますが、これによって主催者側に損害が生じた場合(新たな参加者を招聘するための追加料金、延期を余儀なくされた場合の増加費用等)、その損害についてまでアスリートやアーティストに請求できるかどうかは、履行拒絶についてアスリートやアーティストの帰責性が認められるかどうかによります。「帰責性の有無」は、コロナウイルスの感染拡大の状況をはじめ、WHO等の国際機関による発表、政府や地方自治体の対応(イベントや大会の自粛要請の有無、緊急事態宣言発令等)、イベントの規模や開催場所等、様々な事情を考慮して判断されることになりますが、これらの事情を踏まえて結果的に参加を辞退することもやむを得ないとされた場合には、損害の請求は難しいといえるでしょう。
6.その他の問題
Q13:アスリートやアーティスト等がイベント等の中止・延期中にチームや所属グループ等の自主練習への参加を求められた場合、これに参加する法的義務はあるか(ただし、アスリートやアーティスト等がチームや所属グループと雇用関係にある場合は除く)。
A13:ここでいう「自主練習」が任意での参加を意味するのであれば、アスリートやアーティスト等が参加する法的義務はなく、参加しなかったことを理由に法的な請求を受けることはありません。
他方で、「自主練習」とはいいつつ、実際は半強制的に参加を求めるものである場合は、チームや所属グループとの契約等に基づいて、参加義務があるか否かを判断することになります(なお、多くのプロリーグが採用している統一契約書において、アスリートの義務としてチームの実施するトレーニングに参加する義務が定められています)。もっとも、この場合でも、そもそもチームや所属グループ等が「自主練習」という名目で行っている活動を、正式なチームや所属グループ等の活動と評価するのが妥当かどうかは、個別具体的な事情を踏まえて判断することになると考えられます。
【映像制作等】
~映画やテレビ番組等の撮影を中止・延期等した場合の法的問題
コロナウイルスの感染拡大の影響で、映画やテレビ番組の制作業務も中止や延期を余儀なくされています。そこで、以下では、制作業務の中止・延期に伴って生じる法的問題について、Q&A形式で簡単にまとめました。
7.制作を中止・延期する場合の法的問題
Q14:制作を中止する場合、制作会社に報酬を支払う義務があるか。
A14:映画スタジオ(製作委員会)や放送局等が制作会社との間で締結する制作委託契約において、今回のようなウイルスの感染拡大(ないし不可抗力)による制作中止・延期の場合の対応について規定されている場合には、その規定に従って処理されることになります(不可抗力条項が適用されるかどうかの判断手法はQ1やQ4で記載したとおりです)。もっとも、今回のコロナウイルスの感染拡大のような事態まで見越して詳細に規定された契約はそれほど多くないのではないでしょうか。そのような規定がない場合には、民法に基づいて判断されることになります。
一般的に、映画スタジオ(製作委員会)や放送局等が制作会社との間で締結する制作委託契約は、映像作品を制作して納品することを内容とする請負契約に当たると考えられています(民法632条)。この点、Q4と同様に、制作の中止によって、制作会社の納品義務が履行不能の状態にあるといえる場合には、(映画スタジオ(製作委員会)や放送局等の側に帰責性がないかぎり)制作会社は報酬代金全額を請求ができないように思われます(旧法536条1項・2項、新法536条1項・2項。なお、新法542条1項1号の適用があれば解除も可能。制作を中止することについて、映画スタジオ(製作委員会)や放送局等の側に帰責性が認められるかどうかは、コロナウイルスの感染拡大の状況、国際機関、政府や地方自治体の対応、制作現場の環境、人数規模等を踏まえて、制作を中止することが社会通念上合理的といえるか否かという観点から検討されることになります)。制作会社が既に作品の一部を制作済みで、その部分だけでも納品できる場合には、納品された部分に相当する報酬について、映画スタジオ(製作委員会)や放送局等に請求することができる場合もあろうかと思います。他方で、制作が中止されたとしても、制作会社による納品義務が履行不能の状態とはいえない場合、映画スタジオ(製作委員会)や放送局等は制作会社への報酬代金の支払いを拒むことは難しいといえます。
なお、制作が延期となった場合には、ロケ地の確保や新たな出演者との交渉等、制作コストが大幅に増加することも少なくありません。この場合、仕事の完成について請負人が責任を負うという請負契約の原則に従えば、増加コストについて制作会社側のみが負担するようにも思えますが、コロナウイルスの感染拡大により業界全体に甚大な被害が生じていることからすれば、公平の観点から、事情変更の法理や当事者間の事後的な交渉を踏まえ、増加コストを当事者間で適切に分担して負担することも考えられます。また、下請代金支払遅延等防止法が適用される取引については、映画スタジオ(製作委員会)や放送局等の発注者が、制作会社に対し、制作物の受領拒否、支払遅延、報酬代金の減額をしたり、発注者の事情で生じた追加コストを負担させたりする等の対応をした場合、下請法違反が問題になり得る点に留意が必要です。
Q15:制作を中止する場合、制作会社は出演者、監督、脚本家等に報酬を支払う義務があるか。
A15:出演者や監督、脚本家との関係についても、Q14の制作会社と同様に考えられますが、一点異なるのは、特に出演者や監督との契約は単純な請負契約ではなく、準委任的な性質も含む契約であるとされることがある点です。準委任契約の場合、契約途中で履行不能ないし契約終了の場合も、既に履行済みの業務の割合に応じて報酬を請求できることが民法上明記されています(民法656条、643条)。したがって、仮に制作が中止された場合でも、そのときまでに行った業務に相当する対価については民法上請求することができることになります(旧法648条3項、新法648条3項。もっとも、上記のとおり、請負の場合も完成済みの一部について報酬請求できるとするのが判例及び改正民法の立場ですので、大きな違いはないかもしれません)。
8.制作業務を続行する場合の法的問題について
Q16:制作現場で感染者が出た場合、制作会社は法的責任を負うか。
A16:制作会社は、Q9のイベント等の主催者と同様に、出演者や監督、クルー等、制作現場に来る多くのメンバーに対して安全配慮義務を負っているものと考えられます。仮に、制作を続行した結果、これらのメンバーの中から感染者が発見された(かつ制作現場で感染したことが発覚した)場合には、安全配慮義務違反による賠償責任が問われる可能性も否定できません(また、レピュテーションリスクも無視できません)。
諸般の事情で、どうしても制作を進める必要がある場合もあるかと思いますが、その場合は、続行する時点でのコロナウイルスの感染状況や政府や地方自治体の対応(開催の必要性に関する検討要請、自粛要請、緊急事態宣言の発令等)、撮影の規模や撮影場所等を踏まえて、①メンバーへの手洗い・マスク着用の徹底やアルコール消毒薬の設置、②メンバーの体温測定、③風邪の症状があるメンバーに対する自宅療養の要請、④現場での換気等、考えられるかぎりの感染対策を徹底することで、安全配慮義務違反が認められるリスクを軽減することが必須といえます。
なお、Q9と同様に、制作会社側が法的責任を負う場合でも、感染した者の側に過失が認められる場合には、過失相殺が認められるケースも考えられます。感染した者の過失の有無は、コロナウイルスの感染状況や政府や地方自治体の対応、感染者が十分な予防策を講じていたかなどの事情を踏まえて判断されることになります。
Q17:出演者らが撮影に参加しない場合、どのような対応が考えられるか。
A17:Q12と似た問題ですが、出演者らが撮影への参加を拒否した場合は、出演者らによる履行拒絶に当たると考えられますので、制作会社は契約を解除して出演料等の支払いを拒む(支払済みの場合は返金を求める)ことができると考えられます(新法542条1項1号参照)。他方で、制作会社側がこれによって損害を被った場合(新たな出演者の確保や、特定の撮影日をキャンセルしたことに伴う増加費用等)、その損害についてまで出演者らに請求できるかどうかは、撮影拒否について出演者の帰責性が認められるかどうかによります。「帰責性の有無」は、コロナウイルスの感染拡大の状況をはじめ、WHO等の国際機関による発表、政府や地方自治体の対応(イベントや大会の自粛要請の有無、緊急事態宣言発令等)、当該出演者の代替可能性、制作現場の場所や環境、人数規模など、諸般の事情を考慮して判断されることになります。結果的に出演者らが出演を辞退することもやむを得ないといえる事情が認められる場合には、損害の請求は難しいといえます。
■ 補助金その他利用可能な制度等のお役立ち情報(リンク集)
・文部科学省 緊急経済対策パッケージ(令和2年4月7日)
https://www.mext.go.jp/content/20200407-mxt_kouhou02-000004520-3.pdf
・内閣府 イベント・エンターテインメントに携わる方々への緊急経済支援策
https://www.cao.go.jp/cool_japan/corona/corona.html
・スポーツ庁 新型コロナウイルス経済対策 スポーツ団体・個人向け支援策・お問合せ一覧
https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop01/list/detail/jsa_00008.html
・文化庁 新型コロナウイルスに関連した感染症対策に関する対応について
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/sonota_oshirase/20200206.html
・文化庁・スポーツ庁 中止イベント等のチケットの寄付による税優遇制度について
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/sonota_oshirase/pdf/2020020601_05.pdf
・JOCなどが賃料猶予でスポーツ団体を支援(読売新聞)
https://www.yomiuri.co.jp/olympic/2020/20200424-OYT1T50080/
・日本サッカー協会「JFAサッカーファミリー支援窓口」開設
https://www.jfa.jp/ffsupport/?utm_source=jfa&utm_medium=kv/
・Jリーグ リーグ戦安定開催融資規程に関する特例措置について
https://www.jleague.jp/news/article/16964/
・北海道がエンタメ事業者に給付金(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58448390U0A420C2L41000/
・READYFOR クラウドファンディングによる中止イベント支援プログラム
https://readyfor.jp/pp/covid-19
・未来へつなごう!!多様な映画文化を育んできた全国のミニシアターをみんなで応援 ミニシアター・エイド(Mini-Theater AID)基金
https://motion-gallery.net/projects/minitheateraid
* その他、コロナウイルスに関連した支援策等については、適宜情報をアップデートする予定です。
以上
TMI総合法律事務所
メディア・エンタテインメント・スポーツチーム