ブログ
【シンガポール】シンガポールの会社法改正の現状
2021.03.09
はじめに
シンガポールでは、2020年7月から8月にかけて、会社法の改正案が、公衆からの意見を募集するパブリックコンサルテーションにかけられました。
シンガポールの会社法は、1967年の制定以降、たびたび改正がなされています。
これは、シンガポールがビジネスや投資の中心として発展するために、法的側面からもシンガポールでの企業活動を容易にする環境を整え、競争優位性を確保・維持する必要があるという考えのもと、常に各国の動向に目を配りながら、積極的に改善・改良を重ねる姿勢の表れでもあります。
今回の改正案では、情報技術の普及・高度化に伴う「デジタル化」がキーワードの1つとなっています。
改正案の検討自体は、既に会社法ワーキンググループ(CAWG)によって数年前から行われていましたが、奇しくも現在のコロナ禍では、物理的な会議の開催や書面の交付が困難な状況にあり、デジタル化は特に有意義なものとなっています。
なお、本稿執筆時点では、まだパブリックコンサルテーションを踏まえた修正案や、その後の国会での審議等についての情報は、公表されていません。
しかし、過去には、パブリックコンサルテーションが実施されたあと約3か月程度で改正案が国会で可決されたこともあり、今回も2021年中に改正が実施される可能性があるため、このタイミングに今一度、改正案の内容をご確認いただければと思います。
概要
以下では、今回パブリックコンサルテーションにかけられた事項のうち、主要なものを紹介いたします。
①株券の廃止(株券の電子化)
現行の会社法では、シンガポールの法人は、株式譲渡後30日以内、新株割当後60日以内に、株主に物理的に株券を発行することが義務付けられていますが、改正案では物理的な株券の発行を不要とする提案がされています(Recommendation 1.1~)。
既にプライベートカンパニーについては2016年から、日本の法務局に相当する機関であるACRA(Accounting and Corporate Regulatory Authority)が電磁的株主名簿(EROM)を管理しており、物理的に紙の株券を保有する必要性がなくなっていることなどから、今回の提案がなされました。
②株主総会や取締役会のデジタル開催(デジタルミーティング)の明確化
現行の会社法では、株主総会の開催方法について、直接的に規定されていませんが、株主総会を物理的に開催することを念頭においた「personally present」「on a show of hands」などの文言が用いられています。
もっとも、技術の発達に伴い、諸外国では物理的な開催を必須としない流れになっていることから、今回の改正案では、会社法上明確にデジタル開催を可能とする規定を設けることが提案されています(デジタル開催の方法についても、音声のみか映像によるかを会社で決めることができるように提案されています)(Recommendation 1.3~)。
また、取締役会についても同様に、デジタル開催を許容することを明確にするよう提案されています。
なお、シンガポールでは、株主総会や取締役会の実施方法を定款に明記しているのが慣例であり、既に、多くの会社でその定款にデジタル開催(電話会議やテレビ会議システム)のための規定を設けています。
したがって、実務上の運営に大きな変更はないと考えられます。
③新しい会社類型の創設
現行の会社法では既に複数の会社類型がありますが、改正案では、それらを整理し、必要な類型を残したうえで、新たに「micro company(極小会社)」と「publicly accountable company(公的説明責任会社)」という類型の導入が提案されています(Recommendation 2.8~)。
まず、直近2事業年度連続で年間総収入と総資産がそれぞれ50万シンガポールドル以下の会社を「micro company」として、簡易な財務諸表の作成で足りるとするものです。財務諸表作成の手間やコストの削減を図ることができ、規模の小さな会社・スタートアップ企業などにメリットがあります。
一方、上場会社やシンガポール証券取引所で取引される証券等の発行プロセスにある会社などを「publicly accountable company」として、このような会社については、株主や債権者などの広範なステークホルダーへの説明責任を果たすために、財務諸表の監査を義務付けることにしています。
④取締役1名の場合の取締役とカンパニーセクレタリーの兼務を許容
現行の会社法では、取締役が1名の会社は取締役とカンパニーセクレタリーを兼務することができません。
しかし、カンパニーセクレタリーに課される義務は多くないことから、会社の唯一の取締役がカンパニーセクレタリーを兼務しても、取締役としての業務に悪影響を及ぼすことはなく、むしろコストを削減することができます。
そこで、今回の改正案では、取締役が1名の法人については、その取締役がカンパニーセクレタリー兼務できるよう提案されています(Recommendation 3.2)。
もっとも、取締役がカンパニーセクレタリー業務に詳しくないことも多く、引き続きカンパニーセクレタリーについては、同業務を提供する会社や弁護士事務所に依頼する会社も多いと考えられます。
⑤最低1名の居住取締役の維持
現行の会社法では、取締役のうち最低1名はシンガポールの居住者である必要があります。この制限があることで、現状、たとえば自己の関係者でシンガポール居住者を確保することが困難な外国企業は、シンガポールに新たに会社を設立する際に、名義貸しサービスを行っている会社に依頼して取締役に就任してもらい(いわゆるノミニーダイレクター)、その後、EP発給等によりシンガポール居住者を確保できた段階で役員変更をするということが一般的に行われています。
もっとも、この一連の手続には手間・時間・費用がかかることから、制限を撤廃すべきではないかという意見がありました。
しかしながら、今回の改正案では、すべての取締役がシンガポールの居住者でない場合に、ACRAや株主が取締役の不正行為(財務諸表の未作成や取締役の義務違反など)について取締役に責任を追及することが困難となること、シンガポールの居住者がいればその者を通じて規制当局によるアクセスが可能となることなどを理由に、この制限は維持すべきとされています(Recommendation 3.1)。
まとめ
現時点では、今後さらなる修正・改良が行われる可能性がありますが、日系企業に関係する改正案も多いため、今後動向を注視する必要があります。
以上
※本稿は一般的な法令情報を提供するものであり、シンガポール法に関するアドバイスや法的意見を提供するものではありません。
Member
PROFILE
弁護士 水田 進