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コーポレートガバナンス・コード改訂案等を踏まえた企業に求められるサステナビリティ(気候変動、人権等)対応、投資家対応
2021.05.17
2021年4月6日、「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」(以下「フォローアップ会議」という。)より、コーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」という。)と投資家と企業の対話ガイドライン(以下「対話ガイドライン」という。)の改訂案が公表された。CGコードは、2015年6月より運用が開始し、2018年6月に一部改訂され、その際ESG要素にかかる情報が追加されたが、今回の改訂案でも「企業の中核人材における多様性の確保」、「サステナビリティを巡る課題への取組み」が改訂の主なポイントとして挙げられている。
そこで、特にサステナビリティの観点についての両改訂案の内容を紹介するとともに、今後企業が対応すべきポイントを整理したい。
改訂にあたっての考え方
フォローアップ会議が公表した「コーポレートガバナンス・コードと投資家と企業の対話ガイドラインの改訂について」によれば、改訂の基本的な考え方として以下4点が挙げられている。
①取締役会の機能発揮
②企業の中核人材における多様性(ダイバーシティ)の確保
③サステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)を巡る課題への取組み
④その他(グループガバナンスの在り方、監査に対する信頼性の確保及び内部統制・リスク管理、株主総会関係等)
この背景事情として、企業の新たな成長の実現には変化の先取りが求められ、そのために企業は、持続的成長と中長期的な企業価値の向上の実現に向けた取組みをスピード感をもって実行することが必要であることが挙げられている。また、2022年4月より東京証券取引所で開始される新市場区分の適用を睨み、特にプライム市場上場会社に求められるガバナンスの向上も意識されている。
このように、サステナビリティが単なる規制対応や社会貢献ではなく、企業の成長のための要素として明確に定められていることが興味深い。
CGコード改訂案におけるサステナビリティ観点でのポイント
(1)「第2章 株主以外のステークホルダーとの適切な協働」
ア 基本原則2:考え方:サステナビリティを重要な経営課題に位置付け
CGコード改訂案では、「第2章 株主以外のステークホルダーとの適切な協働」の「考え方」に、「持続可能な開発目標」(SDGs:注1)が国連サミットで採択され、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:注2)への賛同機関数が増加するなど、中長期的な企業価値の向上に向け、サステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)が重要な経営課題であるとの意識が高まっている。こうした中、我が国企業においては、サステナビリティ課題への積極的・能動的な対応を一層進めていくことが重要である」(下線は筆者)との追記がなされている。これは、現行のCGコードが、「近時のグローバルな社会・環境問題等に対する関心の高まりを踏まえれば、いわゆるESG(環境、社会、統治)問題への積極的・能動的な対応をこれらに含めることも考えられる。」との表現に比べ、サステナビリティ課題をいわゆる環境・社会貢献+アルファとしてではなく、これを1つの中長期的成長に向けた重要な経営課題として捉え、企業の主体的な行動を促すようになっている。
イ 原則2-3「社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題」補充原則2-3①:サステナビリティの具体的内容(気候変動、人権等が明記)に言及し、収益機会の可能性として捉える
現行のCGコードが、サステナビリティの内容については触れずに単に、「サステナビリティ(持続可能性)」と記載しているのに対し、CGコード改訂案では、「気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇、取引先との公正・適正な取引、自然災害等への危機管理など」(下線は筆者)と具体的なテーマが列挙されている。これは、CGコードに限らず、サステナビリティの範囲が広すぎて曖昧であるとの従前の指摘に対し1つの例示を与えていることに意義がある。特に昨今の社会問題を反映して、気候変動、人権、取引先への配慮といった点にも言及がなされており企業には参考になると考えられる。
ウ 原則2-4「女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保」補充原則2-4①(新設):外国人・中途採用者の追加。多様性の確保施策について情報開示を要請
現行のCGコードでは、従業員の多様性について、「女性の活躍推進を含む多様性の確保」と女性を中心的なターゲットとした記載であったが、今回の改訂案では、補充原則2-4①が新設され、女性だけでなく外国人や中途採用者も明記された。また、具体的内容として、管理職の登用等「中核人材の登用等」における多様性の確保と、踏み込んだものになっている。加えて、(i)中途人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標、(ii) 多様性の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針、についてその内容と状況の開示を求めているのが特徴的である。
(2)「第3章 適切な情報開示と透明性の確保」
ア 補充原則3-1③(新設):サステナビリティの取組みの開示、プライム市場上場会社における気候変動にかかる開示の質と量の充実を要請
現行のCGコードでは、サステナビリティに関する情報開示を具体的に要請していないが、改訂案では、まず上場会社は、自社のサステナビリティに関する取組みの開示を求めている。その中でも、人的資本及び知的財産への投資等について、「自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである」としている。これは、単に教育訓練費や特許取得件数を開示するに留まらず、経営戦略・経営課題とのリンクを求めているという点でより一層の開示を企業に課しているといえる。
また、特にプライム市場上場会社に対し、「気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである」とし、特に世界的な問題となっている気候変動問題についてその情報開示の質と量の充実を要請している。TCFDに基づく情報開示はその質・量ともに相当の準備を要することになり、TCFD開示を行っていない企業にとっては早めの準備が必要となる。
(3)「第4章 取締役会等の責務」
ア 補充原則4-2②(新設):自社のサステナビリティに関する基本的方針の策定、同方針に基づく戦略への実効的な監督を要請
CGコード改訂案では、取締役会の責務として、「中長期的な企業価値の向上の観点から、自社のサステナビリティを巡る取組みについて基本的な方針を策定すべきである。また、人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである。」として、(i) サステナビリティに関する基本的な基本方針の策定、(ii)サステナビリティ活動に対する実効的な監督の2点を求めている。
(i)については、単なる環境方針やCSR方針ではなく、「中長期的な企業価値向上の観点」を踏まえた方針の策定が求められていることに注意が必要である。
(ii)については、方針を定めるだけではなく、そこに経営資源が投入され、事業そのものとして実行され、かつその実効性を監督することが取締役会に求められているのが特徴である。すなわち、サステナビリティ活動に対するPDCAを適切にまわしていくことが必要になる。
対話ガイドライン改訂案におけるサステナビリティ観点でのポイント:サステナビリティに関する対話の新設
対話ガイドラインでは、「1.経営環境の変化に対応した経営判断」において、新たに1-3として、「ESGやSDGsに対する社会的要請・関心の高まりやデジタルトランスフォーメーションの進展、サイバーセキュリティ対応の必要性、サプライチェーン全体での公正・適正な取引の必要性等の事業を取り巻く環境の変化が、経営戦略・経営計画等において適切に反映されているか。また、例えば、取締役会の下または経営陣の側に、サステナビリティに関する委員会を設置するなど、サステナビリティに関する取組みを全社的に検討・推進するための枠組みを整備しているか」(下線は筆者)が新設された。これは、機関投資家と企業との対話において、企業のサステナビリティも重要なテーマであると位置づけられたといえる。そのため、企業においては、サステナビリティに関する方針、体制や実行のための枠組みを整備しておくことがより求められると考えられる。
企業の取るべき対応、株主総会想定質問例
(1)改訂案の特徴
これら改訂案の特徴として以下が挙げられる。
・サステナビリティ課題への対応が企業の重要な経営課題として認識されたこと
・サステナビリティ課題への対応がリスクの減少だけでなく収益機会としても捉えられていること
・サステナビリティについて具体的に例示がなされたこと(気候変動、人権、従業員、取引先、自然災害等への危機管理)
・多様性の確保の対象に女性に加え外国人・中途採用者が明記され、中核人材への登用を含む人材育成方針及び社内環境整備方針の策定が求められたこと
・これら取組みについて開示が求められ、特にプライム市場上場企業に対しては気候変動に関する質・量の充実についても要請されていること
(2)企業の取るべき対応
こうしたCGコード、対話ガイドラインの改訂は、前述1のとおり、社会環境の変化に対応したものと思われる。特に昨今では、気候変動問題、人権対応、多様性の確保の3点が重要になってくるものと考えられる。
企業においては、環境やCSRといった形でサステナビリティに関する方針や体制等を整備していることが多いと思われる。一方、環境問題では世界が脱炭素に向け活動を強化し、事業活動の中期的見直しが必要な企業も出てきている。また、人権問題に基づく国家間の制裁が発動されるようになり、自社及びサプライチェーンにおける人権問題にも配慮が必要となっている。加えて、経営層、中核人材への多様性の確保も日本では大きな課題となってきている。
そこで、こうした問題への対応のため、企業には以下に挙げるような対策が求められることになる。
・サステナビリティ課題に対する自社の対応状況の調査
・サステナビリティ方針の策定
・サステナビリティ全体及び個別課題推進のための枠組みの構築(責任者、体制、実行計画、監督、フィードバック)
・サステナビリティ対応の実行
・情報開示
(3)株主総会対応
こうした動きを踏まえ、今後の株主総会や投資家の対話において、サステナビリティに関する質問も従前より増える可能性がある。例えば以下のような質問が考えられる。
・当社ではサステナビリティに関する方針はあるか
・当社のサステナビリティの責任者は誰か。サステナビリティに関してどのようなバックグラウンドを有しているか
・当社のサステナビリティ推進体制はどうなっているか
・当社の脱炭素に向けた目標や取組みについて教えてほしい
・当社では再生可能エネルギーをどの程度使用しているのか
・当社はTCFDに賛同しないのか、賛同しない理由はあるか
・当社のサプライヤーにおいて人権問題が発生しているか調査しているか
・当社では人権デューディリジェンス(人権DD)を実施しているか
・当社では今人権制裁を受けている地域から製品や商品を購入しているか、購入している場合今後も購入を続ける予定か
・当社の管理職における女性、外国人、中途採用者比率を教えてほしい
・当社の従業員に対するダイバーシティの取組みを教えてほしい
・当社の働き方改革の取組みや時間外労働に関する具体的な数字を教えてほしい
・当社の人権やダイバーシティについての情報開示が不十分だと思うがどう考えているか
以上のとおり、企業は社会の変化・関心を踏まえ、サステナビリティ課題を自社の経営戦略に取り組むことが求められ、株主・投資家に対してもこの分野に関する説明責任は増してくるものと考えられる。実際、脱炭素対応に関して、石炭火力プロジェクトを停止・縮小する動きも、金融機関や投資家からの要請が少なからずあったものと思料される。
今回のCGコード及び対話ガイドライン改訂案で示された内容は企業への相当の対応を促すものも多く含まれており、対応が済んでいない場合、早めに着手することが望まれる。
【参考】
TMIのサステナビリティ関連サービス
https://www.tmi.gr.jp/eyes/blog/2021/12491.html
企業のサステナブル(SDGs・ESG)活動とリーガルの役割
https://www.tmi.gr.jp/eyes/crosstalk/2021/12486.html
注1:SDGs:Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略称。2015年9月に国連で採択された「我々の社会を変革する 持続可能な開発のためのアジェンダ2030」で示された2030年目標。17のゴール、169のターゲット、232の指標からなる。
注2:TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosuresの略称。気候変動は金融システムの安定を損なうおそれがあるとの前提で、気候変動による財務影響を分析するために、賛同する全ての組織に対し、①2℃目標等の複数の気候シナリオを用いて、②自社の気候関連リスク・機会を評価し、③経営戦略・リスクマネジメントなどへ反映、④その財務上の影響を把握、開示することを求めている。日本では世界最多の377の企業・組織が賛同を表明(2021年4月26日時点(TCFDコンソーシアム)。)
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弁護士 北島隆次