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サステナブル・ファイナンスとESG開示におけるDLT活用(第2回)
2021.09.09
コーポレートガバナンス改革とESG開示
2021年6月11日、コーポレートガバナンスコード(CGコード)の改訂版が公表・同日施行され、「サステナビリティを巡る課題への取組み」が改定の主なポイントの一つとして掲げられた。
●プライム市場上場企業においては、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)又はそれと同等の国際的枠組みに基づく気候変動開示の質と量を充実させること
●サステナビリティについて基本的な方針を策定し自社の取組みを開示すること
上場会社は2021年12月末までにCG報告書対応が必要とされる。市場区分見直し後のプライム市場の上場会社対象の原則は2022年4月4日に予定される新市場区分開始時から適用され、その後に開催される株主総会終了後のCG報告書から対応が必要となる。
また、2020年3月改定のスチュワードシップ・コードでは、「スチュワードシップ責任」は、機関投資家が、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解のほか運用戦略に応じたサステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)の考慮に基づく建設的な「目的を持った対話」(エンゲージメント)等を通じて、当該企業の企業価値の向上や持続的成長を促すことにより、「顧客・受益者」の中長期的な投資リターンの拡大を図る責任を意味すると定義された。
気候関連情報開示と英米のESG開示対応
2015年12月のCOP21以降、資本市場でサステナブル・ファイナンスの環境整備が進行する一方、2021年6月、英国開催のG7サミットではパンデミック克服に向けた各国協調に加え、
●「TCFDに沿った義務的開示を2025年までに達成すること」が確認され、
●「一貫した、市場参加者の意思決定に有用な情報を提供し、かつ、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の枠組みに基づく義務的な気候関連財務開示を、国内の規制枠組みに沿う形で進展させること」が共同コミュニケで宣言された。
トランプ政権中に気候変動対策が後退していた米国は、2021年2月、SECが気候関連情報開示の一貫性、継続性、比較可能性、信頼性の確保を強化するため2010年版開示ガイダンスのアップデートを進めることを公表し、同年3月、発行会社とアセットマネージャーについて、気候関連開示を含むESG開示と投資に絡む不正行為の統制を強化する方針を表明した。
G7開催直後の6月下旬、米国SECはTCFD規準に無批判に迎合せず、政治的影響力から独立した観点で、会計情報より複雑で測定が困難なESGの論点が「真に投資判断に重要な影響を与えるものか」を慎重に検証し、ESG開示ルールの持続可能性を問う姿勢を表明した。
英国でも2021年6月、金融規制当局(FCA)は、プリンシプル・ベースで「コンプライ又はエクスプレイン」を求めるにとどめている現行のESG開示ルールを、「指標・ターゲット・シナリオ」等として環境インパクトの量的情報を含む補足情報の開示により補強する方向性を示した。
グリーン・ウォッシング(Greenwashing)とESG開示の告発事例
社会問題解決の実体を伴わないのに、あたかも気候変動問題に積極的に取り組んでいるように見せかける、いわゆる「グリーン・ウォッシング(Greenwashing)」とよばれる行為は、1980年代から問題視されていた。現代のESG投資の世界的な拡大潮流の中で、英米当局だけでなく、金融庁も、「ESG」の名を冠したファンドについて、運用会社やファンドの評価機関が、投資先の選択基準に気候変動の視点が反映されているか、また、ファンドへの投資が社会的課題の解決に資するものか、その根拠も含めて投資家向け情報開示を促すルールを検討している。
2021年7月、米投資会社スプルース・ポイント・キャピタル・マネジメントは、植物性ミルクメーカーのオートリ―(スウェーデン)の2021年6月付け投資家向け説明資料の中のESG関連開示にチェリー・ピッキング(自社に有利な情報の開示と不都合な情報の不開示の取捨選択)や、その他多数の会計上の不適切な開示等を告発するレポートを作成した。
このレポートによれば、ESG関連開示におけるオートリ―の植物性ミルク製造が環境に与える影響の説明において、2016年以降の米国とアジア進出後のデータを反映していないだけでなく、環境負荷要素のうち、水の消費量負担が乳製品の牛乳製造プロセスより劣っている事実の開示が捨象されていたという。
また、環境負荷インパクトの原因の約3分の1を占める輸送コストや原材料の多くが、オート飲料や原料のオート麦に由来している事実、米国工場はオート麦を産出する西カナダから遠く離れ、スウェーデン産のオート麦を用いてアジアや中国で生産する体制等によって、環境負荷インパクトが拡大しているという事実の開示も捨象されていたという。
環境に優しい植物性食品メーカーという投資家のイメージが覆されたのか、オートリ―の株価は2021年6月11日の28.73ドルから8月18日の15.16米ドルまで、47.2%下落した。
ESG開示とDLTによる効率化と透明化
ESG開示のうち、ガバナンス(G)は独立社外役員の割合等のシンプルな数字で達成度を把握可能だが、環境(E)や社会(S)課題の解決プロジェクトの判別とその達成度の測定は容易ではない。英国ではESG開示を量的情報でその信頼性を補完する方向性を示しており、米国ではESG検証のリソースとルールの信頼性確保とESG開示制度の革新の必要性を意識している。
一方、ESG潮流の源泉である欧州のルクセンブルグ・サステナブル債券専門の取引所(LGX)では、「ESG規準」、「第三者認証」、「レポーティング」の3点セットをWEB開示し、ESG開示の比較可能性と一貫性・継続性をテストするプラットフォームを実践している(下図参照)。
グリーン・ウォッシング対策としては、(i)G7で合意されたTCFD準拠の気候関連財務情報開示をベースに各国開示規制の精度を高め、基準の一貫性、比較可能性、信頼性を確保すること。(ii)専門家によるESG検証リソースとして第三者認証機関の信頼性を高めること。(iii)レポーティング内容に「インパクト(投資の貢献度)の証明(Proof of Impact)」を盛り込み、社会貢献度を継続的に測定・開示してESG開示の透明性を高めること等が考えられる。
一方、コロナ等の社会課題解決を目指す中小プロジェクトやスタートアップの技術革新事業を育成するには、開示負担やコストを低減させたい。この課題対策には、(i)分散台帳技術(DLT)とスマートコントラクトを活用して、ESG関連のDD・開示・レポーティングを自動化することによりコスト軽減と手続の透明化を進め、(ii)AIを活用したモニタリングの自動化により恣意的なESG開示リスクを低減させ、(iii)DLTで社債発行後の発行体と投資家の直接的IRアクセスや投資家モニタリングを促進する等、資本市場インフラのDXによる進化が期待される。
ESG課題に取り組む中小を含む次世代事業の育成が回る仕組みを構築するには、社債発行事務自動化による発行コスト軽減と多彩なプロジェクトのためのファイナンス選択肢の多様化に加えて、次世代資本市場インフラを動かす専門家のスキル向上と、LGXのFIRSTのようなESG継続開示支援ツールや投資家教育の整備が必要になると思われる。
以上
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