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【スタートアップPG連載ブログ】第2回:自己新株予約権の取得と処分に関する会社法のルール
2021.09.24
自己「株式」を取得し、処分される事例は少なくないため、その手続についてご存知の方は多いと思います。
それに比べて、自己「新株予約権」の取得や処分が行われる機会は少なく、その手続をご存知の方は少ないのではないでしょうか。そこで、今回は、自己新株予約権の取得と処分について、自己株式と比較しながら、会社法上のルールを中心に確認してみましょう。
自己株式と自己新株予約権に関する会社法上のルール
まず、株式会社による特定の株主との合意に基づく自己株式の有償での取得に関する会社法上のルールを簡単に確認します。取得するのが「株式」である場合には、株主総会決議などの手続規制(156条~165条)に従う必要があるほか、分配可能額による財源規制(461条1項2号・3号)にも服します。そもそも、ある程度の利益が継続的に出ていなければ分配可能額が存在している状況は少ないため、スタートアップの場合、自己株式の取得を積極的に利用する(できる)場面というのは極めて限られると思われます。
また、会社法下では自己株式の処分は新株発行と合わせて「募集株式の発行」という一つの概念として整理されているため、新株発行と同じ発行規制が適用されることになります(199条以下)。すなわち、閉鎖会社であれば、その発行に株主総会の特別決議が必要です。
一方、自己「新株予約権」の取得に関する会社法上のルールについてみてみましょう。会社法は、自己新株予約権の取得に関して、「取得条項付新株予約権の取得」に関する手続(273条~275条)を定めているのみで、典型的な「新株予約権者との合意に基づく取得」に関して規定を置いていません。言い換えると、新株予約権には、自己「株式」の取得に係る手続規制や財源規制に相当する手続は存在しないのです。そのため、株式会社は、新株予約権者との間の合意に基づき、あたかも通常の財産と同様に、自由に自己新株予約権を取得することができると解されています(※1)。
(※1)立法担当者は、新株予約権者は、株主ではなく、債権者に過ぎないから、会社が自己新株予約権を有償で取得しても、株主に対する払戻しにはならならず、通常の債権と同様の業務執行の一環として、自己の新株予約権を取得することができると説明しています(相澤哲=葉玉匡美=郡谷大輔編『論点解説 新・会社法』248頁(商事法務、2006年)。しかし、学説上はこの考え方に異論も多いところです。)。
さらに、自己株式の処分に対応する「自己新株予約権の処分」については、新株予約権の発行規制(238条以下)が適用されません。そのため、株式会社は、会社法のその他の規定により別途手続が求められる場合を除き、特に手続を経ることなく、処分先との合意のみによって、自己新株予約権を処分することができると考えられます。
取得 |
処分 |
|
自己株式 |
手続規制(156条~165条) |
発行規制(199条以下) |
自己新株予約権 |
特に定めなし |
特に定めなし(※2、※3) |
(※2)取締役会設置会社において自己新株予約権の処分が「重要な財産の処分」に当たる場合には、取締役会決議が必要となります(362条4項1号)。
(※3)自己新株予約権の処分についても、既存株主の利益保護の観点からは、募集新株予約権の発行手続に関する規定を類推すべきであろうとの見解もあります(江頭憲治郎編『会社法コンメンタール6-新株予約権』45頁[𠮷本健一](商事法務、2009年))。
(※4)上記のとおり、自己新株予約権の処分については発行規制が適用されないとすると、取締役が支配権維持目的で自己新株予約権を処分することも自由に認められるのでしょうか。この点については、会社法247条2号にいう「著しく不公正な方法」に類似する態様で行われる場合には、募集新株予約権の発行と同様の不利益が株主に生じ得る以上、会社法247条の類推適用を認めるべきとの見解もあり(江頭憲治郎編『会社法コンメンタール6-新株予約権』102頁[洲崎博史](商事法務、2009年))、理論的には、差止めの対象となる可能性も否定できません。
但し、株式会社が有価証券報告書提出会社や上場会社である場合、自己株式及び自己新株予約権のいずれについても、金融商品取引法に基づく発行開示規制・公開買付規制あるいは上場規程に基づく適時開示制度の適用があり得えます。そのため、このような会社にあっては、自己株式の処分と自己新株予約権の処分とで、実際上は手続的な負担にさほど差異が生じない場合もあると思われます。
ちなみに、一般的に、シリコンバレーのスタートアップ企業のほとんどは、デラウェア州会社法に基づいて設立されており、同州会社法下でも自己株式の分配可能額規制に相当する制度は存在するものの、日本と比べ実質的な観点の強い規制であるため、取締役会の裁量で簡単に分配可能額を捻出することも可能であり、自己株式の取得が頻繁に利用されているといった違いが日米で見られます(創業者の退職時点でVestしていない株式の会社による取得など。)。
自己新株予約権の活用場面
では、一見使い勝手の良さそうな自己新株予約権ですが、具体的にどのような場面で活用できるのでしょうか。
本稿作成時点(2021年9月14日)で「自己新株予約権」というキーワードを用いて直近3年間のプレスリリースを検索したところ、上場会社において、自己新株予約権の処分という手法を用いることを通じて、①資金調達を行っているものが2件、また、②ストック・オプションの付与を行っているものが1件該当しました。これは、ファイナンス手法としてもストック・オプションとしての利用としても、かなり少ない状況ということが言えると思います。
他方、スタートアップの場合はどうでしょうか。①について、近年は優先株式を用いた資金調達が一般的になっているため、そもそもストック・オプション目的で発行されたもののように新株予約権の目的となる株式が普通株式で固定されている場合に資金調達目的で用いることは難しい場合が多いように思われます。また、仮に、それがCE型の新株予約権であったり、目的となる株式が優先株式であったりしたとしても、既存の株主等に経済的損失が生じる態様での新株予約権の処分・行使は一般的に株主間契約上の事前承諾事項の対象となる例が多く、また、事前承諾を得にくいであろうことを踏まえると、実際に自己新株予約権を資金調達に用いることができる場面というのは、相当に限定的だと思われます。一方で、デットファイナンスにおけるエクイティキッカーとして新株予約権を用いるようなケースでは、(スタートアップであれば、株式に譲渡制限があるため、上場会社のように取締役会での決議を通じて処分ができるわけではないので、株主総会での発行手続と大差ないと言えるケースも多いと思われますが)ひょっとすると今後活用の余地が出てくるかもしれません。
また、②について、スタートアップで通常用いられる税制適格ストック・オプションの税制優遇措置は、割当契約において譲渡が禁止されている必要があることに加え、当該ストック・オプションの行使にあたっては契約に従うことが求められます。つまり、一旦税制適格型で発行されたストック・オプションも、会社が取得したタイミング、あるいは処分するタイミングにおいて譲渡禁止という税制適格要件を満たさなくなると考えられ、そうすると、税務上の観点から、自己新株予約権を敢えて活用するメリットは乏しいように思われます。そうすると、結局、現時点では自己新株予約権の活用の方法は、意外と少ないということが言えそうです。
弊所のスタートアップ・プラクティスグループの定例会で議論した際には、税制非適格扱いとなる前提で自己新株予約権を用いた事例の報告があり、また、確かに「退職する役員が保有していたストック・オプションを一旦会社で取得し、同じ条件のまま新しい役員に交付してもよいか、その場合の課税関係はどうなるか」といった趣旨のご相談はしばしば見られるところであり、実務上は、少なくとも取引の外形に対してはそれなりにニーズがあるように思われます。しかし、現時点では、スタートアップにおいて広く活用可能な自己新株予約権の取得・処分方法のイメージがつきにくいというのも事実です。自己新株予約権の取得・処分に係る会社法上の手続的負担の軽さを活かした有効な利用法が実際頻繁に生じるようになってきた際には、改めてご紹介できればと思います。。
まとめ
今回は、あまり意識されることのない自己新株予約権の取得及び処分について、会社法上のルールを中心にご紹介しました。
スタートアップPG連載ブログでは、利用頻度の高い分野のみならず、それほど馴染みのない(ニッチな?)分野についても、今後もご紹介させていただく予定です。