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【宇宙ブログ】競争法の観点からの航空宇宙分野における取引の適正化
2021.12.27
はじめに
航空宇宙産業分野では、高性能な構成部品や高度な技術・アイデアを多分に用いて一つの製品を製造するところ、当該部品の製造や技術等の発明には多数の中小企業等が関与しており、そうした事業者の保護は業界を発展させる上で欠かすことができません。そのため、製品を製造する大企業と、部品供給等で関与する中小企業等の間の取引の適正化は強く求められてきました。
そうした中で、令和3年10月12日付けで、主として競争法の観点から適正取引のための指針を示した一般社団法人日本航空宇宙工業会の「取引先との適正取引の推進に向けた行動計画」(以下「本件行動計画」といいます。)が一部改訂されました( https://www.sjac.or.jp/common/pdf/info/news314.pdf )。今回は、本件行動計画の改訂内容の一部と当該改訂の背景について取り上げることとします。
フリーランスも含めた取引を視野(本件行動計画2頁)
本件行動計画においては、「中小企業等」の中に明示的にフリーランスが追加されています。これは、令和3年3月26日付けで内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁及び厚生労働省が「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」を公表し、独占禁止法(特に同法上の優越的地位の濫用)や下請法が、フリーランス(=実店舗が無く、雇人もいない自営業主や一人社長であって、自身の経験や知識、スキルを活用して収入を得る者)との取引においても適用されることを明らかにしたことが背景にあります。
宇宙航空産業においても、高度技術を有する技術者が企業を退職してフリーランスとして関与するケースもありますし、情報技術の開発等においてフリーランスの関与はもはや必要不可欠となっています。大企業におかれましては、今後、こうしたフリーランスとの取引においても、独占禁止法や下請法を意識して、取引を行うことが求められるといえます。
知的財産取引の取扱い(本件行動計画1(1)(3頁))
本件行動計画においては、下請法適用対象となる取引を行うにあたって、知的財産権等の取扱いに係る取引条件の明確化の観点から、中小企業庁の公表する「知的財産取引に関するガイドライン」(以下「知的財産ガイドライン」といいます。)に示された契約書ひな形を活用することを推奨しています。
知的財産ガイドラインは、製造委託・製造請負取引において、①大企業である親事業者が中小企業等の下請事業者に対して技術資料等を開示させ、中小企業等のノウハウを吸い上げて内製化し別プロジェクトを立ち上げてしまう事例や、②金型製作において、親事業者が下請事業者に対して金型の納入に併せて設計図面も納入させ、親事業者が後に当該金型の製作をコストの安価な海外事業者に委託するようになった事例などを挙げて、問題視しています。そのため、知的財産ガイドラインの契約書ひな形においては、下請事業者が技術情報や金型設計図面等について意に反して開示義務を負わないこととし、親事業者が下請事業者に対して当該情報の開示を求める場合には、下請事業者に対して相当の対価を支払うものとし、開示された情報については守秘義務の対象として第三者開示を原則として禁止する建付けを採用しています。
上記の問題事例は、航空宇宙分野においても十分起こりうる事例であることから、本件行動計画は、航空宇宙分野においても親事業者に対して同様の対応を行うよう求めているものと思われます。
手形の交付について(本件行動計画1(4)(3~4頁))
本件行動計画は、今回の改訂で、長期手形の交付にあたり、①下請代金の協議の際に手形等の現金化に係る割引料等のコストを検討できるよう本体価格分と割引料相当額を分けて明示すること、②下請代金の支払に係る手形サイトを60日以内とすることの2点を追加しています。この背景には、令和3年3月31日付けの公正取引委員会・中小企業庁「下請代金の支払手段について」と題する通達(以下「新通達」といいます。)により、上記①②が要請されたことが背景にあると思われます(平成28年にも公正取引委員会・中小企業庁から同種の通達が発出されていましたが、その後の中小企業庁のフォローアップ調査によって十分な改善がなされていない実態が明らかになったため、改善を徹底する趣旨で改めて新通達が出されています。)。
①について、親事業者は、下請事業者と支払手段や下請代金の額を協議する場(例えば見積依頼の機会など)において、本体価格分と割引料相当額を分けて明示することが求められ、下請事業者の割引料等が不明の場合、実際の割引実績等を下請事業者の側に報告してもらい、一般的に合理的と考えられる割引料を前提に協議することなどが考えられます(中小企業庁FAQ「下請代金の支払手段について」Q5))。新通達は、割引料等のコストについて、協議の際に示すことを要請するにとどまりますが、事後に合意した事項の認識が異なることがないよう、発注書面の下請代金の額に併記する形で、同金額について記載するのが望ましいとされています(中小企業庁FAQ「下請代金の支払手段について」Q7)。
②については、下請代金を手形によって支払う場合、手形振出+手形サイトの期間を経て現実的な支払がされることとなるところ、長期の手形サイトで手形振出をすれば、親事業者は下請代金の支払日を実質的に遅らせることが可能となるため、下請法の60日支払ルール(下請法2条の2第1項)の潜脱として、以前から問題視されていました。現にフォローアップ調査によれば、「120」日サイトの手形が最もよく使われているとの結果が出ていたところです。
新通達は、手形サイトについて、令和6年3月31日までに「60」日に短縮することを求め、下請事業者の保護を図ることを意図しています。
航空宇宙産業分野においても、実際問題として下請取引の支払で手形支払がされるケースは見受けられますので、上記①②の点の改善が必要と考えられたものと思われます。
さいごに
今後も、航空宇宙産業分野が発達していく中で、競争法の観点からの取引の適正化を求める要請は強くなっていくと思われます。引き続き、この点については着目していきたいと思います。
以上