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【中国】【特許】【重要裁判例シリーズ】4 侵害訴訟中に訂正された請求項の扱い及び公然実施に基づく従来技術の抗弁に関する事例
2023.03.28
はじめに
本件は、窓清掃ロボットの特許権をめぐる侵害訴訟において、最高人民法院が、侵害訴訟期間中の無効審判で訂正された請求項による権利行使が認められることを、明確に示した事例です。また、文献公知と公然実施の証拠の組み合わせによる従来技術の抗弁が認められないことが示された点でも、興味深い判決となっています。
事件情報
事件番号:(2021)最高法知民終1691号
判決日:2022年9月
上訴人(一審被告):鄭州邦米智能技術有限公司
被上訴人(一審原告):趙志謀(個人)
一審被告:鄭州邦浩電子科技有限公司
一審被告:湖北佩蒂貿易有限公司
一審被告:北京京東参佰陸拾度電子商務有限公司
事案の概要
(1)本件の経緯
一審原告の趙志謀(以下「趙氏」とします)は、発明の名称を「クリーナー及びその経路制御方法」とする中国特許第102920393B(優先日:2011年8月9日、登録日:2015年3月18日、以下「本件特許」とします)の特許権者です。趙氏は、北京京東参佰陸拾度電子商務有限公司(以下、「京東社」とします)の運営する京東(ジンドン)モール上の「OKBEARフラッグシップ店」において、湖北佩蒂貿易有限公司(以下、「佩蒂社」とします)が、自らの特許権を侵害していると思われる窓拭きロボットを販売していることを発見しました。そこで2016年11月に、製造元である鄭州邦米智能技術有限公司(以下、「邦米社」とします)の関連会社である鄭州邦浩電子科技有限公司(以下、「邦浩社」とします)を相手取り、山西省太原市中級人民法院に特許権侵害訴訟を提起し、趙氏が邦浩社から25万元の損害賠償金を受け取ることで和解が成立しました。
しかしながら、趙氏はその後、再び侵害行為を発見したため、湖北省武漢市中級人民法院に対し、(1)佩蒂社、京東社による特許製品の販売及び販売申し出の即時停止と在庫品の廃棄、(2)邦米社及び邦浩社による特許製品の製造、販売、及び販売申し出の即時停止と、金型及び在庫品の廃棄、(3)四被告による趙氏の経済的損失100万元の賠償、及び(4)四被告による訴訟費用の負担を求めて特許権侵害訴訟を提起しました。
その後、邦米社は国家知識産権局に対し、本件特許の無効審判を提起しましたが、2020年12月に、訂正後の請求項に基づく権利有効の審決が下されました。
一審裁判所は、2021年6月に、侵害行為の成立を認め、邦米社による製造行為の即時停止と、邦米社及び佩蒂社による損害賠償金10万元の支払いを命じる判決を下しました。
被告の邦米社は、この一審判決に不服とし、最高人民法院知財法廷に上訴しましたが、二審判決は一審判決を維持しました。
(2)本件特許発明
本件特許は、窓等の自走式清掃ロボットに関するものです。本件特許に係るクリーナーは、内部に清掃用の布等を備える2つの円形のクリーニングユニットを備え、クリーニングユニットと窓との間に画定される空間の空気をポンプで抜き取って負圧にすることで、クリーニングユニットを窓に吸着させます。その上で、クリーニングユニットの片方を回転させない状態で、他方のクリーニングユニットを回転させ、それによって発生するトルクにより他方のクリーニングユニットを前進させる動作を、交互に繰り返して、窓の上を自走しながら清掃するものです。本件特許の請求項1は以下の通りです。
【請求項1】 プレート上の微粒子を清除するためのクリーナーであって、 前記プレートと少なくとも1つの空間を画定する少なくとも1つのクリーニングユニットと、 前記少なくとも1つの空間と連通し、前記少なくとも1つの空間の空気を抜き取って前記少なくとも1つの空間に負圧を形成させることにより、前記クリーニングユニットが前記プレートに吸着されるようにするために用いられるポンプモジュールと、 前記少なくとも1つのクリーニングユニットと連接され、前記少なくとも1つのクリーニングユニットを駆動するために用いられる駆動モジュールと、 前記ポンプモジュール及び前記駆動モジュールと結合され、前記駆動モジュールを制御して、駆動される前記少なくとも1つのクリーニングユニットを前記プレート上で移動させるコントロールシステムと、 を備え、 前記少なくとも1つの空間は第1空間と第2空間とを含み、 前記少なくとも1つのクリーニングユニットは、 前記プレートと前記第1空間を画定する第1クリーニングユニットと、 前記プレートと前記第2空間を画定する第2クリーニングユニットと、 を含み、 前記ポンプモジュールは前記第1空間及び前記第2空間と連通し、前記第1空間及び前記第2空間に負圧を形成させ、前記駆動モジュールはリンクアームを含み、前記リンクアームは前記第1クリーニングユニット及び第2クリーニングユニットの間に接続され、前記駆動モジュールが前記第1クリーニングユニット及び第2クリーニングユニットのうちの少なくとも1つを回転させ、 第1期間において、前記駆動モジュールは前記第2クリーニングユニットを第1の回転方向に沿って回転させ、前記第2クリーニングユニットと前記リンクアームとの間に第1トルクを発生させ、前記第1トルクにより、前記リンクアームを前記第1の回転方向と反対の第2の回転方向に揺動させる、 クリーナー。 |
権利者は、無効審判中に上記の請求項1を訂正し、その最終段落に、登録時の請求項2に記載の特徴を追加しました。訂正後の請求項1の最終段落は以下の通りです。
第1期間において、前記駆動モジュールは前記第1クリーニングユニットを回転させず、且つ、前記第2クリーニングユニットを第1の回転方向に沿って回転させ、前記第2クリーニングユニットと前記リンクアームとの間に第1トルクを発生させ、前記第1トルクにより、前記リンクアームを前記第1の回転方向と反対の第2の回転方向に揺動させる、クリーナー。 |
この最終段落は、本件特許に係るクリーナーの移動の特徴を規定しています。以下の図3に示されるように、2つのクリーニングユニットW1及びW2のうち、W1を回転させない状態で、W2を第1方向(即ち、図のd1方向)に回転させると、W2とリンクアームARMとの間にd1方向と反対向きの第1トルクT1が発生し、W2はW1を軸にしてd2方向に回転します。その後、今後はW2を回転させずW1のみを回転させれば、W1はW2を軸としてd1方向に回転します。このようにして、クリーナー全体は少しずつ、d3方向へ移動します。
主な争点に対する判断
本件二審審理における争点は、(1)趙氏は訂正後の請求項に基づく権利行使をすることが可能か、(2)邦米社の行った従来技術の抗弁は成立するか、の2点でした。また、一審では更に、(3)邦米社の製品に自社のブランドロゴを貼り付けて販売した佩蒂社の行為は侵害責任を負うべきか、(4)オンラインモールを運営する京東社は侵害責任を負うべきか、についても判断されました。以下、各争点に対する裁判所の判断を紹介します。
(1)訂正後の請求項に基づく権利行使について
中国の専利法では、無効審判中にのみ、登録後の請求項の訂正が認められています。無効審判中に許される訂正の方式も、従来は、(1)請求項又は請求項内の並立する選択肢の削除、(2)従属請求項どうしの合併のみに制限されていました。これについては、2017年の専利法審査基準改正により、(1)請求項又は請求項内の並立する選択肢の削除に加えて、(2)明らかな誤記の訂正、及び(3)請求項の更なる限定、が認められることになりました。
本件特許に対して行われた訂正は、(3)の請求項の更なる限定に当たります。登録時の請求項2は、「前記駆動モジュールは、前記第1クリーニングユニットを回転させず、前記第1クリーニングユニットと前記リンクアームとの間に第2トルクを加えて前記リンクアームを前記第2の回転方向に揺動させる、請求項1に記載のクリーナー。」でした。特許権者は、このうちの「前記駆動モジュールは前記第1クリーニングユニットを回転させず」との特徴を、請求項1に加える訂正を行いました。
これに対し、上訴人の邦米社は、本件特許の侵害訴訟提起時の請求項1は、無効審決により遡及的に消滅しており、請求項1の訂正は侵害行為の発生後になされたことであって遡及効を有しないため、趙氏は訂正後の請求項1に基づく権利行使をすることはできない、と主張しました。
一審及び二審の判決は、いずれもこの邦米社の主張を否定しました。その理由について、二審判決は、「特許制度は、特許発明の公開と引き換えに特許権に一定期間内の独占的な保護を与えることにより、特許権者と一般公衆との利益の平衡を実現するものである。特許権者が無効審判過程において、『請求項の更なる限定』の方式で請求項を訂正し、訂正後の請求項が実質的に元の請求項の保護範囲を減縮したものである場合、元の請求項の保護範囲は事実上、訂正後の保護範囲より広いことはない。特許権の登録後、元の請求項が訂正される前にも、一般公衆は既に元の請求項の保護範囲を回避する義務を負っていたのであり、元の請求項の権利範囲内の発明を許可なく実施することはできなかった。特許権の無効審判制度は、権利者に『請求項の更なる限定』という方式で請求項を訂正する権利を与えており、国家知識産権局がこの訂正後の請求項に基づいて権利を有効に維持した場合、訂正後の請求項の保護範囲は、事実上、減縮されたものである。よって、一般公衆が本来負担していた回避義務を更に増大させるものではなく、このような状況において、許可なく訂正後の請求項に記載の発明を実施する行為は、当然に本件特許権の侵害を構成する。特許権者に訂正後の請求項に基づく権利行使が認められないとすれば、登録日から訂正後の請求項に基づく維持審決の日までの期間において、特許権者は特許権の保護を受けることができなくなり、このようなことは、特許による保護の基本原則に反することは明らかである。」と述べています。
(2)文献公知と公然実施の組み合わせによる従来技術の抗弁について
上訴人の邦米社は、(1)ドイツ特許出願公開第10314379号明細書(出願日:2003年3月29日、公開日:2004年10月21日、発明の名称「自走式装置」)、(2)2010年10月にドイツのニュルンベルク市で開催された展示会へのWinbot-68製品の出展記録、及び(3)2011年7月10日の「連合報」に掲載された趙氏の窓清掃ロボットに関する記事を証拠として、従来技術の抗弁を行いました。
これについて、一審判決では、(1)のドイツの特許文献では、審判請求人の指摘する図5を参照しても、2つのクリーニングユニットが交互に回転し、一方が回転しない状況において、他方のクリーニングユニットが回転した際に、その回転方向と反対の方向に移動するという本件発明の特徴を開示していないと判断しました。
また、(2)の展示会の出店記録及び(3)の「連合報」については、いずれも製品の具体的な技術内容を明らかにできておらず、「公然実施」には当たらないと指摘しました。
更に、二審判決では、上記証拠(1)の特許文献と(2)の展示会記録の組み合わせについて、「従来技術の抗弁における従来技術とは、一項の完全な従来技術、又は従来技術と公知常識/慣用技術の簡単な組み合わせを意味しており、邦米社の特許文献と公然実施との組み合わせに基づく従来技術の抗弁は、法律に規定された従来技術の抗弁の対比方法に合致していない。」と指摘し、邦米社による従来技術の抗弁を退けました。
従来技術の抗弁について、中国の専利法第67条では、「専利侵害紛争において、被疑侵害者が、その実施する技術又は設計が従来技術又は従来設計に属することを、証拠をもって証明できる場合、専利権侵害を構成しない。」と規定しています。また、その詳細は、最高人民法院による2009年の司法解釈第14条に、「専利権の保護範囲に属すると訴えられた全ての技術的特徴が、一項の従来技術における対応する技術的特徴と同一又は実質的相違が無い場合、人民法院は、被疑侵害者が実施する技術が、専利法第67条に規定の従来技術に属すると認定しなければならない。」と規定しています。
本件の二審判決では、この「一項の従来技術」との要件が協調・確認されたことになります。
なお、二審判決では更に、両者が組み合わせられない理由として、(2)の展示会記録におけるWinbot-68製品が、(1)の特許文献に開示されたのとは異なる「磁気吸収」原理を採用していることも指摘しています。
(3)製品に自社ブランドロゴを貼り付けた販売者の侵害責任について
本件において、佩蒂社は、京東社の運営する京東モール上の「OKBEARフラッグシップ店」において、自らの登録商標「OKBEAR」を付した自走式窓掃除ロボットを販売していました。
これについて佩蒂社は、専利法第77条の「権利者の許諾を経ずに製造販売された専利侵害製品であるとは知らない製品を、業として使用、販売の申し出又は販売した者は、当該製品の合法的な出所を証明できる場合、賠償責任を負わない」との規定に基づいて、いわゆる「合法的な出所の抗弁」を行いました。
しかしながら、一審裁判所は、佩蒂社が邦米社への製品発注時に「製品及び包装に何のロゴも付けない」ことを要求した上で、製品に「OKBEAR」ロゴを貼り付けて販売したことを指摘しました。その上で、侵害製品の設計図や構造は、佩蒂社が提供又は要求したものとは確定できないが、佩蒂社が侵害製品に自らのロゴを貼って販売した行為は、自らが侵害製品の製造者及び販売者であると表明する行為であり、一般的な販売者の行為の範疇を超えていると判断しました。そのため、一審裁判所は、佩蒂社の「合理的な出所の抗弁」を退け、同社に対し、邦米社と連帯して損害賠償責任を負うことを命じました。
なお、邦米社の関連会社である一審被告の邦浩社については、本件侵害製品へ製造・販売等への関与の証拠がないとして、損害賠償責任を免れました。
(4)オンラインモール運営者の侵害責任について
本件侵害製品が販売されていた京東モールの運営者である京東社は、趙氏の代理人からの弁護士書簡を受け取った際、佩蒂社にこれを転送し、弁護士書簡に記載されていた侵害リンクアドレスを削除しました。一審判決は、京東社が、ネットワークサービスプロバイダがとるべき合理的な管理・協力義務を果たしていると判断し、趙氏の京東社に対する損害賠償請求を支持しませんでした。
なお、ネットワークサービスプロバイダの責任については、民法典第1195条第1-2項に、「ネットワークユーザがネットワークサービスを利用して侵害行為を実施した場合、権利者はネットワークサービスプロバイダに対し、削除、ブロック、リンク切断等の必要措置を取るよう通知する権利を有する。通知は侵害成立の初歩的な証拠及び権利者の真実の身分情報を含まなければならない。ネットワークサービスプロバイダは、通知の受領後、直ちに関連するネットワークユーザに当該通知を転送し、侵害成立の初歩的な証拠及びサービスの類型に応じて必要な措置をとらなければならない。適時に必要な措置を取らない場合、損害の拡大部分について当該ネットワークユーザと連帯責任を負う。」と定められています。京東社は、ここに規定された義務を果たしていたため、侵害に対する連帯責任の負担を免れました。
コメント
本件二審判決では、訂正後の請求項に基づく権利行使について、最高人民法院知財法廷の考え方が示されました。具体的に、中国の侵害訴訟では、2017年の特許審査基準改正で導入された「請求項の更なる限定」の方式により訂正された後の請求項について、訂正前の侵害行為に対しても権利行使が認められることが明確にされました。
請求項の訂正について、日本では訂正後のクレームで原特許が発行されたものとみなされるため、訂正前の第三者の行為が訂正後の請求項を侵害する場合、訂正前の第三者の行為に対しても損害賠償を請求することができます。本件判決も、この日本の訂正制度と同様の考え方に基づくものです。これに対し、米国の制度では、訂正前の請求項は当初から存在しなかったとみなされるため、たとえ訂正前の第三者の行為に対するものであったとしても、権利行使に利用することができません。また、訂正後の請求項は、訂正後の行為に対する権利行使にのみ利用可能です。本件被告の主張は、このアメリカの訂正制度を念頭に置いたものとも思われますが、最高人民法院に明確に否定されました。
また、公知技術の抗弁については、特許文献と、関連する製品の公然実施証拠との組み合わせによる抗弁は認められないことが示されました。この点は、今後の実務の参考になる判断と思われます。ただし、本件判決では、公然実施された製品が、特許文献に記載された発明とは異なる特徴を有することが指摘されています。仮に、公然実施された製品が、特許文献に記載された発明の実施品と認められた場合、特許文献と公然実施証拠との組み合わせが「一項の従来技術」と認められ、これに基づく従来技術の抗弁が成立するかについては、疑問が残るところです。
更に、仕入れた侵害製品に自社のロゴを貼って販売する者には、善意の販売者としての「合理的な出所の抗弁」が認められないと判断されたのも興味深い点です。その理由について、判決では、当該行為は、販売者としての行為の範疇を超えていると指摘しています。即ち、製品に自社のブランドロゴを貼り付けるという、製造行為に準じる行為を行う時点で、他社権利の侵害を回避する注意義務が発生し、それを怠った場合には、「合理的な出所の抗弁」、即ち、侵害行為に対し無過失であるとの抗弁は認められない、との判断と思われます。中国の侵害訴訟では、この「合理的出所の抗弁」があるために、販売者の侵害責任を問うのが難しい場面がありますが、本件一審判決の上記判断は妥当なものと考えます。
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