ブログ
【労働法ブログ】取引先等の他社(従業員)に対する秘密管理と偽装請負
2023.06.01
はじめに
業務委託等において、委託企業から受託企業に対し、委託企業の秘密情報を提供せざるを得ない場合があります。
委託企業としては、秘密保持条項(契約)により、受託企業に秘密保持義務を負わせることは当然ですが、さらに、その実効性を高めるべく、受託企業内で当該情報に接する個々の従業員に対しても、直接、秘密保持の誓約をさせたり、秘密管理のための指示等を行ったりしたいと考えるでしょう。
しかし、そのような行為については、いわゆる「偽装請負」リスクとの関係で慎重な検討を要します。
判断ポイント
ここでは、偽装請負とは何か、その場合のリスク等の説明は割愛しますが、平たく申し上げれば、取引先(つまり他社)の従業員に直接指揮命令を及ぼすと、「偽装請負」として違法(刑事罰あり)になってしまうおそれがある、ということです。
しかし、秘密管理、施設管理、安全衛生管理等の目的で、取引先やその従業員に対して、それらの目的を達成するために必要なルールを適用したり、その管理・指示等をしたりすることが全くできなくなるわけではないと考えられます。
とはいえ、そのような目的があったとしても、取引先企業を介さずに、取引先従業員個人個人に対して直接、連絡や指示等をすることは、「偽装請負」リスクを高めますので、どのような範囲・事項についてどのような方法で進めていくかは、別途検討を要するところです。
偽装請負となるような業務委託とそうでない業務委託の区別の基準については、「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準を定める告示」(昭和61年4月17日労働省告示第37号)及び「労働者派遣事業関係業務取扱要領」(厚生労働省職業安定局、最終改正:令和5年4月)が参考になります。
概要としては、①業務遂行方法の管理、②業務遂行評価の管理、③労働時間の管理、④時間外休日労働の管理、⑤服務上の規律の管理、⑥労働者の配置の決定、⑦資金の支弁、⑧事業主としての法律上の責任、⑨機械設備機材の調達又は企画力・専門技術・経験の提供、⑩労働者派遣法違反を免れるために故意に偽装したものではないことが判断要素・ポイントとして挙げられます。
具体例
以下のとおり、委託企業の秘密情報の管理のために真に必要な事項については、適宜受託企業を巻き込みながら進めることで、「偽装請負」リスクを高めないかたちでの対応が十分可能であると考えます。
(1)作業担当者や管理体制の報告を受けること
秘密管理体制やその状況を確認する等の目的のために、作業担当者の氏名や情報管理体制につき報告を受ける(報告するよう求める)ことは、それ自体として直ちに「偽装請負」リスクを高めるわけではないと考えられます。
しかしながら、委託企業側が、積極的に、作業担当者の能力・知見その他の属性に着目してその特定・限定等を行おうとしたり、具体的な人員配置や業務遂行に口を出したりすると、委託企業が「労働者に対する業務の遂行方法に関する指示その他の管理」を行っているとして「偽装請負」と判断されてしまうおそれがありますので(※厚生労働省「『労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準』(37号告示)に関する疑義応答集(第2集)」(以下「疑義応答集第2集」といいます。)問6、問12参照)、控えるべきでしょう。
なお、情報管理を含めた業務遂行上のミス・不備やトラブル等について報告を受けることも、業務委託契約との関係で必要なものである限り、差し支えありません。
(2)秘密保持誓約書を提出させること
各作業担当者(個人)から、委託企業宛ての秘密保持誓約書を提出してもらうことについても、それが秘密保持のために必要である限り、それ自体として直ちに「偽装請負」リスクを高めるわけではないと考えられます。
ただし、各人に対する誓約書提出の指示・要請は、あくまで受託企業から行われるべきであり、受託企業からの指示・要請に基づかずに、委託企業が直接各人にそういった指示・要請を行ってしまうと、委託企業が「労働者に対する業務の遂行方法に関する指示その他の管理」を行ったとされ、又はそのような管理を行い得る状況にあることを窺わせる事情として評価されるおそれがあり、「偽装請負」リスクを高めることになりますので、要注意です。
(3)作業場所を指定すること
秘密管理等のために、作業場所として、例えば委託企業オフィス構内の一角を指定することがありますが、両社の従業員が近接していると、混在して(協働して)業務を遂行するといった実態が生じやすく、その場合、業務上及び指揮命令上の独立性が失われ、「偽装請負」リスクを大きく高めてしまうことになります。
他方、物理的には近接していても、実質的にはそれぞれ独立して業務遂行できる場合や、作業スペースが衝立などで客観的に区分され、各作業担当者が受託企業側の責任者の管理下にあることが確立されているような場合であれば、業務上及び指揮命令上の独立性はなお失われないと考えられます。
とはいえ、特段の必要性もなく近接した場所で作業していると、外観上どうしても「偽装請負」の疑義が生じやすいところですので、作業場所を指定すべき趣旨・目的につき十分整理した上で、上記のような対策と併せて検討していくべきと考えられます。
※受託企業側の独立性の確保の観点からすると、上記のような作業場所のほか、後記のように施設・設備等を提供(貸与・支給)するときは、両社対等の立場で契約を締結する形式をとり、原則として有償とし、その占有・使用権限その他契約条件等を明確にした書面を作成しておくこと(業務委託に係る契約書内にそのような条項を設けておくことでも足ります。)が望ましいと考えられています。
(4)PC、USBメモリその他の使用機器等を指定すること
受託企業は、自らの独立した仕事として業務を遂行すべきであって、委託企業側に対して単に労務の提供を行う(その指揮命令に従って動く)ものではありません。そのような業務遂行上の独立性の確保の観点から、「自ら提供する機械、設備、器材(業務上必要なる簡易な工具を除く。)若しくはその作業に必要な材料、資材を使用し又は企画若しくは専門的な技術若しくは専門的な経験を必要とする作業を行うものであつて、単に肉体的な労働力を提供するものでないこと」(職業安定法施行規則第4条第1項第4号、前掲告示第2条第2号ハ(1)参照)が、重要なポイントになります。
しかし、秘密管理の必要性がある限り、例えば、委託企業のシステムにアクセスできるPCや、委託企業のセキュリティ要件を満たす機器・媒体等を、委託者側で準備し、受託企業に提供し、各作業担当者にそれらを使用させることのみでは、上記の独立性を失わせるものではないと考えられます。ただし、独立性を担保する観点から、上記(3)の作業場所と同様、趣旨・目的を十分整理し、契約書への明記等をすることが有用と考えます。
(5)労働時間等を管理すること
委託企業側が、各作業担当者の労働時間、休憩、休日等に関する指示・管理、残業等の指示・管理を行うことは、「労働時間等に関する指示その他の管理」を行うことになるため、基本的には許されないと考えられます。
しかし、秘密管理のために、委託企業から受託企業に業務遂行に必要となる施設や備品等を提供している場合において、それら施設・備品等それ自体に対する管理の反射的効果として、受託企業に対して、作業日・時間帯等に関する制約を課し、その管理のために、事後的に制約の遵守状況を調査・確認することは、一定程度許容されると考えられます。
(6)服務規律の適用等
委託企業から受託企業に業務遂行に必要となる施設や機器・備品等を提供している場合において、それらの管理、災害事故防止、警備、機密保持等の理由から、服務規律上、相応の制約を課すことは許容され得るところと考えられます。例えば、厳格な入退場管理の必要性が認められるケースにおいて、作業担当者に名札を付けさせ、入退場証を装着させること等も許容され得るところでしょう。
ただし、このような「労働者の服務上の規律に関する事項についての指示その他の管理」を行うのは、あくまで受託企業自身であり、受託企業からの指示等に基づかずに(とりわけ受託企業の了解を得ずに)、委託企業から直接作業担当者に指示等を行わないようにする必要があります。
Member
PROFILE