ブログ
【裁判例】2023年の商標裁判例を振り返る
2024.02.28
はじめに
本稿では、2023年(令和5年)の商標に関する裁判例を概観する。裁判所ウェブサイトの裁判例検索システムにおいて、2023年(令和5年)1月1日から同年12月31日までの期間について「商標権」を権利種別として検索した結果を対象とするものであり、「不正競争」は検索対象外である。
全体の概観
2023年の商標に関する裁判例は63件であり、前年2022年(令和4年)の56件から増加したが、ここ数年は50~60件台で安定した推移をみせており、特に顕著な変化はみられない。
事件別の内訳は次のとおりである。以下、民事訴訟(主に商標権侵害訴訟)と行政訴訟(審決等取消訴訟)に分けて裁判例を概観する。
民事訴訟関係
民事訴訟(主に商標権侵害訴訟)は25件あり、そのうち商標権侵害が認められたものは18件、非侵害とされたものは7件であった。
知財高(2)判令5.12.26[バレないふたえ事件]は、「二重瞼形成用化粧品、瞼整形用ストレッチテープ」等を指定商品とする「バレないふたえ」及び「バレない/ふたえ(上下二段)」の商標権を有する原告が、「バレナイ/二重(上下二段)」を使用する被告に対して商標権侵害による差し止め、損害賠償等を求めた事案において、原審が「何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用」(商標法26条1項6号)に当たらないとして請求を棄却したのに対し、知財高裁は商標の類否について判断し、「「バレないふたえ」及び「バレナイ二重」という表現そのものは、本件化粧品の品質及び効能に関するありふれた表現であるから、当該表現による出所識別機能は、かなり限定的」であり、加えて、「本件商標及び被告標章の使用態様も併せ考慮すると、本件化粧品に係る需要者は、一般に、商品又はその包装等において、商品の出所を識別し得る外形的な表示(視認することのできる文字、模様、色彩等)の具体的態様に従って、商品(本件化粧品)の出所を識別している」との取引の実情に基いて、両商標の称呼、観念は同一であるものの、外観の相違により非類似との結論を導いた。
大阪地(21)判令5.12.19[熱中対策応急キット事件]は、「サプリメント、カード式温度計」等を指定商品とする「熱中対策応急キット」の商標権を有する原告が、当該指定商品に該当する商品を一つのセットとして「熱中対策応急キット」の名称で販売した被告に対し商標権侵害の訴えを提起した事案において、原告の商標登録は無効理由に該当するとの被告の主張を認めて、「「熱中対策」の語は、本件査定日の時点で、「熱中症対策」との意味でも一般的に理解され、「熱中対策応急キット」の語は、熱中症の対策又は応急処置に用いる物品一式ないしそのような物品を含む商品との意味を有することが一般に認識されていた」とし、「商品の用途を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」(商標法3条1項3号)に該当し、無効とされるべきものであるから、商標権を行使することができないと判断された。
知財高(3)判令5.3.6[「丸忠山田」、「つなぎ館」事件]では、商標権侵害による差し止め及び損害賠償請求権等の行使を権利濫用とした原審の判断が維持された。親族間において長年にわたる商標使用の事実を知りながら、これを殊更に問題視することなく互いの事業を行ってきたにもかかわらず、商標出願から10年以上経過した後に、遺産分割協議という本件商標権とは何ら関係のない事柄をきっかけとして、商標権に基づく権利行使に及んだと認定されたものである。権利濫用の一般条項の適用事例の一つとして参考になる。
行政訴訟関係
行政訴訟(審決等取消訴訟)は38件あり、うち審決が維持されたものは30件で、審決が取り消されたものは8件であった。以下、識別力及び類似・出所混同の生ずるおそれが争点となった事案をそれぞれ概観する。
(1) 識別力(商標法3条1項各号)
識別力に係る商標法3条1項各号については、審決を取り消した唯一の事例として、知財高(2)判令5.9.7[くるんっと前髪カーラー事件]がある。本件商標「くるんっと前髪カーラー」に対する原告の無効審判請求を不成立とし、その識別力を認めた特許庁に対して、知財高裁は、本件商標は「丸く曲がった前髪を作るカーラー」を意味すると需要者等に認識され、商品(電気式のものを除くヘアカーラー)の効能等を述べたものに過ぎないとして、商標法3条1項3号に該当するとの判断を示した。
これまで単一の色彩のみからなる商標の登録が認められたケースはなく、以下の2つの事例が注目されたが、いずれも商標法3条2項の使用による識別力の獲得は認められなかった。
知財高(4)判令5.1.31[女性用ハイヒール靴の靴底部分に付した赤色事件]では、単色の色彩(赤色)のみからなり、その色彩を付する位置を女性用ハイヒールの靴底に特定した商標(図1)について、「ラグジュアリーブランドに関心のある女性を中心にした一定の需要者には、「靴底が赤い」女性用ハイヒール靴は原告ブランドを指すものと認識されているといえる」としつつも、本願商標の構成態様は特異なものとはいえないこと、原告の靴の中敷きに付された「Christian Louboutin」の文字からなるロゴによって出所が認識され得ることは否定できないこと、原告以外の複数の事業者が本願商標の色彩と同系色である赤色を靴底に使用した女性用ハイヒール靴を販売していたこと、及びアンケートの調査結果から推認される本願商標の認知度は限定的であること等を総合考慮して、「公益性の例外として認められる程度の高度の自他商品識別力を獲得している(独占適応性がある)と認めることができない」とした。
(図1)
知財高(2)判令5.1.24[ごく暗い赤(色彩のみからなる商標)事件]は、指定商品「鉛筆(色鉛筆を除く。)」について輪郭のない単一の色彩(ごく暗い赤)のみからなる商標(図2)の登録を求めた事案において、「原告商品(ユニ、ハイユニ又はユニスターと称する鉛筆)は、需用者の間において、相当程度の認知度を有している」ことは認めつつも、「原告商品には本願商標のみならず他の色彩及び文字も付されているところ」、「本件指定商品である鉛筆を含む筆記用具について、ボルドー及びバーガンディーを含む本願商標の近似色が広く使用されている実情も併せ考慮すると、原告商品に触れた需要者は、本願商標のみから当該原告商品が原告の業務に係るものであることを認識するのではなく」、また、アンケート調査の結果も「本願商標のみから原告やユニシリーズを想起する需用者は、比較的鉛筆に親しんでいる者に限ってみても、それほど多くないといわざるを得ない」として、「本願商標のみをもって、これを原告に係る出所識別標識として認識するに至っていると認めることはできない」とした。
(図2)
また、知財高(2)判令5.8.10[黄色のステッチ(位置)事件]では、靴の上部とソール(靴底)部分が接した境界部分の領域に靴の外周に沿って配された黄色の破線状の図形からなる位置商標(図3)について、「本願商標は、全体が黒色の革靴又はブーツに用いられた場合には、視認性が高く目を引く部分である」とし、「少なくとも黒い革靴に用いる場合には、本願商標は相当程度の認知度を得ているということができる」と述べつつも、「それ以外の色の革靴及びブーツに用いられる場合の本願商標の認知度が高いと認めるに足りる証拠はないというほかない」とし、「本願商標の願書の記載によると、下地が黒色であることは本願商標の範囲に含まれるものではないから、アウトソール及びウェルトが黒色である場合の本願商標の認知度をもって、本願商標自体の認知度を評価することは相当ではない」として、本願商標の使用による識別力の獲得を認めなかった。
(図3)
その他には、知財高(4)判令5.8.31[熟成鰻事件]、知財高(3)判令5.9.6[梅水晶事件]、知財高(2)判令5.9.7[池上製麺所事件]、知財高(4)判令5.9.28[ラース/RaaS事件]、知財高(4)判令5.10.12[athlete chiffon事件]、知財高(3)判令5.10.25[睡眠改善メソッド事件]、知財高(4)判令5.11.30[ブランディングDX事件]、知財高(4)判令5.12.21[電気スイッチ事件]で、識別力を認めない判断が示された。
(2) 類似・出所混同を生ずるおそれ(商標法4条1項11号、15号他)
商標の類似あるいは出所混同を生ずるおそれ(商標法4条1項11号、15号他)に関するものは、全22件である。拒絶査定不服審判における拒絶審決の取消訴訟で、審決取消となったのは14件中2件のみである。一方、当事者系である無効審判の審決取消訴訟(及び異議決定取消訴訟)は8件で、うち半数の4件で審決取消となった。
知財高(4)判令5.1.17[AROUSE事件]は、引用商標「Arouge及び図形」の権利者が、本件商標「AROUSE」と引用商標とが類似する等の理由により本件商標の無効審判を請求したところ、特許庁が無効不成立としたため、審決取消訴訟を提起した事案である(表1)。知財高裁は、本件商標から生じる「アロウゼ」又は「アラウゼ」の称呼と、引用商標から生じる「アロウジェ」又は「アラウジェ」の称呼は酷似するとし、特許庁の判断を覆し、商標法4条1項11号に該当するとした。本判決では、外観上も「本件商標はその構成文字中の5字が大文字で表されているのに対し、引用商標2ないし4は語頭の文字以外は小文字で表されているとの差異はあるが、商標の使用に当たっては、書体の相違やアルファベットの大文字・小文字の相違があっても同一の称呼を生じる場合は社会通念上同一の商標とみなされるのであるから(商標法38条5項かっこ書、50条参照)、上記のとおり両商標が酷似する称呼を生じる場合がある以上、このような相違を殊更に重視すべきものではない。本件商標及び引用商標はいずれも6文字と同じ文字数で構成されており、文字数が僅少とはいい難いところ、文字の相違は語中の5文字目のみが相違するというのであるから、5文字目が全体に埋没して、外観上、両商標を見誤ることも多いとみるのが相当である」としたのは、やや踏み込んだ印象がある。
(表1)
知財高(2)判令5.3.9[朔北カレー事件]は、本願商標「朔北カレー」の拒絶審決の取消を求めた事案で、引用商標「サクホク」との類否が争点となったものである。判決は、本願商標から「朔北」の部分のみを抽出して他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるとしつつ、「朔北」と引用商標「サクホク」を比較すると、「称呼が共通するものの、外観及び観念は明確に異なっているところ、需要者、取引者が「朔北」から引用商標である「サクホク」や引用商標の権利者を想起するというような取引の実情はなく、また、本願商標及び引用商標の指定商品において、需要者、取引者が、専ら商品の称呼のみによって商品を識別し、商品の出所を判別するような実情があるものとは認められず、称呼による識別性が、外観及び観念による識別性を上回るとはいえないから、本願商標及び引用商標が同一又は類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるとはいえない」として、商標法4条1項11号に該当しないと判断した。審決では「朔北」も「サクホク」も共に特定の観念を生じないとされたのに対し、本判決では、「朔北」は「北の方角」「北方の地」の観念を生じるものであるのに対し、「サクホク」は、辞書等に掲載されていない造語であって、特定の観念を生じないものであるから、観念が明らかに異なると判断された点が結論に影響を与えたと考えられるが、この本判決の判断には異論もあるところである。
知財高(4)判令5.11.30[VENTURE事件]は、本願商標「VENTURE」(標準文字)の拒絶審決の取消を求めた事案で、引用商標「遊/VENTURE」との類否が争点となったものである(表2)。本判決は、結合商標の分離観察が許される場合として、「商標の外観等に照らし、商標全体としての構成上の一体性が希薄で、取引者、需要者がこれを分離して理解し、その一部を略称等として認識する結果、当該構成部分が独立した出所識別標識としての機能を果たすと考えられる場合」を挙げた上で、本願商標については「文字の大きさの違いからくる「遊」の文字部分の圧倒的な存在感に加え、書体の違いからくる訴求力の差、全体構成における配置から自ずと導かれる主従関係性といった要素」や「称呼及び観念において一連一体の文字商標と理解すべき根拠も見出せない等の事情」も踏まえて、「遊」の文字部分を略称等として認識し、これを独立した出所識別標識として理解することもあり得るが、他方で「VENTURE」の文字部分は、「商標全体の構成の中で明らかに存在感が希薄であり、従たる構成部分という印象を拭えず」、「引用商標の略称等として認識するということは、常識的に考え難い」として、「VENTURE」を要部とは認定せず、結論として本件商標は商標法4条1項11号に該当しないとした。分離観察の許される場合として、上記の例示は目新しく興味深い。
(表2)
その他、原告である引用商標「OIOI」の権利者が、本件商標「5252byO!O!」の登録無効を求めた事案で、本件商標中の「O!O!」を要部として抽出した上で、引用商標と類似すると判断した知財高(1)判令5.12.4[5252byO!Oi事件]がある(表3)。
(表3)
以上
Member
PROFILE