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【中国】【特許】実施細則・審査基準改正(2023.12.21)-3コンピュータソフト・AI関連発明審査基準
2024.03.05
本改正の概要
中国国務院は、2023年12月21日、専利法実施細則の改正条文を公表し、同日、中国国家知的財産局(CNIPA)は、専利審査基準の改正内容を公表しました。
今般の審査基準の改正は、主に、2021年6月1日から施行されている第4回改正専利法での改正事項に関連する審査基準を追加・改訂するものですが、それ以外に、専利法の改正とは直接関係のない内容に関する審査基準の改正も含まれます。コンピュータソフト・AI関連発明に対する審査基準の改正もその一つです。
先日の実施細則改正内容の速報、(1)特許期間調整(PTA)制度に関する改正点の説明、及び(2)遅延審査制度に関する改正点の説明に続き、本稿では、審査基準改正後のコンピュータソフト・AI関連発明に関する審査基準の全体像をご紹介します。
コンピュータソフトウェア・AI関連発明の審査基準について
中国の審査基準では、実体審査について規定する第二部分の中に、第9章として独立した「コンピュータプログラム関連発明の特許出願の審査に関する規定」が設けられています。この第9章には、2020年2月に、「第6節 アルゴリズム又はビジネスモデルの特徴を含む特許出願の審査関連規定」が追加されました。これは当時、「AI・ブロックチェーン関連発明の審査基準」として話題になったものです。
今般の審査基準の改正では、この第6節を含む第二部分第9章全体に対し、比較的大きな変更がなされました。主な改正ポイントは以下の通りです。
①「コンピュータプログラム製品」のクレームが特許権の保護対象とされた。
②アルゴリズム又はビジネスモデルの特徴を含む発明が保護適格性(専利法第2条第2項)を満たす条件が明記され、関連の事例が補充された。
③アルゴリズム又はビジネスモデルの特徴が新規性・進歩性の判断において考慮される基準が明記された。また、進歩性判断において、ユーザ・エクスペリエンスの向上が、技術的効果と共に考慮されることが明記された。更に関連の事例が補充された。
発明のカテゴリについて
中国においてコンピュータソフトウェア関連発明に使用できる主な発明のカテゴリは、従来、「方法」、「装置/システム/設備等」、及び「コンピュータ可読記憶媒体」でしたが、今般の改正により、「コンピュータプログラム製品」の請求項も認められることになりました。
審査基準において、「コンピュータプログラム製品」は、「主にコンピュータプログラムを通してその解決方案が実現されるソフトウェア製品」と定義されています。日本の審査基準では、「プログラム製品」の請求項は、ソフトウェアを指すのか記憶媒体を指すのか不明であるため不明確な記載とされますが、中国の審査基準では、物品の一種であることを明確にするために、「プログラム(中国語:程序)」ではなく「プログラム製品(中国語:程序製品)」と記載する必要がある点には、注意が必要です。
なお、この改正に伴い、審査基準に、以下のクレーム作成例(事例4)が追加されました。このうち、請求項4が「コンピュータプログラム製品」クレームの記載例です。
事例4 「画像ノイズの除去方法」に関する特許出願は、以下の方法により、方法、装置、コンピュータ可読記憶媒体及びコンピュータプログラム製品の請求項として記載することができる。
1.画像のノイズ除去方法であって、
2.メモリと、プロセッサと、メモリに記憶されたコンピュータプログラムとを含むコンピュータ装置/設備/システムであって、前記プロセッサが前記コンピュータプログラムを実行して、請求項1に記載の方法のステップを実現することを特徴とするコンピュータ装置/設備/システム。
3.コンピュータプログラム/命令を記憶したコンピュータ可読記憶媒体であって、前記コンピュータプログラム/命令が前記プロセッサにより実行された際に、請求項1に記載の方法のステップを実現することを特徴とするコンピュータ可読記憶媒体。
4.コンピュータプログラム/命令を含むコンピュータプログラム製品であって、前記コンピュータプログラム/命令が前記プロセッサにより実行された際に、請求項1に記載の方法のステップを実現することを特徴とするコンピュータプログラム製品。 |
保護適格性について
中国のコンピュータソフトウェア関連発明に対する保護適格性の審査では、まず特許法第25条に規定された「特許法の保護対象」に該当するか否かが判断され、この要件を満たす場合、更に、特許法第2条第2項に規定の「発明」に該当するか否かが判断されます。
(1)特許法第25条の審査
特許法第25条第1項第2号には、「知的活動のルールと方法」には特許権を付与しない旨が規定されています。審査基準では、コンピュータソフトウェア関連発明が「知的活動のルールと方法」に該当すると判断される類型として、①アルゴリズム又は数学計算のルールに過ぎないもの、②コンピュータプログラムそのもの、又は媒体に記憶されたコンピュータプログラムそのもの、③ゲームのルール及び方法等、④ビジネスのルール及び方法そのもの、が挙げられています。
ただし、請求項に記載の発明が、知的活動のルール及び方法を含むとしても、同時に技術的な特徴をも含む場合には、全体として、特許法第25条第1項第2号に規定の「知的活動のルール及び方法」に該当しないと判断されます。例えば、請求項にゲームのルールが記載されているとしても、当該発明が技術的特徴をも含んでいれば、特許法第25条の要件を満たすと判断され、出願は、特許法第2条第2項に関する審査へと進むことになります。従って、この特許法第25条の要件を満たすハードルは、それほど高いものとは言えません。
(2)特許法第2条の審査
特許法第2条第2項には、発明の定義が、「発明とは、製品、方法又はその改良について提起された新たな技術方案をいう。」と規定されています。コンピュータソフトウェア関連発明が当該要件を満たすか否かは、いわゆる技術三要素の有無、即ち、プログラムが実行される目的が「技術的課題」の解決であり、プログラムを実行することにより行われる外部又は内部の対象に対する制御又は処理が、自然法則に従った「技術的手段」であり、それによって自然法則に合致した「技術的効果」が得られるか否かにより判断されます。
審査基準では、通常のコンピュータソフトウェア関連発明において、以下の3つの類型は、特許法第2項第2項の要件を満たすとしています。
①コンピュータプログラムを用いて製造・測定・テスト等の工程を制御する発明
②コンピュータシステムの内部性能の改善のために、該コンピュータシステムの各構成部分に対し自然法則に従った設定・調整を行い、自然法則に合致したコンピュータシステムの内部性能の改善効果を得る発明
③外部の技術データを処理することを目的とし、自然法則に従って技術データに対する一連の処理を行い、自然法則に合致した技術データの処理効果を得る発明
アルゴリズム又はビジネスモデルの特徴を有する発明に対する審査基準では、このうちの②の類型について、今般の審査指南改正にて、「請求項に係る発明が、ディープラーニング、分類クラスタリング等のAI・ビッグデータ関連発明の場合、アルゴリズム、コンピュータシステムの内部構造と特定の技術的関係を有し、データ記憶量の低減、データ伝送量の低減、ハードウェア処理速度の向上等を含む、ハードウェアの演算効率又は実行効果の向上という技術的課題を解決することができ、これにより、自然法則に合致したコンピュータシステムの内部性能の改善という技術的効果を得る場合」に、特許法第2条第2項の要件を満たす、との記載が追加されました。また、類型②に該当するものとして、以下の事例が追加されました。
事例5:ディープニューラルネットワークモデルの訓練方法 発明の概要:
請求項:
分析及び結論: |
また、アルゴリズム又はビジネスモデルの特徴を有する発明に対する審査基準では、更に、上記③の「外部の技術データを処理することを目的とし、自然法則に従って技術データに対する一連の処理を行い、自然法則に合致した技術データの処理効果を得る発明」の類型について、「アルゴリズムにより処理されるデータが当該技術分野において確かな技術的意味を有しているなど、アルゴリズムの各ステップが技術的課題と密接に関連しており、アルゴリズムの実行が自然法則を利用して技術的課題を解決し、技術的効果を得る過程を直接示している」場合に、特許法第2条第2項の規定を満たすとされています。
更に、今般の審査指南改正では、「発明が特定の応用領域のビッグデータを処理しており、分類クラスタリング、回帰分析、ニューラルネットワーク等を利用してデータ中の自然法則に合致した内在的な相関関係をマイニングし、それにより、特定の応用領域のビッグデータ分析の信頼性又は正確性を向上するという技術的課題を解決し、対応する技術的効果を得る場合」に、特許法第2条第2項に規定の要件を満たすとの記載が追加されました。また、これに関連して3つの事例が追加されましたが、以下に、そのうち2つの事例を紹介します。
事例6:電子クーポン使用傾向の分析方法 発明の概要:
請求項:
分析及び結論: |
事例10:金融商品の価格予測方法 発明の概要:
請求項:
分析及び結論: |
事例6では、「閲覧時間が長く、検索回数が多く、電子クーポンを頻繁に使用する等のアクション特徴が、対応する種類の電子クーポンの使用傾向が高いことを示す」との相関関係が、自然法則に合致していると判断されました。そのため、外部データを処理して、このような相関関係をマイニングし、分析の正確性を高めるという技術内容が、技術三要件を満たし、特許法上の「発明」に該当すると認定されました。
これに対し、事例10では、「金融商品の履歴価格データと未来の価格データとの間」の相関関係について、金融商品の価格は経済学の法則に従って変動するものであり、自然法則に則って履歴データから予測できるものではないため、自然法則に合致したものとは言えないと判断されました。そのため、金融商品の価格予測方法は、全体として、特許法上の「発明」に該当しないと判断されています。
この2つの事例からは、上記③の「外部の技術データを処理することを目的とし、自然法則に従って技術データに対する一連の処理を行い、自然法則に合致した技術データの処理効果を得る発明」の類型に属する発明について、特許法第2条第2項違反の指摘を受けた場合には、処理対象となるデータ間の相関関係が自然法則に合致したものである、とのロジックに沿った主張が有効なことが理解できます。
発明の新規性・進歩性について
2020年2月に追加された「アルゴリズム又はビジネスモデルの特徴を有する発明の審査基準」では、新規性の判断において、技術的特徴と、アルゴリズム又はビジネスモデルの特徴(非技術的特徴)との両方を含む、発明の全ての特徴が考慮されなければならないことが規定されています。
また、進歩性の判断において、そのような二種類の特徴を含む発明におけるアルゴリズム又はビジネスモデルの特徴が、「技術的特徴と機能において互いに支持しあい、相互作用の関係を有する」場合に、当該アルゴリズム又はビジネスモデルの特徴を、技術的特徴と合わせた全体として考慮すべきことが規定されています。
これに加え、改正後の審査指南では、発明により「ユーザ・エクスピリエンスの向上」がもたらされ、且つ、この「ユーザ・エクスピリエンスの向上」が、技術的特徴によってもたらされる、或いは、技術的特徴と、「技術的特徴と機能において互いに支持しあい、相互作用の関係を有する」アルゴリズム又はビジネスモデルの特徴との共同によってもたらされる場合、進歩性判断において考慮されるべきことが明記されました。改正後の審査基準には、この点に関し、2つの事例が追加されましたが、そのうちの1つを以下に紹介します。
事例13:物流配送方法 発明の概要:
請求項:
分析及び結論: 本発明と引用文献1との相違点は、ユーザに注文商品の到着を一括通知することである。一括通知を実現するために、本発明では、サーバ、物流端末及びユーザ端末間のデータアーキテクチャ及びデータ通信方式の両方が相応に調整され、荷物ピックアップ通知ルール及び具体的な一括通知の実現方法は、機能において互いに支持しあい、相互作用の関係を有する。引用文献1に対し、本発明が実際に解決する技術的課題は、注文到着通知の効率を向上させ、それにより、荷物の配送効率を向上させることである。これにより、配達員の操作の利便性を高め、注文ユーザの荷物ピックアップ通知の受け取りをよりタイムリーにして、配送及び受け取り双方のユーザ・エクスペリエンスを向上させた。本発明は、注文到着通知の効率を高めることにより荷物の配送効率を高めるという技術的効果と、ユーザ・エクスペリエンスの向上とを実現することができ、この種のユーザ・エクスペリエンスの向上は、機能において互いに支持しあい、相互作用の関係を有するデータアーキテクチャ及びデータ通信方式の調整と、荷物ピックアップ通知ルール及び具体的な一括通知の実現方法とが共同でもたらしたものである。従来技術には、上記引用文献1を改良して本発明を得るための技術的示唆がなく、本発明は進歩性を有する。 |
事例13の発明は、荷物ピックアップ通知を一括送信するというアイデア(ビジネスモデルの特徴)に特徴があります。審査基準の分析によれば、荷物ピックアップ通知ルール及び具体的な一括通知の実現方法というビジネスモデルの特徴(非技術的特徴)に合わせて、システムにおけるデータアーキテクチャやデータ通信方式が調整されるため、ビジネスモデル特徴と技術的特徴との間に相互作用の関係が認められると判断されました。そのため、進歩性判断において、ビジネスモデル特徴が、技術的特徴と共に考慮され、発明全体としての進歩性が認められました。また、この例では、配送員及び受取人の「ユーザ・エクスペリエンスの向上」が、技術的効果と合わせて、進歩性を肯定する要素として評価されています。
上記からわかる通り、中国のコンピュータソフトウェア関連発明の進歩性判断における、アルゴリズム又はビジネスモデルの特徴(非技術的特徴)に対する扱いには、欧州特許庁のコンピュータ実装発明の審査基準における非技術的部分に対する扱いと類似する部分があります。しかしながら、上述したような最新の審査基準の記載及び事例からは、中国の審査では、アルゴリズム又はビジネスモデルの特徴が、ハードウェア特徴との間に相互作用の関係を有しており、それにより技術的効果又はユーザ・エクスピリエンスの向上がもたらされていると主張することで、アルゴリズム又はビジネスモデルの特徴(非技術的特徴)に基づく進歩性の主張が比較的受け入れられやすくなっていることが感じられます。
コメント
以上の通り、今般の審査基準改正により、中国でも「コンピュータプログラム製品」のクレームが認められることになりました。中国の審査基準改正は、通常、現在審査係属中の出願に対し、即日適用されます。そのため、現在係属中の出願においても、自発補正により「コンピュータプログラム製品」のクレームを追加すれば、そのような請求項の権利化が認められる可能性が高いと思われます。とは言え、国家知的財産局からは、改正審査基準の適用対象について明確な発表がないため、今後の実務の変化に注意が必要です。
また、新たな審査基準では、主にアルゴリズム又はビジネスモデルの特徴を有する発明について、保護適格性及び進歩性の判断基準が一層明確に示され、事例が追加されました。特に事例及びそれに対する国家知的財産局の「分析及び結論」は、中国でコンピュータソフトウェア関連発明を権利化しようとする出願人にとって、非常に参考になるものです。
更に、今般の改正では、進歩性判断において「ユーザ・エクスピリエンスの向上」が考慮されることが明記されるなど、コンピュータソフトウェア関連発明を積極的に保護しようとする国家知的財産局の姿勢が感じられます。近年、特許査定率が低迷し(2022年は55%、2023年は統計値未公表ながら、前年より大きく上がることはないと言われています)、権利化の難しさを感じさせられる中国特許出願ですが、審査基準に記載された事例を研究し、中国の審査官の判断ロジックに沿った反論を行うことで、権利化の可能性を高められるものと考えます。
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